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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第三幕:技術屋メイの物語

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第108話:黄金の計算、胃袋を満たすリペア

 「遺産」を食いつぶす寄生虫で終わるか、泥を啜ってでも自立するか。

 アークの備蓄が底を突きかける中、メイは聖域のシステムを解体する決断を下します。

 目指すは、荒野の廃棄物と地下水を「命」へと変える、前代未聞のバイオ循環プラント。

 フェネクスの精密な熱制御、フラウロスの地底探査、そしてアスタロトの統率。

 胃袋を満たし、腕を鍛え、自分たちの力で「未来」をリペアするための、孤独で熱い戦いが始まります。

 「……これだけ、……なの?」

 レゾナンスの地下深くに位置する、アークの備蓄庫。メイの震える声が、冷たい金属の壁に跳ね返った。

 棚に並ぶのは、かつて人類がその英知の結晶として残した高濃度の栄養剤カプセル、数えるほどしかない予備のフィルター、そして摩耗しきった電子基板。それらは「失われれば二度と手に入らない」聖遺物だった。

 道を作るための重機を動かし、数百人の住人に重労働を強いるには、あまりに心許ない数字。

 「……メイ。……ようやく、……その『有限』という名の絶望の底に、……視線のベクトルが届いたか。……現実を屈折させていた泡沫が弾けたな。」

 メイの膝の上で丸まっていたフェネクスが、ゆっくりと緋色の瞳を開いた。彼はメイの肩へと這い上がり、耳元で残酷な事実を突きつける。

 「……いいか、メイ。……略奪品や遺産を食い潰しているうちは、……貴様らはただの寄生虫だ。……宿主であるアークが枯れれば、……共に朽ち果てる運命にある。……真のリペアとは、……壊れたものを直すことではない。……無価値な泥の中に、……永劫に回る価値の『循環』を再構築することだぞ。」

 フェネクスの言葉は、冷徹なナイフのようにメイの甘えを切り裂いた。

 メイは唇を噛み締め、目の前の棚から、最後の一本の栄養剤を手に取った。

 「……分かってるよ、フェネクス。……魔法の箱から出てくるご飯じゃ、……本当の『国』にはなれないんだよね。……だったら、……アークの心臓システムをバラしてでも、……この泥だらけの荒野から、……食べ物を作れる仕組みをリペアしてやるわ。」

 メイはすぐさま、アスタロトとフラウロスを招集した。

 工房に集まった彼女たちの前で、メイはアークの「抽出ユニット」の基幹パーツを、床に叩きつけるようにして広げた。

 「……アスタロト、フラウロス。……今日から、……アークの食料は原則、……『封印』するわ。……病人と怪我人のためだけの、……最後の最後の砦にする。」

 「……ほう。……ならば我らは、……何を食らって土木作業に励めというのだ。……まさか、……砂でも噛んでいろとは言うまいな?」

 アスタロトが、不敵な笑みを浮かべながら尋ねる。その眼光には、メイが下した「自立」への決断を試すような、鋭い光が宿っていた。

 「……砂じゃないわ。……『循環』を食べるの。……フラウロスちゃん、……あなたの耳で、……レゾナンスの地下水脈の中から、……最も『不純物ミネラル』が濃い場所を特定して。……アスタロトさんは、……街中の有機ゴミと、……排泄物を一箇所に集める『回収班』を組織してほしいの。」

 「……っ!? ……メイ、……あんた、……何を言い出すのよ……。……あたしに、……ゴミ溜めの音を聴けっていうの?」

 フラウロスが露骨に顔を顰める。だが、メイの瞳は真剣そのものだった。

 「……そうよ。……ゴミは、……ただの汚物じゃない。……それは、……一度私たちが食べた命の『残り香』なの。……それをアークの分解システムで堆肥に変えて、……地下水のミネラルと混ぜて、……フェネクスの『熱制御』で強制的に発酵させる。……そうすれば、……この痩せた土でも、……数日で食べられるキノコや根菜を育てられるはずよ。」

 フェネクスが、メイの言葉に満足げに鼻を鳴らした。

 「……ふん。……微生物の代謝、……その数億のベクトルの向きを、……私が一点に束ねてやろう。……無秩序な腐敗を、……秩序ある再生へと導く『マクスウェルの悪魔』の火だ。……メイ、……貴様の組んだパイプラインの流体計算は、……私が全て書き換えておいた。……一滴の養分も、……無駄にはさせんぞ。」

 「……面白い。……寄生虫からの脱却か。……また1つ国へと近づくな、メイ。……騎士団の誇り高き若者たちに、……『黄金の堆肥』を運ぶ名誉を与えよう。……それが、……この国の最初の『血』になるというのならな。」

 アスタロトが、力強く拳を突き出した。

「……その気高き名誉な役割、このルサニコフが先陣を引き受けましょう。メイ様。」

 影から声を上げたのは、包帯を巻いた腕を吊り、それでも鋭い眼光を失っていないルサニコフだった。彼はフラウロスを救出した際の傷も癒えぬまま、工房へと姿を現したのだ。

「ルサニコフさん! まだ休んでないと……!」

「死んでいった仲間への手向けに、汚泥を啜る覚悟はできております。……おい、お前たち! 何を躊躇っている!」

 ルサニコフの怒号に近い呼びかけに、工房の外で不安げに様子を窺っていた元・鉱夫や住人の男たちが肩を震わせた。

「汚物だ、ゴミだと鼻をつまむ暇があるなら、その手を動かせ。我らが吐き出した廃材が、メイ様の知恵で明日への糧に変わるのだ。これは掃除ではない、この街の循環を繋ぐ神聖な儀式だぞ!!」

 ルサニコフの無骨な一喝が、迷っていた住人たちの背中を叩く。彼が自ら先頭に立って汚物まみれのタンクを担ぎ上げたことで、レゾナンスの中に「自立」という名の、泥臭い活気が流れ込み始めた。

 「……ったく。……泥臭いにも程があるわね。……でも、……アークの冷たい薬よりは、……マシな味がしそうじゃない。……メイ、……地質スキャン、……開始するわよ。……一番『栄養』の詰まった地下水を、……この街の胃袋まで引っ張ってきてあげるわ!」

 四人の意志が、一つのベクトルへと重なった。

 遺産という名の「点」の豊かさを捨て、荒野という名の「面」から命を吸い上げる、泥臭くも壮大な循環型農業改革。

 メイが握るレンチが、アークの銀色の外装を剥ぎ取り、そこから溢れ出した電子回路が、不格好な「堆肥化プラント」へと移植されていく。

 

 建国の夜明け前。

 レゾナンスの工房には、金属の焼ける臭いではなく、生命が腐り、そして再生しようとする、力強い「土」の匂いが立ち込め始めていた。


 「……フラウロス。……不純物のノイズを切り離せ。……その下に眠る、……太古の地層の『拍動』を聴くのだ。」

 レゾナンスの地下区画。フェネクスがメイの肩の上から、闇の底を見つめるフラウロスへと指示を飛ばした。

 フラウロスは大型の集音器を地面に突き立て、ヘッドホンを両手で強く押さえている。彼女の耳に届くのは、地表の喧騒ではない。数百メートル下の岩盤を流れる、冷たくも生命力に満ちた地下水の微かな「せせらぎ」だった。

 「……わかってるわよ。……うるさいジジイね。……今、……この泥の層を抜けた先に……あった!! ……メイ! ……ここよ、……この真下に、……アークのろ過システムでも分解しきれなかった、……高濃度のミネラルを含んだ水脈が走ってる!」

 「――了解ッ!! アスタロト、お願い!!」

 メイの合図と共に、地上で待機していたアスタロトが号令を下した。

 「……騎士団員、……突けッ!! ……この一突きが、……明日我らが啜る粥の、……一粒一粒に変わると思え!!」

 アスタロト自らが大剣を捨て、巨大な掘削用の杭を振るう。彼女の統率の下、若者たちが一斉に地面を穿ち、メイがリペアした「手動式ポンプ」を設置していく。アスタロトの放つ圧倒的な「守護の意志」が、泥にまみれ、汚物を運ぶことに戸惑っていた住人たちの背中を、静かに、けれど力強く押し上げていた。

 「……いいわ、……水は確保した! ……次は、……一番の難所よ。」

 メイは工房の中央に設置された、巨大な「発酵タンク」のバルブを握った。

 アークの抽出ユニットを強引にバイオリアクターへと作り直した、メイ渾身の「循環リペア」。そこには、アスタロトが回収してきた街の有機ゴミと、地下水、そしてメイが培養した特定の菌が投入されている。

 通常、これらが分解され、植物が吸収できる肥料になるには数ヶ月の時間を要する。だが、レゾナンスにはその猶予はない。

 「……フェネクス、……お願い。……このタンクの中の、……数億の微生物たちの『動き』を揃えて。……彼らが、……一番熱く燃えられるように!」

 「……ふん。……私を、……ただの培養器の加温装置代わりに使うとは。……メイ、……その無礼なリペアの代償、……後で高くつくぞ。」

 フェネクスがメイの肩から飛び上がり、空中で静止した。

 彼の瞳が、沈殿した緋色から、すべてを見透かすような黄金色へと変色する。その背中から、現実の光を歪めるほどの質量を持った黄金の翼が、音もなく展開された。

 「……観測開始。……分子運動のベクトルを抽出。……マクスウェルの悪魔の名において、……無秩序な熱を、……一方向へと収束させる。」

 フェネクスが手をかざすと、タンク内の温度が、科学的なヒーターでは不可能な「精度」で上昇を始めた。

 彼は火を出しているのではない。タンク内の微生物たちが動く際に出す微小な熱エネルギー、その向きをすべて一箇所に集め、再利用する。

 不必要な熱逃げを許さず、分解を阻害する冷たいスポットを排除する。

 

 「……捉えた。……分解のベクトル、……一点に集中。……加速せよ、……小さき命たちよ。」

 黄金の光がタンクを包み込み、内部で凄まじい化学反応が始まった。

 本来なら腐敗臭を放つはずの工程が、フェネクスの完璧な「ベクトル制御」によって、香ばしい、大地の目覚めを告げるような匂いへと変わっていく。

 「……すごい。……すごいよ、フェネクス! ……反応速度が、……理論値の百倍を超えてる……!!」

 メイがモニター(それすらもアークの廃材のリペアだが)を注視し、叫ぶ。

 「……アスタロト! ……肥料ができるわ!! ……フラウロスちゃん、……その地下水をタンクに直結して!! ……世界で一番栄養のある、……『黄金の泥水』を作るよ!!」

 レゾナンスの工房。

 そこでは今、アークの銀色の美しさは消え失せ、代わりに、茶褐色に輝く生命の奔流が脈打っていた。

 メイが汗を拭いながらパイプを繋ぎ、フラウロスが音を頼りに水の流量を調整し、アスタロトが人々の活力を繋ぎ止め、フェネクスがその中心で、物理法則をねじ曲げる知恵を授ける。

 「……これが、……私たちの胃袋の、……最初の鼓動……。」

 メイは、タンクから溢れ出した、温かく湿った「堆肥」を両手で受け止めた。

 アークの栄養剤のような、無機質な清潔さはない。

 だが、そこには確かに、自分たちがこの荒野で「生きる」ための、泥臭くも力強い温もりが宿っていた。

 「……次は、……これを使って、……石を砕くための『道具』を作るわよ。……胃袋を満たした後は、……腕を鍛える番だわ!!」


 「……フェネクス、出力そのまま! ……フラウロスちゃん、圧力バルブの音を聴いてて。……アスタロト、みんなを呼んできて。……もうすぐ、……最初のが、……できるから!!」

 メイの叫びが、蒸気と発酵の熱気に包まれた工房に響き渡った。

 アークの抽出ユニットを無残に解体し、継ぎ接ぎのパイプと廃材のタンクで組み上げた「高速発酵プラント」。それは銀色の洗練を失い、赤錆と泥にまみれた醜い機械だったが、その内部では、フェネクスが制御する精密な熱のベクトルによって、数兆の微生物が狂ったような速度で有機物を分解し、濃密な栄養源へと作り変えていた。

 フラウロスはタンクの側面に耳を当て、内部で沸き立つ泡の音に全神経を集中させていた。

 「……メイ、……今よ! ……ガスの放出音が変わったわ。……『ざぁこな発酵』は終わって、……本物の『生命の音』がしてる!!」

 メイがレバーを引き絞ると、タンクの底から、琥珀色に輝くドロリとした液体――高濃度の有機肥料が溢れ出した。それは、フラウロスが特定した地下水脈のミネラルと、アスタロトが回収してきた街の廃棄物が、フェネクスの「熱制御」という触媒を経て産まれ変わった、レゾナンスの「黄金の泥」だった。

 「……ふん。……たかだか微生物の排泄物を集めるだけで、……これほど騒がしいとは。……メイ、……次のベクトルは『吸収』だぞ。……これをただの泥に撒いても意味はない。……アークの水耕栽培ユニットを、……この泥の粘度に耐えられるよう、……今すぐリペアしろ。」

 フェネクスがメイの肩の上で、退屈そうに緋色の瞳を細める。

 メイは頷き、事前に準備していた、賊のバギーのラジエーターを流用した「循環型苗床」へと肥料を流し込んだ。

 そこからの数日間、レゾナンスの住人たちは、自分たちの目が信じられない光景を目にすることになった。

 エルが大切に守ってきた「荒野の根菜」の苗が、アークの最適化された光と、メイたちが作り出した「黄金の泥」を吸い上げ、目に見えるほどの速度で緑の葉を広げ始めたのだ。

 「……見て、……アスタロト。……芽が出た。……私たちのゴミと、……泥水から、……新しい命が……。」

 アスタロトは、泥に汚れたままの自身の掌を見つめた。

 「……ああ。……奪い、……消費し、……尽きれば死ぬだけの『寄生』ではない。……我らが放り出したものが、……再び我らの血肉へと還る。……これが、……『国』が回るということか。」

 数日後。

 広場には、大鍋を囲む住人たちの姿があった。

 エルが、メイの作った「圧力循環鍋」で、収穫したばかりの無骨な根菜と、アークの備蓄から出した僅かな保存肉を煮込んだ、特製の「レゾナンス・シチュー」を振る舞っていた。

 「……アークの栄養剤みたいな、……完璧な栄養バランスじゃないかもしれないけど。……でも、……みんなが繋いだ味だよ。」

 エルの言葉に、最初に口をつけたのはフラウロスだった。

 「……はふ、……熱っ……。……ふん、……ざぁこな調理ね、……ちょっと塩気が足りないわよ。……でも、……アークの薬よりは、……ずっと『生きてる』感じがするわ。」

 その味は、人々の身体の隅々まで染み渡った。

 単なるカロリーの摂取ではない。自分たちの手で「循環」を作り出したという誇りが、絶望に凍てついていた住人たちの心のベクトルを、外へ、未来へと向けさせた。

 「――胃袋は満たされたな、メイ。」

 アスタロトが、最後の一滴までシチューを飲み干し、立ち上がった。その背後には、同じように活力を取り戻し、鋭い眼光を宿した騎士団の若者たちが控えている。

 「……はい。……アスタロト、……これを持って行って。」

 メイが手渡したのは、賊のバギーの「板バネ」を叩き出し、荒野の硬質な砂岩を粉砕するためにリペアされた、無骨な「石刃のツルハシ」と「排土板」のセットだった。

 「……鉄が産まれるまでの、……代わりの爪よ。……でも、……今の私たちの熱量なら、……これで十分、……荒野に道が刻めるはず!」

 「……ふん。……ようやく、……ただの鉄屑が、……歴史を動かす『歯車』になったか。」

 フェネクスがメイの膝に戻り、満足げに目を閉じる。

 レゾナンスの重い東門が、ゆっくりと、けれど確かな音を立てて開いた。

 胃袋を満たし、自らの手で道具をリペアした者たちが、砂塵の舞う荒野へと最初の一歩を踏み出す。

 「――道を作るぞッ!! 我らが命の、……最初の轍を刻むのだ!!」

 アスタロトの号令が、夜明けの荒野に響き渡る。

 メイが打ち直した石刃が、乾いた大地を力強く穿った。

 それは、失われた遺産への決別であり、自分たちの足で歩き出した、新しい文明の最初の音だった。

 ご愛読、ありがとうございました!

 魔法のような解決策ではない、微生物の代謝や熱のベクトルを積み上げた「泥のスープ」。それが人々の心に灯したのは、アークの薬では決して得られない「自分たちで生きている」という誇りでした。

 胃袋を満たし、石刃を研ぎ、ついに荒野へと刻まれた最初の一歩。

 次回、第109話「砂塵の轍、咆哮する土木用重機」。

 レゾナンスの「鉄の道」が、ついに物理的な形となって大地を穿ち始めます。

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