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第25話:欠陥部位のパッキングと、次なる送り先

 神殿を脱出し、極寒の雪原へと投げ出された一行。

 タムは自らの壊死した右腕を「欠陥品」として切り捨て、一切の躊躇なくパッキングします。

 彼が見据えるのは、お父様が遺した第二の遺構。セレスを、ただの魂から「完璧な自律稼働体」へと昇華させるための、禁忌の工廠でした。

 神殿が轟音を立てて崩壊し、背後の地平線が雪煙に呑まれていく。

 極北の荒野。吹き荒れるブリザードが、脱出に成功した一行の体温を容赦なく奪っていくが、その寒ささえも生ぬるく感じるほど、タムの周囲には「死」よりも深い静寂が漂っていた。

 「タム、腕を見せて! 早く治療しないと!」

 リナが駆け寄り、タムの右腕を掴もうとした。だが、タムはそれを左手で制した。

 「触らないでください。……汚染ダメージが広がります」

 タムの右腕は、肩口まで白く結晶化し、どす黒い死の色が皮膚の下で斑紋を描いていた。超電導レアメタルに直接触れ、魂の定着作業を行った代償だ。生きた人間の肉体であれば、激痛でのたうち回るはずの状態。しかし、タムの表情には痛みも、後悔もなかった。

 タムは左手で魔力を練ると、自身の右肩に鋭い視線を向けた。

 「対象:右腕。状態:完全壊死。特性:絶対零度による組織崩壊。……これより、欠陥部位の隔離パッキングを行います」

 「ちょ、ちょっと、何を……!」

 リナの目の前で、タムは魔法膜を「多層構造のシュリンクフィルム」のように展開し、自身の右肩を強引に締め上げた。

 ミシミシと骨が鳴るような音が響く。タムは、壊死した右腕を「自分の体の一部」として扱うのをやめたのだ。彼はその腕を、ただの『中身が腐敗した不良在庫』として定義し、健康な胴体から物理的・魔力的に完全に遮断パッキングした。

 「完了。これで壊死の進行(ダメージの伝播)は停止しました。……少し重量バランスが崩れましたが、運搬には支障ありません」

 「あんた……自分の腕を、そんな……ゴミみたいに……」

 リナが戦慄し、一歩後ずさる。カイトもまた、その光景に言葉を失っていた。自分の肉体を「荷物」として冷静に処理する男の姿は、勇者の目には狂気そのものに映った。

 だが、タムは彼らの視線を気にする余裕すらなかった。

 「エドワードさん。崩落の直前、神殿のメインコンソールからサルベージしたデータがあります」

 タムは、左手に握りしめた小さな記録媒体――神殿の「発送ログ」が刻まれた魔石を掲げた。

 「この神殿(倉庫)は、心臓部レアメタルの管理だけを担っていたわけではありません。ここから一定の周期で、ある場所へ向けて『空のコンテナ』が発送されていた形跡があります」

 「空のコンテナを? 何のためにじゃ」

 「……製品を、完成させるためです」

 タムは、周囲の雪原に散らばった神殿の瓦礫を、魔法のマジックハンドで引き寄せ始めた。

 「お父様の設計図によれば、この心臓レアメタルを収めるための『外装フレーム』と、大気魔力を吸収する『皮膚(吸気回路)』は、別の場所で一括製造されている。……ですが、記録媒体にノイズが入り、肝心の座標が読み取れません。……カイト、力を貸してください」

 「……俺が? どうすればいいんだよ」

 「聖剣の共鳴機能を使います。お父様の技術系統はすべて共通している。この記録媒体に残った微かな残響を、お前の剣で増幅しろ。……私が、その振動から正確な『配送ルート』を検品します」

 カイトは複雑な表情を見せながらも、聖剣を抜き、タムが差し出した魔石に剣先を合わせた。

 黄金の光と、青白い魔石の光が衝突し、火花が散る。その瞬間、神殿の瓦礫の中に隠されていた防衛機構セキュリティ・ゴーレムの残骸が、侵入者を排除せんとして再起動した。

 「ちっ、まだ追っ手が来るのかよ!」

 「迎撃してください。……私は、この『ノイズ(不備)』を取り除き、座標を特定します。一ミリでも剣先を動かすな」

 ゴーレムの群れが襲いかかる中、カイトは必死に剣を固定し、エドワードとリナが魔法で盾を作る。その中心で、タムは左手一本で複雑な数式を空中に編み上げていった。

 「……見えた。この振動の周期。……北北西に三十キロ。永久凍土の地下に潜む、お父様の第二の工房」

 タムは、弾け飛んだ魔石を左手でキャッチし、鋭い声を出した。

 「『極北工廠プラント』。そこが、セレスお嬢様の新しい身体を仕上げるための、最終納品先です」

 戦闘が終わり、静寂が戻る。タムは休む間もなく、周囲の廃材を組み合わせ、即席のコンテナを作り始めた。

 「今のままでは、お嬢様の心臓ポッドを運ぶには断熱性が足りません。外気温との差で、結露が発生すればショートする。……リナさん、結界魔法を貸してください。これを多層真空断熱材スーパーインシュレーションの代わりに使います」

 手際よく、瓦礫と魔法を組み合わせて「究極の搬送ケース」を組み上げていくタム。その中に収められたセレスの心臓が、静かに光を放った。

 『……タムさん。私、今、とてもクリアです』

 セレスの念話が、ポッドから響く。

 『以前の身体(箱)の中にいた時のような、重だるい感覚がありません。思考の処理速度が劇的に向上しています。……今の自分は、とても効率的です。早く、新しい身体を手に入れて、皆さんの力になりたい。……不備のない、完璧な私として』

 「……あ、ああ。そうだな、セレス。……よかったな」

 カイトは力なく答えた。

 思考がクリアだと言い、効率が良いと喜ぶ。その言葉には、かつてのセレスが持っていた「死への恐怖」や「震えるような迷い」すらも、不純物として削ぎ落とされたかのような透明感があった。

 それが正しい「進化」だとしても、カイトには、彼女が自分たちの手の届かない、遠い機械の世界へ行ってしまうような寂しさを禁じ得なかった。

 「タム。……本当によかったのかよ、これ。彼女は、どんどん人間じゃなくなっていくぞ。心臓を機械にして、次は身体も機械にする。……これじゃ、ただの人形じゃないか」

 タムはコンテナの封印を終えると、感情の抜けた瞳でカイトを見た。

 「カイト。ならばお前は、彼女に『腐敗』と『死』という名の致命的な不備を、もう一度押し付けるというのですか」

 「それは……」

 「人間とは、欠陥の塊です。病に侵され、老いに震え、最期には機能停止して腐り果てる。……お嬢様の魂は、その不備のせいで、お父様の実験室で何千年も泣き続けていた。……私は、そんな杜撰な管理(人生)を、二度とお嬢様にはさせない。……永遠に摩耗せず、永遠に輝き続ける『完璧な状態』で固定する。……それが、私にできる唯一の誠実です」

 タムは、梱包された自分の右腕に触れ、無機質な声を続けた。

 「人間を救うことは、私にはできません。ですが……荷物を守ることなら、誰よりも完璧にこなしてみせます。……行きましょう。次の拠点へ」

 タムは重いコンテナを左腕と魔法膜で支え、極寒の雪原へ最初の一歩を踏み出した。

 その背中に、もはや人間の体温は残っていないように見えた。

第25話をお読みいただきありがとうございました。

 「自分の体すら荷物として処理する」タムの姿は、彼がいかに人間的な感性を切り捨て、梱包師としての合理性に全振りしているかを象徴しています。

 一方で、超電導の恩恵で「効率的」になっていくセレス。カイトが抱く寂しさは、読者の皆様も共感していただけるポイントかもしれません。

 次なる目的地として浮上した『極北工廠プラント』。しかし、そこは地図にも載らぬ氷壁の彼方。右腕を欠いたタム、そして繭の中のリンを抱えた一行は、吹き荒れるブリザードの中、前任者(お父様)が遺したさらなる「物流の罠」を突破しなければなりません。

 果たして、彼らは無事にその工廠へと辿り着けるのでしょうか。

 次回、第26話。凍てつく荒野での過酷な輸送任務が始まります。どうぞ、ご期待ください。

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