第24話:絶対零度の再梱包(リ・パッキング)
崩壊の足音が近づく神殿の最深部で、タムはかつてない「詰め替え作業」に挑みます。
セレスを蝕む呪いさえも機能の一部として組み込み、魂を超電導の海へと移送する。それは、救済という名の、あるいは冒涜という名の、極限のパッキング。
絶対零度の闇の中で、タムの指先は「永遠」を掴み取ることができるのでしょうか。
地下最深部を支配する絶対零度の静寂が、不気味な地鳴りによって破られた。
お父様が築き上げた、数千年の「保存」を司る管理システム。その心臓部である超電導レアメタルを、タムという「外部の梱包師」が別の目的で定義し直そうとしたことで、神殿という名の巨大な配送センターが拒絶反応を起こし始めたのだ。
「タム、早くして! 床が揺れてるわよ!」
リナが悲鳴に近い声を上げながら、階段を駆け下りてきた。彼女の背後には、エドワードの浮遊魔法によって運ばれる「セレスの箱」がある。
「リナさん、定位置へ。お嬢様の箱を、このレアメタル容器の真上に固定してください」
タムは振り返りもせず、空中に描いた回路図の微調整を続ける。彼の吐息は白く凍り、眉毛やまつ毛には真っ白な霜が降りていた。
「……やるんじゃな、タム」
エドワードが重々しく問いかける。彼は知っていた。これから行われるのは、単なる魔法の儀式ではない。一つの魂を、肉体という「不確かな容器」から、超電導という「完璧な回路」へと詰め替える、前代未聞の移送作業であることを。
「はい。……検品、最終確認。対象:セレス・アルカディア。状態:魂の損耗激しい。特記事項:エネルギー吸収の呪い継続中。……移送先:超電導・自律型永久機関ユニット。……作業、開始します」
タムの【概念梱包】が発動した。
セレスの箱から、淡い光を放つ「魂」の輪郭が、ゆっくりと抽出されていく。物流用語で言えば、これは「ピッキング」だ。倉庫の奥深くに眠っていた貴重な荷物を、新しい梱包ラインへと載せるための、最も慎重を要する工程。
「あ、ああ……」
箱の中から、セレスの微かな声が漏れた。
「タム……さん……? とても……冷たい……。でも……静か……です……」
「お嬢様、そのまま。……あなたの苦痛(呪い)を、これからは『意味のある仕事』に変えます。二度と、あなたを無駄なエネルギー漏れで苦しませたりはしない」
タムの指先が、青白く光る超電導レアメタルに触れた。
瞬間、タムの右腕が肩まで一気に凍りつく。熱を伝えることのないレアメタルは、タムの体温を容赦なく「相殺」しようとする。だが、タムは顔色一つ変えない。
「カイト、そこにある制御レバーを引け! 最大出力だ!」
「……くそっ、わかったよ! 死ぬなよタム!」
カイトが叫びながら、凍りついたレバーを力任せに引き下ろす。
実験室全体に、凄まじい魔力の電流が走った。
セレスの魂が、レアメタルの中へと吸い込まれていく。それと同時に、彼女を蝕んでいた黒い呪いの霧が、メタルの周囲に渦巻いた。
「……ここだ。固定!」
タムの両手が、メタルの輪郭をなぞるように動く。
セレスの魂が発する「生の熱」と、呪いが吸い込む「死の冷気」。その二つが、レアメタルの超電導回路の中で完璧に衝突し、互いを打ち消し合う。
0.000001度の狂いもない、エネルギーのゼロ地点。
タムが提唱した「ソーラー式腕時計」の心臓部が、今、人工的な絶対零度の中で産声を上げた。
『……ああ……。何も……聞こえません……。痛みが……消えていく……』
セレスの念話が、これまでになく鮮明に、全員の脳裏に響いた。それは、ノイズだらけだった通信が、光ファイバーに切り替わったかのような透明感を持っていた。
「完成です。……セレスお嬢様の魂は、今、このメタルを『新たな心臓』として定着しました」
タムは、凍りついたまま動かなくなった右腕を左手で支え、満足げに微笑んだ。
だが、安堵の時間はなかった。神殿の天井が大きくひび割れ、巨大な石材が落下してくる。
「脱出するぞ! 建物がもたん!」
エドワードが叫び、防壁魔法を展開する。
「タム、そのメタルを持って早く! 走れるの!?」
リナが駆け寄るが、タムは動かない。彼は、セレスの魂を宿したレアメタルを、さらに自身の魔法膜で幾重にも包み込み、頑丈な「搬送用ポッド」へと詰め込んでいた。
「荷物の固定が先です。……よし、ショック吸収材代わりの魔法膜、十層展開完了。気密性、正常。……行きましょう」
タムは、右腕の自由を失いながらも、左腕一本でその「新しいセレス」を抱き上げた。
カイトが前方の障害物を聖剣で切り開き、エドワードが迫り来る冷気の奔流を押し止める。崩壊する神殿の中を、男三人とリナは死に物狂いで駆け抜けた。
背後で、かつての配送拠点(神殿)が轟音を立てて自壊していく。お父様が遺した「不備だらけの保存」が終わり、タムが作り出した「永劫の運用」が、今、雪原へと運び出された。
凍土の荒野へ飛び出した瞬間、背後の銀色の巨体は雪煙の中に沈んだ。
「ハァ、ハァ……。助かった……のか?」
雪の上に倒れ込み、肩で息をするカイト。
リナは震える手で、タムの凍りついた右腕を診察し始める。
「……タム、あんたの腕、これ……」
「構いません。……それより、検品を」
タムは左腕の中に抱いた、静かに青白く光るポッドを見つめた。
「お嬢様。……聞こえますか?」
返ってきたのは、言葉ではなかった。
ポッドの表面が、微かな温もりと、それ以上の静寂を保ったまま、タムの手のひらに寄り添うように明滅した。
「……正常ですね。ロスは、ゼロです」
タムの瞳には、自分の腕を失った悲しみなど微塵もなかった。
ただ、世界で最も効率的で、最も美しい「荷物」を完成させたという、梱包師としての深い悦びだけが宿っていた。
第24話をお読みいただきありがとうございました。
ついに「新しいセレス」が誕生しました。肉体を捨て、超電導の心臓を得た彼女は、もはや人間ではありません。しかし、タムにとっては「二度と壊れない、最高の荷物」です。
右腕を犠牲にしてまで「ロス・ゼロ」を達成したタムの姿に、梱包師としての狂気を感じていただけたなら幸いです。
次回第25話では、この「心臓」を収めるための「器(オートマタの身体)」を求めて、新たな旅路が始まります。そして、繭に包まれたままのリンは、この光景をどう見ているのか……。
どうぞ、ご期待ください。




