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第23話:不滅の設計図(グランドデザイン

「神殿」という名の配送拠点を突破し、地下へと足を踏み入れたタムたち。そこは、かつてこの世界を管理しようとした「お父様」が、たった一つの夢――「究極の保存」を追い求めた果ての、冷徹な実験場でした。

 絶対零度の闇の中で、タムが出会ったのは、かつての己と同じ「不備」に苦しむ天才の残骸。

 しかし、梱包師タムは、前任者が諦めたその先に、さらなる「合理の極致」を見出します。

神殿の地下へと続く階段は、一段降りるごとに「生」の領域を削り取っていくかのようだった。

 そこにあるのは、単なる気温の低さではない。魔力そのものが運動を止め、因果の連鎖が凍りつくような、純粋な静止の世界。タムが【梱包師】として追求してきた「状態の固定」が、神の御業として完成されているかのような場所だった。

 「……くそ、なんだこの寒さは。聖剣の加護があっても、心臓が凍りそうだぜ」

 最後尾を歩くカイトが、歯をガチガチと鳴らしながら毒突く。彼の持つ聖剣が発する黄金の光も、この階下から吹き上がる「絶対的な夜」の前では、今にも消え入りそうな蝋燭の火のように頼りない。

 「カイト、無駄口を叩いて酸素を浪費するな。……エドワードさん、大丈夫ですか」

 先頭を歩くタムが、振り返らずに問いかける。タムの指先は、すでに凍傷で感覚を失い、どす黒く変色していた。だが、彼の歩調は一切乱れない。まるで、自分の肉体さえも「目的地へ運搬するための荷物」として管理しているかのような、非人間的な足取りだった。

 「案ずるな、若いの。……わしの古傷が、この先にある『化け物』の気配に疼いておるわ。タム、お主が見ているのは、ただのレアメタルではないのだろう?」

 エドワードは杖を力強く突き、重々しい足音を響かせる。その瞳には、最年長者としての知恵と、かつてこの地を支配した「お父様」という存在への拭い去れぬ恐怖が宿っていた。

 階段が終わり、目の前に現れたのは、厚さ数メートルはあるだろう白銀の隔壁だった。

 タムはためらうことなく、その扉の継ぎ目に手を触れる。

 「……検品開始」

 タムの脳内に、扉の向こう側の「在庫情報」がなだれ込んでくる。

 無機質な魔導回路の鼓動。完璧にパッキングされた冷却ガス。そして、その中心で眠る、この世の物理法則を無視した「超伝導」の波形。

 「……ここが、心臓部です」

 タムが隔壁のロックを解除すると、重厚な音とともに、内部の「実験室」が露わになった。

 そこは、神殿のフロア以上に無機質な空間だった。広大な部屋の天井からは、蜘蛛の巣のように緻密な魔導銀の配線が垂れ下がり、それらすべてが中央に配置された、一つの透明な円柱容器へと収束している。

 容器の中で浮遊していたのは、青白く、脈打つように発光する一塊の金属。

 「超電導レアメタル……」

 カイトが呆然と呟いた。その美しさは、地上にあるどんな宝石も霞ませるほどだった。だが、タムが注目したのはその輝きではない。

 「……不備だ」

 タムの呟きに、カイトが眉をひそめる。

 「不備? 何を言ってやがる、こんなに完璧に保管されてるじゃねえか」

 「いえ。お父様は、この素材の『保存』には成功しましたが、その先の『運用』において致命的なミスを犯しています。見てください、この巨大な冷却設備を。この金属の超電導状態を維持するために、神殿の魔力の八割が冷却だけに費やされている。これは物流の観点から言えば、維持費が利益を上回っている『赤字案件』です」

 タムは容器に近づき、凍りついた計器を指差した。

 「お父様は、外部からのエネルギー供給によってこの冷気を保とうとした。ですが、機械(魔法装置)は必ず劣化する。パッキンが痛み、魔力が漏れれば、このメタルは一瞬で熱変性し、ただのゴミクズに変わる。……お父様は、いつか訪れる『停止』を恐れ、その場しのぎのパッチワークを繰り返していたに過ぎません」

 「……なら、どうすればいいんだよ。お前の言う『完璧』ってのは何なんだ」

 カイトが苛立ちを露わにする。タムはゆっくりと振り返り、その瞳に静かな、しかし確信に満ちた光を宿して答えた。

 「ソーラーチャージ式の腕時計を、ご存知ですか」

 「あ? 何だそれ、時計?」

 「外部から電池を入れ替えなくても、周囲の光をエネルギーに変え、内部の摩擦ロスを極限まで減らすことで、永遠に近い時間を刻み続ける機構のことです」

 タムは、自分の胸元――セレスが入った箱がある方向を見つめた。

 「セレスお嬢様の体内には、周囲の魔力を際限なく吸い込む呪いがあります。これは通常、生命を維持するエネルギーまで奪い去る『不備』ですが、この超電導レアメタルと組み合わせれば、話は別です。呪いの吸気力を、このメタルの冷却エネルギーとして利用する。そして、お嬢様の魂が発する僅かな熱を、メタルの温度が下がりすぎるのを防ぐ『緩衝材』として機能させる。……わかりますか?」

 エドワードが息を呑んだ。

 「……正と負のエネルギーを、そのメタルの中で衝突させ、相殺させるというのか。魔法による冷却ではなく、因果そのものを『ゼロ』の地点で固定する……。それが、お主の言うパッキングか」

 「はい。さらに、この実験室に張り巡らされた『大気魔力吸収回路』をオートマタの皮膚として移植します。これで、外部からの供給を必要とせず、常にフル充電の状態を維持したまま、摩擦ゼロで動き続ける『器』が完成します」

 「お、お前……」

 カイトが戦慄したような声を出す。

 「お前、セレスを何だと思ってるんだ! 永久に動き続ける機械に作り変えるのが、彼女を救うってことなのかよ! 彼女は人間なんだぞ! 笑ったり、泣いたり、いつか死ぬから人間なんじゃないのか!」

 タムはカイトの激昂を、冷徹な検品結果として受け流した。

 「カイト。死とは、管理不全によるシステムの停止です。腐敗とは、パッキングの不備による環境汚染です。……私は梱包師です。私の愛するものを、期限切れのゴミになどさせはしない」

 タムの言葉には、一片の迷いもなかった。

 「人間としての死を与えることが救いだというなら、それは無能な管理者の言い訳に過ぎない。私は、お嬢様を『永遠に美しいまま、動き続ける荷物』として再定義します。……それが、お父様を超え、私が彼女に捧げる唯一の誠実です」

 タムは指先を噛み切り、流れた血で床の回路図に修正を加え始めた。

 「リナさん! 私の声が聞こえますか!」

 タムは魔法通信を繋ぎ、地上で荷物を守るリナへ叫んだ。

 「今すぐ、セレスお嬢様の箱をこの直下まで運んでください。これから、世界で最も精密な『詰め替え作業リ・パッキング』を開始します」

 「……タム、あんた本気なの?」

 通信越しに聞こえるリナの声は、震えていた。

 「本気です。一秒の遅れも許されません。……お嬢様の魂を、この不滅の回路へピッキングする準備を始めてください」

 地下最深部。絶対零度の静寂の中で、タムの瞳は、未来の「完璧な製品」を夢見る狂った時計職人のように輝いていた。

第23話をお読みいただきありがとうございます。

 ついに語られた、タムの「グランドデザイン」。セレスを人間に戻すのではなく、永遠に動き続ける「永久機関」へと作り変えるという発想は、まさに梱包師としての狂気と愛情が表裏一体となったものです。

 ソーラー式の腕時計のように、自律して永遠を刻む存在。カイトが抱く「人間的な倫理」を、タムの「物流的な正論」が圧倒していく緊張感が、この第23話の肝となりました。

 次回第24話では、いよいよセレスの魂を移し替える「究極の再梱包リ・パッキング」が始まります。神殿の崩壊、そして絶対零度の運搬。タムの指先が、奇跡をパッキングできるのか。

 どうぞ、ご期待ください。

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