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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第二幕:機械人形アークの物語

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第49話:地底の鼓動、白銀の回廊

 第49話をお読みいただき、ありがとうございます。

 要塞を越え、拠点を築き、ようやく手に入れた「安息」。しかし、メイたちは立ち止まることを選びませんでした。世界の中心がどこにあるのか、誰も知らない。ならば自分たちの足で、その正体を暴きに行く――。

 今回から始まる「深層探検編」では、これまでのような空の旅とは一変し、物理的な限界に挑む泥臭くも恐ろしい「地底の冒険」が描かれます。光を失い、酸素を失い、それでも「音」を頼りに暗闇を泳ぐ三人の、命懸けの潜行が始まります。

 戻る道なき縦穴の先、彼らが目にするのは、世界の真実か、それともただの虚無か。手に汗握る探検の始まりを、どうぞお楽しみください。

 エデン・ルーツの朝は、地上のそれとはまるで違っていた。

 北西の断崖に立ち、眼下に広がる「縦穴」を見下ろすと、そこには太陽の光を拒絶するような、どろりとした濃厚な闇が溜まっていた。時折、穴の底から吹き上がってくる風は、湿り気を帯びて冷たく、どこか鉄錆のような匂いが混じっている。

 「……これ、おじいちゃんが見たら『最高にそそる入り口だ』って笑うんだろうな。」

 メイは強張った顔を無理やりほぐすように呟き、腰のベルトに装着された命綱のカラビナを二重にチェックした。彼女の背中には、予備の酸素ボンベと、岩盤を直接サンプリングするための手動式ピッケル、そして唯一の光である強力な投光器が背負われている。

 三人を繋ぐのは、特殊繊維で編まれた一本の堅牢なロープだ。先頭をアークが、中央をメイが、そして最後尾をアスタロトが受け持つ。もし誰か一人が足を踏み外せば、全員がその闇へと引きずり込まれる、文字通りの一蓮托生だった。

 「メイ、顔色が悪いぞ。……今ならまだ、地上でレガシーの整備を続けるという選択肢もあるが?」

 アスタロトが、愛剣の柄を握る指を動かしながら、静かに問いかけた。彼女の背後には、地上の鮮やかな緑と、透き通った青空が広がっている。一歩踏み出せば、その安らぎとは永遠に決別することになるかもしれない。

 「……ううん、行くよ。ここに『答え』があるって分かってて、逃げるわけにはいかないもん。……アーク、準備はいい?」

 『……肯定。……内部……動力ボイラー、……低燃焼モードに……移行。……排気による……酸素消費を……最小限に……抑制する。……メイ、……これより……深度……マイナス五百メートルまでの……降下を……開始する。』

 アークが、巨大な鋼鉄の足を穴の縁にかけた。

 次の瞬間、三人は垂直に近い斜面へと身を投じた。

 「ッ……!」

 メイは息を呑んだ。

 投光器の光を点灯させると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。穴の内壁は、これまでに見たどの島とも異なる、白銀色の岩石で構成されている。それは一見すると美しい貴金属のようだが、アークが足場を確保するためにその岩に触れた瞬間、パキリ、という背筋が凍るような乾いた音が響いた。

 白銀の岩盤は、極めて硬い。だが、その表面はガラスのように脆く、一点に過重がかかると網目状の亀裂が一気に広がる、極めて不安定な地層だった。

 「アーク、止まって!……岩が……岩が砕ける!」

 メイの悲鳴に近い制止の声が、狭い穴の中に反響する。

 アークが足を止めた直後、彼が踏んでいた足場が音もなく崩れ落ちた。数秒後、遥か階下から「ガシャン」という、岩が砕け散る無機質な音が遅れて響いてくる。底が見えない。この穴がどれほど深いのか、光さえ届かない暗闇が、三人の感覚をじわじわと削り取っていく。

 「……なんて脆い場所だ。まるで、凍りついた湖の上を歩いているようだな。」

 アスタロトが壁面に剣を突き立て、制動をかけながら呟く。彼女の声は、地上のそれよりも低く、重く響いた。気圧が、確実に上がり始めている。

 降下を開始して一時間が経過した頃、メイの体に異変が起きた。

 肺に吸い込む空気が、重い。

 ゼェ、ゼェ、と自分の呼吸音が、ヘルメットの中で異常に大きく聞こえ始める。

 「……はぁ、……アーク、……ちょっと……待って……。」

 メイは岩壁の僅かな窪みにしがみつき、激しく肩を揺らした。手足の先が、微かに痺れている。

 『……警告。……空気組成に……異常を……検知。……二酸化炭素濃度、……基準値の……四倍を……突破。……メイ、……足元に……無色無臭の……沈殿ガスが……滞留している。』

 「ガス……!?……酸素ボンベを……使わなきゃ……。」

 メイが震える手でマスクを装着しようとした時、彼女の視界がぐらりと揺れた。

 酸素の欠乏と、高濃度のガスによる軽度の昏睡。指先が思うように動かない。マスクのストラップが、指の間から滑り落ちていく。

 「メイ!」

 最後尾から一気に滑り降りてきたアスタロトが、メイの体を背後から支えた。

 「しっかりしろ!……目を開けろ、メイ!」

 アスタロトが強引にメイの顔にマスクを押し当て、バルブを開く。

 シューッという高圧酸素の音が耳元で鳴り、メイは激しく咽せながら、ようやく正気を取り戻した。

 「……ごめん、……助かった……。」

 「謝るな。……だが、状況は最悪だ。アーク、ガスの層はどこまで続いている?」

 『……不明だ。……センサーの……有効範囲内に……終端は……確認できない。……これより……掘削による……緊急降路の……作成を……提案する。……メイ、……衝撃に……備えろ。』

 アークが、新しくなった左腕を垂直に掲げた。

 ガガガガ、という激しい変形音と共に、その腕が巨大な破砕ドリルへと姿を変える。

 エデン・ルーツで手に入れた未知の合金と、アークの出力を全開にした「本気の掘削」が始まった。

 だが、それは同時に、崩落の恐怖を極限まで高める行為でもあった。

 ドリルが白銀の岩盤を貫くたびに、洞窟全体が悲鳴のような軋みを上げる。頭上からは、小さな岩の破片が雨のように降り注ぎ、三人の肩やヘルメットを叩く。

 もし、この上の層が一度に崩れれば、彼らはこの「白銀の回廊」に永遠に閉じ込められることになる。

 「アーク、……もっと……速く……!……上が……崩れてくる!」

 メイは、マスク越しに叫んだ。

 投光器の光の中に、天井に走る巨大な亀裂が映し出される。それはまるで、獲物を飲み込もうとする大蛇の顎のように、ゆっくりと、しかし確実に開いていった。

 日の光を失った地下五百メートル。

 物理的な圧力と、酸素の欠乏、そして崩落の連鎖。

 三人は、自らが掘り進める破壊の音に追い立てられるように、さらなる闇の深淵へと、真っ逆さまに突き進んでいった。


 ***


 どれほどの時間を、あの崩落の轟音と共に駆け下りただろうか。

 アークが強引に穿った垂直の風穴を通り抜け、三人はようやく、少しだけ傾斜の緩やかな広場へと転がり込んだ。背後では、先ほどまで彼らがいた通路が、凄まじい音を立てて白銀の瓦礫に埋まっていく。退路は、完全に断たれた。

 「……はぁ、……はぁ、……生きて、るわね。」

 メイは酸素マスクの排気弁を鳴らしながら、泥と岩の粉にまみれた手で地面を叩いた。

 幸い、この階層は空気の循環があるのか、検知器の警告音は止まっている。だが、安堵の息を漏らしたのも束の間、彼女は自分たちの異変に気づいた。

 視界が、ぐにゃりと歪んでいる。

 真っ直ぐ立とうとしているはずなのに、体が勝手に右へと傾いていく。平衡感覚を司る三半規管が、得体の知れない力によって掻き乱されていた。

 「メイ、……アーク、……気をつけろ。……ここは何かがおかしい。」

 アスタロトが剣を杖代わりにして、かろうじて立っていた。屈強な戦士である彼女ですら、顔面は蒼白になり、酷い眩暈に襲われているようだった。

 『……システム……エラー。……内部ジャイロ……異常。……磁気……偏差、……計測限界を……突破。……方位磁石は……完全に……無効だ。』

 アークの音声も、酷いノイズが混じり、途切れ途切れになっていた。

 彼の胸部のモニターには、真っ赤な警告文字が羅列されている。この階層の岩盤に含まれる磁性鉱石の密度が異常に高く、アークの精密な電子回路を「物理的な磁力」が直接引き裂こうとしているのだ。

 「アーク、内部クロックまで狂ってるの!? ……嘘でしょ、これじゃどっちが『下』かも分からなくなっちゃう……。」

 メイは壁に手を突いたが、その壁さえも、まるで生き物のようにうねって見えた。

 投光器の光を向けても、光が屈折しているのか、奥行きが全く掴めない。一メートル先が絶壁なのか、平坦な道なのかさえ、視覚では判断できなかった。

 暗闇の中で、三人の感覚がバラバラに解体されていく。

 アスタロトは「上から音がする」と言い、アークは「左に熱源がある」と報告するが、メイにはそれが全て「底知れぬ静寂」にしか感じられない。

 機械が沈黙し、超人的な武勇も意味をなさない場所。

 シンジゲートがここを放置した本当の理由は、ガスや崩落だけではない。電子機器に依存した現代の技術では、この「磁気の檻」を突破することが物理的に不可能だからだ。

 「……ダメ。アークの計算も、アスタロトの直感も、今は信じられない。」

 メイは震える手で、バッグの奥底から小さな、そして古臭い道具を取り出した。

 それは、おじいちゃんの道具箱の隅に眠っていた、ただの透明な筒に水と気泡を入れただけの**「アナログな水準器」**だった。

 「デジタルが狂うなら、重力そのものに聞くしかない……。」

 メイは水準器を地面に置いた。

 気泡が、ゆっくりと、しかし確実に一方向へと動く。

 「……こっち。気泡が動く反対側が、本当の『下』よ。私たちの三半規管は嘘をつくけど、水は嘘をつかない。」

 メイは命綱を握り直し、隣にいるはずのアスタロトの肩を、手探りで掴んだ。

 「二人とも、私の声を信じて。……もう目は閉じてもいいわ。……壁を触って、指の感覚だけで私の後をついてきて。……指先に伝わる岩の冷たさと、勾配の角度だけが、今の私たちの唯一の地図よ。」

 そこからは、拷問に近い行軍だった。

 光を消し、闇の中を指先の感覚だけで進む。

 一歩踏み出すたびに、脳が「そっちは崖だ」と偽の信号を送ってくる。吐き気と激しい頭痛が襲い、心臓が早鐘を打つ。

 アークの巨大な金属の指が、岩壁を削るガリガリという音。

 アスタロトの荒い呼吸音。

 そして、自分の指先に伝わる、湿った岩肌の感触。

 「……はぁ、……はぁ、……あと、……少し……。」

 メイは自分に言い聞かせた。

 今、自分が手を離せば、三人はこの永遠の迷宮で、上下も左右も分からぬまま餓死することになる。その重圧が、酸素の薄さ以上に彼女の精神を削った。

 数時間が経過したのか、あるいは数日だったのか。

 不意に、指先に伝わる岩の質感が変わった。

 これまでの脆い白銀の石ではなく、より滑らかで、驚くほど冷たい「何か」へと。

 「……待って。……着いたみたい。」

 メイが恐る恐る投光器を点灯させた。

 「……はぁ、……ガスが、薄くなってる……。」

 メイは酸素マスクを外し、重く湿った空気を肺に流し込んだ。


 投光器の光を向けると、そこには鏡のように静まり返った**「地底湖」**が広がっていた。水面は白銀の岩盤を映し出し、まるで液体金属のように鈍く光っている。

 そこは、巨大なドーム状の空間だった。

 頭上からは、地上の「拍動」の正体であろう、地底湖の轟音が雷鳴のように響いている。

 だが、メイの目を奪ったのは、その中央に横たわる「それ」だった。

 『……磁気……干渉……減衰。……ジャイロ……復旧。……メイ、……目の前の……構造物を……スキャン……不可。……だが、……質量を……確認。……これは、……天然の岩石では……ない。』

 アークの声に、メイは震える光を向けた。

 

 そこにあったのは、巨大な「化石」のような機械の残骸だった。

 それはかつて、この世界の空を飛んでいた何かの翼か、あるいは推進機の一部だろうか。白銀の結晶に覆われながらも、そのフォルムには現代の技術を遥かに凌駕する精緻な幾何学模様が刻まれていた。

 「……これは……アークに使ったのと同じ……先史時代の遺物?」

 メイがその冷たい「機械の皮膚」に触れた瞬間。

 ズズズ、という、腹の底を揺さぶるような巨大な震動が島全体を襲った。

 地上で聞いていた拍動が、ここでは「心臓の鼓動」そのものとなって、彼女たちの肉体を直接叩き始めたのだ。


 ズゥゥーン……。ズゥゥーン……。

 「……ッ、……何、これ……。」

 メイはその場に蹲りそうになった。それは「聞く」というより、強烈な衝撃波となって内臓を直接掴み、揺さぶってくる重低音だった。

 

 メイは震える手で、濡れた岩壁に耳を当てた。

 冷たい岩の奥から聞こえてくるのは、自然の地鳴りではない。金属が擦れ、巨大なピストンが往復し、莫大なエネルギーが循環している……そんな、**あまりに規則正しく、あまりに巨大な「機械の営み」**の音だった。

 「……聞こえる。間違いないわ。……この真下に、世界の中心へと繋がる『心臓』が眠っている。」

 メイの言葉に、アスタロトが周囲の闇を見渡した。

 背後の通路は、先ほどの磁気嵐による小規模な崩落で、もはや人間が通れる広さではなくなっている。酸素ボンベの残量も、地上へ戻る分を計算に入れれば、既に「手遅れ」に近い。

 「戻る道は、既に閉ざされたに等しいな。」

 アスタロトが、折れかけた剣を鞘に納め、静かに、しかし覚悟の決まった口調で言った。

 「……メイ。お前がその音を『世界の中心』だと信じるなら、私はどこまでも付き合おう。騎士に退却の文字はない。」

 『……メイ。……地底湖の……対岸に……さらなる……下部へと……続く……空洞を……確認。……勾配は……さらに……急峻だ。……ここから先は……未知の……高重力域に……入る……可能性が……高い。』

 アークの警告。だが、彼の足音は、迷うことなくその闇の入り口へと向かっていた。

 メイはおじいちゃんのスパナを強く握りしめ、自分自身の恐怖を押し殺した。

 「……行きましょう。私たちがここで立ち止まったら、シンジゲートが世界の中心を汚してしまう。……この『拍動』の正体を突き止めるまで、私は止まらない!」

 三人は、地底湖の畔を離れ、さらに深く、暗い**「白銀の回廊」の最深部**へと足を踏み入れた。

 

 そこは、もはや光が一切の意味をなさない領域だった。

 投光器の光は、あまりに濃い闇と、空気中に浮遊する磁性微子によって、数メートル先で霧散してしまう。

 三人を繋ぐ命綱が、ピンと張り詰める。

 

 一歩。

 また一歩。

 自分たちの吐息と、心臓の音。そして、奈落の底から響き続ける「世界の心臓」の音だけが、彼らの存在を辛うじて繋ぎ止めていた。

 「……アーク、……そこ、……段差があるわよ。」

 「……了解。……メイ、……私の……肩を……掴んでいろ。」

 

 暗闇を泳ぐような、終わりなき行軍。

 彼らはまだ知らない。

 この先に待ち受けているのが、物理法則すら歪める「結晶の森」であり、自分たちの精神を極限まで磨り潰す、本当の「絶望」の始まりであることを。

 三人の影は、白銀の回廊の奥へと吸い込まれ、二度と地上の光を振り返ることはなかった。

 第49話、いかがでしたでしょうか。

 地表の「エデン・ルーツ」の美しさとは対照的に、地下は物理的な死と隣り合わせの残酷な世界でした。沈殿するガス、不安定な岩盤、そして方位磁石を狂わせる磁気の檻。科学の粋を集めたアークや、百戦錬磨の騎士アスタロトですら、ここではただの「迷子」に過ぎません。

 それでも、メイが見出した「アナログな水準器」という小さな知恵と、地底湖の畔で聞いた「巨大な心臓の鼓動」が、三人をさらなる深淵へと誘います。退路が断たれた絶望的な状況下で、彼女たちは「世界の中心」へと続く、光なき回廊へと消えていきました。

 次回、第50話「静寂の断絶、光届かぬ結晶林」。

 三人が辿り着いたのは、あらゆる音を吸い込み、光を屈折させる「音のない森」でした。隣にいる仲間の声すら届かない極限の孤独。その中で、メイたちはかつてない「世界の拒絶」を味わうことになります。

 この探検劇の先に、何が待っているのか。次回もどうぞご期待ください!

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