第44話:激突、雲上の要塞ラジエル
第44話をお読みいただき、ありがとうございます。
アイアン・ルーツで得た「先史文明」の力。それが新生アークの右腕となり、レガシーの推進力となりました。
空を埋め尽くすドローン群、そして巨大要塞ラジエルの圧倒的な防衛網を、三人は文字通り「物理的な力」で食い破っていきます。
メイの操舵、アスタロトの剣技、アークの質量。
それらが一つになった時、難攻不落の要塞に風穴が開きました。
蒼い光を引いて加速するゴールデン・レガシーのコックピットで、メイは息を呑んだ。
アイアン・ルーツを飛び出し、先史文明の「超伝導ボイラー」の恩恵を全身に受けた機体は、これまでの巡航速度を遥かに超え、雲海をカミソリのように切り裂いて進んでいた。しかし、その視界の先、本来なら地平線が見えるはずの高度に、それは突如として姿を現した。
「……嘘、でしょ……。山……じゃないわよね?」
霧を割り、その巨大な影が全貌を現した。
それは、垂直にそびえ立つ鋼鉄の巨塔だった。雲海を土台にし、天を突くほどに高く積み上げられたその建造物は、クロノス・シンジゲートの空中境界要塞「ラジエル」。
無数の砲塔がハリネズミのように突き出し、周囲には防衛用のドローンが蜂の群れのように旋回している。その威容は、もはや一つの島が垂直に浮いているかのような、圧倒的な圧迫感を放っていた。
「メイ、来るぞ。……敵意の塊だ。」
アスタロトが鋭く警告を発するのと同時だった。
要塞ラジエルの全域に張り巡らされた警報赤灯が激しく点滅し、巨大な拡声器から空を揺らすような警告音が響き渡る。
『未確認機へ通告する。これより先はシンジゲート管理海域である。直ちに反転せよ。従わぬ場合は、防衛プロトコルに基づき、完全排除を行う。』
「……反転? そんなの無理に決まってるじゃない!」
メイは操縦桿を強く握り直した。「おじいちゃんがどうとかじゃない。私たちは、私たちが行きたい場所へ行くためにここを通るの!」
メイの言葉に呼応するように、要塞の側面にある数百のハッチが一斉に開放された。
中から飛び出してきたのは、小型の無人迎撃機。その数、ゆうに二千を超える。それらは連携の取れた美しい陣形を組み、まるで意志を持つ雲のように、レガシーへと襲いかかってきた。
『……メイ、解析完了。……敵機群、全方位より接近。……回避行動だけでは、機体損傷率が30秒以内に100パーセントに達する。』
アークの声が、これまで以上に深く、力強く響いた。
彼の胸部では、先史の蒼いコアが一定のリズムで鼓動し、機体全体に凄まじい熱量を供給し続けている。
『……私が、露払いを行う。……メイ、レガシーの制御を「マニュアル・リンク」に切り替えろ。……外殻デッキへ出る。』
「アーク、無茶よ! この速度で外に出たら……!」
『……案ずるな。……今の私には、この空の荒波をねじ伏せる「質量」がある。』
アークはコックピットのシートを離れ、外部デッキへと繋がるハッチを力任せに押し開けた。
凄まじい風圧が機内に吹き込むが、アークはその巨躯を揺らすこともなく、レガシーの甲板へと一歩踏み出した。彼の足裏からは強力な電磁クランプが作動し、秒速数百メートルの暴風の中でも、まるで大地に立っているかのような安定感を見せる。
「アスタロト、私も行くわ! アークの死角をカバーする!」
アスタロトが、愛剣の柄に指をかけた。
「……承知した。メイ、レガシーの操舵を頼むぞ。……この立体的な戦場、お前の腕が頼りだ!」
二人がデッキに出た瞬間、空は鉄の雨で埋め尽くされた。
数千機のドローンが一斉に機銃を掃射し、レガシーの周囲に火花の網を形成する。
『……掃討を開始する。……新生アーク、初動出力。』
アークが、ネジマキ族のパーツで作り替えた「右腕」を前方に突き出した。
真鍮のシリンダーが、先史コアから送り込まれる蒼い熱エネルギーを受けて、キィィィィィィィンと高周波の唸りを上げる。
『……ガトリング・ピストン、……全気筒、解放。』
ドガガガガガガガガガッ!!!!!
アークの右腕が、目にも止まらぬ速さでピストン運動を開始した。
放たれたのは実弾ではない。先史ボイラーが生成する超高密度のプラズマを、ピストンの衝撃波で弾丸状に固めて叩き出す「物理的な光の礫」だ。
一発一発がドローンの装甲を紙細工のように貫通し、背後の機体まで巻き添えにして爆発させる。
「すごい……! 射程も威力も、以前の武装とは桁違いだわ!」
メイは操縦席で絶叫しながら、レガシーをバレルロールさせた。
ドローンの弾幕を紙一重で回避しながら、アークの射線を確保する。レガシーが大きく傾くたびに、アスタロトは甲板を重力など無視して駆け上がり、背後から迫るドローンの群れを一閃した。
「ふんっ!」
アスタロトの剣が、ネジマキ族の超振動加工により、空気を切り裂くたびに「キィィン」という美しい残響を残す。刃が触れるだけで、ドローンの強固な合金はバターのように溶断され、次々と雲海へと墜落していった。
しかし、要塞ラジエルは止まらない。
ドローンの第一波を粉砕されたと見るや、要塞の塔そのものがゆっくりと回転を始め、中層部に配置された「連装磁場砲」がレガシーへと照準を合わせた。
『……来るぞ、メイ。……最大警戒。……あれは、機体そのものを圧潰させる重力波だ。』
「……わかってる! でも、避けるだけじゃあそこまで辿り着けない……。アーク、レガシーの出力を全部貴方の腕に回すわ! そのまま、要塞の正面装甲をぶち抜いて!」
メイはレガシーのエンジンレバーを最大まで押し込んだ。
機体後方のブースターから蒼い炎が噴き出し、レガシーは要塞ラジエルへ向かって、垂直の壁を駆け上がるような急上昇を開始した。
「行くわよ! 三人の力、見せてやるんだから!!!」
空を裂く黄金の船と、それを守る騎士と巨神。
要塞ラジエルを舞台にした、全方位・超高速の立体決戦が、今まさに激しさを増していく。
「――高度上昇! 重力偏差、修正! 全員、振り落とされないで!」
メイの叫びと共に、ゴールデン・レガシーは垂直に切り立つ要塞ラジエルの外壁に沿って、空を「駆け上がって」いた。
要塞の中層部から放たれる連装磁場砲――不可視の重力波が機体を捉えようと、背後の空間を不気味に歪ませていく。磁場砲が直撃した雲は瞬時に圧潰し、真空の穴が開く。掠りでもすれば、レガシーの装甲は一瞬で丸められてしまうだろう。
『……メイ、機体を左30度。……磁場砲の充填サイクルを読み取った。……次の射撃まで、4.2秒。』
アークが外部デッキで、凄まじい風圧に抗いながら指示を飛ばす。
「了解! ……でも、外にいたらそのうち撃ち落とされる! アスタロト、アーク! 外壁を突き破って中に逃げ込むわよ!」
メイの合理的な判断に、二人が即座に反応した。
レガシーが大きく旋回し、要塞の外壁に異常接近する。アスタロトが甲板を強く蹴り、要塞の「外壁」そのものへと飛び移った。ネジマキ族がブーツに施した電磁吸着加工が、垂直な壁面を地面に変える。彼女は時速数百キロで上昇する要塞の壁を、重力を無視して横向きに疾走した。
「ふんっ……!」
アスタロトの剣が、磁場砲の砲身の根元を正確に一閃する。
「ギチィィィン!」という高周波の断裂音と共に、数トンの重さがある巨大な砲塔が、自重に耐えきれず自壊し、火花を散らして剥がれ落ちていく。
『……助かる、アスタロト。……メイ、そのままレガシーを壁面に接舷させろ。……私が穴を開ける。』
アークがレガシーの船首へと移動し、腰を深く落とした。
彼の新しい右腕――ガトリング・ピストンが、激しい蒸気を吹き出しながら、先端を要塞の外壁へと向けた。
「アーク、一撃で決めて! 次の重力砲が来るわ!」
『……了解。……物理的圧砕を開始する。』
ズドォォォォォォォン!!!!!
アークが右腕を壁面に叩きつけた。ガトリング・ピストンの連射機能を「杭打ち機」として利用し、1秒間に数十回の超高速往復運動で、要塞の防磁装甲を強引に穿つ。火花と金属片が周囲に飛び散り、ついに装甲板が内側へと折れ曲がった。
しかし、要塞側も黙ってはいない。
頭上のリング状の構造体から、数百門の対空レーザー砲塔が、レガシーを逃がさぬよう一斉に照準を合わせた。赤い照射ラインが機体を網の目のように覆う。
「……狙われてる! 外にいたら蒸発しちゃう!」
メイは操縦桿を押し込み、アークが開けたばかりの「装甲の破口」へ向かって、機首を強引に突っ込ませた。
『……メイ、そのまま突っ込め! ……アスタロト、戻れ!』
アスタロトが背後から迫るレーザーを紙一重でかわし、レガシーの甲板へと飛び込む。
直後、要塞の全砲塔が一斉に火を噴いた。レガシーがいた空間を、無数の熱線が十字に切り裂く。
だが、その瞬間、レガシーはアークがこじ開けた「横穴」の中へと滑り込んでいた。
ガガガガガッ!!
機体側面を壁面にこすりつけ、火花を散らしながら、レガシーは要塞内部の搬送通路へと強行突入した。
外の荒れ狂う嵐と重力砲の轟音が、分厚い隔壁に遮られて遠のく。
「……はぁ、はぁ、……助かった……?」
メイが震える手で操縦桿を離す。
だが、目の前には、薄暗い通路を埋め尽くすように配備された、シンジゲートの自律防衛兵器の群れが、一斉にセンサーを赤く光らせて待ち構えていた。
「……外よりはマシだけど、ここも歓迎ムードじゃないみたいね。」
アスタロトが剣の血振り(オイル振り)をし、不敵に笑う。
アークもまた、火花を散らす右腕を構え直し、通路の奥を見据えた。
「いいわ。……こうなったら、中からこの要塞をめちゃくちゃにしてやるんだから!!!」
「アーク、前方の防衛線を強行突破するわ! アスタロト、左右の自動砲座をお願い!」
要塞内部の搬送通路。横幅こそゴールデン・レガシーが通れるほどにあるが、上下左右を鋼鉄の壁に囲まれたこの空間は、まさに「鉄の瓶」の中だった。
通路の奥からは、無数の自律型防衛ドローンが、火花を散らしながら突進してくる。
『……了解。……この閉鎖空間なら、……衝撃波の減衰を計算に入れる必要がない。』
アークがレガシーの機首に立ち、真鍮の右腕を前方へと突き出した。
ドォォォォォォォン!!!!!
ガトリング・ピストンの至近距離射撃。放たれたプラズマの衝撃が、狭い通路内で反響し、前方から迫るドローン群をドミノ倒しのように粉砕していく。アークはただ撃つだけではない。弾け飛んだ敵の残骸を、その巨大な左腕で「盾」として掴み取り、後続の機銃掃射を防ぎながら、レガシーを前方へと押し進める。
「左舷、照準固定! ……断つ!」
アスタロトが甲板を滑るように移動し、壁面から競り出してきた自動レーザー砲座を、付け根から正確に切り落とした。超振動を帯びた刃は、防磁装甲すら紙のように裂き、切断部から噴き出した高圧電流が通路内を白く照らす。
「――見えた! 中央シャフトよ!」
メイが操縦桿を大きく引き絞った。
通路の突き当たりに現れたのは、要塞ラジエルの全高を貫く、直径数百メートルの巨大な「吹き抜け」だった。
上下を見上げれば、遥か高みまで続く構造材の骨組みと、目も眩むような深淵。この要塞の背骨とも言える垂直航路だ。
「アーク、レガシーの全エネルギーを後部ブースターへ直結するわ! 重力に逆らって、一気に最上階まで駆け上がるわよ!」
『……承知した。……メイ、G(重力加速度)に耐えろ。……ボイラー、リミッター解除。』
ゴォォォォォォォォォッ!!!!!
レガシーの機体後方から、蒼いプラズマの炎が猛烈な勢いで噴き出した。
垂直上昇。レガシーは要塞の中央を、まさに「弾丸」となって突き進む。
「ガガガガガッ!」
吹き抜けの壁面に配置された数千の警備ユニットが、一斉にレガシーへと飛び火してきた。だが、アスタロトは機体の側面に立ち、迫り来る敵を片端から叩き落としていく。
「邪魔だ! 我らが主の路を塞ぐな!」
彼女の剣戟が、垂直上昇するレガシーの周囲に「鋼鉄の火花」の輪を作り出す。
高度が上がるにつれ、大気が薄くなり、要塞内部の気圧が変化していく。
『……メイ、……目標まで、あと三層。……上部隔壁が閉鎖を開始した。』
「……そんなの関係ない! 突き破るわよ、アーク!」
メイは叫び、アークとシステムの同期を最大まで高めた。
『……了解。……全出力を、……右腕へ集中。』
アークの右腕が、過熱して白銀色に輝き始める。
レガシーの突進速度と、アークのピストン運動。二つの物理的な力が、一点に収束する。
「いっけぇぇぇぇえええええええ!!!」
バリィィィィィィィン!!!!!
要塞最上部を封鎖していた数メートル厚の鋼鉄隔壁が、アークの拳によって粉々に砕け散った。
爆風と共に、レガシーは要塞の「心臓部」へと躍り出る。
静寂。
先ほどまでの激しい風圧と金属音が、嘘のように消えた。
レガシーが着地したのは、磨き上げられた黒い石材の床が広がる、広大なドーム状の空間。
その中央、巨大なホログラムディスプレイが浮かぶ指令席に、一人の男が静かに座っていた。
周囲には、先ほどまでの自律兵器とは明らかに格の違う、重装甲の近衛騎士たちが、静かに武器を構えて待ち構えている。
「……よくぞここまで辿り着いた、漂流者たちよ。」
男の冷徹な声が、静かな室内に響く。
メイは操縦席で荒い息を吐きながら、正面のモニターを見据えた。
アークがレガシーの前に立ち、火花を散らす右腕を構え直す。
アスタロトは剣を静かに中段に構え、その瞳に鋭い闘志を宿した。
要塞ラジエル、最上階司令部。
本当の戦いは、ここから始まる。
第44話、いかがでしたでしょうか。
空中要塞ラジエルへの強行突入から、中央吹き抜けを駆け上がる怒濤の立体機動戦。
アークの「ガトリング・ピストン」が、ただの武器ではなく、要塞を突き破るための「杭」として機能する描写など、新生アークのパワーを感じていただけたなら幸いです。
しかし、辿り着いた司令部で待っていたのは、これまでとは一線を画す「個」としての強敵たちでした。
次回、第45話「司令部の死闘、騎士の誇り」。
シンジゲートの精鋭騎士団と、アスタロトの因縁。そして、要塞司令官が操る「未知の兵器」が三人を追い詰めます。
この要塞を完全に制圧し、霧の海の先へ進むことができるのか。
次回の激闘も、どうぞご期待ください!




