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第十八話:凍結された牙、解放のアンパッキング

届け先を失った荷物は、朝靄の荒野へと漕ぎ出します。

王都を脱出したタムたちを追うのは、八百年の時を支配する「お父様」が放った、意志なき暗殺者たち。逃げ場のない峡谷で、タムはかつて自分が「丁寧すぎる仕事」として保存してきた、ある『在庫ストック』を解放することを決意します。


梱包師がミリ単位の妥協なく閉じ込めた「かつての牙」が、カイトのアンパッキングによって今、最凶の伏線として蘇ります。

しかし、戦いの後に訪れた静寂の中で、タムはさらなる禁忌に触れます。

「外に出れば即死する」という絶望のロジックを、自らの命を削る『二重梱包』でねじ伏せ、セレスに贈る二歩だけの自由。

救うために包み、自由にするために壊れていく。

矛盾を抱えた旅路の、最初の一歩がここから始まります。

 王都を包囲する外壁の巨大な門を、カイトの駆る六輪馬車が強引に突き抜けたのは、日付が変わる直前のことだった。

 背後では、伯爵邸から立ち昇る炎が夜空を赤く染め、非常事態を告げる鐘の音が、断続的に、そして狂ったように鳴り響いている。

「師匠、追手です! 数は三……いや、五! 速い、馬の速度じゃありません!」

 御者台で手綱を握るカイトが、後方を確認しながら鋭く叫んだ。

 タムは馬車の後部窓から夜の闇を凝視した。

 そこには、生物特有の上下運動を伴わない、滑らかな動きで距離を詰めてくる影があった。

「……あれは、さっきの祭壇に並んでいた『第四世代』のプロトタイプか。……あるいは、お父様が直接操る、意思なき猟犬たちか」

 影たちは、馬車を引く魔導馬の全力疾走を嘲笑うかのような速度で迫ってくる。

 それは、疲労を知らず、恐怖を抱かず、ただ「荷物の回収」というプログラムのみを遂行する、物流の悪魔だった。

 

「カイト、この先の地形は?」

「三マイル先に『嘆きの峡谷』があります! 道幅が狭く、一度入れば追い越しは不可能です。……ですが、あいつらの速度なら、入り口に到達する前に追いつかれます!」

 タムは、自分の胸元に下げた、特急配達員専用の「特殊在庫管理ホルダー」に手をやった。

 そこには、タムがこの世界に転生してから今日まで、彼が「丁寧すぎる仕事」としてパッキングし、鮮度を保ったまま保存してきたあらゆる魔物や物品の結晶が並んでいる。

(……本来、物流は届けることが目的だ。だが、届けるべきではない者に、届けるべきではない方法で『返品』しなければならない時もある)

 タムはホルダーの中から、二つの、特に濃い魔力を放つ青い結晶を選び出した。

 一つは、第一話で彼が初めてこの世界で仕留めた、飢えた「狂乱の狼」。

 もう一つは、第三話の密林で、影の中から襲いかかってきた「影豹シャドウ・パンサー」。

「カイト、受け取れ。……『在庫活用』だ。お前に教えたアンパッキングの技術、実戦で試す時が来た」

「……! 師匠、本気ですか? あれを……今ここで?」

「丁寧な梱包は、中身を傷つけない。……だが、それは『解放される瞬間』まで、その脅威を完璧に保存しているということだ」

 タムが結晶を投げ渡すと、カイトはそれを御者台にある特殊な信管――「アンパッキング・トリガー」へと装填した。

 カイトの顔には、緊張と、それ以上の高揚が混じっていた。

「了解です、師匠。……『受取人不在』による、強制還付リターン。やってやります!」

 馬車が峡谷の入り口に差し掛かった。

 両脇を切り立った岩肌が囲い、月の光が細い線となって地面を照らす。

 後方の影たちが、獲物を追い詰めたと判断したのか、その移動速度をさらに上げた。暗殺用オートマタの銀色の指先が、馬車の後部車輪に届こうとしたその瞬間。

「カイト、今だ!」

「アンパッキング・コード……『飢狼』および『影豹』! 解放、開始パッキング・オフ!」

 カイトが信管を後方へと射出した。

 地面に転がった小さな結晶が、タムの術式の解除と共に、猛烈な魔力の奔流を放ちながら膨れ上がる。

 ――ガウゥォォォォォォォン!!

 峡谷の静寂を切り裂いたのは、数ヶ月前にタムが完全に「保存」したはずの、あの荒々しい咆哮だった。

 アンパッキングされた瞬間、そこには倒された時と同じ鮮度……いや、タムの丁寧なパッキングによって魔力が純化された、かつてよりも凶暴な「飢えた狼」が姿を現した。

 そしてその影から、液体のように滲み出した「影豹」が、音もなく跳躍する。

 彼らにとって、数ヶ月の空白など存在しない。

 つい先ほどまで死闘を繰り広げていた相手が、目の前の「銀色の人形」に置き換わっただけだ。

 追跡していたオートマタたちが、予想だにしない「野生の暴力」の乱入に、わずかに動きを止めた。

 暗殺用オートマタの計算式には、存在しないはずの死者が、鮮度そのままに襲いかかってくるという事象は組み込まれていなかったのだ。

 狼が、オートマタの機械仕掛けの喉元に食らいつく。

 影豹が、その鋭い爪で銀色の装甲を引き千切る。

 馬車の中で、その光景を小窓から見ていたセレスが、小さく息を呑んだ。

『……タムさん。……あの子たちは……』

「……お嬢様。彼らは、私がかつて丁寧にお包みした方々です。……配送完了まで、箱の中で眠っていただいていたのですが、少しだけ『寄り道』に付き合ってもらうことにしました」

『……あの子たちも……私と同じように、いつか箱から出してもらえるのを、ずっと待っていたのかしら……』

 セレスの念話は、どこまでも澄んでいた。

 だが、その言葉はタムの胸に、鋭い針となって突き刺さる。

 ――いつか、彼女も「箱」から出さなければならない時が来る。

 その時、彼女を待っているのは、自由な未来か、それともアンパッキングされた瞬間に始まる、命の急速な燃焼(死)なのか。

「……師匠! 一体目は沈黙! 二体目も影豹が足止めしています! 今のうちに峡谷を抜けます!」

「ああ。……全速力で出せ。……彼らの『保存期間』は、そう長くはない」


 タムは、遠ざかる戦場と、そこに取り残された「かつての仕事」を、一度も振り返ることなく、馬車のスピードを上げた。


 峡谷を抜けた先。

 そこには、朝靄に包まれた未知の荒野が広がっていた。

 タムたちの、目的地なき配送は、ここから加速していく。

 ***

峡谷を抜け、追跡者の気配が完全に途絶えた頃、東の空が白み始めていた。

 カイトが馬車を街道から外れた巨岩の陰に停める。魔導馬たちは荒い息をつき、その体からは魔法の酷使による銀色の蒸気が立ち上っていた。

「……ひとまずは、振り切れたようですね」

 エドワードが杖を下ろし、深く息を吐いた。彼の顔には隠しきれない疲労の色がある。

 タムは無言で馬車の後部へと回り、背中に背負っていた「箱」を、平らな岩の上にゆっくりと降ろした。

 指先が微かに震えている。これから行うのは、梱包師としての禁忌――「未完成の荷物の開封」に等しい行為だからだ。

「お嬢様……。本来、この箱を開けることは、停滞していたあなたの時間を動かし、死を招くことと同義です」

『……はい。存じておりますわ。私は、この暗闇の中でしか生きられない、壊れた人形ですもの』

「ですが……私は、あなたに今の風を、土の匂いを知ってほしい。……私の『丁寧すぎる仕事』を信じてください」

 タムは集中を高め、両手を箱にかざした。

 展開したのは、【概念置換・移動式二重梱包】。

 箱の中の「停滞した時間」を、薄い膜のように引き出し、セレスの体の表面にピタリと吸着させる。それは、宇宙服のように彼女を外界の物理法則(流れる時間)から隔離する、目に見えない「ポータブルな保存空間」だった。

 カチリ、と蓋が開く。

 本来なら、外気が流れ込んだ瞬間に中身は風化し、崩壊するはずだ。しかし、タムが展開した膜が、強引に「箱の中の理」を維持し続けている。

『……あ……。空が、こんなに広いのですね』

 タムは膜の気密性をミリ単位で調整しながら、彼女の手を取った。

 地面に降ろされたセレスの足が、土を踏む。

 だが、その瞬間、タムの視界には彼女の全身で火花を散らす「因果の摩擦」が見えていた。

「……ぐっ……!」

 タムの腕に、鋭い痛みが走る。

 彼女を外界から隔離し続けるための「パッキングの維持コスト」を、タムが自分の生命力で肩代わりしているのだ。彼女が土を一歩踏みしめるたびに、タムの魔力が猛烈な勢いで削り取られ、鼻の奥から鉄の味がした。

『タムさん、見て。……私、歩いていますわ!』

 わずか二歩。

 彼女の笑顔は輝いていたが、タムの目には、彼女を包む魔法の膜が、外界の光や酸素に触れて激しく剥離していくのが見えた。

 限界だ。これ以上一秒でも長く晒せば、膜は破れ、彼女は一瞬で塵に還る。

「……ここまで、です!」

 タムは強引に彼女を抱き上げ、箱へと戻した。

 蓋を閉め、封印を再展開した瞬間、周囲の「時の流れ」による圧力が消失し、タムはその場に膝をついた。

「……お嬢様……。今の二歩で、私の寿命が一年分は縮んだかもしれません」

『……ふふ。……贅沢な、二歩でしたわ。ありがとうございます、私の梱包師さん』

 タムは、自分の掌に残った、膜越しに感じた彼女の微かな「重み」を見つめた。

 今のままでは、彼女を救うことはできない。

 外に出せば死ぬ。箱に入れれば、彼女の心はやがて死ぬ。

 

(……不老不死の器。それは、彼女を箱から出すためのものではない。……彼女自身を、壊れることのない『最強の箱』に変えるための作業なんだ)

「……エドワード、カイト」

 タムは立ち上がり、掠れた声で仲間に告げた。

「旅の目的地を決めます。……お父様がかつて研究を断念したという、北の『星屑の観測塔』へ向かいましょう。……彼女が、自分の足でどこまでも歩けるようになるために」

 一行を乗せた馬車は、再び走り出す。

 朝日に向かって。けれど、いつか訪れる結末へと続く、長い影を連れて。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

第十八話、いかがでしたでしょうか。

カイトのアンパッキングによる過去の魔物たちの躍動、そしてタムが身を削って作り出した、セレスにとっての「自由な二歩」。

「外に出れば即死する」という絶望的なロジックがあるからこそ、その数秒間の散歩が、命を懸けるに値するほど美しく描けたかと思います。

梱包師としての意地が、物理法則すらも一時的に欺く。

しかしその代償は、タム自身の生命を蝕んでいく……。

「タムの献身が切なすぎる」「二重梱包のアイデアがすごい!」という方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いいたします!

次回、第十九話。

到着した「星屑の観測塔」。

そこでタムたちは、セレスという少女がなぜ「荷物」として扱われなければならなかったのか、その根源的な設計図の一部を目撃することになります。

物語はさらに深化していきます。お楽しみに。

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