第十七話:拒絶の納品、自由へのパッキング
届け先を失った荷物は、どこへ向かうべきか。
かつて「丁寧すぎる」と蔑まれた男、赤石保が辿り着いたのは、王国が八百年間隠し続けてきた「美しき搾取」の祭壇でした。
ラスボスだと思っていた伯爵家が、実は真の黒幕である「お父様」のただの受け子に過ぎなかったという衝撃の真実。
セレスを新しい「器」に詰め替え、自分たちの所有物として永遠に縛り付けようとする伯爵に対し、タムは配達員としての最大の禁忌を犯します。
「この荷物、あなたに渡すわけにはいきません」
師匠の背中を追うエドワードの魔導、カイトの独創的な仕掛け、そしてリナが魅せる優雅なる風の包装。
仲間の成長と、タムの揺るぎない覚悟が、静止した歴史を動かし始めます。
目的地のない、けれど初めて自分の意志で選んだ「配送」が、ここから始まります。
クレイエル伯爵邸の地下、そこに広がる『再構築の祭壇』は、もはや邸宅の一部というよりは、巨大な「精密機械の内部」のようであった。
壁一面を覆う青白い魔力結晶が脈動し、その中心には、最新の魔導工学の粋を集めた第四世代型オートマタの器が横たわっている。血の通わない、しかし完璧なまでの美しさを持つその人形は、主を待つ空のコンテナそのものだった。
「さあ、早くしろ。特級配達員」
祭壇の階段上で、現・クレイエル伯爵が急かすように右手を差し出した。
「その古びた箱から、セレス様の魂をこの『完璧な器』へ移すのだ。それこそが、我が一族が八百年前より課せられた、唯一にして絶対の使命……『お父様』の命令なのだから」
タムは、背中に負った箱の重みを感じながら、ゆっくりと顔を上げた。
大書庫で目にした、あの統計的な誤差の記録。そして、十五話で読み解いた日誌の狂気。
目の前の伯爵は、自分が誇り高き当主であると信じているようだが、その瞳に宿っているのは、ただ「納期」を恐れる下請け業者の焦燥でしかなかった。
「……伯爵。一つ、検品の結果を報告させていただきます」
タムの声は、地下室の冷気に混じって低く響いた。
「何だ? 儀式の前に、報酬の交渉でもしたいのか」
「いいえ。……あなたは、この荷物の『受取人』として不適格です。よって、本件の配送は、私の独断により『受取拒否』として処理いたします」
一瞬の静寂。
伯爵の顔が、驚愕と、次いで沸き起こる激昂によって真っ赤に染まった。
「……貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか!? 配送員風情が、クレイエル家の意志に、いや、王国の理に背くというのか!」
「クレイエル家の意志、ですか」
タムは冷めた瞳で、祭壇を見渡した。
「あなたは意志を持っているのではない。ただ、八百年前から届き続ける『荷物』を、言われた通りに詰め替えて、保存しているだけの、ただの『受け子』だ。……あなたも、あなたの先祖も、お父様という男の傀儡に過ぎない」
「黙れ! 衛兵! この無礼者を捕らえろ! 箱を、セレス様を力ずくで奪え!」
「衛兵! 逃がすな! 結界を二重に展開しろ! 荷物を、セレス様を取り戻せ!」
伯爵の絶叫が地下ドームに反響し、四方の柱から真紅の魔導糸が吹き出す。それは獲物を絡め取らんとする蜘蛛の糸のように、タムたちの周囲を埋め尽くしていった。
「……師匠、ここは僕に任せてください!」
カイトが叫び、背負っていた大型の工具鞄を床に叩きつけた。彼が取り出したのは、王都のジャンク屋で集めた部品をタムの「梱包魔法」で極限まで圧縮した、特製の魔導炸裂弾だ。
「『梱包解除』――最大出力!」
掌サイズの球体が瞬時に膨張し、爆発的な反発エネルギーを放つ。物理的な破壊ではなく、「空間の圧力差」を利用したその衝撃は、迫り来る魔導糸を無慈悲に引き千切った。
だが、伯爵側の魔導師たちも引き下がらない。十数名が同時に詠唱を開始し、巨大な火炎の蛇と氷の槍がタムたちを全方位から襲う。
「――あら、そんなに力任せじゃ、綺麗な中身が台無しよ?」
リナが一歩前へ出た。その手には、愛用の大箒。
彼女は第十話の氷晶花の原野で見せた、あの独特の足運びで円を描く。
「風の包装……展開!」
リナが箒を振るうと、彼女を中心に幾重にも重なる「風の薄膜」が形成された。迫り来る火炎の蛇がその膜に触れた瞬間、リナは手首を返して風の渦を反転させる。
直撃させるのではない。「風で包み込み、軌道をずらす」。
リナの放つ風は、タムの梱包術と同じく「層」を成していた。激しい炎も、鋭い氷の槍も、その風の層に絡め取られることで威力を殺され、リナの意志のままに中空で円を描き始める。
「さあ、あなたたちの贈り物、そのままお返しするわ!」
リナが箒を突き出すと、風に包まれて無力化されていたはずの火炎と氷が、元の主たちへと正確に射出された。
「なっ……自分の魔法が返ってくるだと!?」
驚愕に目を見開く魔導師たちを、自分たちの放った魔法の残滓が襲う。リナは氷晶花の時と同じく、最小限の動きで、しかし確実に戦場を支配していた。
その隙を突いて、伯爵が隠していた「自動防衛ゴーレム」が地響きを立てて迫る。
「無駄だ。そんな小細工、この古代の守護者の質量には通じぬ!」
伯爵の嘲笑。しかし、これまで静かに詠唱を続けていたエドワードが、杖の先を冷たく光らせた。
「……伯爵。あなたは、師匠の教えを何も理解していなかったようですね」
エドワードが描いたのは、局所的な「重力梱包」の術式だ。
「魔法とは、世界の理を書き換える行為ではない。理の隙間に、自分の意志を梱包することだ。……墜ちなさい」
ドォォォォン!
ゴーレムの足元、わずか数センチの空間をエドワードは「極限まで質量を圧縮した箱」として定義した。
岩の巨躯が自らの重さに耐えきれず、内部から崩壊を始める。それは、かつてタムが「丁寧すぎる」と言われたこだわりの結晶――緻密な計算と正確なパッキングが成せる、合理的な破壊だった。
崩れ落ちるゴーレムを足場に、カイトがワイヤーを使って空中を舞う。
「仕上げだ! 師匠、出口までの最短ルート、パッキング完了しました!」
カイトが放った信号弾が、地下室の天井を一部破壊し、降り注ぐ月光が祭壇を照らし出した。
タムは、二人の弟子の成長を、そしてリナの献身を背中で感じながら、箱の中のセレスを抱きしめる。
「……素晴らしい検品だ、全員」
タムの声には、かつての派遣社員としての卑屈さは微塵もなく、一国の物流を支配する特急配達員としての、そして一人の少女の守護者としての威厳が宿っていた。
「さあ、納品拒絶の最終工程です。……伯爵、お前の用意したこの『器』。あまりにも中身が空っぽすぎて、私の箱に入れる価値もない」
タムが祭壇の床に手を触れる。
瞬間、地下室全体の「空間」が、タムの魔力によって巨大な箱として定義された。
「『全件返送』」
物理的な破壊ではない。祭壇に集まっていた膨大な魔力エネルギーを、すべて「主(伯爵)」の元へと強制的に送り返す、パッキングの反転。
伯爵が叫び声を上げる暇もなく、彼は自らが用意した第四世代型オートマタの器と共に、逆流した魔力の光の中に「梱包」され、闇の底へと押し流されていった。
エドワードが杖を振り、目眩ましの閃光を放つ。その隙に、カイトが祭壇の仕掛けを破壊し、退路を確保する。
タムは、箱の中のセレスに、心の中で語りかけた。
(……お嬢様。もう、あんな冷たい人形の中に閉じ込められるのは、終わりにしましょう)
『……タムさん。……私、怖いですわ。でも、あなたの手は、とても温かいです』
セレスの震えるような念話。
その瞬間、祭壇の奥から、伯爵の怒号をも黙らせるような、おぞましい魔力の波動が放たれた。
――ガチリ。
万年筆の先を、石板に叩きつけるような硬質な音が、全員の脳内に直接響く。
伯爵が、恐怖に顔を引きつらせて膝をついた。
「……お、お父様……?」
祭壇の背後、闇の中からゆっくりと現れたのは、肉体を持たないはずの、しかし圧倒的な質量を感じさせる「影」だった。
それこそが、八百年の間、器を替え、名前を変え、この国の裏側で生き永らえてきた本物のラスボス――セレスの「お父様」の残滓。
「……誰だ。私の配送計画を、勝手に書き換えようとする無粋な『運び屋』は」
その声を聞いた瞬間、タムは確信した。
この男にとって、セレスは娘ですらない。自分の魂を未来へ繋ぐための、最も純度の高い「予備のパーツ」なのだ。
「私はタム。……世界で一番丁寧な仕事を自負する、ただの梱包師です」
タムは、その圧倒的な重圧を、自らの梱包スキルで受け流しながら、不敵に微笑んだ。
「お父様。……あなたの梱包は、あまりにも古すぎる。私は、彼女をあなたから奪い、誰も届かない場所へ『再配送』してみせる」
タムはセレスの箱を抱え上げ、背後の仲間に合図を送った。
崩落する地下祭壇から、月明かりの下へ。
カイトが待機させていた六輪馬車に、一行は飛び乗った。
リナが放った特大の煙幕が、王都の警備兵たちの視界を丁寧にパッキングして遮る。
「……タムさん、皆さん……ありがとうございます。……私、こんなに夜風が気持ちいいなんて、知りませんでしたわ」
箱の中から、セレスの少しだけ弾んだ、けれどどこか切ない声が聞こえる。
馬車を走らせながら、タムは王都の背後に広がる夜の深淵を見つめた。
そこには、伯爵という傀儡を捨て駒にし、悠久の時を生きる「お父様」という名の怪物が、不愉快そうに目を細めている気配があった。
「カイト、全速力でクレイエル領の外へ。……エドワード、追跡を断つための迷彩梱包を。……リナさん、悪いけれどお嬢様の好物を用意しておいてください。……旅は、長くなりますよ」
「了解です、師匠!」
「任せなさいって! 氷晶花の原野より、もっと素敵な景色を見せてあげるわ」
「……どこまでも、お供しますよ」
馬車は、王国の法を、歴史を、そして「不滅」という名の呪縛を置き去りにして、未踏の荒野へと駆け出した。
王都を脱出し、荒野へ。
そこには、不老不死という偽りの「器」を求める、果てしない旅が待っている。
「行きましょう。……本当の、検品の旅へ」
伯爵邸を包む爆炎を背に、タムたちの馬車は夜の闇へと消えていった。
タムの手は、二度とセレスという荷物を手放さないように、しっかりと手綱と、そして背中の箱を繋いでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
伯爵邸からの脱出劇、いかがでしたでしょうか。
リナの「氷晶花の原野」を彷彿とさせる流麗な戦い、エドワードの重力梱包、そしてカイトのアンパッキングによる支援。タムが教えた「丁寧な仕事」が、それぞれ独自の形となって結実し、伯爵という『受け子』を圧倒するシーンは、一つの大きな節目となりました。
しかし、脱出の瞬間に現れた「お父様」の影。
彼は自ら魂を移し替えながら生き長らえる、いわば「配送計画」そのものの化身です。
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次回、第十八話。
王都の追手を振り切るため、タムが取り出したのは、かつて自分がパッキングした『在庫』でした。
旅は、まだ始まったばかりです。
お楽しみに。




