第十三話:因縁の積載
お読みいただきありがとうございます。
特級配達員試験、最終課題。
タムに与えられた「積み荷」は、かつて自分たちを嘲笑い、そして森で自滅した宿敵・カイトでした。
感情を殺し、ただ「最良の配送」を追求するタム。
その揺るぎない背中を信じ、刃を振るうリナ。
運んでいるのは、ただの人間か、あるいは「騎士の誇り」か。
セントラル・ハブから王都へ至る一本道で、三人の、そして箱の中のセレスの運命が交錯します。
プロの矜持が、折れた剣を再び繋ぐ物語。どうぞお楽しみください。
セントラル・ハブの地下演習場に、金属質な声が響き渡った。
「――最終試験の課題を発表する」
監察官が、高みからタムたちを見下ろして宣言する。
「課題は『重要人物の王都護送』。ここセントラル・ハブから王都『クレイエル』の正門まで、指定された積み荷を傷一つなく、かつ予定時刻通りに送り届けろ。これが完遂された時、貴公を特級配達員と認めよう」
その言葉と共に、奥の重い鉄扉が開き、一人の男が引き立てられてきた。
ボロボロになった黄金の甲冑。脂汗にまみれた土気色の顔。かつての傲慢な光を失い、焦点の定まらない目で虚空を見つめるその姿に、リナが息を呑んだ。
「……カイト!?」
そこには、聖騎士団の誇りを森の胞子に焼かれ、廃人同然となって「移送」を待つカイトの姿があった。
監察官は、タムの表情を値踏みするように薄笑いを浮かべる。
「彼は精神を病み、現在、聖騎士としての資格を凍結されている。王都での再審問のため、安全に送り届ける必要があるのだ。……どうした、タム。私怨のある相手を運ぶのは、お前の『プロ意識』とやらが許さないか?」
リナが剣の柄を激しく握りしめ、一歩前に出ようとした。
「ふざけないで! 私たちの旅を何度も邪魔して、セレス様を狙った男を助けろっていうの!? タム、こんなの――」
「リナさん」
タムの静かな声が、リナの激昂を遮った。
タムはカイトに近づくと、その震える肩や脚の筋肉の状態を、まるで家畜の健康状態でも見るかのように淡々と観察し始めた。
「……身長百八十センチ、体重七十五キロ。後遺症による四肢の痙攣あり。重心の安定性は極めて低い……。梱包区分は『精密・要介護貨物』。……はい、引き受けます」
「タム!?」
「リナさん、今の彼は『カイト』じゃない。……俺たちが王都へ入るための『通行証』であり、守り抜かなければならない『預かり物』です」
タムの瞳には、怒りも、憐憫もなかった。
そこにあるのは、ただ「最適な積載」を計算する、凍りついたような理知だけだった。そのあまりにも徹底したプロの姿に、リナは戦慄すると同時に、この男になら自分の命さえも預けられるという、歪で深い信頼を感じずにはいられなかった。
***
王都へ至る「黄金街道」。
タムたちは、用意された特注の魔導馬車にカイトを乗せ、一路、北へと向かっていた。
馬車の中、カイトは毛布に包まり、ガタガタと震えながら呻き声を上げていた。
「……殺せ……。いっそ、あの森で死なせてくれればよかったんだ……。運び屋なんかに、情けをかけられて……俺は……」
タムは御者台に座りながら、カイトの呟きを完全に無視していた。
彼は定期的に馬車を止め、カイトの座る位置を微調整し、衝撃を吸収するためのクッションを「梱包」の知恵で最適化し続けていた。
「タム、少し休んだら?」
馬車の横を並走していたリナが、心配そうに声をかける。
彼女は道中、タムの背中を狙う監察官の刺客や、混乱に乗じた野盗を、一言も発さずに斬り伏せ続けていた。
「いえ。……カイトの痙攣の間隔が短くなっています。振動をさらに一割カットしないと、王都に着く前に『積み荷』の精神が壊れる」
「……あなたは本当に、徹底しているわね。私なら、あんな奴、馬車の後ろに引きずっていきたいくらいなのに」
「俺も、彼個人に興味はありません。……でも、リナさん。俺が今、こうして運ぶことに集中できているのは、あなたが周囲の『ノイズ』を全て消してくれているからです」
タムが御者台からリナを見下ろし、小さく微笑んだ。
「あなたが剣を振るうたびに、この馬車の『配送精度』が上がっていく。……リナさんは、俺の物流における、最高のパートナーですよ」
リナは、不意に顔が熱くなるのを感じた。
甘い言葉ではない。仕事の評価だ。だが、自分の存在がタムの「完璧な仕事」の一部として不可欠だと言われたことが、何よりも彼女の胸を打った。
「……バカ。……そんなの、当たり前じゃない。あなたの背中を守るのは、私の専属任務なんだから」
二人の間に、不思議な一体感が流れる。
「運ぶ男」と「守る女」。
目的を同じくする二人の魂が、この過酷な試験の中で、これまで以上に深く、強く結びついていくのを、背中の箱の中のセレスも静かに見守っていた。
***
街道の中腹、ついに決定的な「妨害」が現れた。
監察官直属の暗殺部隊が、森の影から一斉に姿を現したのだ。
「試験の中止を通告する! 重要人物カイトの容態が悪化した。直ちに身柄をこちらへ渡せ!」
嘘だ。カイトを奪い、タムに不名誉な「配送失敗」の刻印を押すための口実だ。
リナが抜刀し、鋭い殺気を放つ。
「……タム、止まらないで。そのまま突き進んで!」
「……了解。配送、継続!」
タムは手綱を握り、馬車を加速させる。
スキルが封じられたままでも、タムには「重心の制御」という物理の知恵がある。馬車の揺れを最小限に抑えつつ、追手の進路を塞ぐような絶妙なライン取りで、巨体を走らせる。
「はあああっ!」
リナの剣が閃く。彼女は馬車の屋根に飛び乗り、上空から襲いかかる魔導矢を叩き落とし、肉薄する暗殺者たちを流れるような身のこなしで蹴散らしていく。
タムが馬車を揺らさないよう微調整するたび、リナはその揺れを「予動作」として利用し、さらに鋭い一撃を繰り出した。
二人の動きは、もはや一つの生命体のようだった。
タムが道を選び、リナが敵を断つ。
その完璧な連動に、暗殺者たちは手も足も出ず、次々と街道の塵へと消えていった。
***
その戦いを、馬車の小窓から見ていた者がいた。
カイトだ。
彼は、自分がかつて「泥臭い雑用」と切り捨てた物流の現場で、これほどまでに気高く、これほどまでに命を懸けた「誠実さ」が存在することに、打ちのめされていた。
『……カイト様。聞こえますか?』
不意に、頭の中に鈴を転がすような、しかし凛とした声が響いた。
背負い袋の箱にいる、セレスの念話だ。
『タムさんは、あなたを救うために走っているわけではありません。……でも、彼は「預かった命」を、自分の命よりも重く扱っています。……それが、あなたの知らなかった「誇り」の形ではありませんか?』
カイトの瞳から、一筋の涙が溢れた。
自分は、地位や名声のために剣を振るっていた。だが、目の前の男は、ただ「届ける」という約束のために、世界全てを敵に回しても揺らがない。
(……俺は……何を、間違えたんだ……)
カイトは、震える手で、座席に転がっていた自分の折れた聖剣を握りしめた。
魔力は戻らない。騎士としての資格も失った。
だが、今の彼には、初めて「守りたい」と思う背中があった。
***
王都『クレイエル』の巨大な正門が見えてきた。
そこには、武装した監察官の大部隊が、バリケードを築いて待ち構えている。
「そこまでだ、ラスト・マイル! 荷物を降ろし、投降しろ!」
タムは馬車を止めなかった。
「……リナさん、衝撃に備えてください。……強行突破します」
「……いつでもいけるわ、タム!」
だが、激突の寸前。
馬車の扉が勢いよく開き、ふらつきながらも、カイトが外へと身を乗り出した。
「――控えよ、無礼者共がッ!」
その声には、全盛期のような傲慢さではなく、死線を越えた者だけが持つ、魂を震わせる威厳が宿っていた。
カイトは折れた剣を高く掲げ、門を守る兵士たちを一喝した。
「この私は、特級配達員候補・タムによって、完璧に送り届けられた! 配送に一点の曇りもなし! ……この男の道を防ぐ者は、聖騎士たる私の名誉にかけて、この私が……斬り伏せる!」
兵士たちが、その気迫に気圧され、道を開ける。
監察官たちが顔を青ざめ、立ち尽くす中、タムの操る馬車は堂々と王都の正門をくぐり抜けた。
***
王都のギルド本部。
配送を完遂し、カイトを医療班へ引き渡した後、タムとリナは夕暮れの広場で並んで座っていた。
「……カイトの奴、最後に美味しいところ持っていったわね」
リナが、少しだけ不服そうに、しかしどこか満足げに呟く。
「……ええ。おかげで、予定時刻より二分も早く納品できました。……上出来です」
タムは、包帯に包まれた手を眺めた。
そこには、リナと一緒に戦い、カイトを運び抜いた熱い感覚が残っている。
「タム。……私、あなたの隣で戦えて、良かったわ」
リナが、タムの肩に、そっと自分の頭を預けた。
二人の影が一つに溶け合い、リナの耳たぶが夕日に赤く染まる。タムがその肩を抱き寄せようとした、その時だった。
「――ほうほう! 実に素晴らしい、熱い信頼の形ですな! まさに『荷物』と『受取人』が結ばれる瞬間に立ち会ったような気分ですぞ!」
背後から、不自然なほどハリのある大声が響いた。
二人が跳ねるように離れて振り返ると、そこにはエドワードがいた。彼はいつの間に用意したのか、どこからか取り出した「王都名物の串焼き」を器用に杖で支えながら、満足げに髭を撫でている。
「エ、エドワードさん!? いつからそこに……!」
リナが顔を真っ赤にして叫ぶが、老魔導師はどこ吹く風で、じりじりと二人の間に割り込んできた。
「いやあ、カイト殿の説教を暗算しながら聞いておったのですがな。お二人の魔力の波長があまりに綺麗に共鳴しておったもので、つい、解析のついでに観察させてもらいましたわい。タム殿、リナ殿の体温上昇率は平時の二割増し、心拍数は……」
「わああああ! 言わなくていいです! 鑑定しないでください!!」
リナがエドワードの口を塞ごうと飛びかかるが、老人はひらりとかわし、今度はタムの横腹を肘で突いた。
「タム殿も、配送の時より良い顔をしておられる。いやはや、若者の『高揚感』という名の積み荷は、老骨には少々重すぎますな。はっはっは!」
「……エドワードさん。……今は、そういう計算、必要ないですから」
タムは頭を抱え、深いため息をついた。
夕暮れの王都に、リナの怒鳴り声と、エドワードの品のない高笑い、そしてタムの諦め混じりの苦笑が響き渡る。
感動的な再起と絆の余韻は、老魔導師の容赦ない「野次馬根性」によって、あっさりと霧散していった。
――だが、その騒がしさこそが、彼らが過酷な試験を共に乗り越えた、何よりの証でもあった。
特級配達員試験、合格。
だが、彼らの本当の戦い――王国の闇を暴く配送は、ここからが本番だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
第十三話、ついにタムが特級配達員としての資格を掴み取りました。
宿敵カイトとの奇妙な共闘、そしてリナとの深まった絆。
「物流」という誠実な仕事が、かつての敵の心さえも運び変える。そんな熱い展開を楽しんでいただけていれば幸いです。
しかし、王都の門をくぐったのは、あくまで「始まり」に過ぎません。
手元には依然として、正体不明のコンテナと、箱の中に眠るセレスがいます。
「カイトの叫びに鳥肌が立った!」「リナとタムの距離感にニヤニヤした!」という方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします!
皆様の一票が、王都に渦巻く陰謀へと立ち向かうタムたちの、最も頼もしい追い風になります!
次回、第十四話。
王都『クレイエル』に足を踏み入れたタムたちを待っていたのは、煌びやかな表舞台と、その裏で蠢く「真の依頼主」の影でした。
特級配達員となったタムの、最初で最大の仕事が始まります。
お楽しみに!




