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第12話:紐と知恵の結び目

お読みいただきありがとうございます。

ついに始まった特級配達員試験。

しかし、そこは魔力が一切封じられる「沈黙の石」に支配された、梱包師タムにとって最大の逆境の地でした。

最大の武器である『梱包スキル』を奪われたタム。

嘲笑う監察官たちを前に、彼は前世で培った「物理」の知恵と、仲間の力を結集させます。

魔法に頼らぬ、剥き出しのプロフェッショナリズム。

ラスト・マイルが一丸となって挑む、不可能配送の幕開けです。

 「帰らずの森」の湿った静寂を抜け、三日間の強行軍の果てにタムたちの眼前に現れたのは、これまでの辺境の風景を塗りつぶすような、巨大な石と鉄の怪物――大都市『セントラル・ハブ』であった。

 王都へ至る全ての街道が収束し、王国の血液とも言える物資が二十四時間休みなく流れ込むその街は、さながら巨大な心臓のようだった。

 街の周囲を囲むのは、バラムの街の倍以上の高さを誇る多重防壁。その門をくぐった瞬間、タムたちの鼓膜を震わせたのは、数千、数万の人間が放つ熱気と喧騒、そして異世界特有の「魔導技術」が奏でる重低音だった。

「……ふむ。相変わらず、せわしない街ですな」

 エドワードが目を細めて見上げる先、街の中央を貫く巨大な運河には、帆ではなく魔導機関で動く巨大な平底船が列をなし、荷降ろし用の魔導クレーンが、重々しい金属音を立ててコンテナを吊り上げている。

 空を見上げれば、特級以上の配達員のみが使用を許される「飛竜便」が、その翼で太陽を遮りながら王都の方向へと滑空していった。

「タム、見て。……あの兵士たちの数。バラムとは比べものにならないわ」

 リナが警戒を露わに呟く。

 街道の各所には、洗練された漆黒の鎧に身を包んだ監察軍が配置され、通行人の荷物を厳重に検閲している。タムたちが牽引する「漆黒のコンテナ」と、彼が背負う「セレスの箱」。その存在は、この整然とした物流都市において、あまりにも異質で、不吉な異物のように浮いていた。

「……物流の密度が上がれば、監視の目も厳しくなる。前世の巨大ターミナルと同じですよ」

 タムは淡々と答えながらも、自身の周囲を取り囲む監察官たちの冷たい視線を感じていた。

 彼らはタムを「英雄」としてではなく、「王国の秘密コンテナを握る危険因子」として扱っている。それは、バラムから同行している監察官が、街に入るなり絶え間なく鳩便(魔導通信)を飛ばしていることからも明らかだった。

 一行は休息を許される間もなく、街の中央に鎮座するギルド総本部、通称『アイアン・ゲート』へと連行された。

 そこは、石造りの要塞のような建物で、正面玄関には歴代の「特級配達員」たちの肖像が、神聖な守護者のように並んでいる。しかし、タムたちが案内されたのは、華やかな正面玄関ではなく、建物の裏手にある、重厚な鉄格子の先――地下深くへと続く螺旋階段だった。

 地下に降りるにつれ、外の喧騒は遠のき、代わりに冷ややかな空気と、魔力を遮断する石特有の、無機質な静寂が支配を強めていく。

 松明の炎が揺れる湿った廊下を歩かされながら、監察官が背後から冷たく告げた。

「……お前が運んできたそのコンテナは、すでに我々の管理下にある。……だが、その所有権と『特級』の称号が欲しければ、この地下にある『第四演習場』での試験を突破してみせろ。……もっとも、これまで何百人という腕利きが、ここでそのプライドを砕かれてきたがな」

 タムは答えず、ただ自分の足音を数えながら歩いた。

 やがて辿り着いたのは、直径五十メートルはあろうかという、巨大なドーム状の空間。

 その壁面には、無数の「沈黙のアンチ・マジック・ストーン」が、鈍い灰色の光を放ちながら埋め込まれていた。

 そこへ踏み込んだ瞬間、タムの意識の一部を占めていた「梱包スキル」の感覚が、まるで糸が切れた人形のように、ぷつりと消失した。

 体内の魔力回路が凍りつき、指先一つ動かすのにも、これまでにない重労働を強いられるような感覚。

 タムは、その不自由さを噛みしめるように、包帯の巻かれた手をゆっくりと握り、そして開いた。


(……なるほど。スキルが、完全に死んでいるな)

 タムは、包帯が巻かれた自分の両手を見つめた。

 普段なら意識するだけで展開できる「真空の膜」も、中身を固定する「時間停止」も、今の彼には一ミリも発動できない。隣では、エドワードが自慢の杖をただの「歩行補助の棒」として使いながら、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「……いいですよ。……スキルがなくても、荷物は運べます。……それが、俺のいた世界の『当たり前』でしたから」

 タムの瞳に宿ったのは、逆境を楽しむかのような、歪んだプロの笑みだった。

 暗がりの中から、試験官たちが用意した「悪意の結晶」とも呼べる異形の荷物が、ゆっくりと運び込まれてくるのを、彼は静かに見据えていた。

「……タム殿。これは、いささか悪趣味な試験ですな。魔法を封じ、肉体の強靭さのみを問うというのか。これでは配達員ではなく、ただの『荷運び牛』ではないか」

「いえ、エドワードさん。ギルドの意図はもっと嫌らしいところにある。……見てください。用意された荷物を」

 演習場の中央に置かれたのは、歪な多面体の形をした「魔導水晶の原石」を、積み木のように重ねた代物だった。

 表面はガラスのように滑らかで、一切の引っ掛かりがない。さらに、その中には「重力変動を起こす液体」が封入されており、傾けるたびに重心が不規則に移動する。

 魔法による固定ができなければ、持ち上げることすら困難な、物流における「最悪の形状」だった。

 観覧席の最上段から、監察官が冷笑を浮かべてタムを見下ろしている。

「……さあ、始めろ。第十二代・特級配達員候補、タム。条件は、その荷物を、あの入り組んだスラムを模した演習路の先にあるゴールまで、傷一つつけずに届けることだ。……魔法という杖を奪われたお前に、何ができるか見せてもらうぞ」

 タムは無言で、腰に下げたポーチから、前日に買い揃えていた「数本の麻縄」と「数枚の厚手の布」を取り出した。

「リナさん。あなたの身のこなしが必要です。……俺の指示通りに、荷物の『支点』を支えてもらえますか?」

 リナは、魔力を失いながらも失われない、しなやかな筋肉を躍動させ、頷いた。

「……ええ。魔法が使えないなら、私があなたの『腕』になるわ。タム、何をすればいい?」

「物理演算を開始します。……エドワードさん、荷物の内部液体の流動周期を、あなたの暗算で予測してください。……重心が移動する瞬間の、コンマ一秒の『揺れ』を俺に伝えてもらう必要があります」

「ふむ……魔導計算機を使わず、この老骨の脳を使えと。……面白い、やってみせましょう!」

 タムは、無造作に置かれた原石の山に向き合った。

 魔法が使えない? だからどうした。

 前世のタムが働いていた現場には、便利な魔法など一つもなかった。あったのは、劣悪な梱包資材と、重い荷物、そして「紐一本でどんな荷物も固定してみせる」というベテランたちの職人技だけだった。

「……物流の本質は、重心の支配です」

 タムは、厚手の布を原石の接地面に挟み込み、摩擦係数を調整する。

 そして、麻縄を魔法のように複雑な軌道で原石に巻き付けていった。

 彼の手つきに迷いはない。前世で数千、数万回と繰り返した「南京結び」や「巻き結び」。それらを組み合わせ、原石の「歪な角」を利用して、網目状のサスペンション構造を作り出していく。

「……右、三秒後に重心が五センチメートル下がる!」

 エドワードが、原石の振動音と傾きから鋭く叫ぶ。

「リナさん、左斜め下の縄のテンションを緩めて! 遊びを作って衝撃を逃がす!」

「了解!」

 リナが、驚異的な反射神経で縄の一端を引き絞る。

 本来なら崩れ落ちるはずの不安定な原石の山が、タムの編み上げた「縄の檻」の中で、生き物のようにその形状を維持したまま、タムの背中に吸い付くように固定された。

 魔法による強引な固定ではない。

 物理的な張力と、重心の緻密な計算による「動的な安定」。

 それこそが、タムが到達した、スキルに頼らない梱包の極地だった。

 タムは、巨大な荷を背負い、一歩を踏み出した。

 

「……な、なんだと……!? 魔法を使わず、あの悪意の塊のような荷物を担ぎ上げただと……!?」

 監察官の驚愕の声が響くが、タムはそれすらもノイズとして処理した。

 演習路には、倒壊した家屋や、ぬかるんだ泥道、狭い足場が待ち受けている。

 魔法が使えなければ、足場の安定も、衝撃の遮断もできない。

 

 だが、タムには「仲間」がいた。

 ぬかるんだ道では、エドワードが杖で地面を突き、地質の硬度を瞬時に判別してタムの足場を指示する。

 狭い足場では、リナがタムの身体の揺れを逆方向に引くことで、ジャイロスコープのようにバランスを制御する。

 タムは、その二人の情報を自身の神経に統合し、最も負荷の少ない「歩法」で迷路を抜けていった。

(……そうだ。一人で運ぶ必要はない。物流は、点ではなく『線』で繋ぐものだ)

 背中の箱の中で、セレスが不安そうに、しかし信頼を込めて、タムの肌に魔力の代わりの「温もり」を伝えてくる。

 魔法が通じない世界でも、心の繋がりまでは遮断できない。

 一歩、また一歩。

 魔法の光を失った薄暗い演習場で、タムたちの「ラスト・マイル」は、泥臭く、しかし誰よりも正確に進んでいく。

 そして、ゴールライン。

 タムは、静かに荷物を地面へと降ろした。

 麻縄を解くと、中から現れた魔導水晶の原石は、一カ所の傷もなく、最初と同じ積み方のまま、そこに鎮座していた。

「……配送、完了。……検品をお願いします」

 タムの声は、静寂に包まれた演習場に、誇り高く響いた。

 魔法を封じられた絶望の地で、彼は「ただの人間」として、この世界の傲慢な常識を、紐一本で縛り上げたのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

スキルを封じられたタム。

しかし、彼を支えたのは魔法ではなく、泥臭い努力で培った「物理の知恵」と、かけがえのない「仲間」でした。

リナ、エドワード、そして箱の中のセレス。チームが一丸となって不可能を可能にする姿、お楽しみいただけましたでしょうか。

プロの道具は、スキルだけではない。

一本の紐さえあれば、世界は繋げられる。タムのそんな矜持が伝わっていれば嬉しいです。

「タムの職人技に痺れた!」「リナとエドワードとのコンビネーションが最高!」という方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いいたします!

皆様の一票が、タムたちが次なる「最終試験」へ挑むための、最強の追い風になります!

次回、第十三話。

特級試験はいよいよ最終局面へ。

王都への門が開かれようとする中、タムが引き受けることになった「ある積み荷」。

それは、過去の因縁とこれからの運命を大きく狂わせる、招かれざる「異物」でした。

お楽しみに!!

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