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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第一幕:梱包師タムの物語

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115/278

第115話:リナの残響

読者の皆様、いつもご愛読ありがとうございます。

バラバラに分断された「中継センター」の迷宮。

第115話でスポットを当てるのは、聖騎士リナ、そして彼女に宿る魂セレスです。

お父様のシステムが仕掛けたのは、物理的な攻撃だけではありませんでした。それは、リナが心の奥底に封印していた、孤独と敗北の記憶。

「自分は正しかったのか?」

「自分は誰からも愛されていなかったのではないか?」

完璧なシステムが突きつける人格否定の刃を前に、守るべき鎧さえも剥ぎ取られていく絶望の底。

リナが泥の中で見出す、自分自身の「本当の価値」とは。

一人の騎士が、虚飾を脱ぎ捨てて真の強さを掴み取る、再起の物語をお届けします。

 廃棄ダクトを滑り落ちた先は、一切の光が届かない沈黙の墓場だった。

 積み上げられているのは、役目を終えてひしゃげた鉄屑と、お父様の管理から漏れて朽ち果てた「かつての勇者たち」の骸。

 「……カイト……? ゼロ……?」

 リナの声が虚しく反響し、闇に溶ける。返ってくるのは、冷徹な機械の駆動音だけ。

 その時、リナの全身を包む鎧――セレスティアが、悲鳴のような金属音を立てて激しく震え始めた。

 『――不備在庫の清浄化。……特定重要備品の強制剥離を開始』

 無機質なアナウンスと共に、天井から無数の黒い触手が降り注ぐ。それはリナを攻撃するのではなく、彼女の肌に密着している「セレスティア」だけを、無理やり引き剥がそうとする機械の指だった。

 「なっ……やめろ! セレスを奪うなッ!!」

 リナは剣を抜き放ち、触手を切り払う。だが、触手は斬られる端から増殖し、さらに執拗に鎧の継ぎ目に指先をねじ込んでくる。セレスの苦悶に満ちた振動が、リナの肌を刺した。

 

 「……まだ、そんなゴミにしがみついているのか。リナ隊長」

 闇の向こうから、懐かしくも忌々しい声が響いた。

 カチ、カチ、と規則正しい拍車はくしゃの音が近づいてくる。

 現れたのは、かつてリナと共に聖騎士団でしのぎを削った同期の男たち。そして、彼女が最も目をかけ、厳しくも慈しんできたはずの後輩、エレンだった。

 だが、その瞳には光がなく、お父様のシステムによって精密に再現された「悪意の幻影」が宿っている。

 「あの日……戦場で足が折れた貴方を見て、私たちがどう思ったか知っていますか?」

 後輩のエレンが、軽蔑に満ちた笑みを浮かべる。

 「清々したんですよ。……規律、規律と、自分だけが正しいフリをして。貴方が倒れて動けなくなった時、誰も貴方の手を引こうとはしなかった。……それが、貴方の築いた『絆』の正体だ」

 リナの脳裏に、あの日の冷たい泥の感触が蘇る。

 敵の猛攻で部隊は散り散りになり、リナは折れた足を抱えて一人、野に捨てられた。誰も来ない。助けを呼ぶ声は、風に掻き消された。

 (……私は、何を間違えた? ……誰よりも正しくあろうとしたのに。……どうして、誰も助けてくれなかった……?)

 「……やめろ……。そんな話は……」

 「貴方に相応しいのは、その神々しい鎧ではない。……泥に塗れた、この包帯だ」

 同期の男たちが、汚れた包帯を投げつける。

 それはかつて、リナが泣きながら、折れた足を剣に固定するために巻きつけた、絶望の記憶そのものだった。


 「――あ、がっ……あぁあああッ!!」

 リナの絶叫が、静寂の墓場を切り裂いた。

 天井から降り注ぐ無数の機械の指が、鎧の合わせ目に食い込み、リナの皮膚を裂くほどの勢いで「セレスティア」を外側へ引き剥がしていく。ボルトが弾け飛び、魔力の供給線が千切れるたびに、リナの全身を火傷のような衝撃が突き抜けた。

 「嫌だ……やめろ! セレス……私から、彼女を奪わないでくれ!!」

 リナは血に濡れた手で、剥がされゆく胸当てを必死に抑えつける。だが、その背後から元同期の聖騎士たちが、無慈悲な一撃を叩き込んだ。

 「無様だな、リナ。その鎧は『正しい者』が纏うためのものだ。部下からも、同僚からも、誰からも望まれなかったお前に、それを守る資格などない」

 同期たちの剣が、リナの剥き出しになった肩を深く切り裂く。

 防御の要であるセレスは、システムによる強制剥離プロトコルによって機能を停止させられ、ただの重い金属の塊となってリナの自由を奪っていた。

 「……リナ隊長、まだ分からないんですか?」

 後輩のエレンが、かつてリナが教えた通りの「完璧な剣筋」で、リナの膝を正確に打ち抜いた。

 「貴方が守りたかった規律は、私たちを縛り付ける鎖でしかなかった。貴方が愛しているつもりだった私たちは、貴方のその『高潔さ』に、毎日反吐を吐いていたんですよ」

 エレンの言葉は、剣よりも深くリナの心を抉った。

 膝を突き、冷たい泥の中に顔を埋める。視界の端に、かつての自分が泣きながら足に巻きつけた、あの汚れた包帯が転がっている。

 あの日。折れた足の骨が皮膚を突き破りそうな激痛の中、リナは震える手で包帯を剣に巻きつけ、足を強引に固定した。

 「……痛い……、誰か……助けて……」

 そう泣き叫んでも、戦場にはカラスの鳴き声しか響かなかった。

 自分が信じていた「絆」も、「正義」も、土壇場では自分を助けてはくれなかった。

 結局、自分は一人で、自分自身を呪いながら帰還するしかなかったのだ。

 「……ああ、そうだ。私は……間違っていたんだ……」

 リナの瞳から光が消え、抗う力が失われていく。

 その隙を逃さず、システムの触手が一斉にセレスティアのコアへと食い込んだ。

 『――適合率低下。重要備品、剥離率90%。……最終回収プロセスへ移行』

 「……リ、……ナ……」

 消え入りそうな、しかし切実な声が、リナの脳内に直接届いた。

 それは、システムによって機能を停止させられていたセレスの、最後の、そして初めての「叫び」だった。

 「……離したく、ない……。……独りに、しないで……リナ……っ!」

 バキリ、と。

 セレスの核が、システムによって無理やり引き抜かれようとした瞬間、リナの目の前に転がっていた「あの日の包帯」が、お父様の無機質な光に照らされて、鈍く、赤く染まった。

 絶望は、底を打った。

 その底から、リナの奥底に眠っていた「獣のような生存本能」が、お父様の定義した『聖騎士像』を粉砕して溢れ出した。


 「……そうだ。私は、お前たちが言う通り、嫌な女だったんだろうな」

 泥を噛み、這いつくばったまま、リナが低く笑った。

 同期たちの嘲笑が止まる。エレンが怪訝そうに、振り上げた剣を止めた。

 「規律を押し付け、正論を吐き、自分だけが正しいと信じて……。倒れた時に誰からも助けてもらえなかったのは、私の身から出た錆だ。……あの日、泣きながら泥を這ったあの惨めな姿こそが、本当の私だったんだ」

 リナは、ボロボロになった右腕で、地面に落ちていた「あの日の包帯」を強く握りしめた。

 お父様のシステムが、セレスティアのコアを完全に吸い出そうと、剥離の出力を最大に上げる。セレスの悲鳴が、リナの全身を震わせる。

 「だがな。……他人の、……お前たちの勝手な評価で、私の価値をパッキングするな!!」

 リナが吼えた。

 彼女の奥底から溢れ出したのは、聖騎士の清らかな魔力ではない。生きるためなら泥でも啜る、獣のような「生」への執念だった。

 バキンッ!! と、空間を支配していたシステムのアームが粉砕された。

 リナは、吸い出されかけていたセレスの核を力ずくで掴み取ると、自らの胸元へと力任せに押し戻した。正規の装着手順など無視し、ただ「離さない」という意志だけで、剥がされた鎧の破片を自らの肉体に縫い合わせるように呼び戻していく。

 「セレス、聞こえるか! お前が何者でも、お父様がどう定義しようと知ったことか! お前は、私の命と共にここにあるんだ!!」

 光が溢れた。

 それはお父様の理詰めの光ではない。傷だらけの鎧の隙間から噴き出す、不揃いで、しかし熱い、紅蓮の共鳴光。

 リナの身体を再び覆ったのは、かつての美しい儀礼用の鎧ではない。傷跡を晒し、泥に汚れ、しかし一寸の隙もない「戦うためだけの鎧」――ラグド・セレスティアだった。

 「な、……馬鹿な! 廃棄確定の不備在庫が、なぜ……!?」

 エレンが、そして同期たちが、驚愕に顔を歪ませて後退る。

 「あの日、私は確かに一人だった。……だが、今は違う」

 リナは折れた足で、力強く地面を蹴った。

 もはや痛みなど感じない。鎧に宿るセレスの魂が、リナの欠けた心を、折れた足を、そして震える剣を、内側から支えている。

 「私は私を認め、彼女セレスはそんな私を選んだ! ……お父様のシステムごときが、この絆にケチをつけてくれるなッ!!」

 リナの一閃。

 それは、過去の自分を縛り付けていたすべての鎖――規律、孤独、そして他人の評価を、まとめて両断する一撃だった。

 後輩の幻影が、同期たちの嘲笑が、お父様が用意した「過去」という名の檻が、一瞬にして光の塵へと霧散していく。

 静寂が戻った廃棄ダクトの底で、リナは荒い息を吐きながら、自分の腕を見つめた。

 そこには、泥と血に汚れながらも、今までで一番誇り高く輝く、自分自身の「盾」があった。

第115話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

「他人の評価で、私の価値をパッキングするな」

リナが放ったこの一言は、お父様の「管理」に対する、これ以上ないほど力強い反論でした。かつて自分を苦しめたあの日と同じ泥と包帯が、今度は彼女を立ち上がらせる力に変わる。その姿に、執筆しながら胸が熱くなる思いでした。

システムによって執拗に、かつ強引に引き剥がされそうになったセレスティアの鎧。お父様がそこまでして彼女を回収しようとする理由は一体何なのか……。その謎を残しつつも、リナとセレスの絆は、お父様の演算を超えた新たなステージへと進化しました。

しかし、迷宮はまだ始まったばかりです。

リナが道を切り拓いた一方で、他の仲間たちもまた、自分自身の「過去」という名の検品官と対峙しています。

次回、第116話。

『翠のさざめき、あるいは偽りの楽園』。

次は、エルフの精霊術師アルウェンが、故郷の影と向き合います。

彼女が守りたかった「自然」の記憶が、お父様のシステムによってどう歪められるのか。次回もどうぞお楽しみに!

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