第十一話:交錯する封印の沈黙
お読みいただきありがとうございます。
ついに到達した「帰らずの森」の最深部。
そこでタムたちが見つけたのは、歴史から抹消されたはずの漆黒のコンテナでした。
運ぶべき荷物から聞こえる、あってはならない「鼓動」。
配達員としての倫理を捨て、森の闇の中でタムが目にしたのは、美しくも悍ましい王国の禁忌と、愛すべき「荷物」であるセレスに似た少女の姿でした。
秘密を抱えたまま、物語は王都の喉首「セントラル・ハブ」へと加速します。
「帰らずの森」の最深部は、音が死に絶えた純白の繭のようだった。
胞子の霧が光を乱反射させ、どこまでが地面でどこからが虚空なのかすら定かではない。カイトたち聖騎士団を霧の彼方に置き去りにしたタムたちは、今、かつて「特級配達員」を目指した先駆者たちが最後に辿り着いたとされる、巨大な石造りの遺構の前に立っていた。
そこにあったのは、周囲の空間を歪ませるほどの魔力を放つ、漆黒のコンテナだ。
材質は不明。表面には、第九話で刺客たちの遺品に見られた、あの「複数の眼が折り重なったような不気味な紋章」が、封印の術式として刻まれている。
「……これか。数百年の間、誰にも届けられることなく、ここで沈黙し続けていた『荷物』は」
タムの声が、重苦しい空気に吸い込まれていく。
彼がコンテナに触れようとした、その時だった。
――ドクン。
厚い外殻を通り抜けて、確かな「拍動」がタムの指先に伝わった。
心臓。それも、巨大な生物のものではない。もっと細く、速く、そしてどこか儚い、人間の子供のような鼓動。
「……タム殿、いけません!」
エドワードが鋭く声を上げた。
「その封印、そして内側から感じるこの異質な魔力……これは、クレイエル王国の正史には存在しない、禁忌の術理です。触れるだけで、魂が汚染されかねん」
リナもまた、剣の柄に手をかけたまま、険しい表情でコンテナを見つめた。
「……タム、これは異常よ。荷物から鼓動が聞こえるなんて。……私たちは、この中身が何であるかを確認すべきだと思う。もしこれが、下界へ解き放ってはいけない災厄だとしたら……」
タムは沈黙した。
前世の自分なら、ここで即座に否定しただろう。「中身を詮索するのは配達員の恥だ」と。だが、今の彼の背中には、箱に閉じ込められたセレスがいる。
もし、この漆黒のコンテナが、セレスを現在の境遇に追い落とした元凶と繋がっているのだとしたら。
「……お嬢様。……貴方は、どう思いますか」
タムが心の中で問いかけると、背負い袋の中でセレスの箱が激しく波打った。
『……怖い。タムさん、この荷物、私を呼んでいる気がするの……。……お願い、確かめて。私が何者なのか、その答えが、そこにあるかもしれないから……!』
セレスの震える声。それが決定打だった。
タムは一歩踏み出し、包帯の巻かれた両手をコンテナの封印へと添えた。
配達員としての倫理が、頭の中で警鐘を鳴らし続ける。だが、彼はそれを「社畜の未練」として切り捨てた。
「……わかりました。……開ける(開封する)のではなく、スキャン(検品)します。……これが、俺の譲歩できる限界です」
タムは立ち上がり、コンテナの前に跪いた。
両手を、その禍々しい封印の上に添える。
「……梱包スキル、逆転展開――『非破壊概念解析』」
タムの意識が、物理的な装甲を透過し、コンテナの内部構造へとダイブした。
次の瞬間、彼の視界は、どす黒い赤と、眩いほどのプラチナ色の光に埋め尽くされた。
それは、地獄を煮詰めたような光景だった。
コンテナの内部には、一人の少女が横たわっていた。
年齢は十歳か、あるいはそれよりも若いか。彼女の体は、肉体と機械、そして魔導回路が不自然に融合させられ、無数の管が血管のように這い回っている。
心臓は取り出され、代わりに「永久機関」と思われる水晶の核が、脈動を繰り返していた。
(……なんだ、これは。人間を……『部品』として、再構築しているのか!?)
タムは吐き気を堪えながら、その少女の顔を凝視した。
そして、心臓が凍りつくのを感じた。
その少女の顔立ちは、今、自分の背中で眠っているセレスに酷似していたのだ。
いや、似ているどころではない。それは、セレスをより「幼く」、そして「壊れ物」として再定義したような、血の繋がった双子か、あるいはクローンのようにさえ見えた。
さらにタムの脳裏に、王宮の奥深くに飾られていたはずの、歴代王妃の肖像画がフラッシュバックする。
セレスは伯爵家の令嬢であるはずだ。だが、この少女、そしてセレス、さらに王家の血筋……それらが一つの不吉な線で繋がっていく。
(……伯爵家というのは、表向きの顔に過ぎないのか? セレスお嬢様、貴方は一体……)
「……っ、あああああ!」
強烈な精神汚染がタムを襲い、彼は弾かれるようにコンテナから手を離した。
激しい呼吸と共に、膝を突く。額からは脂汗が流れ、指先がガタガタと震えていた。
「タム! 大丈夫なの!?」
リナが肩を抱き寄せる。タムは、白濁した視界の中で、リナとエドワードを交互に見た。
本当のことを話すべきか。
このコンテナが、人間を加工した悍ましい「生体部品」であり、それがセレスの容姿と一致していることを。
「……タム殿。何が見えたのですな」
エドワードの静かだが鋭い問いに、タムは奥歯を噛み締めた。
今の自分たちには、この情報を処理する準備ができていない。そして何より、セレスにこの事実を伝えることは、彼女の心を壊すことになりかねない。
「……何も、見えませんでした」
タムは、掠れた声で嘘をついた。
「封印が強力すぎて、俺のスキルでは弾かれた。……ただ、これだけはわかる。この荷物は、王都へ、それも特定の『誰か』の元へ届けるべきじゃない。……これは、世界を壊すための引き金だ」
リナとエドワードは、タムの瞳に宿る、嘘では拭いきれない「絶望」を見て取った。だが、二人はそれ以上追及しなかった。タムが口を閉ざすということは、それが彼らにとっても耐え難い真実であると理解したからだ。
「……行きましょう。この森を抜けます」
タムは震える手で、漆黒のコンテナを、自身の最高強度の『完全梱包』で包み込んだ。
鼓動も、魔力も、そして自分が見てしまった忌まわしい記憶さえも、その立方体の檻の中に閉じ込めるように。
***
数刻後、タムたちはついに「帰らずの森」を脱出した。
出口の街道には、バラムのギルド支部長だけでなく、セントラル・ハブから派遣された監察官の一団が、信じられないものを見るような目で待ち構えていた。
「……生還、したのか。あの魔の深淵から、無傷で……」
監察官が駆け寄り、タムが引きずる漆黒のコンテナを見て、顔色を変えた。
「これだ……間違いない、王都が長年探し求めていた、失われた遺物……! さあ、すぐにこちらへ渡せ。我々が厳重に王都まで護送する」
監察官が手を伸ばそうとした瞬間。
タムは、その手を静かに、しかし断固として振り払った。
「断る。これは俺が受けた『配送依頼』です。……ギルドの規約によれば、配送物が目的地に届くまでの管理権は、受託した配達員にあるはずだ」
「何を……! 貴様、相手が誰だと思っている! これは王命に等しいのだぞ!」
「王命だろうが神命だろうが、俺には関係ない。……この荷物の『正しい宛先』は、王都のギルド本部だ。……だが、それを届けるのは、俺だ」
タムは、監察官を射抜くような冷徹な目で見つめた。
彼はすでに、単なる運び屋ではなかった。
秘密を共有し、禁忌を背負った「共犯者」。
「俺は、特級配達員の推薦を受けている。……ならば、この荷物を持って『セントラル・ハブ』まで赴き、試験の最終課題としてこれを納品する。……不服がありますか?」
監察官は、タムの背後に控える「音無しの剣士」リナの殺気と、伝説の老魔導師エドワードの重圧にたじろいだ。
何より、目の前の「運び屋」の瞳には、どんな拷問にも屈しないであろう、異常なまでの執念が宿っていた。
「……くっ、よかろう。だが、セントラル・ハブまでの道のりは我々が監視させてもらう。……一歩でも不審な動きをすれば、反逆罪と見なすからな」
タムは無言で頷き、再び荷物を背負った。
背中にある二つの重み。
透明な箱の中の、愛すべきセレス。
黒い箱の中の、悍ましい少女。
その対照的な二つの「命」を背負い、タムは王都への最後の関門、セントラル・ハブへと歩き出す。
彼が今から向かうのは、栄光の特級試験ではない。
それは、クレイエル王国が隠し続けてきた「偽りの平和」を、物流という名のメスで切り裂くための、決死の行軍だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ついに暴かれたコンテナの中身。
それは、人間の尊厳を蹂躙した、あまりにも悍ましい「生体部品」としての少女でした。
そして、その少女がセレスに酷似しているという事実は、タムの心に深い影を落とします。
セレスは本当に伯爵家の娘なのか?
なぜ王宮は、この「荷物」を数百年間も探し続けていたのか?
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皆様の一票が、二つの重い箱を背負い、闇の中を進むタムたちの、唯一の道標になります!
次回、第十二話。
大都市「セントラル・ハブ」にて、ついに幕を開ける「特級配達員試験」。
立ちふさがるのは、歴戦の配達員ですら音を上げる「不可能配送」の数々。
王都の監視の目が光る中、タムは運び屋としての真価を証明できるのか。
お楽しみに!




