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第101話:焦土の検品、癒えぬ傷跡を抱いて

軍神の終焉と共に、クレイエルの空には静寂が戻った。

 だが、その静寂は勝利の凱歌ではなく、あまりにも重すぎる「代償」の重みで満たされていた。

 絶対的なロジックを打ち破るために、己の未来を鏡に変え、両手を焼き切った天才軍師・ゼロ。

 そして、戦友ライバルとして背中を預け合いながら、再び「孤独な道」へと消えていく白銀の閃光・ガリア。

 絆という名の在庫をすべて使い果たし、満身創痍となったタムたちは、再びあの因縁の場所へと足を向ける。

 城塞都市バラム。かつて絶望の淵で「梱包師」としての覚悟を刻んだその地で、彼らを待っていたのは、最高位治癒師カトリーヌによる酷な審判だった。

 「治せない」のではない。この世界の「規格」が、彼女の覚悟に追いついていないのだ。

 失われた両手を取り戻すため、一行は禁忌の術式を操る伝説の「発送人」を求め、地図から消された最果ての地を目指す。

 物語は、決着のその先へ。

 傷ついた翼をパッキングし直し、未踏のルートを切り拓くための、新たな旅が今、始まる。

 軍神アレスが霧散し、クレイエルの空を覆っていた絶望の膜がパッキング解除(霧散)されていく。

 戻ってきた陽光は、しかし救済の光ではなく、無残に破壊された街並みと、限界を超えて倒れ伏す仲間たちの姿を残酷なまでに鮮明に照らし出していた。

 「……はぁ、……はぁ……」

 リナは砕け散った白銀の鎧を身に纏ったまま、膝をつき、大剣を杖にして辛うじてその身を支えていた。視界の端では、ガリアが同じように荒い息をつきながら、自身の長剣をゆっくりと鞘に収める音が聞こえる。

 二人の間に、言葉はなかった。

 ただ、戦場の風だけが、鉄錆と焦げた魔力の匂いを運んでいく。

 「……行きなさい、リナ」

 沈黙を破ったのは、ガリアだった。彼女は一度も振り返ることなく、その凛とした背中で語りかける。

 「……勘違いしないでちょうだい。私は、あんたという不備だらけの『在庫』をこの手で検品する権利を、一時的に保留にしただけよ。あんたがこんなところで錆び付いて、使い物にならなくなるのは……私の規律ルールが許さないわ」

 「……ガリア……」

 リナの声が震える。呼び止めようと伸ばした手は、届かない。

 ガリアは首にかけた、かつて深海でリナから託された血の小瓶――あの「受領印」を、手袋越しに一度だけ愛おしげに握りしめた。

 「次に会う時は、もっとマシなパッキングで現れなさい。……その時こそ、あんたの中身をすべて、私の剣で暴いてあげるから」

 ガリアはそう言い残すと、陽炎の向こう側へと歩き出した。それは、慣れ合いや感傷を一切パッキング(拒絶)した、最高に傲慢で、最高に彼女らしい別れの挨拶だった。

 リナはその背中が見えなくなるまで、動けなかった。かつての宿敵が自分を救いに来たという「不条理な奇跡」を、今ようやく、魂の受領印として刻みつけたかのように。

 その時、戦場に小さな、乾いた音が響いた。

 ゼロが、鏡を持っていたその手を力なく下ろし、地面に膝をつく。

 「……タム。……私の計算に、狂いはなかったわね」

 ゼロは、自らの両手を見つめて、静かに、そして誇らしげに微笑んだ。

 だが、その手は……肘の先まで真っ黒に焼け、指先は感覚を失って不自然に折れ曲がっている。魔導の過負荷オーバーロードによって神経系そのものが焼き切れた肉体は、もはや彼女の天才的な指裁きを受け付ける状態ではなかった。

 「ゼロ……! すぐにパッキング(固定)を……!」

 タムが駆け寄る。そのボロボロになった義手で彼女の腕を支えようとしたが、あまりの惨状に、梱包師としての指が微かに震える。

 「……泣かないで、梱包師。これは、私が軍師として……この戦いを『完遂』させるために支払った、正当な対価よ。不備でも何でもない、……私の勝利の証だわ」

 ゼロは、意識が遠のくほどの激痛を、不敵な笑みという名の仮面でパッキングして見せた。

 だが、その瞳に宿るはずの「演算の光」が、痛ましいほどに揺れているのを、タムは見逃さなかった。

 「……ゼロ。……あなたの手が戻るまで、僕があなたの『義手』になります。あなたが演算に必要な情報は、僕がすべて、一秒の遅延もなくあなたにデリバリー(伝達)します。だから……」

 タムは、魔法のシュリンクフィルムを極めて薄く、優しく彼女の腕に巻きつけた。

 

 一行は、瀕死のカイトとエドワードを抱え、再びあの因縁の場所へと向かうことを決意する。

 城塞都市バラム。

 かつてタムが「梱包師」としての絶望と再生を味わい、セレスの命を巡って対峙した、最高位治癒師カトリーヌが待つ場所。

 数日後、降りしきる雨の中、一行は再び白亜の大聖堂の門を叩いた。

 

 診療室の扉が開くと、そこには数年前と変わらぬ鋭い眼光を湛えたカトリーヌが立っていた。彼女は、運び込まれたゼロの腕と、かつてより遥かに「執着」の深まったタムの瞳を見て、深い溜息をつく。

 「……また君か、梱包師。……今度は、世界のロジックを焼き切った軍師を運んできたというのか」

 カトリーヌの鑑定用魔道具「真理の天秤」が、ゼロの腕を前にして、かつてないほど激しく、不吉な音を立ててパルスを刻み始めた。


バラムの石造りの診療室は、以前訪れた時と同じ、清涼な薬草の匂いと張り詰めた静寂に包まれていた。

 だが、運び込まれた「荷物」の重みは、あの頃とは比較にならない。

 カトリーヌは、診察台に横たわるゼロの両腕を検分していた。彼女の指先が白く光るたび、焼けた皮膚が微かに震え、ゼロの口から押し殺した呻きが漏れる。

 鑑定用の「真理の天秤」は、不気味な黒い煙を上げ、今にも壊れそうなほど激しく揺れていた。

 「……これほどまでに魂の回路が焼き切れているとはな。これは単なる火傷ではない。神の領域に属する魔力を、人間という脆い器を鏡にして無理やり反射させた報いだ。神経の末端から魔導中枢に至るまで、文字通り『定義』が消失している」

 カトリーヌの声には、最高位治癒師としての冷静さと、一人の人間としての驚愕が混じり合っていた。

 かつてセレスを「死の檻」に閉じ込めたタムを厳しく断じた彼女だが、今、目の前にある惨状は、当時の絶望をも上回るものだった。

 「カトリーヌさん……、治るのか。彼女の手は、また演算端末を叩けるようになるのか」

 タムが縋るように問いかける。その義手からは、焦燥に似た魔力の火花が散っていた。

 カトリーヌは、静かに首を振った。

 「今の私の術式パッキングでは、肉体を繋ぎ合わせ、壊死を止めるのが限界だ。だが、彼女が必要としているのはそんな単純な代物ではないだろう? 指先の繊細な感覚、空間の揺らぎを読み取る魔導神経の再構築……。それは、もはや失われた組織を治癒するのではなく、無から『生命の輝き』を書き直す作業に等しい」

 その言葉に、部屋の空気が一気に凍りついた。

 勇者カイトは拳を握りしめ、エドワードは力なく壁に背を預ける。

 だが、診察台の上のゼロだけは、朦朧とする意識の中で不敵に笑った。

 「……いいわよ、カトリーヌ。……私は、……あのアレスの心臓を射抜くために、……この両手を『送料』として支払った。……後悔なんて、……計算の隅にも入っていないわ」

 その凛とした言葉が、カトリーヌの治癒師としての矜持を突き動かした。

 彼女は一度、深く、重い溜息をつくと、診察室の奥にある厳重に封印された書架へと向かった。そこから取り出されたのは、色褪せた、けれど不思議な圧力を放つ一通の羊皮紙だった。

 「……誤解しないでほしい。私の腕が未熟なのではない。今の王国の、……いや、現代の魔法学という名の『規格』そのものが、彼女の払った犠牲に追いついていないのだ」

 カトリーヌは羊皮紙をタムの前に突き出した。

 「私の師であり、かつて王国から『禁忌のパッキング』を試みたとして追放された男がいる。名は、マルクス。……彼は、肉体という器を捨て、魂そのものを物理的なパーツとして再構成する『生体結合魔法』の開祖だ」

 タムは、その不穏な言葉に息を呑んだ。

 「彼なら……、いや、彼にしか、彼女の神経を再配達リブートすることはできない。だが、彼は今、地図にも載らない世界の最果て、魔力の海が逆巻く『忘却の岬』に隠遁している。そこへ至る道は、アレスの暴力よりもなお、理不尽な自然の障壁パッキングが待ち受けているだろう」

 カトリーヌは、タムの瞳を射抜くように見つめた。そこには、かつての無力な若者ではなく、地獄から這い上がってきたプロの「梱包師」への敬意があった。

 「行くか、梱包師。君が彼女の未来を諦めず、その『不備』を認めないというのなら、この紹介状を持っていけ。……これは、私の治癒師としての看板と、彼女の命、そのすべてを賭けた最後の『送り状』だ」

 タムは、震える手でその羊皮紙を受け取った。

 その瞬間、アレスとの戦いでボロボロになった義手が、新しい目的を得て熱を帯びた。

 「……分かっています。……荷物が届かないのが、一番の不備だ。……彼女の両手も、……僕たちの未来も。……必ず、その岬まで届けてみせます」

 バラムの街を濡らしていた雨が、いつの間にか止んでいた。

 雲の切れ間から差し込む一筋の光が、診察室を照らし出す。

 

 それは、失われた機能を取り戻すための、そして「お父様」という発送人の真意に迫るための、新たな、そして最も過酷な配送ルートの始まりを告げていた。

 第101話をお読みいただき、ありがとうございます!

 アレスという絶対強者を退けた達成感と、それと引き換えに失ったものの大きさを対比させつつ、次なる希望の種を蒔くエピソードとなりました。

 

 特に、ガリアとの「言葉なき別れ」は、馴れ合いを嫌う彼女たちらしい、最高にクールな受領印(信頼の証)だったのではないでしょうか。そして、自分の肉体を「送料」として差し出したゼロの誇り。彼女のその「不備」を認めず、世界の果てまで治療法を求めて走るタムの姿に、梱包師としての真の強さを込めて執筆いたしました。

 カトリーヌから託された、伝説の治癒師マルクスへの紹介状。

 それは単なる治療の旅ではなく、この世界の魔導の根幹、そして「お父様」が遺した謎のパッキングを解き明かすための、重要な配送ルートとなります。

 次回、第102話。

 『忘却の潮騒、あるいは境界線を越える者たち』。

 荒れ狂う魔力の海を越え、彼らは失われた「未来」を再配達リブートすることができるのか。

 新章に突入するクレイエル連合の旅路を、引き続き一秒の遅延もなくお届けいたします。

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