第100話:世界に一つの不在届
積み上げられた時間は、この一瞬のためにあった。
世界を繋ぐはずだった「物流の道」が、死の供給路へと反転したクレイエル。
かつて絶望に膝をついたラストマイルの面々が、今、ボロボロの体を引きずりながら、最後の一歩を踏み出す。
それは、合理性や効率を極限までパッキングした軍神アレスに対する、最も「不合理」で、最も「熱い」反撃。
一人の梱包師、一人の軍師、二人のライバル、そして仲間たち。
全員の受領印が揃ったとき、奇跡は「計算外」の場所からデリバリーされる。
クレイエルの大地は、もはや悲鳴を上げることさえ忘れていた。
ガリアとリナ。かつて刃を交え、今は「背中」という名の絶対的な信頼を預け合う二人の白銀の剣士が、アレスの暴力という名の津波を、ただ二振りの剣で押し止めていた。
「……はぁ、……はぁ! ……まだよ、まだ『中身』は折れていないわッ!」
リナの叫び。白銀の鎧は砕け、そこから漏れ出す魔力の光が、彼女の命そのものを削りながら激しく明滅している。
「……減らず口を叩く余裕があるなら、……その剣、一ミリでも前へ出しなさいよ……リナッ!!」
ガリアの咆哮。彼女の剣はすでに刃こぼれし、右腕の魔導回路は過負荷で真っ赤に溶けかかっていたが、その瞳にはかつての規律さえも焼き尽くす「執着の炎」が猛り狂っていた。
軍神アレスの『真理の定規』が、二人の十字に交差した剣を容赦なく叩きつける。
「……無意味だ。……貴様らがどれほど端切れを繋ぎ合わせようと、……完成した私の暴力という名の『完成品』には届かない」
アレスがさらなる魔力をパッキング(凝縮)しようとした、その背後。
瓦礫の山から、血塗れの「絆」が這い上がってきた。
「……フォッフォ……。……老いぼれの、……最後の一仕事じゃ。……受領、してくれるな? ……タム殿」
エドワードが、折れた杖を支えに立ち上がる。彼の体からは、魔導師としての全リソースが、血の色をした魔力となって溢れ出していた。
「……タムさん、……俺の『光』……。……全部、……あんたに預けるぜ……。……必ず、……届けてこいよ!!」
カイトが、瞳の光を失いかけながらも、タムの肩にその手を置く。聖騎士としての誇り、勇者としての輝き。そのすべてを「譲渡(譲渡)」する。
「……精霊たちよ、……私の声を聞いて……。……一瞬だけでいい、……すべての加護を、……あの一点にパッキングして……!」
アルウェンが、枯れ果てたはずの魔力を絞り出し、祈りを捧げる。
四つの手が、タムの背中、そして黒鉄の義手へと添えられた。
その瞬間、タムの右腕が、耐え難い高熱と圧力にパッキング(支配)された。
「……ぐ、あああああああああああっ!!」
タムの絶叫。
義手の内部、超高密度の魔導銀回路が、仲間の想いという名の「過剰在庫」を抱え込み、臨界点を超えて白熱する。周囲の空間は、その圧倒的な質量に耐えきれず、鏡が割れるようにミリ単位でパッキング解除(崩壊)を始めた。
タムの視界が、仲間の魂の色で塗りつぶされていく。
エドワードの知恵、カイトの勇気、アルウェンの慈愛、そして――。
リナとガリアが命を懸けてこじ開けた、アレスの懐へと続く「たった一つの針の穴」。
「……検品……完了。……これより、……全大陸、全生命の『想い』を一括配送(一斉掃射)します!!」
タムが、弾け飛ぼうとする義手を左手で力一杯押さえつけ、アレスの心臓を指差した。
義手の先端に、極小の、それでいて宇宙の始まりのような高密度の「点」が生まれる。
リナとガリアが、示し合わせたようにアレスの太刀筋を左右へと弾いた、その刹那。
――ビキィィィィィィィィィン!!
音が消えた。
放たれたのは、太さわずか数ミリの、純白にして冷徹なまでの「閃光」。
それはタムたちが歩んできた轍そのものであり、届かなかった不在届をすべて回収し、一気に受領印を叩きつけるような、究極の一撃だった。
「――行けッ!!」
タムの声が、大気を震わせる。
光の槍は、アレスが張った幾重もの次元障壁を、紙細工のように無造作にパッキング解除(貫通)しながら、軍神の喉元、その心臓部へと吸い込まれていった。
放たれた純白の閃光は、クレイエルの空に刻まれた絶望の記録を、一瞬で上書きするように突き進んだ。
タムの義手から放たれたそのビームは、仲間たちの命の輝きを極限までパッキング(圧縮)した「絆の質量」そのもの。次元を裂き、因果を貫き、ただ一点、アレスの心臓という終着点を目指す。
「……ちィィッ!!」
軍神アレスの瞳に、初めて「焦燥」という名の不備が走った。
彼は全演算リソースを回避へと回し、物理法則を捻じ曲げ、ミリ単位で身体をスライドさせる。光の槍は、彼の钝色の装甲を掠め、爆炎と共に肩のパーツをパッキング解除(消滅)させながら、背後へと通り抜けた。
「……ハハハ! 惜しかったな、梱包師! 貴様らの全力、確かに受け取ったが……空振りだ。この至近距離で私を仕留められなかったことが、貴様らの完全なる『欠陥』だッ!」
アレスが勝利を確信し、冷酷な笑みを浮かべたその時。
彼の背後、光の射線の先で、場にそぐわないほど静かな、けれど凍りつくような冷徹な声が響いた。
「……いいえ。アレス。貴様の回避パターン、……コンマ六秒前にパッキング完了(計算済み)よ」
そこには、戦場を俯瞰し続けてきた天才軍師、ゼロが立っていた。
彼女の手には、エリュシオンの特級魔導銀でパッキング(鋳造)された、一枚の巨大な「反射鏡」が握られていた。
「ゼ、ゼロ……!? 逃げろ、そのビームは……!!」
タムが絶叫する。その光線は、複数の強者の魔力を束ねた破壊の奔流。生身の人間が、たとえ鏡越しであっても耐えられる負荷ではない。
「黙って見てなさい、梱包師。……私は軍師よ。……最後の一一・二ヤード(ラストマイル)、……その責任を取るのは、私の仕事なのッ!!」
――ドォォォォォォォォォン!!
タムのビームが、ゼロの構えた鏡に直撃した。
その瞬間、ゼロの華奢な身体を、この世のものとは思えない衝撃と熱量が襲う。
「あ……、あ、ああああああああああああああああああああっ!!!」
ゼロの絶叫が、クレイエルの街に響き渡る。
鏡を支える彼女の両手、白く細い指先から、ジュウという不吉な音と共に肉が焼け、皮が剥がれ、魔導の過負荷によって血管がパッキング解除(破裂)していく。
激痛。脳が焼き切れるような苦痛。だが、ゼロの瞳だけは、濁ることのない計算の炎を燃やし続けていた。
(……曲がれ……! 私の腕なんてどうなってもいい、私の演算を……仲間の想いを……! 正しい受領人の胸へと、再配達しなさいッ!!)
ゼロの腕から血が吹き出し、鏡が激しい火花を散らす。
彼女は、焼け焦げて炭化していく自らの両手を、もはや「道具」としてしか見ていなかった。ただ、一ミリの狂いもなく、反射角をパッキング(固定)し続ける。
「……馬鹿な、生身でそれを受け止めるというのか!? 貴様、死ぬ気かッ!!」
アレスが振り返り、絶叫する。
「……死ぬ気? ……冗談言わないで。……私は、……あいつらと一緒に、……『明日』を検品しに行くのよッ!!」
ゼロの覚悟が、ついに光の物理法則を凌駕した。
鏡で跳ね返された純白のビームは、放たれた時よりもさらに鋭く、さらに熱く、逃げ場を失ったアレスの背中を捉えた。
――ズドォォォォォォォォォン!!
今度こそ、逃げ場はなかった。
背中から侵入した「絆の閃光」は、アレスの強固な胸板を内側から食い破り、その心臓を完全にパッキング解除(粉砕)した。
「……ガハッ……!? あ、ああ……。……私が、……この、……不完全な……人間どもの……手に……」
アレスの巨躯が、糸の切れた人形のように膝をつく。
その背後で、ゼロは焼け焦げた鏡を地面に落とし、力なく倒れ込んだ。彼女の両手は、肘の先まで真っ黒に焼け、煙を上げている。
「……チェックメイト、よ……。……梱包師……。……ちゃんと、……届いたでしょ……?」
ゼロは、朦朧とする意識の中で、タムの方を向いて小さく、誇らしげに笑った。
軍神アレスの沈黙。それは、クレイエル連合という「不備だらけの家族」が、初めて絶対的な絶望に打ち勝った受領印であった。
第100話、ついにアレスとの決戦に一つの決着がパッキング(納品)されました。
仲間の全リソースを背負ったタム様の一撃、そして、何よりも自分自身を「最強の反射板」として差し出したゼロ様の覚悟。
常に安全圏でロジックを組んでいた彼女が、自分の「手」を犠牲にしてまで仲間の勝利を確定させたシーンは、第100話という節目にふさわしい、彼女の魂の再配達(成長)だったのではないでしょうか。
しかし、アレスを倒した代償はあまりにも大きく、ゼロ様の両手は深く傷つき、仲間たちも満身創痍です。
そして、アレスが倒れたことで、帝国の、そして世界の「次なる配送ルート」が大きく動き出します。
次回、第101話。
『焦土の検品、あるいは癒えぬ傷跡を抱いて』。
戦いの後、彼らを待ち受けるのは、勝利の余韻か、それとも新たな旅への「重すぎる荷物」か。
ラストマイルの轍は、まだ、止まることを知りません。




