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第十話:静寂の回廊

お読みいただきありがとうございます。

ついに始まった「帰らずの森」への強行軍。

王都の象徴である聖騎士団と、日陰の運び屋『ラスト・マイル』。

正反対の二組が挑むのは、力だけでは決して攻略できない「静寂の迷宮」でした。

第八話での死闘、第七話での知恵……これまでの旅のすべてが、タムの新しい「梱包」へと結びつきます。

物流のプロが、武力のプロを圧倒する瞬間をぜひ見届けてください。

 バラムの街の外縁に広がる「帰らずの森」は、入口からして異様な威容を誇っていた。

 陽光を遮るほどに巨大な樹々が絡み合い、その根元には、不気味なほど鮮やかな極彩色の苔が絨毯のように敷き詰められている。

 森の入り口には、黄金の甲冑を纏った五十名の聖騎士団が整列していた。先頭に立つカイトは、腰の聖剣の柄に手をかけ、集まった見物人たちに誇らしげに声を張り上げた。

「案ずるな! この森が『帰らず』と呼ばれたのは、これまでの冒険者が無能だったからに過ぎない。我ら聖騎士団が、その神聖なる武力をもって森を焼き払い、最短距離で道を切り開いてみせよう!」

 喝采が上がる。兵士たちは巨大な魔導火炎放射器を構え、力尽くで自然をねじ伏せる準備を整えていた。

 その傍らで、タムは静かに背負い袋の紐を締め直していた。同行するのは、エドワードとリナ、そして箱の中のセレスだけだ。あまりにも対照的なその少人数編成を見て、カイトが鼻で笑いながら近づいてきた。

「おい、タム。本当にその人数で行くつもりか? 護衛もつけずに森に入るのは、自殺志願者のすることだ。今ならまだ間に合う、俺の後ろをついてくるなら、命だけは保証してやるぞ」

「……カイト、あんたの言う『道』っていうのは、物理的な空間のことだけを指してるのか?」

 タムは、包帯に巻かれた手で、森の入り口に咲く小さな胞子嚢を指差した。

「俺にとっての配送ルートは、空気の流れ、音の反響、そして魔力の密度……それらすべてを管理して初めて完成する。……あんたのやり方は、物流の観点から言えば『最悪のノイズ』だ」

「相変わらずわけのわからん理屈だな。……いいだろう、精々その薄汚れた荷物と一緒に、森の肥やしになるがいい!」

 カイトの号令と共に、聖騎士団が森へと踏み込んだ。

 一斉に放たれる炎が樹々を焼き、轟音が静寂を切り裂く。彼らは圧倒的な武力で魔物を粉砕しながら、猛烈な速度で突き進んでいった。

 タムはそれを見送り、リナとエドワードに視線を送った。

「……作戦通りに行きます。リナさん、氷晶花の時と同じく、完全な『無音行軍』をお願いします。一歩一歩、雪山でのあの足運びを再現してください」

「ええ。……心得ているわ」

「エドワードさんは、杖の石突きに魔力吸着を。……そして、俺が今から展開する『膜』の維持を、セレスお嬢様と協力してサポートしてください」

「ふむ、新しい試みですな。……老骨に鞭打って、最高のバックアップをいたしましょう」

 タムは大きく息を吸い込み、両手を広げた。

 彼の脳内では、第七話でエドワードと試みた「温熱循環」の空間管理能力と、第八話で自爆を封じ込めた「真空梱包」の遮断能力が、一つの新しい術式へと統合されていく。

「……梱包スキル、拡張発動――『透過型クリーンルーム』」

 タムを中心に、半径三メートルほどの空間が、微かに波打つ透明な膜に包まれた。

 これまでの梱包が「物体を停止させる」ものだったのに対し、この新しい術式は「空間そのものを包み込む」ものだ。内部の時間は止めず、光も透過させる。しかし、外部からの不純物……この森の真の脅威である「魔力胞子」だけを、膜の表面で完全に弾き飛ばす。

 三人は、その透明な球体の中に収まったまま、静かに森へと足を踏み入れた。

 ***

 森の内部は、進むにつれて地獄のような様相を呈していた。

 カイトたち聖騎士団が放った炎と轟音は、森の生態系を激しく刺激していた。

 この森が「帰らず」と呼ばれる本当の理由は、物理的な迷路などではない。

 地面を覆う特殊な苔が、あらゆる音を吸収し、方向感覚を麻痺させる。さらに、振動を感知した樹々が、魔力を多量に含んだ微細な胞子を一斉に放出するのだ。

 この胞子を吸い込めば、脳内の魔力回路が狂い、強烈な幻覚と嘔吐感に襲われる。

 カイトたちが派手に暴れれば暴れるほど、森はより濃い胞子の霧を吐き出し、彼らの五感を奪い去っていく。

 森の中腹。タムたちは、地獄絵図のような光景を目撃した。

 そこには、かつての輝きを失い、泥と吐瀉物にまみれた聖騎士団が立ち往生していた。

 

「……あ、あああ! 魔物だ! 殺せ、皆殺しにしろ!」

 一人の騎士が、何もない空間に向かって狂ったように剣を振り回している。胞子の幻覚によって、仲間が魔物に見えているのだ。

 カイト自身も、黄金の甲冑を剥ぎ取り、頭を抱えて地面にうずくまっていた。彼の「力」は、この音も視界も奪われた霧の中では、自分を傷つけるだけの凶器でしかなかった。

 そこへ、タムたちが音もなく現れた。

 彼らは、透明な膜の中に守られ、一切の胞子の影響を受けていない。リナが無音の歩法で先導し、エドワードが魔力の残滓を消し去る。その姿は、阿鼻叫喚の戦場を通り抜ける死神のようでもあり、あるいは救済の天使のようでもあった。

「……あ、タム……? お前、なぜ……なぜ、平気なんだ……」

 カイトが、焦点の定まらない目でタムを見上げた。

 タムは、歩みを止めなかった。

 膜の中にいれば、外の音は一切聞こえないはずだった。だが、エドワードが意図的に音の振動を一部透過させ、タムにカイトの声を聞かせた。

「……カイト。あんたの負けだ。……物流のプロなら、まず『環境』を疑う。力で押し通せる道なんて、この世界にはそう多くないんだよ」

「たす……助けてくれ……俺は、聖騎士なんだぞ……! こんな場所で終わるわけには……!」

 タムの瞳に、慈悲の色はなかった。

 彼は前世で、現場の警告を無視して強引に納期を詰め、結果として部下を潰していった無能な上司たちの顔を、カイトの姿に重ねていた。

「助ける理由は、俺の『配送計画』には含まれていない。……あんたたちの無謀な進軍のせいで、胞子の濃度が予定より三割も上がってる。その埋め合わせをするだけで精一杯だ」

 タムはそう吐き捨てると、カイトの横を悠々と追い抜いていった。

 「……あ、タム……待て、頼む……!」

 泥を啜り、もがきながら自分の膜に縋り付こうとするカイトを見下ろし、タムは静かに足を止めた。

 膜を一枚隔てた向こう側では、地獄のような阿鼻叫喚が続いている。カイトの顔は胞子の毒で土気色に染まり、かつての「聖騎士」としての威厳は、無様に剥げ落ちていた。

「カイト、あんたはさっき『運び屋の真似事は終わりだ』と言ったな」

 タムは冷徹な、しかしどこか呆れたような視線を投げかけた。

「物流っていうのは、ただの雑用じゃない。物を運ぶということは、その土地の地質、気象、魔力分布、そしてあらゆる障害を計算に入れ、最適解を導き出す『軍略』そのものなんだ。……あんたは、その土地を理解しようともせず、ただ自分の『力』を見せびらかすことしか考えていなかった。……配達員を馬鹿にするっていうのは、世界を繋ぐ毛細血管を軽視するってことだ。そんな奴が、一国を守る聖騎士になれるわけがない」

「……ぐ、っ……あ、ああ……」

「あんたは、この森の『納品条件』を完全に無視した。音を立てるな、振動させるな。……その基本すら守れない奴は、現場フィールドに立つ資格すらない」

 タムは、エドワードに目配せをした。エドワードは深いため息をつきながらも、杖を振るい、カイトの周囲にだけ、魔力胞子を吸着・中和する「一時的な静浄域」を形成した。

「……殺して置いていくのは簡単だ。だが、死体を放置すれば腐敗し、この森の生態系をさらに狂わせる。それは『配送ルート』を汚すことに繋がる。……俺の仕事にノイズを残したくないだけだ」

 タムは、バックパックから「予備の梱包シート」を一枚取り出し、カイトの胸元に投げつけた。

「……それは、俺のスキルを定着させた特製の防護シートだ。それを頭から被って、一歩も動かずに朝を待て。胞子が沈静化すれば、自力で帰れるはずだ。……仲間の騎士たちにも被せてやれ。ただし、俺が貸すのはそれだけだ。……救助費用は、後で王都のギルド経由で、聖騎士団にたっぷりと請求させてもらう。……いいな、『特急料金』だ」

 カイトは、震える手でそのシートを掴み、泣き出しそうな顔でタムを見た。

 かつて自分が「無能な底辺職」と蔑んだ男が、今は圧倒的な知識と技術で、自分の命を、まるで路傍の石を片付けるかのように救って見せたのだ。

「……恩に着ろ、なんて言わない。……ただ、次に俺の仕事を馬鹿にしたら、その時は本当に『荷物』として梱包して、どこかの僻地に転送してやるからな」

 タムは二度と振り返らず、透明な膜を揺らしながら、森の深淵へと消えていった。

 背後で、カイトの嗚咽とも感謝とも取れない掠れた声が響いたが、それも苔に吸い込まれ、静寂の中に消えた。

 ***

 さらに深い、森の最深部。

 そこは、胞子の濃度が限界を超え、光さえも屈折する「純白の世界」だった。

 タムの展開する膜が、胞子の圧力でギチギチと音を立てて軋む。

「……タム殿、膜の安定性が低下しています! このままでは胞子が浸入する!」

 エドワードが叫ぶ。タムは火傷の残る両手を掲げ、必死に魔力を注ぎ込むが、空間全体を管理する負担は、今の彼には重すぎた。

(……くっ、ここまで来て……!)

 その時。背中の箱から、温かく、そして力強い魔力が流れ込んできた。

『……タムさん。私を使って。……私の魔力で、その膜を「王族の結界」として補強するわ』

(……セレスお嬢様!? ダメだ、そんなことをすれば貴方の精神に負担が……)

『いいの! あなたが私のために傷つくのが嫌なら、私にもあなたを助けさせて! ……二人で、この荷物を届けるのよ!』

 セレスの魔力が、タムの梱包スキルと完全にシンクロした。

 波打っていた透明な膜が、一瞬にしてプラチナのような輝きを帯び、ダイヤモンド並みの硬度を持って固定される。

 

 二人の初めての共同作業。

 その光の球体は、森の深淵を真っ向から切り裂き、ついに目的の場所へと到達した。

 そこには、かつて「特級配達員」を目指し、この森で消息を絶った先駆者たちの遺構があった。

 古い配送用コンテナ。その中には、王国の根幹を揺るがすような「禁忌の記録」が収められていた。

 タムは、その重いコンテナを、自身のスキルで二重に『梱包』した。

「……配送物、確保。……これにて、任務の第一段階を完了します」

 森の深淵で、タムは勝利を確信した。

 聖騎士団を出し抜き、伝説の森を制し、そして何より――セレスとの絆という、数値化できない最大の「成果」を手に入れて。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

第十話、いかがでしたでしょうか。

第一話からの宿敵(?)カイトを、武力ではなく「ロジスティクスの知恵」で完封するカタルシス回となりました。

タムの「物流屋」としての視点が、いかにこの異世界において異質な強みであるかを描けていれば幸いです。

そして、セレスとの魔力共有。二人の距離が物理的な箱を超えて縮まっていく様子も、本作の重要な見どころです。

「カイトを置いていくタムが最高だった!」「セレスとの共闘に感動した!」という方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします!

皆様の一票が、森の深淵からコンテナを運び出すタムたちの、最大の追い風になります!

次回、第十一話。

森を抜けたタムたちを待っていたのは、驚愕の光景と、聖騎士団の「その後」。

そして、回収したコンテナの中身が、王都の運命を狂わせ始めます。

お楽しみに!

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