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第一話:【梱包師】と蔑まれた男の再出発

初めまして。本作をお目に留めていただきありがとうございます。

地味なスキルが実はとんでもない力だった、というお話を楽しんでいただければ幸いです。

定期更新ではありませんがなるべく高頻度で更新していく予定ですので、応援よろしくお願いいたします!

「赤石、お前は本当に……丁寧すぎるんだよ」

 低く、呆れたような上司の声が、段ボールの重なる倉庫内に響いた。

 赤石保あかいし たもつは、手にしていたガムテープの端を綺麗に折り返し、ミリ単位のズレもない完璧なパッキングを終えてからゆっくりと顔を上げた。

「……申し訳ありません。ですが、この方が輸送中の破損を防げますし、受け取った側も気持ちが良いかと」

「効率が悪すぎるって言ってるんだ。お前は派遣なんだから、言われた数だけこなせばいいんだよ。梱包なんて、中身が包めてりゃ何だっていいんだ。お前のこだわりなんて、誰も見てやしないんだからな」

 誰も見ていない。それは、保の三十年の人生そのものを象徴するような言葉だった。

 幼い頃から、物の収まりを整えることが好きだった。隙間なく詰め込まれた箱、整然と並んだ棚、シワ一つない包装。それだけが、彼の無味乾燥な心を唯一落ち着かせてくれた。

 だが、その丁寧さが報われたことは一度もない。

 器用貧乏。要領が悪い。もっと適当にやれ。

 そんな言葉を浴びせられ続け、彼はいつしか自分のこだわりを隠すように、ただ静かに荷物を包み続けるだけの機械になっていた。

 その日の夜。仕事帰りの保の手には、コンビニで買ったばかりの「鮭おにぎり」が入ったレジ袋があった。

 電子レンジで温めてもらったそれは、袋越しにもじんわりと温かく、炊きたての米の香りが微かに漂っている。

 明日もまた、誰にも評価されない、誰の記憶にも残らない丁寧な仕事を繰り返す。そんなささやかで、少しだけ寂しい日常。

 ――それが、唐突な衝撃と凄まじいブレーキ音によって、永久に断絶されることになった。

 意識が薄れる中、最後に感じたのは、指先に残ったおにぎりの温もりだけだった。

 ***

「……おい、起きろ。いつまで眠りこけておる。無作法な男だ」

 尊大な声に呼び起こされ、保は目を開けた。

 そこは、埃っぽい物流倉庫でも、冷たいアスファルトの上でもなかった。

 高くそびえる大理石の柱。精緻な彫刻が施された高い天井。ステンドグラスから差し込む光が、床に奇妙な幾何学模様を描いている。

 そして、目の前には豪奢な衣装に身を包んだ、王冠を頂く老人が座っていた。その左右には、映画で見るようなフルプレートの鎧を纏った騎士たちが居並んでいる。

「ここは……?」

「異世界だ。お前たちは、魔王の脅威に晒された我がクレイエル王国を救うべく召喚された『勇者候補』なのだ」

 保の隣には、同じく困惑した様子の若者が二人立っていた。一人は体格の良い、スポーツマン風の大学生。もう一人は賢そうな瞳をした、制服姿の女子学生だ。

 王の傍らに立つ、長い髭を蓄えた神官が、青く光る水晶玉をかざして告げる。

「では、ステータスを確認いたします。……おお! カイト様は『聖騎士』! リン様は『大魔導師』! なんという幸運か、救世主が現れた!」

 二人の若者が歓喜に沸く。自分たちの手に宿る未知の魔力に目を輝かせ、騎士や魔法使いといった華やかな未来を確信しているようだった。

 保もまた、胸の鼓動を抑えられなかった。

 もしかしたら、この世界なら。この新しい人生なら、自分の「丁寧な仕事」が、誰かの役に立てるのではないか。

 期待を込めて、保は神官の差し出す水晶に手をかざした。

「……アカイシ・タモツ、貴様の職は……。なっ、『梱包師』だと……?」

 神官の声が震えた。それは感動ではなく、明らかな失望と蔑みだった。

 王が不快そうに眉を寄せ、玉座から身を乗り出す。

「梱包師? 戦士でも魔術師でもないのか。それは何ができるのだ」

「いえ……僕にもさっぱり分かりません」

「ふん、無能か。おい、頭の中で念じてみろ。貴様の元の世界にはなかったことわりだろうが、この世界では自身の能力が『声』として聞こえてくるはずだ。そこから何ができるか探れ」

 王に促されるまま、保はおそるおそる頭の中で自分の内側に意識を向けた。

 すると、確かに機械的な、冷たい無機質な声が脳内に響いた。

『固有スキル【梱包】を起動しますか?』

「あ……聞こえてきました。『梱包しますか』と」

「それだ! 試しに目の前の床でも、その辺の椅子でも梱包してみせろ!」

 神官が急かすように言う。保は緊張で汗ばんだ手で、目の前の石造りの床を見つめ、「はい」と強く念じた。

 だが、何も起きない。

 床は冷たいまま。空気も、周囲の騒音も、何一つ変化はなかった。

 保は、自分がまだ右手にレジ袋を下げていることにも、その袋の中で鮭おにぎりが一瞬だけ淡く光り、不可視の膜に包まれたことにも、この時は気づいていなかった。


「……なんだ、何も起きんではないか。文字通りの無能か」

 王宮の床を見つめ、必死に念じた保だったが、周囲に変化はなかった。

 だが、保は気づかなかった。緊張で握りしめていたレジ袋の中で、おにぎりを包む空気がわずかに震え、不可視の膜が形成されたことに。

 王はあからさまに興ざめしたように鼻を鳴らした。

「梱包師など、ただの荷造り屋だろう。捨て置け! 我が国に無駄飯を食わせる道理はない」

 騎士たちに引きずり出され、保はそのまま、不気味な原生林が広がる『帰らずの森』へと放り出された。

 ***

 森に捨てられてから、どれほどの時間が経っただろうか。

 空を覆う巨大な植物の隙間から差し込む光は弱まり、辺りは不気味な静寂に包まれていた。

 

 ガサリ、と藪が大きく揺れた。

 保の心臓が跳ね上がる。

 森の奥から現れたのは、毛並みがどす黒い血の色をした、見たこともないほど巨大な狼だった。

 

「な……なんだよ、あいつ……」

 保は、その化物の名前を知らない。だが、それが自分を殺しに来たことだけは本能で理解した。

 軽自動車ほどもある巨体。剥き出しの牙からは粘つく涎が垂れ、黄金色の瞳が冷酷に保を射抜く。

 

 逃げようとしたが、足が震えて動かない。

 狼が地面を蹴った。弾丸のような速度で、巨大な顎が保の喉元へ迫る。

「くるな……来るなあああああ!!」

 保は叫びながら、震える両手をがむしゃらに前に突き出した。

 その瞬間、頭の中に一言だけ、機械的な声が響く。

『――対象を認識』

 保の指先から眩い光の帯が溢れ出した。

 光の帯は、保が物流倉庫で幾万回と繰り返してきた「完璧な梱包」の動きをなぞり、空中で狼を包囲した。

 

 バチンッ!

 空間が弾けるような音が響き、保は衝撃で後ろに倒れ込んだ。

 恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。

 

「……え?」

 目の前に、一辺二メートルほどの、完璧に透明な「立方体の箱」が浮いていた。

 その中には、飛びかかろうとした姿勢のまま、巨大な狼が静止している。

 牙から滴り落ちそうだった涎さえも、雫の形のまま空中で固まっている。

 

「たす、かったのか……? なんだよこれ、置物みたいに……動かないぞ」

 保は震える手でその透明な壁に触れてみた。指先は冷たく硬質な感覚に跳ね返される。

 箱の中の狼は、瞬き一つしない。ただの拘束ではない。何か、もっと根本的なものが停止しているようだった。

 

 極限の緊張が解け、激しい空腹感が保を襲った。

 ふと見れば、右手にコンビニの袋を握りしめたままだった。

「……はは。こんな時まで、これを持ってるなんてな」

 王宮で召喚されてから、優に三時間は経っている。

 森の冷気にさらされ続け、温かかったおにぎりはもう冷めきって硬くなっているはずだ。

 それでも今の自分にはこれしかない。

 

 袋を開けようとしたその時、脳内に再び無機質な通知が流れた。

『――通知。未開封の荷物があります。開封しますか?』

「荷物……? ああ、あの王宮で言われたやつか。開封……してくれ」

 ボフッ、と微かな音がして、レジ袋の中で何かが弾けたような気がした。

 保が袋の中に手を突っ込み、おにぎりを掴んだ、その瞬間だった。

「……っ!? あつつっ!!」

 保は思わずおにぎりを取り落としそうになり、慌てて両手で包み込んだ。

 手のひらに伝わってきたのは、数時間前にコンビニのレンジで温めてもらった時の、あの「断絶されたはずの熱」そのものだった。

 

「な、なんだこれ……!? まだ、こんなに熱いのか……!?」

 急いで包装を剥く。

 立ち上ったのは、紛れもない、ついさっき炊き上がったかのような「白飯」の湯気。

 数時間前のあの時、レジ袋の中から漂っていた鮭の匂いが、今この瞬間に、全く鮮度を失わずに鼻腔を突いた。

「嘘だろ……」

 保は、目の前で箱詰めになっている見たこともない怪物と、手元にある熱々のおにぎりを交互に見つめた。

 

 化物の涎が止まっている。

 おにぎりの熱が逃げていない。

 

 その二つの事実が、保の頭の中で一つの答えとして結びついた。

 

「そうか……包まれている間、こいつらの『時間』が止まってたのか……!?」

 王宮で「何も起きなかった」あの一瞬。

 あの時、自分のスキルは失敗したのではなく、無意識に手に持っていた「唯一の持ち物」を完璧に梱包し、時間の流れから切り離していたのだ。

 保は、震える手でおにぎりを一口頬張った。

 熱々の米が喉を通るたびに、絶望で凍えきっていた体が内側から温まっていく。

 

「……美味い」

 前世で、誰も見ていないところで磨き続けてきた自分のこだわり。

 誰にも顧みられなかった「丁寧に包む」という精神が、世界の法則さえもねじ伏せる力になっていた。

 

「丁寧な仕事には、価値がある。……そうだよな、おにぎり」

 保は、最後の一口を噛み締めて立ち上がった。

 

「赤石保の名前は、あそこで捨てられた。俺はタム……ただの『梱包師』だ」

 最強の「保存」の力を手にして。

 タムは、誰も見たことがないような丁寧な手つきで空の袋を畳むと、未知の森の奥へと力強く一歩を踏み出した。

お読みいただきありがとうございました。

「梱包」したおにぎりが熱々のままだった理由……タムがようやく気づいてくれました。

もし「この先のパッキング無双が楽しみ!」と思っていただけましたら、ブックマークや下の評価欄(☆☆☆☆☆)から応援いただけると、執筆の励みになります!

次回、森の中でタムが「あるもの」を梱包することになります。お楽しみに。

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