ー1章ー 6話 「初めての危機、剣聖の腕の中で」
僕は緩やかに動きを修正した。
赤ちゃんというのは、大人からしてみれば未知の生き物なはずだ。
そういうこともあるだろう――そう思わせなければ、状況は打開できない。
そう考えていると、あの声が聞こえてきた。
「運動により、筋力が大幅に増加しました。寝返り、ハイハイが実行可能です」
……そんなことを教えてくれる機能があるの!?
驚いたが、これは好機であることは間違いない。
ならば、オルセアに寝返りからのハイハイを披露して、僕の成長ぶりに驚いてもらうしかない!
僕はピタリと動きを止め、寝返りを打った。
「おぉ!」という声が聞こえたが、うつ伏せなのでオルセアの表情は分からない。
しかし――驚いているのは間違いなさそうだ!
イける!
僕はすかさずハイハイのポーズを取り、恐る恐る動いてみる。
少しぎこちなさはあるが、何とかハイハイを成功させた。
これは、他の子たちよりも二歩リードした結果と言える。
何せ、みんなはまだバタバタしているだけなのだから。
しかし待て……僕だけこんなに人間としての成長が早くて大丈夫だろうか?
逆に怪しまれやしないだろうか?
突然の不安が僕を襲う。
そもそも、僕は何歳の設定で転生したのかが分からない。
だが、オルセアの反応は僕の不安とは真逆だった。
「アレン、お前……すごいな! もうハイハイができるようになったのか!」
どうやら喜んでもらえたらしい。
ハイハイができたことが功を奏し、激しく動いていたことからは完全に目を背けることができた。
やれやれ……赤ちゃんができる“常識の範疇”が全く分からないから、どこまで無理していいのかがサッパリだ。
何はともあれ、これで少しは活動範囲が広がるだろう。
ベッドにいる諸君、お先に世界を見てくるよ!
ベッドではハイハイが難しいだろうということで、オルセアは僕を床に降ろしてくれた。
木の床には、ところどころ小さな穴が開いている。
ハイハイをするうえでの危険箇所は把握しておかないと、怪我をしてしまう。
一生懸命生活を良くしようと頑張っているオルセアに、要らぬ心配は掛けたくない。
僕はゆっくりハイハイをして辺りを探索した。
掃除をしている余裕がないのだろう……床はホコリだらけだ。
むしろ僕がモップ代わりになっている気がするが、そこは黙っておこう。
オルセアは木の椅子に座り、我が孫の成長ぶりに目を輝かせている。
何十年ぶりの子育てっていうのは、どんな気分なんだろう。
僕たちが孫である以上、かつてお子さんがいたはずだ。
いつか話してくれる時が訪れるだろうが、少し複雑な気持ちであることは何となく分かった。
それでも、優しく微笑んでいる今は、オルセアにとってかけがえのないひと時だろう。
僕が彼に少しだけ癒しを与えているなら、これ以上の喜びはない。
何もできない僕が、初めて役に立ったのだから。
そんな喜びに浸っていた時――「バキバキッ」と嫌な音が床から鳴り響いた。
床を捉えていたはずの手足が、急に何も触れていない感覚になる。
視線がどんどん床の方に落ちていく……マズい、これは床が抜けたようだ。
大人であれば大したことにはならないだろうが、如何せん僕は赤ちゃん。
オルセアのような屈強な肉体ではないし、ハイハイしかできない柔肌ボディだ。
このまま落ちればタダでは済まない……下手をしたら死んでしまうかもしれない。
そう思った瞬間、部屋の中に突風が吹いた。
床を力強く蹴り上げる音。
さっきまで椅子に座っていたはずのオルセアが、いつの間にか僕を抱き抱えていた。
一瞬の出来事で、何が起こったのか全く分からなかった。
驚いた僕は思わず声を出した。
しかし、それは言葉ではなく――赤ちゃんらしい泣き声だった。




