表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

~新しい人生をありがとう~ 嫌いだった義妹へ 

~新しい人生をありがとう~ 嫌いだった義妹へ ④忘れられない記憶

 ルギウス(アルミスカ)がサフランに焦がれるのには、過去に関わる理由があった。

 それは彼女の先祖まで、遡っていく記憶だった。



 ルギウス(アルミスカ)にはずっと昔、人に助けられたことがある。


 それはもう、どんな名前を名乗っていたかも忘れた遠い昔のことだ……………………。




◇◇◇

 人間は自分達吸血鬼のただの餌であり、何の感情もない道端の石ころのようなもの。


 そう思いながらその夜も、見目だけは美しい女を探し吸血しようとしていた。


 ダンスホールで踊る彼女はバーバラと呼ばれ、数人の男達とクルクルとホールを回る。


 その立ち姿は背筋が伸びて凛とし、まるでバレエの演舞を見ている気持ちになった。


 決して男達に媚びず体も必要以上に触れることなく、ダンスそのものを楽しむような。


 夜のダンスホールでの目的にそぐわない様子に、少し戸惑いを覚えたほどだ。





 そんな彼女を後目に、今夜の赤い美酒の相手を他へと目を向ける。


 ふと目が合った彼女は、とても上等なドレスを着ていたが、胸元が強調されて背中も広く開き、一見すると商売女にも見えた。


 そうでないことは、周囲を囲む高そうな背広の貴族達の対応で何となく分かる。


「高位貴族の甘やかされたお嬢様か?」


 彼女はきっと、自分は他の令嬢とは違って自由で、大胆なドレスも着られるスタイルを持っていると、特別視されたい願望があるのだろう。その時はそう思えた。


 長く生きた自分から見れば、それは何となく滑稽であり、意味のないように思えるだけだが。


 親が権力を持ち彼女が美しくても、嫁いでしまえばその家に縛られ、個性は簡単に潰されるだろう。


 それを知った上で今を楽しんでいるなら、賢いと言えるだろうが。



 そんな彼女は、再び僕に目を留めた。


 今日の僕が着ている衣装は、クラシカルスタイルの背広姿だ。

 吸血鬼は魅了の術をかけずとも、遺伝なのか皆美しいと言われる造形をしている。


 彼女は僕も衣装に拘りのある仲間だと思ったのか、こちらに歩を進め、「踊りましょう」と誘って来た。


 目立つことは避けたいが、もう今さらだ。

 僕の躍り慣れたダンスに、彼女が呟いた。


「お上手なのね」

「そう? ありがとうと言えば良いのかな」

「何も求めていないわ。ただの独り言よ」

「そうか」

「そうよ」


 彼女は他の男とのダンスとは違い、僕にしなだれてきたりしなかった。

 僕がそう言う目で、彼女を見ていないせいだろう。



「貴方なら分かるかしら? こんな服を着させられて、微笑まなくてはならない女の気持ちが」


 どうやらこの姿は、彼女の本意ではないらしい。


「私は公爵家のやっかい者なの。子を成さないようにした筈の、愛人が生んだ娘。男だったら殺されてたわ。

 公爵は私を政略の駒にしたいのよ。たまたま美しい容姿だったから、役に立てようとしたのね。


 あそこで群がっているのは、公爵家の力が欲しい婿候補。仮に私が嫁いでも、愛人を持って良いと言われているらしいわ。

 私との子を成して、家をその子供に継がせれば良いと。所詮私の役割は、公爵の息のかかる貴族を増やす為に過ぎないの。

 大事にされる保証もないわ」


 饒舌に回る唇は、少し酔っているようだった。


 こんな姿をしていても、彼女は純潔だ。

 それは、吸血鬼であるから感じ取れる事実。

 血液に毒素がないか区別する為の。

 人との性的接触が増えたり老いるほど、血が濁っていく事実があるからだ。


 彼女は公爵に、誰かへの誘惑を命じられたのだろうか?




◇◇◇

 哀れな彼女のことが、少しだけ気の毒に思えた。

 吸血する時、僕の牙から伝う唾液には多幸感を得られる物質が出ると言う。


 だから少しだけ興味を持った、彼女の血を呑んでみようと思ったのだ。 

 暇潰しでされた不幸話のお礼の代わりに。



 自身の指先を傷つけその血液が狭い空間に舞えば、軽い酩酊状態に陥る。

 僕は彼女と手を繋ぎ、ホールから出て外へ向かう。


 吸血できる場所に移動する為に。




 そして建物の影に隠れた僕は、彼女の細い首に牙を突き立てようとしていた。


 彼女は僕の血液で、酩酊状態が続いているから、恐怖もない筈だった。


 けれどそこに、彼女の護衛が現れた。

 吸血鬼の魔力を含んだ血液の霧は、人間には抗えるものではないのに。


 護衛の太ももにはアイスピックが突き刺さり、正気を保っていたようだ。


 職務に忠実な護衛。

 人間にしては強い精神力だ。


「この化け物が。お嬢様を離せ!」


 どうやら彼は吸血鬼の存在を知る者らしい。


 それならば吸血鬼が、人並み以上の怪力を持つことも知っているのだろうか?


 無闇な殺人はしたくないが、彼は危険な存在かもしれない。


 それならば…………。

 僕は彼女を離し、彼の元へ走った。

 狙うのは頸動脈。

 爪は鋭く尖り、狙いを外すことはないだろう。


 けれど彼は瞬時に僕の動きを見切り、手にしていた剣を僕の腹部に突き刺した。


「グバァ、バカな、ただの剣ごときで…………」


 僕には普通の物理攻撃は効かない。

 ダメージを受けても即座に回復するからだ。


 けれどこれは、僕に損傷を与えている。

 そんなものは一つしかない。


「聖女の祈りを受けた銀のレイピア(細剣)か?」


 銀製の剣は切れ味が悪く、普通使いすることはない。

 魔物に対してのみ発揮される効果。



「お嬢様、ご無事ですか? しっかりして下さい!」


 僕を放置し彼女の元に走る彼。

 その声には、護衛よりも気持ちの入ったものが感じられる。


「アラン、どうしたの? 血が出てるわ!」


 正気に戻った彼女は、泣きそうな顔で彼に叫んだ。

 何があったか曖昧だろうに、彼の膝に刺さるフォークから滴る血液に怯えたのだろう。


「こんなもの大丈夫だ。だが貴女は魔の者に魅入られた。すぐにここを離れましょう」


 彼に体を抱えられた彼女は、彼の胸に頬を寄せて呟く。


「アラン、聞いて。今日は私、お父様の指示でレスマグ様を誘惑して、抱かれるように言われたの。

 ……でも、私には無理。私はアランが好きなの。

 ………………もう、消えて無くなりたい」


 抱えた彼女を強く抱き、彼は彼女に告げた。


「共に逃げよう。俺はずっと貴女が好きだった。けれど身分の違いから諦めていたんだ。

 贅沢はさせられないし、逃亡生活になる。

 それでも良いか?」


 彼女は顔を上ゲ、彼を見つめ微笑む。


「身分なんて……私はただの愛人の子よ。公爵家に認められてなんていない、子を産むだけの器。跡取りが生まれば殺されるか、幽閉の未来しかない。

 こんな私で良いなら、何処にでも付いていくわ」


「君しかいらない。ずっと傍にいてくれ」

「勿論よ、アラン」


 深い口づけを交わし、二人は走り去った。


 当時のルギウス(アルミスカ)を残して……。




◇◇◇

「不覚だった。あの護衛はきっと、彼女が好きだから僕の術が薄れてたんだろう……うわぁ血が止まらない、どうしようかな?」


 このまま身動きできず、朝日を浴びれば僕は塵となって消えるだろう。


「まあ仕方ないか。さてはて、彼女は幸福を掴めるかな? 

 はははっ。くぅ、痛ぇ!」



 そんな時に近付いて来たのが、ダンスホールにいたバーバラだった。


「あらっ? 貴方ったらさっきホールにいた方ね。

 銀のレイピアってことは、魔の者なのかしら?」


 恐れも嘲りもなく傍に来てしゃがむ行為は、令嬢らしくない。普通は叫んで逃げるか、助けを呼ぶのではないだろうか?


 地面に横たわる僕は、どうでも良いようにそう思った。


「ねえ、助けて欲しい? 私の願いを聞いてくれたら、助けてあげるわよ」


 死にそうな魔物にずいぶんと余裕の提案だ。

 まあ僕が、死にかけてるせいか?



「望みは何だ? 金か? 若さか?」


 焦りもなく尋ねる僕に、彼女は笑う。

「そんなの要らないわ。そうねえ、じゃあ、貴方のしているブローチを貰っても良い?」


 それは花を形どった、中心部が琥珀のブローチだった。

「こんな物で良いのか? 金ならポケットに、結構な額が持っているぞ」


 反応が楽しくて、ついからかう口調になる。

 けれど血が流れ過ぎて、意識が朦朧としてきた。


「じゃあ、この可愛いブローチ貰うわね。あら貴方……もう限界じゃない? っ痛い!」


 「ザシュッ」

 彼女は落ちていたレイピアで左の手首を切って、僕の口元に血を滴らせる。勢い良く流れた血液は、手首を朱の色く染めて滴る。


 ゴクゴクと、多量の魔力が含まれた血液を飲み込んでいく僕。

 傷は見る間に塞がり、生気を取り戻す。


「ああ、良かった。助かったみたいね。私はもう帰るわ」


 彼女は何でもないような顔で、その場を離れようとしていた。


「どうして僕を助けたの?」

 これは単純な興味からだ。


 少し考えた彼女は答える。

「うーん、そうねえ。これからすることの贖罪かしら?」



 聞けば彼女は侯爵家の令嬢だと言うのに、嫡男の弟の代わりに、魔力を用いて戦う為に戦場に赴くと言う。


「きっと私はそこで死ぬわ。そしてその前にたくさんの人を殺すのでしょう。私、義母は嫌いだけど、弟とは仲が良かったの。

 あの子生まれつきの喘息があるから、発作を起こすたびに私が面倒看ていたの。だから逃げたりしないわ」


 彼女の思考からすれば、これから多くの人を殺めるだろう自分の方が、化け物だろうと言う。


 彼女はその魔力の故に、僕がダンスホールに入って来た途端に気付いたそう。

 そして血液の霧にも、影響を受けなかったようだ。

 

「母が死んでから、初めて欲しい物を手にしたわ。本当に綺麗な琥珀。私のお母様も好きだったの」


 彼女と共にいたのは、同じ戦場に行く仲間だと言う。

 平民が多いその隊は、先陣を切るそうだ。



「なあ、最後に踊らないか? 僕は割りとダンスが上手なんだ」


 まだ少しふらつくけれど、ダンスくらいは余裕だ。

 彼女は楽しそうに「良いわよ」と、手を差し伸べてくれた。


 ホールには戻らず、夜空の下で二人だけ。


 彼女も命も、数日後には消えているかもしれない。


 でも今だけは、そんなことは気にならない。



 クルクル、クルクルと、何度も躍り語り合って微笑む魔物と人間。


 夜明け前に僕は寝ぐらに戻るから、ダンスはこれで最後。



「さようなら、元気で」

「貴方も油断しないように。じゃあね」



 僕は蝙蝠に変化し闇に紛れる。

 彼女はダンスホールに戻り、まだ朦朧とする仲間達を連れて軍に戻るのだろう。


「元気でなんて無理かな? でも……卑怯だと言われても逃げてしまえば良い。君ばかり重荷を背負う必要はない」


 

 助けて貰ったせいか、僕は彼女のことばかり考えていた。

 凛として冷たそうなのに、本当は人の心配ばかりしているバーバラ。父親に褒められたいと、魔法の勉強を頑張った彼女は、残念ながら父親からの反応はなかったそうだ。


 ただ大好きな弟が、羨望の眼差しで称えてくれたそうだから、きっと大事な姉のことを思い、彼の心配は尽きないだろう。




 サフランは彼女に似ている。

 願わくば生き延びた、彼女の子孫であれば良い。

 そうでなくとも生まれ変わりなら、今度こそ幸せになって欲しい。


 幸せになって欲しいけど……「アズラインはなくない? 全然僕に似てないし。まあ似てるから良いと言う訳でもないけどさ」と、口に出してしまう。


 アルデは笑って「そうですよね」と、相槌だけはうってくれるが、恋の手助けはしてくれない。


 今も彼女との接点は、パンを買うことだけである。



 空の散歩でもしようと飛び立てば、アルデも付き合ってくれるから寂しくはない。


「今日は満月ですね。同族も月のパワーを得る為に飛んでいますよ」

「ああ、美しい月夜だ。星が霞むようだ。ちょっと遠回りして帰ろうか?」

「はい。お供します!」


 元気な返事に、頬が緩む。


 月夜の夜の夢。

 今も時々、あの時のダンスを思い出す僕だった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ