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マジックライフ・イン・ユートピア  作者: マシュウ


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始まりの日

 その日も、いつもと変わらず退屈な日々、になる予定だった。


 退屈な朝、退屈な通学路、退屈な授業、退屈な帰路、退屈な家。


 全ての頭文字に退屈がつき、生きている理由が死なない為になり、惰性で積もるだけのゴミのような何にもならない日々を文字通り過ごしていた。


 その日は休日で、趣味のゲームと何かしらの実況動画か電子書籍を読む以外のことがしたかった俺は、いつもに比べると調子が良かったので外に出る事にした。


 リビングでは母が忙しそうに仕事に向かう準備をしていた。



「出かけるの?大丈夫なら牛乳と卵は買って来といてくれる?」


「わかった」



 それだけの短いやり取りをすると玄関へと向かった。


 家を出る際にいつも、何も見ずともいつもは握りめることができた鍵を落としたのも何かの知らせだったのだろう。


 玄関から特に振り返ることはせずに、母に行って来ますを伝えると、振り返る事なく外に出た。


 家から外に出ると、天気は快晴で夏だと言うのに雪が降っていた。


 珍しい天気だと思いながらも、特に危険を感じることはなかったので、むしろ、そんな特別な状態の天気を楽しむ為、調子がいい日の散歩は数少ない癒しだから、このタイミングを逃す手はなかった。


 少し情報量の多い天気に頭痛を覚えながらも、いつもなら商店街が見える所に差し掛かったタイミングで、雷のような大きな音がした。



「晴れているのに雷か?」



 誰に聞かれるでも無いのにそう呟いた俺は、額に手を当てて空を見上げた。


 その時目に入ったのは、捻れた空の裂け目向こうにある吹雪の世界だった。


 その瞬間、裂け目が地面へと伸びて大地に境界として突き刺さった。


 吹雪はこちらに流れ込んできて、徐々に視界が悪くなった。


 仕方がなく近くの建物の中へ避難しようとしたところで、雪にさらわれるでもなく視界が真っ白になった。


 耳を横切る風切り音に恐怖しつつ、浮遊感はないながらも自分は今、移動しているという謎の確信があった。


 感じたことの無い感覚に驚いて地面にヘタレ込んだ後、吹雪が収まり、視界がはっきりとすると、そこは先程までいた商店街からは遠く離れた、東京駅の旧江戸城方面の駅前広場だった。


 自分以外も老若男女問わず様々な人が全員で1000人以上、おそらくここから見えない範囲にはもっと多くの人が居るのだろう。


 そして、同時に大多数の人間がいることに気がついた俺はすぐに目を閉じて耳を塞ぎ、地面に丸まった。



「大丈夫ですか?」



 そう声をかけられ見上げると、そこには白い肌に、長いまつ毛の奥に収められた茶色の宝石の様な瞳と、黒に近い茶色の長い髪の俺と同い年ぐらいの美人がそこにいた。


 これが俺と彼女の最初の出会いだった。


 

「あ、ありがとうござい……ます……」



 今でも目を閉じると瞼の裏に出てくるぐらい、はっきりと断言できる。


 彼女に一目惚れしてしまった。


 しばらくじっと見ていたかったが、頭痛が酷かったので情報をシャットアウトするために、諦めて目を伏せた。



「すみません……人混みに慣れてなくて……それに今日は調子も良くなくて……」



 仕方なく、外でこうなってしまう際のいつも通りの対応をした。


 内心、彼女にそっけない人だと、嫌な人だと思われていないといいがと、内心ヒヤヒヤしていた。



「分かりました、少し離れた場所に行きますか?歩けますか?」


「は、はい……ちょっと離れたところまで歩くので、ご心配をおかけしました」



 彼女はこちらに差し出したてをそのまま、俺の腕を掴んで立ち上げさせてくれた。


 そのままどこかへ行くのかと待っていると、彼女は俺の手を引いて歩き出した。



「あ、あの?」


「足元気をつけてくださいね?」



 耳に響くたびに心が落ち着く様な声色の彼女に手を引かれて、目が見える事も、杖を持っていないことからわかるだろうに、そう言って仕舞えば彼女に失礼だな……、親切にも、彼女は俺の手を握って人混みから少し離れた所まで連れて行ってくれた。



「ここまで離れたら大丈夫ですか?」



 彼女はなんてことなさそうに、俺に対して声をかけてくれた。



「は、はい……有り難うございました……申し訳ない」


「困った時はお互い様ですよ。……うん、ちょっと待っててください」



 そういった彼女が俺から遠ざかっていく足音が聞こえた。


 少ない人との関わりを持てたことと、あんな美人と知り合えた事を嬉しく思いつつも、いよいよひどくなって来た頭痛にその場で息を荒くして、四つん這いになってしまった。


 瞼の裏ではとめどなく、これまで見て来た情景がとめど無く流れ始めた。



 今朝起きてから歯を磨きに向かうまでの床、鏡映った、ガリガリでクマが出来て自信なさげな、みっともない自分の顔。

 クローゼットから服を取り出す際に、黒色のシャツを選んだ手を白いシャツに変えたこと(お陰で地面に転がった際にだいぶ汚れてしまった)

 スマホでゴミのカレンダーを見て、今日が燃えるゴミの日だったこと。

 ゴミをまとめて、袋に詰めた後、玄関から出る際に左足から履いた靴。

 


「溺れそうだ……」



 悪化していく頭痛にいよいよ吐きそうになったタイミングで、声が聞こえた。



「…….この人です!さっきから苦しそうにしてて!!」

 


 どうやら彼女は俺から離れて行く際にも、俺のことを心配してくれていたらしく、誰か人を連れて来てくれた。


 まぁ、今思えばこの時の出会いも、ある意味運命の出会いだったのだろう。



「おい、坊ちゃん!どないしたんや!ったく!今タオル出したるから、ちょっと待ちぃ!」



 関西弁で話す男は、何やらガサゴソと暫くしたのちに、横になっている自分の頭を少し持ち上げてタオルか何か、柔らかい布を地面との間に挟んでくれた。

 

 それだけでなく、保冷剤を他のタオルか何かにくるんで首元に当ててくれた。


 ひんやりとした心地よい感覚に少しずつ頭痛がマシになって来て、目をうっすらと開けると、心配そうにこちらを覗き込む人影が二つあった。


 片方は、恐らくさっき俺の世話をしてくれた、シロサキユイカという女の子で、もう一人は……。


 小太りで、髪の毛は短くも、青いシャツを着ていて、リュックを背負っている。

 ありたいなあって仕舞えばザ・オタクと言った感じの男だった。



「うっ……!」


「えっ?こいつ今俺の顔見て吐こうとした?」



 ーー全然違う。


 違うのだが、普通に気分が悪くなってしまって、何も言い返せない以上、俺は首をかろうじて左右に振るのが限界だった。



「まぁ、ちょっと横なっとき、なんやよーわからんことなっとるからの」


「そうですね、いったいなんなんでしょうかここは?」



 男と二人で話している彼女だったが、何処からかスピーカーのスイッチが入る音が聞こえ、ノイズが響き渡った。


 暫くハウリングが続き、吐き気を催しそうになっていたが、2〜3秒程度で雑音は消え去り、そこから機械にて音声を変化させた明日低い声が聞こえた。



『あー、余計な言葉は不要だな、諸君にはこれより異世界に飛んでもらう、とは言っても異世界日本だがな』



 妙に軽薄な口調で、よくわからないことを言う声は続けた。



『君達の現実の体は、今、結晶に閉じ込められている、無理に取り出されようとしたら粉々になるから、そこんところは今、ニュースなどで周知した』


『きっと楽しい日々になる、奇跡の様な生活を、どうか楽しんでくれ』



 そう言うと、突然ブチっとマイクが切れる音がしたと同時に目の前に優しいオレンジの光が現れた。


 なんだなんだと二人は話していたが、不意に自分の目の前に何か枠と文字列が浮かび上がった。


 そこには大きく、



『ステータス』



 と、ゲームのように映された文字が浮かび、さまざまな項目の隣にプラスマイナスの表記が現れた。


 困惑しつつも、痛む頭を押さえながら、説明を意味するインフォメーションボタンがあったのでそれを押した。


 特に音はなくとも、ボタンは反応して文字と画像が新たな表示画面として現れた。


 親切にも説明を読みながら、操作ができるらしい。


 説明にはいろいろなことが書かれていた。


 身体ステータスの振り分け方、魔術ステータスの振り分け方、アタックスキルのポイントの使い方など。


 そして、俺の場合は一部ステータスを見て、やはり元々の身体能力が、初期ステータスとして反映されていることに気がついた。


 残念ながら初期ステータスから足し引きは出来なかったが、それでもいろいろな調整を行う事で、頭痛を無くすことができた。


 その時の開放感は永遠に忘れることはないだろう。


 体を起こして起き上がると、目の前で男の方はほぼ筋力と体力にステータスを即決で振り分けているのが見えた。


 そして、男のステータス画面に何やら矢印の様なものが現れたのも見えた。


 そんな中、彼女は男の行いに若干引き気味で見ていて、このままだと冷え切った空気が流れることを予測した俺は声を掛けた。



「お二人共、だいぶマシになりました、有難うございます」



 俺の声を聞いて驚いた様に二人はこちらに目を向けた。



「もう無事なんか?そらよきや」


「はい、タオルとかも有難うございました」



 俺はタオルを返そうとしたが、男は首と手を横に振って、ええよええよと言った。


 関西弁の人と話すのは初めてだったので距離感に若干の困惑がありつつも、今自分の身に起こったことを話した。



「へぇ、知識のステータスを上げるとマシになったと?」


「ですね、脳みその容量が増えたのでしょうか?」


「かねぇ、ま、何にせよ無事で何よりやわ、アンさんらはこの後どないすんの?」



 男は俺たち二人を交互に見ると、何やら思うところがあるのかそう言った。



「お、俺はこのまま矢印の方向へ行こうかと」


「私も、何人か私と同じ様に一人の女の子たちが居るみたいだから声を掛けて一緒に行ってみます」



 男はそれを聞くと、それでも何かまだ思うところがありそうな口元をへの字にしていたが、自分を納得させる様に頷いた。


 

「おまえさんらはまだ子供やねんから、なんかあったら頼ってや、取り敢えず大人でどーにか出来んか色々声かけあってみるからさ、まだ矢印の方向に進むのは待ってや」



 そう言うと、男は踵を返して狼狽える集団の方は歩き始めた。


 そういえば名前を聞いていなかったな、また会うのだろうか、もし会うのだとすれば……。



「お名前は!?」


「へっ!?あ、名前!?アマミチ!アマミチや!よろしゅうな!」



 最後に締まらないような、カッコがつかない様な別れ際になったが、男はそう言って今度こそ集団の方へ歩き始めた。


 遠く離れていく男を見ながら、俺は最後の仕上げをすることにした。


 残していたスキルの振り分けを行うと、ステータス画面のコンパスが中央の方へサムズアップされて、背後の東京駅方面、前方の旧江戸城方面に別れて矢印が示された。


 それと同時に、『マップが開放された』との表示が出たので、確認ボタンを押すと、ステータス画面いっぱいに東京駅近くの地図が表示された。


 そうすると、広場の中央付近に大きな水晶の尖塔が現れて、マップに『ゼロポイント』と表示された。


 アマミチもこれを見ながら何か色々考えたのだろうか。


 マップ用のインフォメーションを見ると、それはファストトラベルのポイントらしい。


 マップを更に縮小してみると、全体に壁のようなものが立ちはだかっていた。


 確かに現実でも空から白い壁が降りて、こちらを見下ろしていた。


 確かに外界と隔絶された世界、俺たちはここを『裏日本』と読んでいる世界への、そして、元の世界へ戻るための挑戦がその日から始まったのだった。

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