魔法が使えない私を選んだのはあなたです
貴族の子女が集う王立魔導学園に、ひとりの少女が通っていた。
名はエリーゼ。
平民出身でありながら、その“知識の深さ”と“礼儀正しさ”で、王太子カリスの婚約者として選ばれた稀有な存在だった。
だが、エリーゼには“欠陥”があった。
彼女は魔力が極端に弱く、魔法が一切使えない「魔法盲」とされていたのだ。
それでも彼女は黙々と学問に励み、裏方として王太子の政務を支え続けた。
――しかし、学園三年目。
王太子カリスは、突如、学園内に編入されてきた聖女候補の少女セラ=マリンと親しくなり、エリーゼを遠ざけ始める。
そして、校内パーティの場にて、
カリスはエリーゼに向かってこう宣言した。
「エリーゼ。君との婚約はここで解消させてもらう。
君は、王妃にふさわしくない。魔法すら使えぬ者に、王の傍に立つ資格はない」
会場はざわめき、セラは勝ち誇ったように微笑んだ。
エリーゼは、ただ静かに一礼して立ち去る。
その背中を見ながら、誰もが思っていた。
(これで“平民のくせに婚約者だった女”も終わりだ、と)
──だが、誰も知らなかった。
エリーゼが魔法盲といわれる真の“理由”を。
数日後。
学園を魔獣が襲うという前代未聞の事件が起こった。
学園結界が破られ、逃げ惑う生徒たち。
だがそのとき、魔獣の前にひとり立ったのは――エリーゼだった。
「“制限解除”。出力30%で十分ですわね」
静かにそう呟いた彼女の指先から、圧倒的な魔力が解き放たれる。
誰もが信じられなかった。
あの“魔法盲”が、巨大な魔獣をわずか一撃で無力化したのだ。
その後の調査で判明したこと。
・エリーゼは、古代種の魔力干渉体質であり、魔力が暴走するため自己封印していた
・魔法の才能は国家最高等級。しかも精密な魔術理論と戦略的理解を併せ持つ
・かつて王国の禁術理論書を解読した“匿名の学者”が、実は彼女だった
そしてもう一つ、彼女が「魔法が使えない」とされたまま、その誤解を訂正しなかった理由も明かされた。
「もしも力の存在を知られれば、王太子や周囲の者たちは“私の力”を求めるようになるでしょう。
私は、誰かに使われるためにここにいるのではありません」
それが、彼女が長らく沈黙を貫いた理由だった。
力を誇るためでも、見返すためでもなく、
ただ「自らの意志で動くため」に――エリーゼは真実を隠し続けたのだった。
魔獣の脅威を鎮めた功績とあわせて、
彼女は王国より【第一魔導監察官】に正式任命される。
── 一方、王太子とセラは、学園内で冷たい視線に晒されていた。
「侮辱していた婚約者の方が、実は“国家の要”だったそうですね」
「セラ様、魔力制御どころか初歩魔法すら失敗されてましたが……本当に“聖女”ですか?」
数週間後。
王太子カリスは、急速に悪化する外交と政務の混乱の中でようやく悟る。
──エリーゼこそが、本当に自分を支えていた存在だったのだと。
宮廷に呼び出されたエリーゼに、カリスは頭を下げる。
「すまなかった。俺は君を見誤っていた。……どうか、再び私の傍に……」
しかし、エリーゼは淡く微笑むだけだった。
「不思議ですわね。
あなたが私を“選んだ”ことも、“捨てた”ことも、どちらもあなたの自由。
でも今さら“戻ってこい”なんて……まるで、子どもの駄々ですわ」
「エリーゼ……!」
「私を選んだのは、あなた。
私を捨てたのも、あなた。
そして今、私が“ここにいない”という現実も、あなたの選択の結果ですのよ」
王太子は何も言い返せなかった。
そして、彼女は静かに踵を返す。
その後、エリーゼは正式に王直属の魔導師団を率い、国の安全と発展を担う重要な地位へ就く。
彼女の冷静な判断と、人に媚びない誠実さは国中で評価され、民衆からは「真の王妃」と称えられるようになる。
一方、カリス王太子は、その後も王宮内で孤立。
聖女セラは“異邦の魔道具による偽装聖印”を使っていたことが露見し、国外追放。
王太子も“人を見る目を持たぬ”として王位継承順位を落とされた。
──エリーゼは、その報を聞いた夜、ただ静かに日記を閉じてこう呟いた。
「私が魔法を使えないと信じた人たちには、見えなかったのでしょうね。
“知識も、努力も、誇りも、魔力と同じくらい強いものだ”って」
そして、彼女は今日もまた、魔導書を手に取る。
誰かに見せるためではなく、
ただ自分自身のために、明日を進むために。