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第2話 レオンさん、ツン照れがすぎます!

 翌朝。


 しんと静まりかえった執務室で、レオンは山のように積まれた分厚い書類に向かい、黙々とペンを走らせていた。

 背筋はぴんと伸び、視線は鋭い。

 その張り詰めた空気は、まさに切れ者の公爵様そのもの。


 そんな静寂を破ったのは——重厚な扉が、ノックもなく勢いよく開いた音だった。


「やっほ〜、レオン! 朝からお仕事ごくろうさま〜!」


 軽い調子で手をひらひらと振りながら、王太子リオが飄々と姿を現す。


「……ノックぐらいしろ」


 レオンはペンを止めることなく、書類から目も離さずに低く言い放った。


「え〜、朝から冷たいなあ。俺たちの仲じゃないか」


「仲の定義を見直せ」


 レオンは冷ややかに返す。

 

 だが、入ってきた本人はまったく堪えていない様子で、勝手知ったるというように部屋の隅にある応接用の椅子に腰を下ろしていた。


「で、なんの用だ。朝から嫌な予感しかしない」


「失敬だなぁ。俺だって、ちゃんと目的があって来たんだよ?」


 ぴょこんとリオが立ち上がり、つかつかとレオンの机まで歩いてくる。そして、にやりと笑うと、背中に隠し持っていた細長い封筒をレオンの机に置いた。


「観劇のチケット。昨日のみつきちゃんへの『異世界恋人講座』なんだけどさ〜、あれ、ちょっと冗談過ぎたかなって思ってね? 反省とお詫びのしるしだよ。ほら、初デートってやつ、した方がいいでしょ?」

 

 そう言いながら、リオはひょいとしゃがみ込み、視線を合わせるように、机越しにレオンを覗き込む。


「……別にいい」


 レオンは封筒には目もくれず、手を動かし続けている。

 リオは机の上の封筒をつまむと、ぴらぴらと振りながらレオンに見せつけた。。


「ふ〜ん。じゃあ、このチケット、俺が使っちゃおっかな。……あ、そうそう」

 

 わざとらしく思い出したように、にっこり笑ってリオが言った。


「みつきちゃん、昔、付き合ってた人がいたって言ってたよ。……なんて、余計なお世話だろうけどね!」


「……」


 レオンの手が、止まった。

 

「……そうか」


 それだけを呟くと、再び、ペンが紙を滑る音が部屋に戻る。

 

 その数秒後。


「……いつの頃の話だ」

 

 ペンを走らせたまま、レオンはごく自然な声で尋ねた。

 あくまで書類に目を落としたまま、顔も上げずに——けれど、耳だけがほんの少し赤い。 


「ん?」


「いや……なんでもない」


 リオがにやにやして言う。


「気になるの? ま、何にしても、今はレオンの婚約者だし、想いも通じ合ってるし?」


「……」

 

 ペンを持つ手が一瞬止まりかけ、すぐにまた動き出す。

 

 それを見逃すはずもなく、リオは指で封筒をトントンと叩きながら、諭すように続ける。


「そういうことならさ、誘ってみたらどう? ほら、ちゃんと恋人として、初めてのデートをさ」


「……別に、俺たちはそういう関係じゃ——」


「いやいや、もうそういう関係でしょ?」


 遮るように言うと、リオは笑いながら、勢いよく立ち上がる。


「せっかくチケットまで用意してあげたんだから。使わなかったら、俺泣いちゃうよ〜」


「……お前が泣こうが知ったことか」


 冷たく返しながらも、レオンの視線がちらりと机の上の封筒へと落ちた。 

 

「ちなみにそれさ、いま王都の令嬢たちに大人気の話なんだって。みつきちゃんも見たいんじゃないかな〜?」


「……」

 

 レオンの手は完全に止まっていた。


「まっ、そのチケットは置いてくからさ、気が向いたら使っていいよ〜」


「……気が向いたらな」


「で、誘ったらみつきちゃんがどんな顔したか、また後で俺に教えて?」


「……出て行け」


「は〜い」


 ぱたんと扉が閉まり、執務室には再び静寂が訪れた。

 

 

      *  *

 

 

 その夜。

 

 夕食後に部屋へと戻った私は、ソファにごろんと寝転がり、のんびりしていた。


 ほんのり温かなランプの灯りのもと、手に持っているのはティナちゃんに借りた、きらきらの表紙の恋愛小説。

 

(これがなかなか面白くて、最近ハマってるんだよね〜)

 

 わくわくしながら昨日挟んだしおりのページを開く。

 

 物語の続きを読み始めようとした、その時。

 静かな室内に、小さなノックの音が響いた。

  

(ティナちゃん? あ、マーサさんかな?)

 

 そう思って、何の気なしにドアノブに手をかけた。

 

 けれど、扉を開けた瞬間——

 私の心臓がドキン大きく跳ねる。


 そこには、レオンさんが立っていた。

 眉尻をわずかに下げ、視線を逸らしながら、どこか、気まずそうに。 

 

「え、レオンさん!?」

 

 思わず驚いて声を掛けると、レオンさんの肩がピクリと小さく動いた。

 

「……ちょっといいか?」

 

 ほんの少し躊躇いがちな声だった。

 いつもより少し硬い表情で、真っ直ぐこちらを見てくる。 

 

「う、うん……」


 何気ないふりをしながらドアを開いたけど、指先がちょっと震えていたかもしれない。

 

(……え、ええええっ!? レオンさん、今なんで部屋に!? いやちょっと、待って! そういうの心の準備が……!!)

 

 さっきからずっと、胸の音がドキドキとうるさい。

 

 

 

「あ……よかったら、ここ座って……」

 

 裏返りそうになる声に焦りながらも、ソファを勧めると、レオンさんは無言で腰を下ろした。

 少しだけ間を空けて、私も隣に座る。


 でもレオンさんはずっと無言のままで、沈黙が続く。

 

(ううっ……気まずい。レオンさん……早くなんか喋ってお願い……)



 

「……リオに……」

 

 ふいに、ぼそっと呟くような声で、レオンさんが口を開いた。

 

「えっ?」

 

 私は思わずレオンさんの顔を見たが、レオンさんはずっと、伏目がちに床を見ているだけだった。

 

「チケットを渡された」

 

「チケット?」

 

 いったい何のことか、全くわからない。

 私が聞き返すと、レオンさんは少しだけ眉をひそめ、さらに小さな声で続ける。

 

「……観劇の。お前と……俺で行けって」

 

 顔はよく見えなかったけど、耳の先がほんのり赤くなっているのが目に入った。

 

(もしかしてなんだけど……レオンさん、照れてる……?)

 

「俺は……どっちでもいい。お前が行きたいなら……行ってもいい」

 

(……っ!!)

 

 誘ってくれてるんだと理解したとたん、胸がきゅんとなる。

 

 私はソファに倒れ込んでバタバタしたくなるのをグッと堪えて、

 

「行く!! 行きたい!!」

 

 身を乗り出しながら、返事をする。

 レオンさんは少しだけ目を丸くして、それからふっと口元を緩めた。

 

「じゃあ……次の休みに」

 

(え〜〜〜〜嬉しいっ! レオンさんとデートだぁぁぁ!!)

 

 クッションをぎゅっと抱え、ニヤけるのを必死で耐えていると、

 

「そんなに観劇が好きだったのか?」

 

 ふいにレオンさんが聞いてきた。

 

「ううん、観劇って見たことないんだけど、レオンさんと出かけられるのが嬉しくてっ!」

 

 思わず本音が出てしまったその瞬間——

 

「……っ」

 

 一瞬でレオンさんの顔が赤くなった。

 それを隠すようにぷいっと向こうを向いたレオンさんは、少し口を尖らせながら、ぶっきらぼうに言った。

 

「……べつに、俺が誘ったわけじゃない」

 

 

 

(うわっ、それはずるいっ……)

 

「っ〜〜〜〜〜〜!!!」


 私は何も言えずに、クッションに勢いよく顔を埋めた。

 口元が勝手ににやけちゃうし、心臓もドキドキして、もうどうしようもない。

 

(かわいすぎるでしょっ……!! なにそのツン照れ……! 耐えられるわけないじゃんっ……!)

 

 

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