第53話 探幽の友からの手紙
七人の仲間が結集した日から約二か月後、弥生の月の夕方。胡蝶のもとに、「館林藩小姓組柳沢吉保」を名乗るものから手紙が届いた。徳川家光の子が藩主を務める上野国の館林藩二十五万石。
最近増えている大名筋からの誘いだろう——そう思って封を切った。端正すぎる筆跡だった。余白まで冷たい。読み進めていくにつれて胡蝶の目が開かれ、喉が鳴る。
半年前、狩野探幽と多賀一郎との濃密な語り合いの夜、探幽と美を共有する“アミーゴ(友)”と呼び交わした瞬間が鮮やかによみがえる。探幽は帰り際、「探幽縮図はワシが死んだ半年後に、ワシの少ない友達に取りに行かせる」と言った。
手紙にはこうある。「探幽縮図を受け取りに参り候。但し同席するは友人たる探幽師が定めし胡蝶、朝湖両名のみと致したく存じ候」
「この人が探幽先生のアミーゴ?」
胡蝶は「一郎さんを探さないと」と立ち上がると、慌ただしく部屋を出る。
その音に、初音の部屋の襖がさっと開き、化粧をしている初音が首を伸ばして、「あー、姐さん、もしかしてキュンキュンしてる?」と聞く。
「してないわよ」と階段を駆け下りる。
下駄を履いていると、女将が背中から声をかけて釘を刺す。「夜のお勤めは頼むよ」
「わかってる。すぐ戻るわ」
外は春の強い南風が吹いている。一郎がどこにいるかは分からないが大門へ足早で向かう。大門の向こうから一郎が駆けてきた。その手には同じ手紙があった。「一郎さんにも届いたんだ」胡蝶は歩みを遅くする。
◇
花魁と太鼓持ち。周囲に気取られないよう胡蝶が前を歩き、一郎がそれに従う形を取りながら、お互いに届いた柳沢吉保という男からの手紙の中身をひそひそ声ですり合わせる。
「探幽先生が指定した二人としか会わないって書いてあるね」
「二日後、ちょうど髪洗いの休日だったの。その日で調整してくれる、一郎さん」
「せっかくの休みじゃないか」
胡蝶は振り返り、にっこりと笑う。
「探幽先生のアミーゴよ。楽しい時間になりそうじゃない。女将も働く分には大喜びよ」
「わかった。じゃあ、あさっての夜で設定する」
一郎は周りに大きな声で「胡蝶太夫、それでは失礼いたします」と仰々しく頭を下げると、大門の外へと戻っていった。




