美人だけど圧の強い産業医が、実はクソザコメンタルだった
大卒で社会人になり4年目。
就活を頑張ったおかげで、希望の職種に就くことは叶ったものの……働き始めてからというもの、自分の理想とは大きく乖離した現実に、悩み事は尽きない。
仕事。
将来へ向けた投資。
自己啓発。
「青井さん、去年から5キロも体重が増えていますね」
そして、健康面。
現在俺は、会社に設けられた医務室に足を運んでいた。
部屋の片隅には会社に常駐する従業員。
そして対面には、産業医の西野茜さんが座っていた。
今日は、約2ヶ月前に実施された健康診断で要検査の判定をもらった社員一同の、産業医面談の日となっていた。
「いやあ、GW中に実家に帰省していたんですよね。慣れ親しんだ土地で、いつもより気を張ることもなかったから……少し油断してしまいました」
「一週間程度で5キロ増加はしないと思いますが?」
ですよねぇ。
俺は誤魔化すように苦笑した。
「そもそも青井さんは、一昨年から去年にかけても3キロも体重増加していますよね?」
「そうでしたっけ?」
「そうです。診断表にはキチンと3年分の診断結果が記載されていると思いますが?」
「……あー、そうでしたか」
「もしかして、ちゃんと目を通してないんですか?」
ギク。
「……はぁ。青井さん、仕事が忙しいことはわかりますが。体調を崩されてしまったら元も子もないんですよ?」
「……あはは。まあ、病気になったらそれはそれで。仕事休めるし」
「それ、本気で言っています?」
「……えぇと」
「そんなくだらない冗談を言っている暇があるなら、隙間時間にでも運動をしてください」
ウチの会社の産業医である西野さんの性格がきついことは、社内では結構有名な話だった。
そんなことが原因か、折角整った顔立ちをしているにも関わらず、西野さんは未だ独身だそうだ。三度の飯より陰口が好きな同じ部署の先輩が教えてくれた。
「わかりましたか? 散歩でもジムに通うでも、何でもいいんです」
「あ、はい……」
「それじゃあ、来月も面談の時間を設定しましょう」
「えぇ!?」
今年の面談はこれっきりだと思っていたのに……。
「青井さん、この辺で体重増加に歯止めをかけておかないと、痩せれなくなりますよ?」
「とはいえ、日頃残業ばかりで運動する時間なんて……」
「通勤の時、1駅分歩いてみるとか。もっと言えば、運動以外でも、食事制限とかでもいいんです。とにかくダイエットをしてください」
冗談じゃない。
日々の仕事のストレス解消法の一つが、食べることなんだぞ?
「とにかく来月、また面談させてください」
「えぇ……」
「それまでに少しでも体重を減らすこと」
「でも……」
「わかりましたか?」
……本当、圧が強い人だなぁ。
これ以上断っても、彼女が俺の申し出を受け入れるとは思えない。
そもそも、産業医との面談は強制ではないはずだが……それを言っても色々言って聞き入れてくれないだろう。
「……わかりましたよ」
面倒なことになったなぁ。
俺はため息を吐いた。
* * *
『ハル。あんたいつになったあたし達に孫の顔を見せてくれるのさ』
マッチングアプリで異性との交流を始めたのは、実家に帰った際に母親から言われた一言が原因だった。
昔から俺は、異性との色恋沙汰はあまり興味がなかった。
花より団子とはよく言うが……俺は異性と付き合うよりも、一人で趣味に没頭している方が好きな人種だった。
しかし、26歳にもなって趣味にばかり没頭する人生はどうなのかと思う気持ちもなくはなく、それでいて、両親からの孫を見たいという切なる圧もあり……俺は渋々、重い腰を上げることにしたのだった。
マッチングアプリでは、累計10人くらいの女性と連絡を取った。
その内、8人くらいは自然消滅。
『青井さんは、今の人生、幸せですか?』
『たった今、あなたと会話して幸せだったんだと気付きました……』
1人は実際に会ってみたが、マルチの勧誘をされたから連絡を絶った。
そして最後の1人……アカネさんとは、大体2ヶ月くらい連絡を取り合う日々が続いている。
先月くらいからは、どちらからとは言わず、実際に会ってみようという流れになっていたが……お互い、特に向こう側の都合が合わず、今日まで予定を取り付けるには至っていなかった。
『突然なんですが、今週の土曜日はお暇でしょうか?』
そんな中、マッチングアプリに届いた一つのメッセージ。
曰く、アカネさんの抱えていた仕事にひと段落がついたようで……俺の都合さえ会えば、今週の土曜日に会ってみようとのことだった。
……えぇ、今週? と、最初は面倒くさいと思ったものの、2ヶ月の交流を通じて、アカネさんとは馬があう部分があったため、俺は折角だし一度会ってみよう、と約束を取り付けたのだった。
そして約束当日、俺は指定された喫茶店に足を運んだ。
個人経営の喫茶店は、空席が目立ちあまり繁盛している様子はない。
「いらっしゃいませ」
「えぇと、待ち合わせをしていて」
唯一埋まっている席に座っている人が女性であることを確認した俺は、店長に会釈して、女性の方へ歩いた。
「えぇと、アカネさん……?」
「あ、スプリングさんですか?」
「……」
「……どうかされました?」
俺が突然、目を丸くして押し黙るものだから、彼女は怪訝そうな顔で俺を見ていた。
しかし、そりゃあ驚くだろうさ。
茶色がかったボブヘアー。
長いまつげ。
スッとした鼻立ち。
この整った……見知った顔立ちの女性を見れば、そりゃあ絶句もするさ……!
まさか、西野さんとマッチングしてしまうだなんて……。
「えぇと、もしかして人違いでした?」
「あぁ、いえ。失礼しました。あまりにお綺麗なので、びっくりしてしまって」
「そ、そんな……もうっ、褒めても何も出ませんよ?」
「……あはは」
苦笑しか出来なかった。
何せ俺は、先日彼女に、産業医面談でボロクソ言われているから。
普通に気まずい。
帰りたい……。
「……あの、スプリングさん。そろそろお掛けになったらどうでしょう……?」
……帰りたい、と思ったが、俺は椅子に腰を落とした。
先日、あれだけドギツイことを言ってくれたんだ。少しくらい意地悪をしてもバチはあたらないよな?
「アカネさん、はじめまして。スプリングです」
「あ、はじめまして……なんか変な感じですね。2ヶ月も連絡を取り合っていたのに、こうして顔を合わせるのは初めてですもんね」
どうやら彼女は、俺の顔は覚えていないようだ。
まあ、数百人単位の患者と顔を合わせていれば、一人ひとりの顔を明確に覚えていることは不可能だろう。
そしてその事実は、今の俺には好都合だ。
「そうですね。……でも、本当にびっくりしました。アカネさん、こんなに綺麗なんだもん」
「えぇ……。も、もうっ、本当にやめてください……。あんまり褒められるの、慣れてないの」
「そうなんですか? 意外だなぁ」
「……あはは」
「いやはや本当、美しすぎて、男の人がほっとかないですよ」
「……そんなこと」
「……あー、でも、まだ独身なんですもんね」
彼女は俺の一個上。
晩婚化が進んでいる現代とはいえ、様々な方面から結婚圧は浴びているだろう。
この俺のように……!
「どうしてまだ独身なんですか?」
決まった……!
質問風煽り!
そもそもマッチングアプリをしている時点で、異性との交際……ひいてはその先の展開を彼女も望んでいるはず。
しかし、まだ彼女は独身!
この手の煽りはダメージがでかいはずだ!
なにせ今、特大ブーメランが俺にも突き刺さっているからな!
これぞまさしく、肉を切らせて骨を絶つ。
いいや、骨を切らせて骨を絶つ!
どうだ参ったか!
俺は既に死に体だぞ!
「そうですね。どうせ、あたしは生き遅れですよ……」
よし! 効果抜群みたいだ!
「前々から思ってたんです。……生き遅れのあたしなんか、ううん、ミジンコ以下のあたしなんか、生きてる価値もないって」
「……ん?」
「……ぐすっ。死にたい」
……多分それ、医者が言っていいセリフじゃないよ?
連載化させたかったけどこれも2話以降が上手く書けなかった
供養
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