地球扇風機
「助手君!ついに完成したぞ!!」
博士が凄まじい叫びとともにドアを蹴破って僕の部屋に入ってきた。
ボサボサの長い黒髪に煤だらけで薄汚れた白衣。レンズの分厚い丸メガネを掛けて口にタバコをくわえた博士はお世辞にも身綺麗とはいえないが、身体付きは文句のつけどころのない見事な曲線を持った女性だ。
「博士、毎回毎回扉を蹴飛ばさないで下さいって言ってるでしょ」
「細かいことを気にしてるようでは私の助手は務まらんぞ助手くん」
丸メガネの縁を人差し指で押し上げながら博士は不敵に笑う。ってか人の部屋でタバコ吸うな。
……こんなんでも博士が天才なのは確かだ。常人では思いつかない発明の数々を世に出している。
ヘンテコなものばかりだが。
「……で?今度はなにを発明したんですか?また牛の鳴き声を猫の鳴き声に変える変声装置みたいなくだらないやつですか?」
「助手君もしかして私のことバカにしてるのか?」
「そう思うなら少しは役に立つ発明品を作ってください」
「ぐぐぐ……生意気な。えぇーい、ラチが開かない!とにかく私についてこい!」
叫びながら、博士は僕の手を引っ張って研究所から飛び出していった。
「……まさか連れてこられた場所が予想外過ぎた」
宇宙服を着た僕はいま、宇宙ステーションにいる。眼の前の巨大モニターに映る広大な宇宙を前に独り言を漏らした。
「フッ……驚くのは早いぞ助手君。今から見せるのは世紀の発明なのだからな」
同じく宇宙服を着た博士が小さく笑いながら、タブレット端末を操作する。モニターの映像が切り替わり、地球が映し出された。
……なのだが、明らかにおかしな光景が映っている。地球の上に、巨大な三枚羽根のついた機械が浮かんでいる。具体的な大きさを言うと、地球とほぼ同じくらいだ。
「あれが私の発明。地球温暖化という長年人類を悩ませていた環境問題を解決する地球扇風機だ!」
三枚羽根のついた機械を指さして、博士が高らかに叫ぶ。
まんまじゃねーか。少しは捻れ。
「……で?なんの効果があるんですかあれは?」
いちいち拗ねられても困るので、僕は博士に質問する。
「よく聞いてくれたな助手くん。地球扇風機を使うことで地球に風を送り、地球の温度を下げて温暖化を解消する。成功すれば世界中の人間が私を褒め称えるだろう」
自信満々に言う博士を尻目に、僕は疑いの気持ちを抱いたままだった。
博士の発明の数々はあまりにもトンチキ過ぎて学会から非難轟々だったからだ。
とはいえ、僕も科学者の端くれ。実証を見なければ判断が出来ない。ここは口出さず見守ろう。
「それでは行くぞ……地球扇風機、起動!」
博士の叫びとともに、地球扇風機の羽根が回りだす。ゆっくり……ゆっくりと回る羽根は徐々に速度を上げていき、やがて名前の通り扇風機のように羽根が回転していった。
「おぉ……」
思わず、僕は小さな声を上げてしまう。今まで散々ロクな発明をしてこなかった博士だが、今度こそ世紀の発明になるかもしれない。
「驚くのはまだ早いぞ助手君。地球扇風機、フルパワー!」
博士の叫びとともに、扇風機の羽根の回転速度は更に上がっていった。
――バゴン。
妙な音が、宇宙ステーションに響き渡る。
何事かと思ってモニターを見てみると、地球扇風機が黒い煙を拭き上げている。それだけでなく、最初に浮かんでいた位置から徐々に下がっていた。あのままだと、地球に落ちるんじゃないだろうか?
「博士!急いで地球扇風機を停止してください!」
「……出来ない。操作が出来ないんだ」
タブレット端末を見つめて、操作する指を震わせながら博士が答える。タブレットのモニターには、真っ赤なエラーメッセージが表示されたままだった。
やがて、徐々に高度が下がった地球扇風機は当然ながら地球に落下して爆発。爆風は宇宙ステーションが大きく揺れるほどだった。
地球はどうなったかというと……うん。大惨事になっていた。有り体に言えば燃えていた。
「博士……地球が燃えてます」
「あぁ……地球は、赤かったな」
うるせぇよ。
「どーするんですかこれ? 環境問題どころか人類絶滅しちゃってますよ」
「科学に失敗はつきものだ。この失敗が礎となって文明は発展するものさ」
宇宙服のヘルメットを外してから、博士は爽やかな笑みを見せていた。
「本音は?」
「ごべんなざぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!まざがごんなごどになるど思わながっだのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
泣きながら濁音混じりの声で博士は土下座した。
「謝って済む問題じゃねぇだろこの馬鹿博士がよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ごべんなざぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」