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ナギセンキ  作者: 匙郎
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第三話

 広場にはヤタノ村の村民がおしくらまんじゅうのような密度で集められていた。ざっと見た限りでもかなりの人数が集まっている。この村の正確な人口は把握していないものの、今この場にいる村民はおそらくほぼ全て集結していると見て間違いないのだろう。子供たちは今の現状がまだ理解できていない様子で、両親の動向を何気なく探っている。大人は先ほど村中を駆け回っていた僕の印象がまだ強いようで、その瞳にはどこか苛立ちと諦念が漂っている。僕からしたら全員顔見知りの存在な訳だが、彼らからしたら今の僕は異形の存在だ。村中の人間が記憶を失っているというのに、自分のことを何故か知っている少年のことなど気味が悪くて仕方ないのだろう。隻眼の男の後ろをトボトボと歩く僕の瞳にまたしても涙が浮かびそうになる。その時、僕は自分の現状がかつて無いほど危険であることを悟る。ウズメは、記憶が無くなったフリをしろと言った。彼女のことを信用してもいいのかという疑問に解答は出せていないのだが、少なくとも僕という存在と現状について何かを知っていることは確かだ。理解は及ばずとも彼女の忠告は聞いておいたほうが良い。ぼんやりとそんな事を考えながらここまで連れられてきたのだが、冷静になって考えると、村人たちは、僕に記憶が残っているという事を知っている。


「あー、手荒な真似をしてすまなかった。第一部隊隊長のコノエだ。皆も既に分かっていると思うが、今この村は村単位で記憶喪失が発生している。」


 コノエと名乗った男は広場を見渡せる位置に陣取り、淀みなく喋り始めた。村民は自分達の現状について何か知ることが出来るという事実に高揚し、頬を緩めている。そんな村民の中でただ一人、僕は体の震えと戦っていた。


「非常に残念なことだが、実はこの村は、西の大国が秘密裏に開発していた怪しげな妖術の実験場にされてしまったんだ。皆はその妖術の影響で記憶を無くしてしまったという訳だ。何故このような事を企てたのかも現在調査中だが・・・。」


 隻眼の男はそこで一瞬言葉に詰まった。村民は彼の言動を全て鵜呑みにしている訳では無いにしろ、自らが置かれた現状への模範解答を下されたことにより多少の安堵が見てとれる。当然彼の言動を訝しんでいる者もおり、その割合は半々と言った所だろうか。


「まずは、我々の力が及ばず、皆にこのような悲劇をもたらしてしまった事を、詫びたい。本当にすまない。」


 恐らく政府の中でも重要な地位にいるであろう隻眼の男は、深々と頭を下げた。すぐ隣から「えっ」というような声が聞こえた気がした。突然村に現れて、大した説明もせず広場を私的に利用し、その外見からどこか恐れられていたコノエと名乗る男が、恐らく地位が低いであろう自分達に対して頭を下げたのだ。張り詰めていた空気がどこか弛緩していくのを感じる。この人の言うことは真実なのではないか。仮に真実でなくても、路頭に迷っていた私たちを救う意志があるのではないか。この人は、信じても良いのではないかー。


「…それは別にいいけどよ」

 

 村の若者がポツリとつぶやいた。静寂を打ち破る一言としての価値は重く、皆が彼に注目した。彼は自らに向けられた数多の視線に対してもさほど動揺せず、良く通る声でこう続けた。


「俺達はこれからどうしたらいいんだ?」


 再び静寂が場を支配した。隻眼の男の地位や人間的な価値、好き嫌いなどは現状さほど重要では無く、今村人たちが知りたいのは記憶を失った自分たちが歩むべき未来だ。村の様子を見れば、彼らが貧しくとも豊かな日々を送っていたことが容易に想像できる。科学の発展とは縁遠そうな深い深い森。何世代にも渡って暮らせそうな木と藁で作られた家。遊びに使うのであろう動物の形を模した人形は、広場の片隅に放置されており、子どもたちの笑い声を想起させる。突然過去を全て奪い取られた理不尽を目の当たりにし、我々は、この先どう生きていけば良いのか。皆が、隻眼の男の返答を待った。


「…皆の生活を奪ったのは西の大国だが、その悲劇を防げなかったのは我らの責任だ。我らには皆を守り、導く使命がある」


 隻眼の男が、笑った。それは慈悲深い女神のような笑みだった。だが、僕には同時に、自らの手ですべてを統べようとする悪魔のようにも見えた。


「皆には、王都へと来てもらう。そこで家と仕事を与える。そこからは自由に過ごすが良い。我らは皆の生活を保証する。そして、叶うことなら、この国に貢献する働きを見せてほしい」


 広場からどよめきが聞こえた。多くはコノエの提案に対する疑問が占めていた。わずかばかりの関係値を構築した集団は、ヒソヒソと何か相談事を始めている。状況が掴めていない僕にとっても、心を動かされる提案だった。少なくとも、ここで何も分からず飢えていくという訳では無さそうだからだ。


「もちろん、ここで暮らしたいものは残ってくれて構わない。その意識は無いだろうが、ここは皆の故郷だ。だが、王都とここは離れているため、資源の運搬などは難しい。ここに残る者に対しては、我々が援助出来る事は限られている。よく考えて決めてほしい。」


 数秒の沈黙を破ったのは、先ほどの若者だった。


「そういうことなら、俺はあんたらに着いていく。ここに放り出されても狩りのやり方なんて分からねぇしな。」


「分かった。皆もよく考えて答えを出して欲しい。明日の夜明けまで私たちはここにいる。私たちと共に来る者は、明日またこの広場に集まってくれ。広場にいない者はここに残ると判断させてもらう。もう一度言うが、よく考えて、判断してくれ」


 隻眼の男が話し終えるタイミングを見計らったかのように、一人の兵士が彼に近づいて行った。何やら耳元でぼそぼそと話しているが、この距離だと当然内容はつかめない。隻眼の男はその無表情を崩さず彼の話を聞いていたが、やがてニヤリと口角を上げた。そして広場をぐるりと見渡し、少し興奮気味にこう告げた。


「この中に、記憶が消えていないものがいるらしいな?」


 まるでどこかの軍隊かのように、隻眼の男の声を受けた村民は僕の元へと視線を向けた。彼の声に、言葉に、ただただ反応したその動作は至極当然のもので、深い意味などははらんでいない。しかし、今の僕にとってはどうしようもなく痛い攻撃となる。寒さを感じてなどいないのに、体は震え、口内が乾く。


「君か」


 僕の瞳をまっすぐに貫く男の視線を受け、もはや何を恨めばいいのかも分からなくなっていた。



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