第二話
「なんでそんなに来るの遅いかなー。私ちゃんとヒントあげてたはずなんだけど」
状況が飲み込めない僕に対して、その少女は文句をぶつけてくる。一丁前に腕を組んで貫禄を出そうとはしているが、その割には声が可愛すぎるし、身体が華奢だ。彼女が意識を僕以外に向けている隙を見つけて、背中を覗くとそこには確かに羽が生えている。そう、「付いている」のでは無く、「生えている」。天使に憧れを抱いた少女の不器用な工作、という訳では無く、生物として恐らく自然に身体の一部になっているそれの意味がどうしても理解出来ない。
「なに見てんの。」
「いや、別に・・・」
本音を言うともっと間近で観察したかったのだが、彼女の目つきに押されて思わず後ずさってしまう。あまりに異常な出来事が起こりすぎて頭は既に混乱しているのだが、目の前の少女がどうやら僕のことを知っているらしい、という事実だけは確かなようだ。村の現状も、自分の現状も、何もかもが分からない僕が一歩進むためのヒントは、彼女が持っているに違いない。
「君は、誰・・・?何を知っているの・・・?」
僕の問いに対して少女はニヤッと笑みを浮かべ、小さな身体を大きく動かしながら話し始めた。
「私は、ウズメ!君を選んで、君を守った天使だよ!」
「・・・どういうこと?」
言葉は理解できているが、意味が分からない。僕を選んで、守る。何から?僕の質問に対してウズメは少し口を尖らせ、人差し指を勢いよく僕に向け、続けた。
「ヒノモトミコトは分かるよね?あいつから君を、国を守ったの!」
「は?」
こんどこそ本当に意味が分からない。ヒノモトミコトとは、ヤタノ村も属するこの国の国王だ。独裁的な一面を持ち合わせてはいるが、戦や政に対しての才能は本物で、ここまでこの国を大きくしてきた張本人だ。反抗的な国民に対しての処罰は凄惨なものだが、ヤタノ村の村民のように真面目に働いている人への報酬は徹底している。人間的に好き嫌いはあれど、彼に反抗しようとするものは国という規模で見てもそれほど大きくない。それにこんな辺境の田舎に対しては、そこそこ納税してくれる所、という感覚以外何も持ち合わせてはいないはずだ。そんなヒノモトミコトが、あろうことか僕に対して、国に対して、何か攻撃しようとした・・・?
僕の様子を察したウズメは、顎に手を当ててさも難しい問題に向き合っているかのような仕草をしている。その最中にも翼は存在感を放っており、時折羽ばたくことで砂煙が小さく舞っている。僕の困惑に対して真剣に向き合っているのかどうか、それすらも判別がつかない。もう目の前の少女のことなど放っておいて、無駄足を覚悟の上改めて村人に聞いて回ろうか。そんなことを考えていた僕に、ウズメはこう告げた。
「ヒノモトミコトはこの国の国王じゃないよ。本当の国王は、別にいる。」
真っ直ぐ僕の瞳を見つめるウズメの表情から、それが冷やかしや遊びの発言では無いことが伺える。無邪気に身体を動かしていた先ほどまでの様子から一変した空気には思わず呼吸を忘れてしまう。疑問を口にする事しか出来ない自分に妙な情けなさを感じながらも、そうすることでしか事態を進めることが出来ないと覚悟を決めた僕の耳に、野太い大声が聞こえてきた。この村では聞いたことが無いような、横柄で耳障りな低音だ。
「ちっ…。もう来たか。いい?よく聞いて。今の君は、記憶を失っているからね。間違っても、記憶が消されていないような振る舞いをしちゃダメだよ。」
「な、なんで?意味わかんないよ」
「殺されるから。死にたいならいいよ。私の忠告無視しちゃっても」
ドン!神社の扉が乱暴に叩かれ、思わず意識をそちらに向けてしまう。
「誰かいるのか!?いるならすぐに出てこい!」
助けを仰ごうとウズメに視線を向けるが、翼が生えた少女はそこにはいなかった。扉は今まさに悲鳴をあげている一か所にしか存在せず、隠し通路なども当然無い。彼女は文字通りどこかに消えてしまった。全て悪い夢だったんじゃないかと思いたい気持ちとは裏腹に、僕の耳は変わらずドン!ドン!という乱暴な音の主張を捉えて離さない。そしてここまで頑張って耐えてきた木の扉もとうとう限界を迎え、フンッ!という鼻息と共に僕の足元へと吹っ飛んできた。
「やはりいるではないか。少年。大切な話があるから広場に集まれ」
銀の鎧をまとった隻眼の男が、僕にそう告げた。