手紙
『この手紙を私の胸ポケットから取り出した方へ
戦争で生き残ったら、私は真っ先にこの紙を焼き捨てることに決めていた。だがこれをあなたが読んでいるということは、それはついぞ叶わなかったということだろう。非常に無念ではあるが、しょうがないことだ。戦争とはそういうものなのだから。
さて、突然ではあるが一つ頼まれて欲しいことがある。私にはこの世の何よりも好きな幼馴染がいた。しかしその想いを伝えないまま戦地に赴き、私はこうして屍となってしまった。なのでもしあなたがこの戦争を生き延びることが出来たなら、どうか私の代わりに彼女に以下の言葉を伝えてはくれまいか。
十四年前の夏、中央公園のベンチで出会ったあの日から、君のことが好きだった。無邪気に笑う君の笑顔を見るのが、何よりも好きだった。ずっと告白できないままこうして死んでしまった自分が不甲斐なくて仕方がない。もし生まれ変わることが出来るなら、次こそ君にこの熱烈な想いを伝えると誓う。
追記:私の故郷の地図は裏面に記載しておく。どうかあなたに神のご加護があらんことを。』
丁寧に折り畳まれたこの手紙を読んだ時、とてつもない罪悪感に苛まれた。この男を殺したのは私だからだ。この塹壕の中で彼の首元に銃剣を突き刺した時、両手に伝わってきたあの嫌な感触を今でもはっきりと覚えている。ハムやベーコンを切るのとは全く違う、「生きている」肉を切る感触。あの瞬間、私は目の前の青年の一生を奪ってしまった。これから数十年続いたはずの彼の尊い未来を、私がこの手で奪ってしまった。
そして何よりも、彼の幼馴染に申し訳が立たなかった。私にも想いを寄せていた女性が故郷にいただけに、この手紙の内容は何よりも私の心を深く抉った。
何が何でも、この凄惨な戦争を生き延びようと胸に誓った。この罪を少しでも贖うために。彼の肉親、そして幼馴染に謝罪するために。そして何より、彼の願いを叶えるために。
私はこの手紙を自身の胸ポケットにしまい、持ち場に戻った——。
戦いは日々熾烈さを増していった。旧知の戦友は一人、また一人と死んでいき、今では私は部隊一のベテランとなっていた。
冷え冷えとした塹壕の中でふと脳裏をよぎる、故郷の想い人の顔とあの青年の死顔。
私は思い立ったようにかじかんだ手で必死に手紙をしたためた後、それを胸ポケットにしまい、再び持ち場についた——。
「ようやく休戦か」
「六年半続いたんだっけか?長かったよなマジで」
「ああ。うっわ、この辺死体だらけじゃんキッツいな……」
「……ん?おい、見てみろよこの死体。胸ポケットが女みたいに膨らんでるぞ」
「何か入ってんのか?」
「見てみよう……なんだこれ。大量の……紙?」
「何書いてあるんだ?」
「……パッと見、どれも遺書だな。『私が死んだら代わりにこの手紙を誰々に届けてください』って。映画とかでよくある、恋人とか婚約者に向けたヤツだ」
「おいおい、じゃあこいつ何股してたんだよ?」
「知るかよ。まあ一応全部回収しとくか」