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愛した人は貴方の中  作者: 美 倭古
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ある日常

「ふあ~、、、、昨日来れば良かったのにな、楽しかったぜ。たまには集まりにも顔出せよ。社会人」

 あくびを繰り返しながら、カルテに目を通す佐野が、夏樹に話掛けた。

「遅くなったんですか?」

「うん、まぁね。真面目の神木君がドタキャンしたからさ、ちょっとお兄様とね」

「え? お兄様って! 妻子持ちなんですから、あんまり変な事を、教えないでくださいよ」

「わーってるって。大丈夫大丈夫。ほんでもって、今度、素敵なお嬢さんを、紹介してくれるってさ! 楽しみだな~」

「なんなんですか、いつの間に、亮にぃと、そんなに仲良くなってるんですか」

「だって、拓っ君が、最近遊んでくれないからさ」

 同じ心臓血管外科の先輩である佐野壮太は、夏樹の三番目の兄、拓三とは高校からの親友だ。

 拓三がまだ実家に居た頃、佐野が頻繁に家に遊びに来ており、夏樹もよく遊んで貰ったのだ。


「昨日、急患が多かったみたいだね。今日の手術大丈夫?」

「一旦帰宅して、さっきまで仮眠取らせて貰ったんで、問題ありません。それより佐野先輩の方が、超眠そうですけど」

 夏樹は、この病院から徒歩で通えるほどに近いマンションに、住んで居るのだ。


「うん、眠—い。若いっていいね~」

「・・・・ あのね― あ、佐野先輩、今度、女性を紹介して貰うって、やっと身を固める決心したんですね。世の女性のためには良案です。亮にぃも、たまには良い事をする」

 同期の町田が言うように、外科医が女誑しに誤解されやすいのは、全部この佐野のせいだと夏樹は確信していた。


「え~ まさか。カモフラージュ」

「カモフラージュってカメレオンですか、全く」

「佐野先輩がそんなだから、拓にぃも落ち着かないんですよ。いつかスキャンダルが出ないかと、心配してる万にぃが、可哀想です」

 国会議員である二男の万次郎は、夏樹も含めて、粗相のないようにと、頻繁に注意してくるのだ。


「え? 拓っくん、あのモデルさんとは別れたの?」

「もうとっくに。容姿だけ良くても、家事も料理も出来ない人なんて、嫁にする意味ないじゃないですか」

「僕はオッケだな~ 見た目よければ全て良し。だからさ」

「は――」

 夏樹の口から、大き過ぎる程の溜息が漏れた。

 しかし、こんな佐野も夏樹にとっては、神木同様に尊敬に値する男であり、彼の手術の腕前は、今や元外科医の兄、亮一郎より勝るかもしれない。


「そうだ、『なっちゃんが巣立っちゃう―』って昨日、亮さん泣いてたぞ」

【あのね―― 恥ずかしい。俺は亮にぃの息子か!】

「カナダ行き、決めたの?」

「まぁまだ計画中です。でも今度こそは、あのバカ兄貴どもが何と言おうと行きます!」

 夏樹は、座ったままの状態で、ガッツポーツを決めた。


「そだな~ 本当だったら、後期研修で行きたかったんだもんな」

「思い出させないでください」

 そう告げると夏樹は頭を抱え、悪夢が脳裏を回想した。


 初期研修終了後に、夏樹はカナダの病院で、臨床の研修をしたかったのだ。

 だが、亮一郎が院長に就任するタイミングと重なり、3人の兄の反対で、この病院での研修を押し付けられたのだ。


「全く、あのブラコンは病気です」

「あははは。そういや、夏樹、明日って休みだよな? デート?」

「明日は、久し振りに週末の休日なんで、講演会に行くつもりです」

「はぁ~ 20代で脂の乗り切った色男が、週末に講演会って。あっこれと?」

 佐野は小指を立てて尋ねて来た。

「小指がなんですか?」

「え―― これが分かんないんだ。おじさんショック」

「おじさんって、拓にぃ怒りますよ。あの人、俺よりもイケイケですから」

「あ~ 確かに、、、、って夏樹ぃ、イケイケってのも、おじさんじゃないの?」

「そうなんですか? 兄貴達から良く聞くので」

 佐野が納得の表情をした。夏樹も何だかんだ言ってブラコンなのだ。

「で、何の講演会?」

「臓器移植のですよ」

「あ― やっぱり。すっげぇ退屈そう。夏樹も真面目だね~ さてと、仕事しますか」

 カンファレンスを開始するため、佐野が立ち上がった。

 今までのだらけた男ではなく、外科医の顔へ切り替わったのだ。


「35円のお返しです。有難うございました」

 神木は病院内のコンビニで買い物を済ませると、誰かに肩を叩かれた。

「神木君、お疲れ様。白衣を着ていないから、レジに並んでる時、分からなかった」

「小島。お疲れ」

 小島佐紀こじまさきは、ここの循環器内科の医師で、神木愁の同期だ。

「昨日参加しなかったんだね。ちょっと残念」

「内科も飲み会に行ったんだ」

「ほら、うちの伏谷ふしや医長と佐野副部長って仲が良いから、誘われたみたい。院長も来られたから緊張したわ」

 伏谷京香ふしやきょうかは、循環器内科の医長だ。佐野とは大学時代からの付合いで同期入職なのだ。


「スタッフの飲み会に参加するなんて、ここの院長は、本当に変わってるな」

「院長って佐野副部長と、仲良しみたいだったわ」

「院長の弟が、佐野先生の友人とか言ってた気がする」

「そうなの? で、佐野副部長とうちの伏谷医長って、どうなのかしらね?」

「どうって?」

「え? あの二人って昔良い仲だったって聞いたけど」

「へ――」

「へ――って神木君、相変わらず周りには興味ないわね。クスクス」

 関係者通路のドアを通り抜け、職員専用のエレベーターホールで立ち話をしていた2人は、到着したエレベーターに乗り込んだ。

「え? 7階?」

「ああ、知合いが入院してて、これのお届け」

 神木は手に持っていたコンビニの袋を上に掲げた。

「アロエヨーグルト」

「そう、好きらしい」

「へ― 神木君は、誰にでも優しいね。それじゃ、また後でね」

 小島は別れを告げると、循環器内科のあるフロアーで降りた。


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