4話 ダンジョン
主にザンダリア西方とはザンダリア大陸の西の広大な荒野の事を指す。
チームアンドレが拠点とするシアト帝国は大陸中央部に位置する巨大国家である。
しかし彼等が今歩いている都市はシアト帝国ではない。
どこの国家にも属していない辺境の荒野に存在する独立都市だ。
その名もテドシル。
この独立都市テドシルはアンドレ達が目当てとするダンジョンに最も近い街であり、ダンジョンに行く前に立ち寄っていた。
「この都市は完全なる外れだぜ」
アンドレが愚痴を漏らす。彼が言ったとおり、都市は寂れていた。
街歩く誰も彼も、生気というものを感じられない。
裏道をちょっと歩けば家無し(ホームレス)が軒を連ねており、まるでスラム都市だ。
「この都市の冒険者ギルドに寄ったが、ほぼ機能してないぜ。そりゃ遠く離れたシアトにすら依頼がくるってもんだ。黄色斑ガド岩についての情報も要領を得なかったし」
「そうだったね……。碌な宿屋もないみたいだよ。あっても汚いところしかない」
ギルドとは国が違えど、横の繋がりが非常に強い。ギルドカードを提出さえすれば融通が効くことが多いのだ。しかしこの都市ではギルドは閑散とし、従業員も飲んだくれ一人しかいなかった。
街の流通も禄に行われていないようだった。露店に置かれている商品も、めぼしいものがまるで置いていない。
「さっさとダンジョンにいこうぜ。こんな場所にいても仕方ない」
「色々補充しようと思ったけど、無理そうね」
そう言って二人はさっさとダンジョンに向かう。依頼書に載っていた地図からすると、この都市からさらに二日ほどかかる場所に存在している。
ヴェルグは相変わらず荷物を背負いながら二人の後を追う。都市に入ってからどこからか不穏な視線を感じるのは気のせいだろうか。
「……」
また依頼を受けてから感じる謎の不吉さは増すばかりだった。
それに、もうここは国外。ギルドの庇護があるとはいえ、シアトの法律は適応されないのである。
だがヴェルグの懸念とは裏腹に目的のダンジョンの洞窟には、何事もなくスムーズに着くことができた。
チームアンドレは拓けた洞窟内をガンガン進んでいく。
「アンドレ。ガド岩がいっぱいあるけど、これは違うんでしょ?」
「ああ。普通のガド岩だぜ……ったく。どこにあるんだぜ。黄色斑のガド岩って奴は?」
洞窟は武器の鍛造に使われることが良質なガド岩が多く採集できるスポットとギルドから説明を受けている。しかし黄色斑なる特異なガド岩は見当たらない。
「なんだかこんなにあるのにもったいないね、持ち帰る?」
「いいや、多分ここにあるガド岩は質が低いぜ。持ち帰ってもたいした値段はつかないと思う」
昔はガド岩を採掘するための鉱山だったが、魔物が湧き出してダンジョン化し廃棄された場所という由縁がある。
一層はダンジョンと言われるにはかなり拓けた場所であり見通しも良い。だがダンジョンである以上は魔物が際限なく湧いてくる。この洞窟も例外ではない。
冒険者の仕事は魔物の掃討も含まれる。だがチームアンドレは底辺E級パーティに漏れず、最低限の武力しか持たないし、基本的に魔物を避けるような装備をしている。それでも一層は彼らでも余裕で対処可能な魔物しか出現しなかった。
「フラワーバットなんて雑魚は余裕だぜ!」
「頑張れ!頑張れ!アンドレー!」
アンドレが鉄の長剣を振り回して、洞窟に生息している蝙蝠の魔物を追い払う。彼の不格好な剣術もどきの攻撃でも最下級魔物なら十分有効だった。
ハザシはそもそも戦えないのでアンドレを大声で応援している。
ヴェルグは荷物を背負いながら、棒きれで流れ作業のように無言でフラワーバットをたたき落としていた。
そうして、しばらく三人は探索していると……。
「結局、二層への入り口までたどり着いてしまったぜ」
「黄色斑?のガド岩はどこにもなかったね……」
ヴェルグが後方から声をかける。
「引き返してもっと注意深く探しませんか?」
「チッ。そうするしかないか……」
アンドレは舌打ちして同意する。しかし、何回探してみてもそれらしきものは見つからない。
「どうするのアンドレ?見つかりませんでしたって正直に言う?」
「いいや、この依頼はなんとしてでも完遂するぜ。こんなチャンスは滅多にないのはハザシもわかっているだろ?ここはリスクをとるべきだぜ」
アンドレは二層の入口に視線をやる。ハザシは首を傾げる。
「大丈夫かな?許可されてないんでしょ。バレたりしたら……」
「事前に受け取った前金も成功報酬と比べればカスみたいなもんだぜ。それに……いざとなれば」
「待ってくださいっ。もしかして二層に降りる気ですか!?」
ヴェルグが慌ててアンドレに詰問する。
「そのまさかだぜ?まさか反対するわけがないよな。もしするなら、今すぐお前とはオサラバだぜ。シアトに帰って別のパーティに入れて貰えば良い。もっとも廃棄能力のお前を受け入れてくれるパーティなんて、親切な俺たち位しかいないだろうけどな」
「……くそっ」
ヴェルグは小さく悪態をつく。二人が何故ここまでこの依頼に執着しているのかはわからないが、どう考えてもリスクが高すぎる。ここは大人しく帰ってシアトの冒険者ギルドに報告するべきではないのか。しかし、いくら諭そうとも目の前の二人が聞き入れるとも思わなかった。
廃棄能力の自分では発言力がなさ過ぎる。
ヴェルグが反論の言葉を言いあぐねていると、後ろから何人もの足音が近づくのが聞こえてきた。
「誰!?」
「なんだぜ!?」
アンドレは反射的に音が鳴った後方に首を向けた。
現れたのは人相が悪い男達だった。彼らは全員武器を所持しており、剣呑な雰囲気を醸し出している。数は五人。舐め回すように視線をチームアンドレに向ける。
彼らがしているのは正しく、品定め。
五人の中で中央にたつ男が、吐き出すように口を開いた。
「はっ。やはり雑魚どもか。高くは売れそうにないな」
「お前達はなんだぜ!?」
アンドレが強ばるように言う。
「俺たちか?お前さんらと同じだよ、冒険者さ。そして……採集にきたのはお前さんらだがな」
人攫い、その言葉が三人の脳裏に浮かぶ。
「な、何をいってるの!冒険者に手を出したら只じゃ……」
「そうそう、お前等みたいな脳天気な連中がいるからこそ俺たちは助かるんだわ」
ここはシアトの国外。シアトでは当然の秩序もここでは全く通用しない。冒険者はギルドの庇護はあるが、辺境のダンジョン内ではその威光は陰る。
しかもアンドレが言ったように近くの都市のギルドは禄に機能していないのだから。
「おらァ!」
「きゃあああ」
男の一人にハザシが突き飛ばされて転ばされる。
アンドレは声を張り上げて、ハザシとの間に割って入る。
「ま、まつんだぜ。約定 (セイヴ)!俺のスキルは<駆け足>だぜっ。お前のスキルはなんなんだぜ、恐れていないのなら答えてみるんだぜ!」
アンドレが焦りながら宣言する。
スキルの優劣の差はこの世界において絶対だからだ。
自分のスキル名を名乗りながら約定 (セイヴ)と宣言し、スキル名を尋ねられたものは必ず答えなければならないルールがある。そしてお互いのスキル名を理解しあえば誰しも本能的に自身のスキルに対して格上か格下かわかる。その差は決定的で一度序列を認識してしまうと深層心理の深くまで根が張る。この格付け全般をこの世界では約定 (セイヴ)と呼ぶ。
ただしこれは一度でもスキルを発動した人間同士で行われる現象で、廃棄能力は行うことができない。
少なくともスキルによる序列が一度定まってしまったら、下の人間が上の人間に逆らうことが難しい。
アンドレは賭けていた。もしも相手が自分より格下なら窮地を脱することができるだろうと。
「俺か?俺のスキルは、<武器破壊>だが」
「なっ」
「嘘……?」
客観的に見て<武器破壊>は中位のスキル。アンドレの<駆け足>よりも遙かに格上なのは間違いない。
事実、アンドレの心中に芽生えたのは目の前の男への屈服だった。この男にはどうあがいても勝てないので従うしかない。
「ぎゃはははは!てめえ等がクズスキルなんてことは分かってるんだよ。てかよくそんなクズスキルで自分から約定を言い出せたもんだ。アホすぎて笑える」
ハザシを突き飛ばした筋骨隆々の男が、彼女を見下ろしながら言う。
「せっかくだからその女にも名乗って貰うか。約定。俺は<筋力増大>だ」
「わ、私は<乾燥肌>」
男は手を叩いて笑う。
「クズスキル二名は、俺たちに大人しく着いてこい。わかったな?」
「はい……」
「わかったぜ……」
二人は意気消沈し、頭を垂れる。これがこの世界のルール。優れたスキルに劣ったスキルは従わないといけない。
「さて。残ったそいつだが」
「……待ってくれ。お前達は、なんで二人のスキルを知っているんだ」
ヴェルグはこの男達は自分たちを都市から追跡しやってきたのだと当たりをつけていた。しかし、二人のスキル内容を知っているなんてどう考えてもあり得ない。都市に寄ったときに、ほんの数刻だけ別行動をしただけだ。
「こいつ等は、独立都市でギルドにカードを提出したよな?あそこは俺たちの拠点なんだぜ?わかっていて当然だろうが」
つまりテドシルのギルドと共謀しているという。ならば最悪の事態はシアトのギルドも裏で繋がっていることだ。
「ギルドが人身売買に関わっているだと……そんな」
「もしかして全てのギルドが清廉潔白な組織だと思っていたか?そこが脳天気っていうんだよ」
「……」
「まあお前さんのスキルは分からんが、こんな連中にこき使われてる時点で十中八九クズスキルなのは間違いない」
ヴェルグの情報が男達に渡っていないというだけでシアトのギルドが白だと決めつけるのは早計だろう。ここに送り込んだのは間違いなくシアトの依頼なのだから。
「まあいいや。面倒臭え、さっさとスキルを答えやがれ。約定」
どうする。相手は五人、しかも強いスキルを持っている。
まともにぶつかれば自分では歯が立たないのは目に見えていた。
そしてアンドレとハザシは今も呆然と地面に膝をつけている。
助けられるのか、いや助けるのか?
あれだけ足下をみて屈辱的な扱いをされてきたのに?
だいたい、この世界はスキルが全ての世界だ。さらなる強者に蹂躙されるのはしかたがないこと。
……いや、本当にそうなのか?
逢った事がないはずの彼女の約束が脳裏をよぎる。
――ヴェルグは誰かを守らなければならない。
「うぉおおおおおおお!!!」
ヴェルグは男たちの意表をついた。背負っている荷物をぶちまけると同時に、獣除けの魔法煙玉を男たちの足元で炸裂させる。大量の煙が噴き出し、洞窟内が煙で充満する。
ヴェルグは無我夢中で二人の手を引き、反射的に二層の方向に駆け出して行った。
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