3話 冒険者ギルド
結論から言ってしまうとヴェルグの予測は甘かった。
冒険者ギルドで廃棄能力は常人と同じスタートラインにすら立てなかった。
「おい!廃棄能力、もっとグズグズせず速くカウンターまで荷物を運ぶんだぜ!全く使えない奴だぜ!」
「ププッ……無能すぎて笑えてきたよ。流石、廃棄なだけはあるよ」
柄が悪い冒険者にヴェルグが怒鳴られていた。彼等はヴェルグが共に組んでいるパーティメンバーである。
ヴェルグは多すぎる程の荷物を背負いギルド内に入ってきたところだった。その顔は憔悴しており、疲労困憊だった。明らかに酷使されすぎている。
冒険者が依頼を求めて集う冒険者ギルドは廃棄能力だろうと、受けいれることは真実だった。
とにかく自分のスキルカードを提示さえすればギルドに登録してもらえた。
スキルカードは身分証明書に等しい。このスキルカードは名前の通り自身のスキル証明や犯罪経歴の有無、そして身分の情報が記載されているカードである。
雇用される際には必ずといって良いほどスキルカードの提示を求められる事が多く、通常の職はカード内容を理由に足切りされることが非常に多い。
冒険者ギルドは足切りだけはしないが、それでもギルドカードから得られる情報で最初のランクを決定している。
普通E級、良くてD級。最初のランクはスキルカードの評価で総合的に決められている。そしてヴェルグは最低ランクであるFランクと評価された。
F級とは問題有りと評価された人材であり、単独で依頼を受けることが許可されないランクである。必ずE級以上の冒険者と同行しなければならず、かといってF級と好き好んで依頼を受ける冒険者はほとんどいない。
ともなれば、ヴェルグはE級でもわざわざF級を奴隷のようにこき使いたい三流パーティしか入る席はなかった。
その結果がこれである。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫ですカ?」
「……はい。心配かけてすいません」
ヴェルグがカウンター前にたどり着くとゆっくりと荷を下ろした。
ギルドの受付嬢が心配そうな声をかける。
彼女はつい最近ギルドの受付で見かけるようになった娘であり、ミステリアスかつ麗しい容姿をしていることでギルド内でも冒険者に良く思っている人間が多い。
「無理せズ、しっかり休んでくださいネ。冒険者は体が資本ですカラ」
「わかりました……」
話す公用語が不安定なのも相まってミステリアスさに拍車をかけていた。また動きの一つ一つにどこか気品が感じられ、元はどこかの貴族の令嬢と噂されていて言い寄る男も後を絶たない。
しかしヴァルグにとっては魅力より、どこか胡散臭さが勝っていたが。
その受付嬢に心配されていることに軽い不快感を覚えたのか、パーティリーダーは言う。
「ああそういえば……おい!あれやってくれよヴェルグ!自慢の<空白の三次権能>!ああ、発動できないんだっけか!うっかり忘れてたぜ」
わざとギルドが人の集まるカウンター前で、まわりに言いふらすように叫び出すパーティリーダーのアンドレ。ちなみにアンドレのスキルは<駆け足>。スキルの中でも少しだけ足が速くなる程度の効力しか持たない外れスキルとされている。
「哀れだねえ……廃棄能力に産まれてこなくて本当によかったよ」
アンドレに追従するように意地悪く笑う女はハザシ。ハザシのスキルは<乾燥肌>。肌が少しだけ固くなるだけのほぼ何も役に立たないスキルだ。
「……」
ヴェルグは何も言わない。口答えしたらパーティをクビにされることは目に見えているからだ。そうすれば依頼を受けられなくなる。
情けない。これが騎士を志す人間なのか。
衆目の面前で名誉を汚された。通常騎士ならばここまでされて黙っていることはない。しかし、騎士になるためには臍を噛んで耐えるしかない。
どんな遠回りでも騎士になると決めたのだ。
そしてなによりも。この世界ではスキルが全てなのだから。
そんな様子を見かねてか、受付嬢は構わず口を挟んだ。
「アノ。ところで、チームアンドレさん、このエイバラ草。全部買い取りでよろしいんですよネ?」
「……ああ。勿論だぜ」
受付嬢がアンドレに同調しなかったことに落胆した声で頷いた。
採集依頼は低ランク冒険者の大事な収入源だ。そのため低ランク冒険者は採集屋と馬鹿にされることも多いが、経済を回すという点から見たら立派な仕事である。
ただし、今回はその採集もほとんどヴェルグ任せであったが。
「今回の査定結果はこうなりまス。それとチームアンドレさんに頼みたい依頼があるのですガ。少しお時間いただけますカ?」
受け取った通貨を数えながらアンドレとハザシは生返事をする
「あぁん。なんだぜ?」
「なんなのよ?」
Eランク冒険者に受付嬢がわざわざ紹介してくる依頼は品質が保証されている分、割に合わない場合が多い。単純に面倒な依頼だったり、元々の依頼料が少なかったり。だが、その代わり昇級点……つまり冒険者ランクを上げるために必要なポイントを多く稼げるのだ。
チームアンドレはランクを上げるのには消極的だ。
だから、彼等がそれを受けることは滅多にない。しかし、今回は違った。
「チームアンドレに今回頼みたいのはダンジョン内で採集デス」
「ダンジョンでの採集ぅ?……俺たちが、だぜ?D級以上じゃないとできない決まりだったキマリがあった気がするが……」
アンドレは露骨に訝しんだ。
一般的にダンジョンに潜る依頼を受けられるのはD級以上の冒険者であり、E級は許可されていない。ダンジョンとは魔物が発生する巣とされる場所だ。魔物の強さはピンキリであるが、総じて危険度が高いのは間違いない。
「なんで、私たちじゃ受けちゃいけないの?」
「そりゃ、アレだよ……なんでだっけ?」
ヴェルグがその問いに独り言のように答える。
「ギルドからは可能性ある冒険者の保護のためと説明を受けています。ダンジョンは例え発生する魔物が弱くても、拓けた森林や山岳地帯と比べて危険で命を落とす可能性が高いと知られており、低級冒険者では十全な活躍を見込めない……」
「そうそう保護のため……って、知ってるからっていい気になってるんじゃねえぜ!それで、ギルドはいたいけなE級冒険者を危険に晒す気なのか?キチンとした説明を求めるぜ」
ヴェルグの言葉をアンドレがカウンターに肘を乗せつつ遮る。
受付嬢は頷いて一枚の紙を目の前の机に置いた。クエスト依頼書。これを元にして冒険者は依頼内容を確認する。
「確かにその方の言う通り、E級ではダンジョンは潜ることはできませン。しかし一層までならこのダンジョンは特別に許可がおりているんデス」
「何々、ザンダリア西方の洞窟で採集できる黄色斑ガド岩の採集。ガド岩なら知ってるが黄色斑?聞いたことないぜ。しかもザ、ザンダリア西方!?シアト国外じゃないか!冗談じゃないぜ!」
「で、でも。見てアンドレ!報酬額が…」
受付嬢から説明を詳しく受ける内に依頼へのモチベーションがみるみると上がっていく二人。ヴェルグも目を丸くするような破格の報酬額だった。
おおよそ半年は物価が高い首都で半年は遊んで暮らせる。ランクで言えばB級冒険者の依頼料と並ぶほど。それが三人分。
ヴェルグの報酬は二人に天引きされている故に、通常の依頼では雀の涙ほどしか報酬を受け取れない。ヴェルグから巻き上げてる金を度外視しても、二人にとって魅力のある報酬額だった。確かにE級の受けられる依頼の相場を遙かに上回っている。
「では受けることでよろしいのデ?」
「おお!その依頼っ、チームアンドレが引き受けたのぜ!」
「引き受けたのよ!」
「……」
反面、不安が高まっていくヴェルグ。果たして止めるべきなのか。
E級とF級のパーティで国外遠征自体が不安でもある。そして、確かに報酬は魅力的だが、だからといって相場より高すぎて当然きな臭さが拭えない。旨すぎる話を疑うのは冒険者というより人として当たり前といえる。
しかしギルドが選定して冒険者に紹介しているクエストだから、一定以上の信頼はするべきなのだろう。なにか不足の事態が起こった場合ギルドに責任を負わすこともできる。おそらく二人が手放しで喜んでいるのはそういう思惑もある。
それにヴェルグ自身もギルドの依頼は大いに望ましい事でもある。目先の金銭よりも、喉から手が出るほど欲しい昇級点を稼ぐことができるのだ。
だが……。
「!」
ヴェルグは受付嬢と目が合う。
その瞳に、不気味な既視感を覚えた。
幾ばくか逡巡するが、ここは再考を促すべきだと判断して二人に提案する。
「アンドレさん。ハザシさん。その依頼はリスクが高いと思います。受けるかは慎重に判断すべきかと」
「お前の意見は聞いていないんだぜ!」
アンドレは浮かれている気分に水を差すなと言う。
「廃棄能力の分際で頭が高いのよ!」
ハザシはすでに完全に依頼を成功させたと勘違いしている。
否定する材料は自分の勘だけしかない以上、もうヴェルグに止める術はなかった。
今は、この依頼が無事に終わることを願うばかりである。
「……頑張ってくださいね。ヴェルグ・カーティスさん」
受付嬢はその様子を見てほんの小さく、誰にも聞かれないように呟いた。
それはまるで女神のような笑みと悪魔のような嘲りが同居したものだった。
こうしてチームアンドレのアンドレ、ハザシ、ヴェルグの三人はこの国を遠く離れたダンジョンに赴くこととなる。
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