2話 退学
この世界ではスキルによって人間の価値が大きく決まる。そうした了解がごく自然と人間社会に敷き詰められている。どの国でもそれは変わらない。
強くて優良なスキル持ちは社会の上位層に食い込む。弱くて使えないスキル持ちは底辺になる。これは偏見でも差別でもなんでもない。事実、スキルの強弱はその人間の潜在能力に直結する。
特に【約定】、それは人間同士が潜在的に上か下かを理解する本能であり機能。廃棄能力者はそれを使うことができないのは致命的である。
「……」
ヴェルグが在籍していた学園はそれが顕著だったというだけの話。
なにも不自然ではない、上から下に水が落ちる位当たり前の道理だった。
騎士学園エルドロスは帝国に仕える騎士達を養成する場所で、強力なスキル持ちしか入学を許されない特別な場所であるのだから。
「……僕は、諦めたくない」
ヴェルグは小さく呟いて、少しだけの手荷物を持って学園寮を後にする。外に出て学園の見知った生徒様とすれ違う度に様々な視線を送られてきた。侮蔑、憐憫、興味……違いはあるが、見下していることだけはどれも変わらない。
既にヴェルグが廃棄能力認定され学園を追い出されることは知れ渡っているようだった。
「遂に、廃棄能力認定だって。まあ、当然だよなあ。入学時にスキル発動できてない奴なんてほとんど一生スキル発動できないらしいし、追い出すのが遅かったくらいだよ」
「身の丈にあってない場所に混じってしまったのね。本当に可哀相……。ここには来ずに廃棄能力者なりの仕事をすればよかったのよ」
「でも実際、廃棄能力者ってなんの仕事に就けるのかな?知ってる人いる?」
中にはあからさまな罵倒じみた陰口を聞こえるように平然と言う人間すらいる。彼等はこの国の元々位が高い家に生まれた貴族の庶子たちであった。
「廃棄と一緒の空間に居たこと自体、人生の汚点だ。家を通してあと学園長に抗議するとしよう」
「その通り、あぁ我らと同じ空気を吸っているという事実さえ、度しがたい。学園でなければ私刑にするところだ」
「そう言ってやるな。喋る虫を観察できたと前向きに考えるべきだろう。ありがとう!我らの教材になってくれて!」
嘲る声が聞こえる。それらを背にしてヴェルグは歩を進める。
横目に移るのは、白亜に統一され理想の造形とまで謳われた名高き学園本舎。しかしヴェルグにとって良い思い出は少なかった。廃棄能力認定はされてはいなかったものの、未発動の者は当然のように白い目で見られていたのだから。
それでもヴェルグは学園で必死に努力していた。騎士になるための勉学に実技、結果がついてきたとは言い難いが最善を尽くしてきた。
しかし二年間の研鑽が無駄だったと思えば、今にも潰れてしまいそうになるのだ。
悔しくて。哀しくて。運命に屈してしまいそうになる。
「よう。会話するのは久々だな。ヴェルグ」
「はっ。相変わらず湿気た顔しているわね」
ヴェルグが学園の裏門の前にたどり着くと、二人の男生徒と女生徒が待ち構えていた。
男生徒はガッシリとした筋肉質の巨漢だった。髪を短く刈り込んでおり、顔の彫りが深く獣のような鋭い目つきは人を威圧する風貌をしている。
反して女生徒の方は相当な小柄だった。金髪のツインテールで整った顔立ちの可愛らしい容姿をしている。しかし全身からツンケンとしたオーラを醸し出しており、おいそれと気軽に話しかけられない雰囲気を持っている少女だった。
「ガゼル、メーニィ……」
「気軽に呼ばないでくれる?廃棄能力者さん」
メーニィと呼ばれた女生徒は半眼になってヴェルグを睨む。
「悪いな、ヴェルグ。賢しいお前のことなら、俺たちがわざわざお前を待っていた理由がわかっているだろう」
ガゼルは落ち着いた声音で語りかける。その様子はヴェルグが知る昔とはまるで違っていた。こんなにも自分に無感情に接してくる奴ではなかった。
これならまだメーニィの口さのない罵倒の方が懐かしく思えるほどだ。
ヴェルグは悪寒がする。悪い予感に身を震える。
その様子に、今にもヴェルグを繋ぎ止めていた理性の一線が切れてしまいそうだ。
彼等はヴェルグの幼なじみだった。
学園に通い始めるまで一緒に遊び、夢を語り合って、共に励んだ。
時には喧嘩し、時にはぶつかりあって成長を確かめ合った
学園に入学許可が下りたときなどは、三人で泣いて喜び合ったのは今も胸に残っている。
しかし、学園に入ってからはすぐに二人とも疎遠になっていった。
二人は学園内でも有数の強力なスキルを持っており、学園内でも一目置かれる存在になるのは時間がかからなかった。
孤立していったヴェルグとは対照的である。その二人もヴェルグからは距離を置いていって、入学して数ヶ月後には見かけても口すらきかなくなった。
「あえて口にするのならば――俺たちが言いたいのはお前との完全なる不可逆的な絶縁だ。金輪際、いや過去に至るまでお前との関係を無かったことにしてもらう」
「つまり、私たちは最初から出会わなかった、そういうことにしようって話。わかるかな、廃棄能力者さん?」
ヴェルグは目を見開いた。
「そ、そんな――こと!僕たちはッ!!」
ヴェルグは学園長の前でも、叫び上げることがなかった怒声を放った。
遂にヴェルグの堰き止められていた感情が爆発する。
「一緒に永遠の友情を誓いあったじゃないか!苦しい時も辛いときも、三人で乗り越えていこうって、あれは嘘だったのかッ、答えろガゼル・イフマン!メーニィ・レイナス!!」
ヴェルグは牙を剥いて激高して血走った目を二人に向ける。
しかし二人は顔を見合って、まるでそよ風に揺らされたように平気な顔をしていた。
「嘘吐きめ!お前達には騎士になる資格などありはしないッ!!」
そう、二人は目の前の小さな存在の赫怒など最早意に返さない。それほどの格差があるのだ。蟻の怒りなど、オーガは意に返したりはしない。
ならば拳を以って問答無用で我を押し通されるのみ。
「やれやれ――とりあえず、だが。……うるせえ」
「……がはっ」
ヴェルグが到底反応できない速度で、その腹にガゼルの右拳が突き上げるように打たれていた。
ヴェルグは両膝を落としてその場に崩れ落ちる。
腹を抑えこんで咳こみながら地面で丸くなった。
「そのまま黙って聞け。廃棄能力者、俺たちはな。栄光ある近衛騎士団に登用されることが決まったんだよ」
「凄いでしょ?在学中で叙任されるなんて異例だって!」
近衛騎士団。この国で誰もが認める最高の騎士団である。
女王陛下を直接守護する騎士達であり、国の中でも最強クラスのスキル持ちにしかなることが叶わない。紛うことなき騎士達の頂点であり……騎士を志す者なら一度は夢見る頂だった。
ガゼルとメーニィが若くして近衛騎士団に見初められた。
成績優秀者かつ強力なスキル持ちは、在学中だろうと上位の騎士団に叙任されることが希にだがあると聞く。
その事実にヴェルグはどんな感情を抱いたらいいのかわからなかった。
「近衛騎士団には完璧が求められる。廃棄能力者とつるんでいたっていう過去なんてあってはいけないんだよ。だからお前とはこれでお別れだ。いや、最初から出会っていなかったか」
「そういうこと。もともと疎遠になっていたし、別に構わないでしょ。……ああそれと、私たちといたって<根も葉もないこと>を言いふらしたら分かっているわよね?」
「……」
言い返せない。それは真芯をつく事実だとわかってしまった。
近衛騎士団は廃棄能力などという劣等とは天と地ほどに溝がある場所だということ。そして彼等とは学園で確かに疎遠だった。
もう彼等とは別世界の人間。……ならば、忘れたところでお互いにとって、今更なんの不都合がある?
そう弱く、思ってしまったから。
ガゼルとメーニィはヴェルグがある程度弁えたことを感じ取って、態度を軟化させた。
「なあ。俺たちと友情を重んじるのなら、ここで潔く忘れようぜ。それがお互いにとって一番良い」
「ええ。そうね、忘れましょ」
そう言って二人は裏門から離れていった。
もうすっかり日が落ちて、あたりは暗くなっていた。
生徒達はいなくなり、残されたのは惨めに取り残されたヴェルグのみ。
「……なんて」
ヴェルグは拳を地面に叩きつける。
「なんて、情けないんだッ。僕はッ!」
血が滲むほど何度も何度も。
「いけ好かない学園長になりふり構わず反論すべきだった!馬鹿野郎二人に敵わなくても、緩まずに殴りかかるべきだった!!」
慚愧の念が唇から血と共に流れ出す。
「例え廃棄能力だとしても心は強く在れたはずだ……」
怒りの念が再び湧き上がってくる。その一番の対象は心が弱い自分自身。
「……強くなりたい。僕は立派な騎士になりたい。そうだ……僕は諦めない。必ず騎士になってやる。どんな遠回りになったとしても」
ヴェルグは顔を上げる。
退学した今でも不変の目標はある。それは騎士になること。いつか遠い日に彼女と約束したのだ――必ず、騎士になって誰かを救う。廃棄能力認定された今でもそれは変わらない。
騎士学校に通うことは確実に騎士になれる王道だが、抜け道がないわけではない。
すなわち、あの二人のように騎士団に直接ヘッドハンティングされれば良いのだ。外部の人間が騎士になった事例も、数は少ないが定期的に話題に挙がることはある。
そのためには名を上げることが絶対条件になる。
騎士団の耳に入るような武勲を立てるしかない。しかし、かといって騎士団とのコネクションを結びやすい傭兵団に入るには廃棄能力の自分では門前払いされるのがオチだろう。
ならば手段はもう一つしかないとヴェルグは考える。
彼が伝え聞くは廃棄能力者や元犯罪者だろうと門戸を開いている、所謂ならず者の巣窟。
しかし決して軽視できない強者たちがひしめき合っている弱肉強食の職業。
――冒険者になるしかない。
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