1話 廃棄能力認定
「必ず騎士になってね。■■■!」
そう言って彼女は闇の中に消えていった。
必死に手を伸ばしても、まるで届かない。
故にヴェルグは騎士にならねばならない。
ヴェルグは誰かを守らなければならない。
ヴェルグは――。
◇
「貴方のスキルは廃棄能力に正式認定されました」
お前は無価値と言わんばかりの抑揚ない声が学園長室に響いた。
更新されたスキルカードがヴェルグの手元にぞんざいに届く。
「この2年間あまり。当学園は貴方のスキルを発動するための条件を徹底的に調べました。しかし、すべて無駄に終わった。わかりますね?」
手元のカードを凝視しながら、ヴェルグの頭の中が真っ白になる。
重苦しい沈黙が二人の間に漂っていた。
何か言葉を出さなければ――。そう思って彼は絞り出すように言葉を出す。
「しかし……廃棄能力なんて。僕は……」
「僕は?なんですか?言ってみなさい」
学園長は大仰に肩を竦め、侮蔑するような仕草で言った。入学時にはあれだけ優しかった人が嘘のように冷酷な目でヴェルグを射貫いている。まるでうち捨てられた玩具を見るように。
「……いえ」
「ならば物わかりの悪い君に、最後にもう一度きちんと説明しましょう。この学園、いやこの世界においてスキルとはなんたるかを」
学園長は机の上で組んでいた両手を解いて、右手をゆっくりと上げる。
そして小さな、乾いた音が鳴る。
「ガッ……!」
学園長が指を鳴らすと同時に、ヴェルグの全身に目に見えない力が加えられ、殴りつけられた。吹き飛ばされ壁に打ち付けられて、ヴェルグはそのまま倒れる。
「わかっていましたが、やはりスキル未発動者などこんなものですか。とてもではないが学園の基準を満たしていない」
「ぐ……」
「今の撫でるような一撃は私のスキルです。言っておきますが貴方と同学年だった生徒でこれを防げないような人間は存在しませんよ」
鼻で笑いながらヴェルグを見下しながら言う。
「スキルとはすなわち我々人間に超常の力を授けてくれる源泉です。例えば<火天魔法>のスキルならば本来は人には宿っていない魔力と炎の魔法に必要な知識を。<心眼剣術>ならば透徹した精神と技術、剣を振るうだけの身体能力まで齎してくれるのです。スキルは額面の特殊能力にとどまりません。特殊能力に付随して強大な地力を与えてくれる。スキルの強大さは、まさに世界において人間の格を表す絶対的で公平な基準であるのです」
<火天魔法>は魔力と知識を与えられる。しかし、決して炎の魔法以外が使えないわけじゃない。後から努力すれば水だろうと雷だろうと使えることができるのだ。<心眼剣術>も同様であり、剣術を修めるために与えられた身体能力は槍術だろうが弓術だろうが戦闘全般に幅広く応用が利く。
スキルは12歳を過ぎたら万人が発現するものであり、例外は存在しない。ほぼすべての人間は与えられたその日のうちにスキルを発動する。剣術系スキルならば剣を振るうことによって、魔法系スキルならば呪文を諳んじることによって。一度発動した瞬間にスキルの祝福はその者に降り注ぐ。
そして学園長が言ったとおり、発動者と未発動者の間には決して埋められない差がある。それにもまして、なにをしてもスキルを発動できない――効果を全く発揮できない人間など考えるに値しない。
それが廃棄能力であり、扱いとしては産まれながらにあるべきものがない身体障害者となんら変わらなかった。
この名門士騎士学校はそんなものは必要としないという言葉は真実。いやそもそも社会から、世界から必要とされるのか。
「それを踏まえても、あなたのスキル<空白の三次権能>自体は学術としては確かに興味深いです。過去に相似しているスキルすら数えるほどしかいない。発動したらどんな力を授けてくれるのか想像もつかず、未知の可能性を感じさせてくれるスキルでした。だからこそ廃棄能力認定を結社に頼んでまで保留にし今日まで根気よく在籍させていましたが……期限切れです」
ヴェルグはその場から、フラフラとなんとか立ちあがる。
「この学園の本分は騎士になり得る人間を育てることです。学術的興味だけで使えるかどうかわからない無用な長物をいつまでも飼っておく余裕などありはしない。貴方の枠を空ければ、優秀な騎士候補生を一人迎え入れることができるのですから」
ヴェルグ12歳になってよくわからないスキルを与えられてから、もしかして自分は廃棄能力ではないか……それはずっといままで恐れてきたことだ。
だから今更、学園長に言われるまでもなかった。
しかし、だれが簡単に受け入れられることができるだろうか。自分にはなにも価値がない。何事にも劣っている。何も向いていない。黒くて深い絶望が足元から這い上がってくる。動悸が激しく、目の前が霞む。
それは学園長から受けた攻撃のせいだけでは断じてないだろう。
「……僕は」
騎士になりたかった。誰かを守れるような立派な騎士に。
この騎士学園は騎士になるための正道であり、この国ではほぼ唯一といっていいほどの手段だった。その絶好の機会が今絶たれようとしている。
このままでは、彼女との約束を守れない。それがなによりも悔しくて。無念で。ヴェルグの存在を根本から強く揺るがす。
「これは個人的な忠告ですが――これからは身の丈に合った慎ましい生活をしなさい。流石に死を強要するつもりはありませんが。底辺には底辺なりの振る舞いがあるでしょう。【約定】を認識しあえない人間など気持ち悪くて仕方ない」
学園長の斬首にも似た言の葉が紡がれる。
ヴェルグはこれをもって学園から去ることになるだろう。
「廃棄能力者ヴェルグ・カーティス。ただいまを以ってあなたを騎士学園エルロスから退学させます。荷物をまとめて速やかに学園から退去しなさい」
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