プロローグ 輪廻:大戦の終局
「ここまでか」
幾層の機構に身を宿したその男は、空中戦艦の艦橋から眼下の戦火を見ながら冷徹に戦況を分析した。彼は脳と魂以外は全て無機物に置き換えている。その脳も演算能力を高めるために補助機能と深く連結しており、もはや生のままとは到底言えないレベルで改造を施されている。
総じて機械そのものだと言って良いだろう。それ故に彼の思考領域には稚気を交える隙などは微塵も有りはしない。
――彼が言ったのだ。自分たちは負けた、のだと。
「そんな……。どうにかならぬのか!我が主よ!」
男の隣に立つ華やかなドレスを纏う少女は声を荒げて言う。
男とは対照的に、金属の人形にすぎないというのに彼女は産まれながら感情を強く有していた。彼女を造った産みの親である男が、感情があるように設定したからである。
男は自分の感情という脳機能を常に抑制している。理性的に考えるという行為のノイズとなると考えたからだ。しかし感情というモノの価値を彼が軽んじているわけでは断じてない。それを証拠にというべきか、自分以外で想いを発露してくれる存在を外部に求めた。
それこそが感情を持つ金属人形キマナ。男のもっとも信頼する存在であり恐るべき兵器。またはこの空中戦艦の操作している優れた舵取り。
「どうにもならない。数日以内に彼奴等はここにたどり着き、私は破壊されるだろう」
「馬鹿な……」
キマナの表情が絶望に彩られる。
「問題は、その後だ。彼奴等に地上は破壊され尽くし、文明は大きく後退するだろう。そしてスキルという、異能が支配する新たな文明が到来する」
「……」
「彼奴等が持つスキルとは世界からの呪縛だ。世界は人間の魂をスキルで縛り、人類の可能性を閉ざす。スキルを取得した者は輪廻という地獄に囚われる。その業から人類が自発的に脱却するのは困難だろう。訪れるのは、進むことも戻ることもできない箱庭じみた閉塞した文明だ」
負ければどうなるかなんて、キマナもわかりきっている。だからこそ問わずにはいられないのだ。
「手段は……手段はないのか、主よ……」
キマナは絞り出すように悲痛な声を出す。
その頬には一筋の涙が流れていた。
「なんでもいい!ちっぽけでもいい。未来に希望を持たせてくれるなにか策はないのか!?これではあんまりだろう……私たちがやってきたことは全て無駄だったというのか……」
「違う」
「なあ、主よ。私はずっと傍で貴君の戦いを見てきた。本当はずっと辛かったのだろう。今にも泣き叫びたいのだろう……。貴君が報われないで終わるなんて納得できない!」
男は、元は一人の騎士だった。彼は卓越した頭脳と強靱なる精神をもっており、そして何より優しかった。情が深く他者の痛みを理解し平和のために滅私することを厭わなかった。だから、世界の使徒と名乗る者たちの身勝手な要求は許せるものではなかった。
彼奴等曰く、『世界のために文明を後退させる』――そんな言葉は到底受け入れられない。スキルを魂に宿して、人類が今まで積み上げてきた知識を捨てる等という行為など馬鹿げていると男は思ったし、今も強くそう思っている。
人類側の大勢が世界の使徒の要求を拒否して戦争が行われた。
男は自分の使命は戦いに勝利しこの動乱を終わらせることとし、文字通り身を削ってきた。戦いに不必要な部分は切り落として鋼に身を包み、ありとあらゆる知識と強さを物理的に吸収してきたのがこの機械姿だった。
無数の苦痛と、数多の苦難。だが男は諦めなかった。
男は幾度となく絶望的な状況を潜り抜け、強力な使徒を何体も屠ってきた。
いつしか男は王と崇められ、人類最後の希望とまで称されるまで至る。
しかしそれでも世界の使徒の天地を裂かんとする異能の軍勢の前には劣勢を強いられていく。
使徒は強い。まるで世界そのものを相手にしているといって良い程の強さだ。少なくとも今の文明レベルでは敵わないだろう。
それを踏まえた上で、思考し今できる最善の方法を導き出す。
例え、それが苦渋に塗れた選択であっても。
機械に等しい男なら迷わず決断できる。
「あるにはある。しかし、これは一種の賭けであり、おそらくお前の信条とは相容れぬ」
「それはっ、どんな?」
一拍を置いて男が言う。
「私と同胞たちはスキルを取得し、後に自害する」
禁忌とはいえ、スキルの取得法はこの文明において既に確立されている。しかしスキルの取得というのは世界への隷属を誓うのということと同義だ。
この男がそれをしてしまったのなら――。
「馬鹿なっ。そんなことをすれば主は!」
「私たちは輪廻に囚われ、一時は文明を堰き止める障害の一つと化す。だがこうすれば、少なくともここでは虚無へと還らぬ」
男が今更自分の生にしがみついていないことなどキマナにはわかりきっている。だから狙いはすぐに分かった。それでもすぐに納得できるかと言われたならば、彼女は否と答える。
それでは本末転倒だろうと。
「輪廻の先で捲土重来を果たすことも論理的には不可能ではない。無論、転生したならば今の知識もなければ強さはすぐには望めないだろう。魂が同一だということだけの裸一貫に近い」
全てのスキル取得者は死んでも輪廻転生が行われる。それは男とて例外ではない。
転生とは、少なくともこの文明では最悪の責苦だと断じられている。次なる生を得られる、と聞くのなら一見すると誰もが思い描く理想だろう。
だが観念的な輪廻転生と、実際に世界に転生させられるということはまるで話が違うのだ。
転生した者は世界を維持する役目を帯びた無価値な奴隷となる。
「だからこそキマナ、次に繋げる役割をお前に託す。お前さえ残れば、木偶同然になった私たちを解放させることが可能だ。私たちの中でこの文明で残るのはお前だけだ」
キマナは涙を振り払い、赤い目で我が主を見つめる。
「それしか……手段はないと言うのだな……」
わかっているのだ。自分の主は賢しく常に正しいことを言っていることなんて。間違ってるのは自分であることは産まれたときから知っている。
それでもこの心は男が望んで産みだした物だから、想わずにはいられない。
受け入れがたい心を封殺するのだ。そして最終的に勝てるということを心から信じる。
決して忘れぬため、主命を身体に焼き付けて。
「ああ。……頼む。お前だけが、頼りだ」
短く、男はそう言った。
キマナは重々しく頷いた。
「わかった主よ。私は、例え幾星霜の時間が経っても貴君の帰還を待っている」
その言葉を聞いた瞬間に、男は踵を返した。
全ては来世の戦いに向かう準備に取りかかるために。
次こそは勝利を掴むと確固たる意思を宿して。
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