2話
高校受験を目前に控える新山厚志の元へ一つの荷物が届けられた。
まず目を引くのがその色だろう。段ボールのような茶色ではなく、鈍く鼠色に輝いている。おそらくジュラルミン製だろう。
続いて驚くのが大きさだ。新山厚志自身、身長は低い方ではないのだが、対面するそれは彼と同じくらいの高さだ。
具体的には170センチメートル強と言ったところだろうか。
かと言って、横幅や奥行きは肩幅より少し長い程度でそこまで大きい訳ではない。
例えるとするなら金属製の棺桶と言ったところだろう。
それが玄関に立てて置いてあるのでその存在感と言ったらない。
送り主を見てみれば「トーマス・デリエ」と書かれていた。
新山厚志の母方の曽祖父に当たる人物である。
また、世界最高とも謳われるロボットエンジュニアでもある。
不適合者(レベル0)というのは遺伝的に起こることが殆どない、ということから分かるようにトーマス・デリエはもちろん不適合者(レベル0)ではない。
むしろ新山厚志の家系は彼以外が皆レベル10以上のエリートだ。
新山厚志は伝票から箱本体を再び見つめ直す。
よく見てみると、ひし形状に切れ目が入っている部分がありどうやらそこを押すと凹みそうであるということがわかる。
彼がそこに指を這わせるとひんやりとした金属特有の感触が伝わる。
力を入れ押し込むと、「ガチャリ」と硬質な音がなり、その凹みからまるで卵に規則的なヒビが入るようなイメージで箱が開かれた。
そして中から出てきたのは身長160㎝ほどの少女。
否、少女型をした機械人形だった。
彼女の顔立ちは人間として見るにはあまりに整いすぎている、といった言い方が正しいく、そして美しい。
肩甲骨辺りまで伸びた黒髪は玄関の弱い照明でも十分に反射しその艶やかさがわかる。
ほんの少しの間、息を呑んで眺めていると彼女は起動シーケンスが整ったのか、先程まで閉じていた目をゆっくりと開けた。
深い青色の、まるで瑠璃のような瞳だ。
「はじめまして、新山厚志様。私の名前は、宇宙・デリエと申します。どうぞ貴方に侍ることをお許しください」
宇宙・デリエはそう言うと、気品を感じさせる一礼をする。
新山厚志はといえば、
「え、あぁ、うん。よろしく……」
緊張からかうまく答える事ができなかった。
ところで、前言った不適合者(レベル0)が取る方法がもう一つあるという話は覚えているだろうか。
その方法こそまさにこれ。機械人形と呼ばれるアシスタントロボットを使うことだ。
パソコンなどと比べると、直感的な操作性では劣るのだが、その使いやすさから一般的には機械人形を使うことが圧倒的に多い。
機械人形といってもそのグレードは様々ある。
ちなみに宇宙・デリエの場合は最高グレードに位置する。
処理能力もさることながら、見た目に関しても力が入っており、さながら本物の人間と見間違うほどだ。
「あの、宜しければマスター登録をしていただいてもよろしいでしょうか?」
小首を可愛らしくかしげて尋ねてくる。
自慢ではないが、新山厚志は女の子とあまり関わったことがない。
そのため、人間離れした美貌を持つ少女の前で緊張しないはずがなかった。
彼女が自分の従者になろうとしているならなおさらだ。
「ひゃい」
結局、噛んでしまいなんとも言えぬ羞恥心を感じる結果となってしまった。
しかし、宇宙・デリエは気にしていないようで、
「では、お手をお借りいたしますね」
というと、新山厚志の右手を取り、それを自分の両手で包み込んだ。
それはまるでシスターが祈りを捧げるように。
握られた新山厚志の手は機械とは思えない柔らかさと暖かさに驚く。
神経を集中してみれば彼女の脈まで感じ取ることができ、本当に機械人形なのか怪しく思えてくる。
時間にして十数秒。しかし異様に長く感じたその時は、宇宙・デリエの、
「はい。これで登録は完了しました」
という事務的な読み上げによって終わりを告げた。
その感情のこもっていないような言葉でかろうじて人ではないという認識を保つことができる。
ただし、だからどうしたと新山厚志は思う。
人間はロボットと言われるものにかなり近づいてきている。
そうなった原因は超人頭脳が発明されたからだ。
超人頭脳はその性能や汎用性の高さから人間だけだなく、様々な機械やそれこそ宇宙・デリエのような機械人形にまで多岐にわたって搭載されている。
また世の中には、義肢や義体を使いほぼ機械人形になった人も、それを望む望まないに関わらず、居るというのが現状だ。
では問おう。
その者とモノの差異は。
後者は植え付けられた感情?
では人間はそうでないと言い切れるのだろうか。
違うはずだ、人間だって結局は親や他の大人から少なからず考えを刷り込まれている。
つまり、人間と機械人形に比べるほどの違いなどないのだ。
それはと兎も角として、新山厚志は宇宙・デリエに一目惚れしていた。
彼は機械が好きだ。愛している。
学校から帰ればすぐに自分用にカスタムされたパソコンに向かって色々プログラムをいじったり、分解して整備したりなどしていた。俗に言うオタクというやつだ。
学校では不適合者(レベル0)ということで、いじめに合うことだってあった。
それでも挫けずここまでこられたのも、偏に機械が心の拠り所となっていたからだろう。
彼らは、人間を裏切らない。そのようにできているからだ。
私達の問いかけに、期待通りに答えてくれる。望まれた解を望まれたまま。
そして目の前を見るとどうだろう。
そこに居るのは往く人皆が三度は振り返るほどの超絶美少女だ。
こんなに可愛い子に好意を寄せられて嬉しくない男など居るはずもない。
例えそれが、人間でなかったとしてもだ。
むしろ新山厚志にとってはそちらのほうが都合の良い。
「どうかなさいましたか」
彼女は、若干の不安をにじませた声音で尋ねる。
新山厚志が無言のまま宇宙・デリエを見つめていたから、自分がなにか至らぬことをしてしまったのではないかと思ったのかもしれない。
もし本当にそうだと申し訳ないと思った。
「いや、なんでもない。ただ、宇宙は可愛いなって」
隠すことではないが正直に告げるとなんだかこっ恥ずかしい。
「ありがとうございます」
謙遜するでもなく、当然だというように礼を言う。
彼女ほどの美貌があればそれも当然だろう。
むしろ、変に否定するほうが嫌味に聞こえてしまう。
それなら、素直に褒め言葉を受け取ることこそ最適解となるのだろう。
まあ、彼女がそうした本当のところは真逆の理由で、跳ねる感情を意図的に隠すためだったのだが。