思い
「はぁはぁ。ここは……?」
気付けば俺の目の前に岩の塊が転がっていた。
ふと周りを見て俺はいつの間にか自分が西の山脈にいることに気付いた。
どうやら人化という衝撃の事実を知って錯乱している間に目的地についていたようだ。
「みぃ~!」
突如みぃちゃんの声がして振り返るとみぃちゃんは光に包まれていた。
これまで何度も見てきたから知っている。
あれは進化するときにペットを包み込む光だ!
「ど、どうして……そうかこれが! ならここにあるはずだ!」
俺はみぃちゃんが何故進化しているのかその理由を考えて気付く。
みぃちゃんはあと少しで進化を行う25レベルにアップするところだった。
つまりそれが進化するということは戦闘が終了したところだということだ。
そして目の前に転がるこの岩の塊……。
きっとこれは元ストーンゴーレムなのだろうと俺は理解した。
俺はみぃちゃんの進化を止めるためにドロップ品を探した。
石だ……石を見つけなければならない。かわらずの石を!
冷静に冷静になれと言い聞かせて岩に紛れたドロップ品を探す。
そして俺はついに目的を達成した。
「あ、あった! これだ! かわらずの石だ!」
そしてみぃちゃんの方を見た。
こちらに向かってくるみぃちゃんはまだ進化の途中だ。
俺は間に合ったのだ!
「ああ、よかった……」
安心したら腰が抜けてしまった。
俺はその場で尻餅をつく。
みぃちゃんはまだ光っているがそれも時期に終わる。
かわらずの石を持っていればポケ○ンの進化キャンセルのように進化後が今の姿と同じになっているはずだ。
そう思い俺は気を抜いてしまった。
だから進行していた事態に気付くことが出来なかった。
ぱん、という何かを弾き飛ばした音がした。
ふと自分の手元を見ると手の中にあったはずのかわらずの石がなくなっていた。
そして代わりにそこには何かを叩いて飛ばしたような態勢のみぃちゃんの姿があった。
「あ、れ? みぃちゃん? 何で? どうして……」
どうしてみぃちゃんがこんなことを?
いや今はそれを考えるより石を取りに行かないと不味い!
だがそう考えて立とうと思っても腰が抜けているため動けない。
そうして手をこまねいているうちに進化の光が弱まっていき、みぃちゃんが変わっていく。
「ぁ、ああぁ! 間に合わない! どうしてなんで! 人化なんて! 人化なんて!」
目の前にみぃちゃんが立っていた。
そう立っていたのだ。
みぃちゃんの毛並みを思わせる灰色の髪を揺らし、頭に猫耳を付けた可愛らしい少女の姿して、みぃちゃんは俺の前に立っていた。
――俺は人化を止めることが出来なかったのだ。
俺はそんなみぃちゃんから咄嗟に目を反らした。
現実を受け入れないように。
そして人化したみぃちゃんが放つ言葉から逃れるように心を閉ざしたのだ。
そんな俺を誰かが優しく包んだ。
柔らかい感触と花のような香りに思わず俺は顔をあげる。
「みぃちゃん……?」
そこにはこちらを抱きしめてじっと見つめるみぃちゃんの姿があった。
そしてみぃちゃんは俺と目が合うととびっきりの笑顔を見せる。
「いつもありがとう! 大好きだよ! タケル!!」
そう言ってみぃちゃんは俺を思いきり抱きしめた。
そしてみぃちゃんは堰を切ったように言葉を吐き出す。
「タケルごめん! タケルが人化するのを嫌がっていたのは知ってた。だけどわたしは、ずっと! ずっと! こうしてお話がしたかった! タケルにありがとうって! 大好きだよって伝えたかった!」
「……だからかわらずの石を飛ばしたのか?」
「うん。そうだよ。もしかしたらこのことでタケルに嫌われるかも知れないって思ったけど、それでもタケルと話したかったんだ!」
そう言ってぎゅっと俺を抱きしめるみぃちゃんの体は震えていた。
それは俺に嫌われることを恐れているのだと気付いた。
「どうしてそこまで……」
みぃちゃんは俺に嫌われることを覚悟してまで人化を果たしたのだ。
その思いに俺は思わずそんな言葉を漏らす。
「タケルは人と動物で一線を引いているよね?」
みぃちゃんのその言葉に俺は一瞬息が詰まるような思いをした。
俺ははき出すようにそれを認める。
「……よく分かったね」
「わかるよ。拾われたあの時からずっとタケルを見てきたんだもん」
俺は人と動物を分けて考えていた。
俺は人の言葉を恐れていた。
それは言葉によって他者の気持ちを知ってしまうと思っていたからだ。
つまり俺は人から受ける言葉についてはそれを真剣に受け止めてきたと言える。
一方で俺は言葉を喋れない動物に安堵していた。
それは動物の態度なら自分の解釈によって都合のいい幻想に浸ることが出来たからだ。
つまり俺は動物の態度についてはそれを真剣に受け止めてこなかったと言える。
「だから猫のままじゃわたしの思いが伝わらないと思った。ちゃんと人間なって言葉で伝えないと駄目だと思ったんだ」
恐らくみぃちゃんは俺の逃避からくるそんな考えに気付いたのだ。
だからこそ動物のまま感謝の気持ちをどれだけ伝えても、まともに取り合ってくれないと理解した。故に人化して俺に思いを伝えようと考えるようになったのだろう。
そんなみぃちゃんの態度を見て、俺もちゃんと話さないといけないと感じた。
今までずっと逃げ続けてきた言葉から、ここで逃げてはいけないと思ったのだ。
「……みぃちゃん。俺はずっと怖かったんだ」
「タケル?」
「怖くて! 怖くて! 仕方なかった!! みぃちゃんは本心ではどう思ってるんだろうって! 俺のことを嫌ってるんじゃないかって! 俺は! 俺は! それが怖くてずっと逃げてきたんだ!!」
目から涙があふれ出す。
あの時からずっと溜まり続けていた俺の弱い本心が表に出てきていた。
「だから嘘でもいいから幸せだと思う幻想に浸っていたかった! 何も知らないままでいたかった! もう二度とあんな思いを! あんな現実を! 味わいたくなかったんだ!」
「タケル……」
みぃちゃんは取り乱した俺を見た後、また優しく俺を抱きしめた。
「大丈夫だよ。タケル。これは嘘でも幻想でもないもん。わたしはタケルのことが大好きだよ。愛している。だから何も怖がらなくていいんだよ」
「嘘だ! なんでそんなことが言えるんだ!」
本当は俺のことを嫌っているんじゃないか。
思わずそんなことが頭に過ぎり俺はみぃちゃんの事を突き放してしまう。
「だってタケルはわたしのことを愛してくれたもん。わたしは覚えているよタケルがいつもわたしの為に頑張ってくれたことを。わたしが病気にかかった時は夜も遅いのに動物病院を探して駆け回ってくれたよね。わたしが家で寂しくしている時は頑張って仕事を早めに終わらせて帰ってきて一緒に遊んでくれた」
そのみぃちゃんの言葉に俺はこれまでのみぃちゃんとの日々を思い出した。
どれも俺自身は大したことをやっていたと思わなかった。
大切なみぃちゃんを守るために当たり前のこととして行ってきたことだ。
そんな当たり前のことを当たり前として受け止めず、みぃちゃんはしっかりとその中にあった俺の愛情を受け止めてくれていたのだ。
「わたしのための何かを選ぶときはいつもいつも真剣に考えてくれるよね。それにそれだけじゃない。普段からいつもわたしのことを優しく見守ってくれてる。ぜんぶ、ぜ~んぶ。わたしは覚えてるよ。だからわたしがタケルを愛するのは何もおかしいことじゃないんだよ。この愛はわたしを愛してくれたタケルが貰って当然の正当な対価なんだよ」
「正当な対価……」
思い起こすのはあの時の出来事。
あの時はどれだけ愛情を持って努力しても何も意味がなかった。
それどころか正当な対価といって俺に与えることもせずに奪うだけ奪っていった。
――でも今は違う。
俺はやっと報われたのだ。
嘘でも幻想でもない。
お互いに大切にし、愛し合えるパートナーを見つけることが出来たんだ。
そのことを理解した時、俺は今までずっと背負ってきた重いものが、ようやく無くなったような気がした。
俺は俺を抱きしめるみぃちゃんを離した。
「タケル?」
不思議そうな顔をするみぃちゃん。
その姿にみぃちゃんを拾ったときのことを思い出して俺は苦笑した。
みぃちゃんはいつも俺を救ってくれる。
だからこそ俺の方からもこの言葉を伝えないといけない。
――逃げずに俺自身の意思で。
「みぃちゃん。……大好きだ! いつもありがとう!」
それを受けてみぃちゃんはぽかんとした顔をしたものの笑顔でこう返した。
「嬉しい! わたしもだよ! タケル!!」
☆☆☆
俺は今日、やっと前に進むことが出来たような気がする。
あの日から逃げ続けてきた自分に終止符を打つことが出来た。
これから先もあの時のような酷い現実に出会うことはあると思う。
だけど本心から思い合えるパートナーを見つけることが出来た今の俺達なら、共にそれを乗り越えていけると感じていた。
これも全てパートナーズオンラインのおかげだ。
ペットと共に挑むことが出来るこのゲームでなければ、俺はみぃちゃんの本心を知ることが出来なかった。このゲームだったからこそ俺とみぃちゃんはより深い絆で結ばれることが出来た。
だからこそ心の底から思う。
パートナーズオンラインをやれてよかったと。
啓介。パートナーズオンラインの話は、お前にとってのいい話だって言っていたけど、俺にとってもいい話だったよ。
(終)




