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過去回想 -思い-


 彼女の陰口から始まったあの出来事からそれなりの時間が経った。


 知り合いが次々と人生の伴侶パートナーを見つけて結婚して幸せそうな家庭を築いていくなかで、俺は一人寂しく独身暮らしを行っていた。


 俺はあの時から恋人を作ることが出来なくなっていたのだ。


 普通に友達として付き合う分には気にしない。

 だが人生を共にしようとする相手に対しては、怖くて仕方なくて、信頼することが出来なくて、尻込みをしてしまう。


 頑張って恋人を作ったとしてもそれは偽りでまた陰口を叩かれるのではないか。

 結婚して信頼しても俺がいない時に俺のことを嘲笑っているのではないか。

 ――そしてそれを俺はまた知ってしまうのではないか。

 そんな思考が頭に過ぎり、いいなと思う人がいても手を出すことが出来ない。


 そうして俺は一人寂しい毎日をおくり続けていた。

 誰もいない部屋に行ってきますと告げて仕事に行き、心をすり減らす仕事を終わらせて、誰もいない部屋にただいまと言う。

 家事をした後に寝て、また誰もいない部屋に行ってきますと告げて……。


 機械のようにやるべき事だけを過ごす日々。

 そんな日々をおくっていると何かもっと良い未来があったのではないかと考えてしまう。


 恋人を作らないのは自分の判断だ。

 一人暮らしを選んだの自分自身だ。

 故にこの現状は俺の選んだもので、だからこそ納得しないといけない。


 ――そう理論的に思っていても、心の中では如何しても寂しさを拭うことは出来なかった。


 そんな日々を送っていたある雨の日。

 家に帰るために路地裏を歩いていると「みぃー」というか細い鳴き声が聞こえた。


 興味を引かれてその声が聞こえてきた場所に足を向けると。そこには一匹の子猫が『拾ってください』と書かれたダンボールの中で、雨に濡れて寒さで震えていた。


 俺はそれを見つけてどうしようか考えた。


 捨てられているからと簡単に連れて帰ることは出来ない。

 一度この子猫を拾ってしまえばその後の一生の面倒を見る必要があるのだ。


 だからこそ俺は傘だけを置いて帰ることに決めた。

 雨に濡れたままだと最悪衰弱死してしまう可能性がある。

 それを防ぐために傘で雨を遮る。

 これが最低限の優しさだろうと思った。


 あとはきっと誰かが君を拾ってくれるさ。と考えて立ち去ろうとした俺の耳に再び「みぃ~」というあの鳴き声が聞こえてきた。


 俺が思わず振り返ると子猫は起き上がってこちらに向かって歩き出そうとしていた。

 だが、寒さで体力をやられてしまっているのか途中で再び倒れてしまう。

 それで諦めるかと思っていたが再び子猫は立ちあがろうと必死で足掻いていた。


 それを見て俺は立ち止まっていた。

 捨てられた孤独の中でそれでも寂しさを埋めるために誰かを求めようとする。

 その姿に俺自身が重なって見えたのだ。


 俺は思わず苦笑した。

 俺は俺自身を見捨てることなんて出来ない。

 だからこの猫も見捨てることは出来ないと。


 俺は子猫をダンボールから取り出して自分の胸に抱いた。

 子猫は不思議そうな顔で「みぃ~」と鳴きながらこちらを覗き込んでくる。


 「『みぃ~』って。猫なら鳴き声は『にぁあ』じゃないのか? ――決めたお前は猫なのにみぃってなくならみぃちゃんだ。みぃちゃんは今日からうちの子だ」


 俺はそう言うとみぃちゃんを連れて家へと向かった。

 このみぃちゃんを自分のペットにすると決めたのだ。


 俺は家へと向かう中でこれからのことを考える。

 勢いで飼うこと決めてしまったが存外悪い判断ではないと思い始めていた。


 寂しかったのは俺も一緒なのだ。

 これからは家にはみぃちゃんがいてくれることになる。

 誰もいない家に帰った時のあの寂しさを感じることもなくなるかもしれない。


 ――それにみぃちゃんは言葉を話せない。


 言葉というものは人間が生み出した他者に意思を伝える道具だ。

 だからこそ言葉というのは人の内面を露わにする。

 故にそれを聞いてしまえばもう引き返せない。

 あの陰口のように見たくもない知りたくもない現実を突きつけられて暴かれる。


 だけど言葉を話せるのは人間だけだ。

 動物たちは喋らないだけで思うことはあるかも知れないが、それを言葉にして明確に突きつけてくることは出来ないのだ。だからこそ安心出来る。


 もうあの時のような知りたくもない気持ちを聞くこともない。

 俺はお互いに大切にしあっているという幻想に浸ることが出来る。


 そうだ、俺には人間の伴侶パートナーなんていらない。

 動物のペット(パートナー)さえいればいい。


 ……そんなことを俺は思い始めていた。


 それからの日々はとても楽しいものだった。

 俺はみぃちゃんを精一杯愛し、そしてみぃちゃんもそんな俺の思いに答えてくれた。


 俺達は上手くやっている。

 ――少なくとも俺はそう思っている。

 だからそれでいい。何も知る必要はない。


 人化なんてもってのほかだ。

 そうしたらみぃちゃんが言葉を喋ってしまう。


 こんなに大切にし合う関係になったみぃちゃんが人化して、もしあの時のような言葉を喋ったら……。「愛想よくしてれば何でもしてくれるからとっても便利だったよ」とか「お前なんかに拾われたくなかった」とか言われてしまったら。

 きっと俺の心はへし折れてしまう。


 俺は……!

 俺は……!

 みぃちゃんの言葉なんて聞きたくない!!


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