交代
「よ、おつかれ」
「……っ、ぁ、はあ、っ、りがと、……」
呼吸を整えて足元の芝生へ腰を下ろす。まだ脚と腕は微かにがくがくと震えていた。頭もぼーとする。酸素が足りない。
「大丈夫か? 次は俺の番だけど、吐くなら事前に言ってくれよ」
「平気へいき……」
「ん、なら五分休憩して交代な」
「わかった、…………ファイトー」
軽く言葉を交わすうちに息をするのも楽になってきた。周囲には自分たちと似たような二人組が増えてきている。変な話だが、みんな同じく辛いのだと思うと元気も出てきた。
「レド、そろそろいけるか?」
「オッケー、頼んだ」
アルバートはこちらに背中を向けてしゃがむ。そしてその背中に身を預けるように乗っかった。端的に表現するならば、おんぶである。なぜ担ぐよりも負担がかかる体勢になったかというと、アルバート曰く「おまえ細いから担ぐと折っちまいそうでこわいから」だそうだ。これだけ鍛えているというのに、まったく不本意な話だ。
「あ、あとこれ預かってくれ。多分邪魔になる」
アルバートは一度レドを背中から下ろし、上に着ていたジャージを脱いでTシャツとハーフパンツ姿になった。
「わかった」
ジャージを受け取り、そのまま自分で羽織る。これもいつもの流れだった。
最初の頃は腕に抱いたり腰に巻いたりして預かっていたが、やはりジャージごとレドを背負って走る際に違和感を感じるらしい。数回目のときに「いっそ俺が走ってる間おまえ着てろ」と言われた。
一応抵抗はしてみたものの、汗の臭いなんて気にならないしむしろ背負われているうちに汗引いて寒くなるだろと言われたら何も言い返せなくなる。
そもそも芝生に置けよとも思ったが、汚れるからそれも嫌とのこと。なんてわがままな。
実際、だんだん寒くなってくるし本人が言うのだからありがたく借りているのだが。
そんなこんなで準備が整ったようだ。
「しっかり掴まってろよ」
「うん」
「上半身だけ落ちても知らないからな。そのまま引きずって走り続けるぞ」
「それは……、うん、努力する」
「んじゃあ、行くぞー」
「頑張ってー」
腕をしっかり前で交差し、安定のポジションにつく。そのままぐっと体が持ち上げられる感覚と共に、視界が前に進んでいった。
ふと、顔を上げる。その先には大きな学園の建物。いくつもの窓があるなかから、ライトがいま授業を受けているだろう教室を探す。座席指定がないのなら、彼は隣がいない窓際か廊下側にいるはずだ。
大丈夫かな、ちゃんと真面目に受けているだろうか……。
「見つかったか? ライトサマは」
「ううん……、今日もだめっぽい」
アルバートの問いかけに返事をする。単純に走れるだけではなく、こうして会話もできる体力が羨ましい。
「んじゃ、次はこっちに専念してくれよ。ちょっとスピード上げるぞ」
「はーい」
「掴んでるとこ、痛かったら言えよ。すぐに」
「大丈夫だってば」
「過保護だなあ」と呟くと、「簡単に折れそうで心配してんだって」と返ってきた。
「なにこの、これでも同じことが言えるのか」
「っおぉ、ちょ、痛てえよ」
腕と脚に力を入れて全力でアルバートの体を絞める。
「悪かったって。まあ、これでもっと走っても落ちなそうで安心だな」
「落とせるもんなら落としてみなよ」
「言ったな? さらにスピード上げるぞ」
「やってみろ」
じゃれあいながら二人はコースを進んでいく。
周囲の走者たちが死にそうななか、和気あいあいとしたレドとアルバートは他の学生たちにとって化け物ののように映っていた。