体育の時間
「ーーごめん、遅くなった」
「いや、セーフ。よっしゃ、今日も一緒に組もうぜ」
校庭。Tシャツに下が長ジャージのレドに対して、アルバートは長ジャージの上にハーフパンツという恰好だった。季節は春であるものの、まだ外は肌寒い季節だ。長袖は手放せない。
それからしばらくして、まばらだった学生たちも揃いはじめ、授業開始の時間になった。
「えー、じゃあいつも通り最初はウォーミングアップから。とりあえず二人一組になってー」
首からぶら下げられた笛をくわえながら、やたらと体格のいい教員は淡々と話す。
「はい、じゃあパートナーを抱えて校庭三周。終わったら交代で。準備ができた者からはじめてー」
ピーっと鳴らされた笛の音を合図に、それぞれのペアが準備を整える。
たかが三周と思うかもしれない。だが、この学園は多くの学生が在籍しており、規模も王都内で一番を誇る。つまり簡潔に述べるなら、敷地が馬鹿でかいのだ。そこに含まれる校庭の広さはもはや言うまでもないだろう。
ウォーミングアップがウォーミングアップではない。しかし弱音も言ってはいられない。
王国騎士志望者や主人の護衛を務めるものたちにとって、強靭な体力をつくることがこの授業の目的なのだから。
「前回最初に走ったのってアルだっけ。なら、今日は僕からだね」
「おう、頑張れよー」
「うん。……ちょっと失礼、」
レドはアルバートの膝前にしゃがみ込む。そのままアルバートの膝正面が自身の右半身にくるように方向転換し、彼の股にレドの右肩が当たるよう位置を調整しつつ、両脚の間へ手を伸ばした。
「よし、じゃあこのまま僕のうなじらへんに横腹の右側が重なるよう、ゆっくり体を前に倒して」
「了解」
「右手掴むよ」
「ん」
レドの右肩から左肩にかけてアルバートが寝そべる体制になる。そのまま脚から回した右手でアルバートの手を掴み、力を入れる。
「、持ち上げるよ」
「うっし、まかせた」
「っ、よいしょお」
それはさながら、大きな猪を首の後ろと両肩で担いでいるようだった。
二人の体格差が大きいこともあり、男子のなかでは小柄なレドが高身長のアルバートを担ぐ光景は毎度ながら他の誰もが目を離せなくなるのである。
「このまま走るけど、体勢きつくなったらすぐ言ってね」
「はは、俺のタフさを舐めるなよ」
「はいはい。……っし、行くよ」
「ファイトー」
たったったっ、とレドは走っていった。スピード自体は速いものではないが、一定の呼吸とリズムを保ち続けている。
途中で辛くはなるものの、まだ我慢できる範囲だ。伊達に物心ついたときから本格的な体術をしていないだけある。過酷な日々だったが、逃げなくてよかった。筋肉は裏切らない。
「今回はいいペースだぞ、このまま崩すな」
「ーーーーっ、ーーっ」
時折耳元にアルバートの声援や励ましがはいる。ありがたい。
というかなんだかまた重くなっている気がする。まだ身長が伸びているのだろうか。ますます隣を歩くたびに目線を上げなきゃならなくなってしまう。
「よし、一番きついとこは終わったぞ、あと半分」
「ーーーーっ、はっ、ーーっ、」
授業毎に行なっているがやっぱり疲れる。だんだん頭もぼんやりしてきた。踏ん張れ自分。もうなんでもいい、とりあえず気を紛らわそう。ライト様はクラスに馴染めているだろうか。最近はその日あったこともあまり話してくれないからリヒト様への報告も難しい。
「いいぞ、いいぞ、ラスト一周」
「っ、はあ、ーーーーっ、はっ、ーーっ」
アルバートの声で現実に引き戻される。だめだ、やっぱりきつい。スタート時点では平気なのに、毎回毎回終盤で死にそうになる。比喩ではなく本当に。もう力んでいる部分の感覚が痺れてきているな。……ああもう、ほんっと重いな!育ち盛りめ!!どんだけ食べて寝てるんだ!!!
「ほら、最後の一踏ん張りだ!」
「ーーーーーーっっっ、は、」
ようやく三回目の開始地点が見えてきた。そのままゴールを過ぎて数メートル走り、ゆっくりスピードを落としていく。千鳥足になりながらも、アルバートを優しく下ろすのも忘れない。