従者の朝
⒈
さまざまな店やひとびとが栄えている王都、アリアータ。その人口の大半が貴族を占め、朝夕問わず街のいたるところがきらびやかに輝いている。そして当然、自分が仕えている主人もまた、そこで生活をしているのであった。
「ライト様、そろそろ起きなくては本格的に遅れてしまいますよ」
唯一、世話係の自分だけが足を踏み入れることを許されている彼の自室に入り、声をかける。ひとりで寝るにはあきらかに大きなベッド。その主は真ん中で呑気に寝息をたてている。
「ライト様ー、朝ですよー」
ゆっくりと枕元に近づく。綺麗な顔だな、とレドはしみじみ感じた。藍色が混じった深い黒髪の下には、同じ年齢のはずなのに大人びて整った顔がある。くすんだ灰色の髪に幼さが残る自分とはまさに正反対だ。
「遅刻してしまいますよー」
不躾に寝顔を眺め続けるが、しかしいつものことながら無反応だ。耳元で名前を呼んでも、揺すっても、びくともしない。「ライト様、僕はたしかに、散々声をかけましたからね」
軽く息を吐き、最終手段に出る。すやすやと寝ているその鼻と口を無遠慮につまみ、
「…………、っ、ッッ?! 〜〜〜〜〜〜! 、……っ、はぁっ!!!!」
「おはようございます、ライト様。今日もいい天気ですね」
笑顔で朝の挨拶を一方的に交わした。
「だいたい、おまえは俺の扱いが雑過ぎる」
開口一番「出てけ!」と怒鳴られ退出すること約十分。朝の支度を最低限終えた彼は、ドアの前で待機していたレドに向かって言った。
「しかたがないでしょう、僕はひと通り起こそうと努力はしましたからね」
「だからといってさすがに限度があるだろう、おまえ、主人を殺す気か」
文句を垂れながらもライトはレドを部屋に入れ、身支度を整えさせる。そのまま流れるようにレドは世話係の仕事をこなしていった。髪を梳かしたり、制服のネクタイを締めたり、優雅にも朝の紅茶を欲するので用意をしたり。
「ライト様。わざわざご自分で着替えなくても、朝の身支度なら僕が全部行うと申しているじゃないですか」
ティーカップに半透明の液体を注ぎ込みながら言う。口では遅刻だと言いながらも、毎朝余裕をもって準備できるよう早めに起こしているからこそのティータイムである。
「だからそれは構うなと言っているだろ」
この主、身の回りの世話をレドに任せている一方で、着替えなど一部の過程は意地でも拒む。十歳のときから側で仕えて八年。何事もいまさらだとは思うのだが。
……やはり、どう繕ったとしても、僕が男じゃないから抵抗があるのだろうか。