アクション 4
宇宙エレベータ500階。ここはあの『太陽下り』の港がある階だ。
すごい店の数。100年の老舗から、今日オープンした個人ショップまで、あらゆる業種のテナントがひしめいている。
居住区は母星エバンスに近い階に多いかな。宇宙に住みたがる人が、やっぱり多いけど。
溢れかえる観光客。まさにごった返し状態。見張り役としてついて来たホイは、僕らをほったらかして、ショップ巡りに夢中だ。
ホバー・サイドカーの形をした風船を持った子供たち。月の街のお土産袋を抱えた女性たち。みんなハイテク軍団のショップ『ハイエナン・エキスプレス』から歩いて来る。
僕らがショップの大看板を見上げていたら、すかさずハイエナのイラスト革ジャンを着た女の子が、パンフレット・スティックを手渡して来た。
どれどれ。早速ひねってみる。3D映像が浮かび上がり、人気コースの案内が始まった。
☆ エレベータから太陽までの光速移動 ☆
光の32%のスピードで移動するため、エレベータや母星エバンス、惑星マーキリ、そして太陽の湾曲した姿を見る事ができる。
★ 考えてから2秒後に体が動く、不思議体験 ★
光速移動中、時間の経過が遅くなり、動作が2秒後に起こる。手を振ったり、おかしなポーズをとったり。自分の体を人形の様に操る感覚を楽しめる。
☆ メインイベント。太陽下りのスーパー・スタント ☆
引力に逆らう超高速で太陽に接近!次々起こる太陽面爆発フレア!火柱への衝突を回避して、惑星より大きなプロミネンス(火炎輪)をかい潜る。6000℃の炎が、機体を360度包み込む。千切れ飛んだ火炎膜が追いかけて来る!
★ 惑星マーキリの氷河遊覧 ★
氷河の渓谷を遊覧しながら、火照った体をシャーベット・デザートでクールダウン。
☆ 最後のお楽しみ。月の街でショッピング ☆
『アンポリン』で月の首都の街を散策。アンポリンとは、傘を逆さにした様な乗り物。地球の半分の重力でポワンポワンと跳ねて移動する月の街の名物。そして月のブランド『ラナ・シーパレス・シヨウ』最大店舗でのショッピング。ハイエナン・エキスプレスの旅に参加した人だけが購入できる限定品を用意。(限定品は1か月毎に新しくなります)
なるほどね、こりゃ凄い。太陽下りだけの老舗が潰れる訳だ。僕だってこっちに乗ってみたいもん。歩いて来る体験者たちの満足気な顔。いいな~。
前方の人ごみの中から、ケンカの声が聞こえてくる。
僕はエアロチェアーの出力を上げ、人の頭の高さまで上昇した。オレンジ色の法被を着たおじぃさんが見える。別の日のニュースで見た、老舗の太陽下りの船頭『ムツゴロウ』だ。ハイエナのイラスト革ジャンを着た20代の男達5人を相手に怒鳴っている。
僕は眼を動かして、ゴーグル型パソコンに指示を出す。
「集音マイク、スイッチON」
「わしの店まで潰す気か、この盗っ人め!お前たちが遊覧しているコースは、わしの『うさぎ乃屋』が代々受け継いできた航路じゃないか、卑怯者!」
「ふざけんなジジィ!毎日毎日、勘に頼った危ねぇ運転しやがって!今日だってもう少しでプロミネンスに突っ込むところだったじゃねぇか!」
苛立つハイエナ男が、じぃさんを突き飛ばす。
じぃさんは尻もちをついても、抵抗をやめようとしない。
「自分の未熟なウデを、人のせいにするな!」
ハイエナ男が額に青筋を立て、ヌンチャクを真横に構えた。更に柄の先からフォトン(光の粒子)の棒が伸びる。
素早いヌンチャク捌き。光の残像が弧を描く。
ハイエナ男が雄叫びを上げ、じぃさんに向かってヌンチャクを振り落とした。
赤いフラッシュが瞬く!電動ノコギリ同士が削り合う様な、けたたましい音が響き渡る。
80cmのワインレッドの棒が、じぃさんの前でフォトン・ヌンチャクを受け止めていた。まばゆい閃光で目がくらむ。立ちはだかったのは我が相方、ジャッキーだ。
鋭い目つき。一瞬の回し蹴りがハイエナ男に炸裂する。
5m先まで吹き飛んだ男は、ピクリとも動かない。ハイエナ軍団が身構える。
ジャッキーはワインレッドの2本の棒をXに構えて仁王立ち。
「フォトンウェポンで何でも切れると思ったら、大間違いだ!」
その素早い動きに、彼が僕の隣から消えていた事に気付かなかった。やばい。オイしいところを全部持っていかれる!僕は急いで全速前進の指示をエアロチェアーに伝達した。
ハイエナ軍団の頭上を越え、背後に舞い降りた。ビビらせてやる。
「ジャッキーの棒はね、月の砂にベテスベル樹脂を混合した宇宙エレベータ外壁の破片。衝撃を吸収する性質があって、その時の反応が赤いフラッシュに見えるんだ。見つけてきたのは僕」
軍団の一人がこわばった顔をして、僕に掴みかかろうとした。しかし、周りを見ていた別の軍団員が、客の様子を見て引き上げる合図をした。
ハイエナ共は倒れた仲間を抱き、引き上げていく。どいつもこいつも後ろを睨みつけている。気味の悪い連中だよ。あっち行け、しっ、しっ!
じぃさんが、あいつら目には慣れているとばかりに、明るく話しかけてきた。
「いやぁ助かった。ありがとう。金髪の兄さん、強いのぉ」
「なぁに、赤道の国の棒術と、奴隷の歴史を持つ民族の足技を融合させた、俺オリジナルの格闘術だ。見たか、この威力」
僕は調子に乗ってるジャッキーは無視することにしている。
その時、僕らの前に信じられない者が現れた。嘘だろ。
「怪獣……、だ」
僕より小さな身長。ポッチャリなボディ。フワフワの白い毛。大きな耳が垂れている。頭にはピンクの大きな角が縦に2本並んでいる。大きな瞳。長いまつ毛。口から小さな牙も見えている。2本足で立ち、羽織っているオレンジ色の法被の胸には『うさぎ乃屋』のロゴが。
ジャッキーがポカンと開いた口で、つぶやいた。
「多分、女の子だよな……」
続く