アクション 39
2次元Zanは僕を見ても全く驚かない。むしろ僕の方がその異形を間近に見て戸惑っている。
奴は体操の様に体を左に捻り、平らな右手でカッターの様に切りつけてきた!
横一線!鎧(Ver.2)が深く切り裂かれ、胸から鮮血が飛んだ!
奴が片膝をつく僕に近づく。ヒラヒラと揺れながら、馬鹿にした表情で見下ろしている。
「見たか3次元人。次元の低い奴め。ワシはこれから2次元支社へ戻り、本社への報告をまとめる。出世の邪魔をするな」
奴はコピーを済ませたデータスティックをボキリと折った。
鎧の隙間から吹き出す僕の血が、床の絨毯を染める。
傷口の焼ける様な痛みが、体の動きを止める。
奴は苦しむ僕を確認すると、廊下をフニャフニャと走り出した。
見失うわけにいかない!僕は床に手をついて立ち上がった。
鎧の腹部内側に溜まった血が、垂れ落ちる。それは脚部に滴った。
2次元Zanは全面ガラスドアを通り、光る床の小さなフロアへ入る。
僕を振り返り、余裕の表情だ。
受付嬢にパスポートを渡す。そしてテープの様に長いデータシートを慣れた様子で床に放る。
その端を指先に貼り付けた。
「え~い、もう、3次元から帰る時は、いつも面倒だ」
受付嬢がZanにパスポートを返す。微笑むグラマラスな彼女。2次元人に慣れている事に驚きだ。
壁に描かれた翼の生えた猛獣の絵画。
Zanがそこに付いている豪華なスイッチを押すと、大きなゲートが左右に開いていく。
僕は一歩ずつやっとの思いで光るフロアに辿り着いた。
前を見ると、ゲートの奥に広がる宇宙空間。上方にはオーロラ状の太陽が揺れて浮かんでいる。
あれは、2次元の太陽?
ずっと奥には星雲も揺れている。
ゲートの横で2次元Zanが平らな酸素ボンベを咥え、薄汚い笑みを浮かべている。
僕が近づこうとした瞬間、奴が空間に飛んだ。
なんてメチャクチャなんだ!
次元が違えば、常識も異なる。奴に付いたデータシートがズルズルと引きずられていく。
僕はとっさに床へ飛び、右手でシートの末端を掴み取った。
Zanとの綱引きだ。
しかし、2次元の引力は強い!どんどんゲート側へ引っ張られる。
受付嬢が僕の体にしがみ付き、猛烈に抗議して来た。
「放しなさい!圧力調整シートを着けないと、あなたペチャンコになるわよ!」
右腕が、2次元に入って行く。
圧力で手のグローブが割れる!腕の鎧にもヒビが!ホバーカーをスクラップにする大型機械にでも挟まれている様だ。
暗闇の先からオーロラ状の母星エバンスが、揺れながら近づいて来る。
マジか!?
Zanが星に手を伸ばすと引力が強くなる。僕は必死にコブシにチカラを込めた。
「絶対、お前を逃がさない!」
僕は上半身の鎧を左手で外し、2次元空間へ放った。
あっという間に吸い込まれ、飛んでいく鎧Ver.2。
コンピュータを含んだ鎧は圧力で潰れ、最初の小さな爆発を起こした。
2次元に起こった3次元の爆発は、強烈な拒否反応を示す。
衝撃が波を打ってこちらに迫る!
凝縮された圧力は刃となって僕の体に切りつけた。
フロアにも衝撃が。大きな亀裂が走り、次の瞬間光の床が消えた。
僕と受付嬢が落下する!
データシートを握ったまま、真っ逆さまに落ちていく。
1階の噴水があるフロアまで200m!障害物は何もない!
爆風で焼けたZanが、2次元の暗闇から引きづり出て来た。
僕を追う様に落下して来る。
宙を舞う受付嬢に僕は必死に手を伸ばすが、届かない!
このまま激突する!
頭上からZanの悲鳴が聞こえた。
僕は投手のスローイングの様に、データシートを思いきり引っ張った。
「ボォケぇ!」
Zanの体は凧の様に張り、不細工にねじ曲がった顔で僕を追い越し、受付嬢に飛んでいく。
奴はビラビラと音を立て、悲鳴を轟かせて受付嬢にしがみ付いた。
僕もその勢いを利用して、受付嬢に辿り着いた!
さぁどうする!?
床が近づいて来る。受付嬢が悲鳴を上げる。Zanは彼女より大きな叫び声を上げた。
僕の顔に何かのシールがペタペタと当たる。Zanの後頭部に何かある。
僕はさっきの圧力調整シートの話を思い出した。
「そうか!これがそのシート!?」
3次元に存在するために、体に圧力をかけてたんだ。よし!
僕はパタパタと揺れるシールを力いっぱい剥ぎ下ろした!
Zanの顔が一気に膨張する!オデコ、眼球、頬、唇がブニィ~っと膨らんだ。
更に僕はシールを尻まで引き下ろした!
大膨張!!奴の体が2m以上パンパンに拡大!!!
床が迫る!僕は受付嬢に叫んだ!
「コイツの体をのぼれっ!」
受付嬢と僕は風船になったZanの体をよじ登った。
激突っ!!!!!!!
もの凄い重力。しかしZanがクッションになって大きくバウンド!
更に二度、三度と跳ねる風船Zan。
僕らは床に転がり落ちた。
Zanはまだ弾んでいる。
床、壁に当たっても、まだ跳ねている。
僕はもう動けなかったが、見かねて彼を掴みに行き、動きを止めた。
完全ノックアウト状態のZanの体に、データシートがフワ~っと落ちてきた。
僕はそれを掴んで左手にグルグルと巻き、粉々に引きちぎった。
続く




