アクション 13
宇宙エレベータの周りには、リンゴの形をした巨大ドームカプセルがたくさん浮かんでいる。これは全て宇宙駐車場。密集したエレベータ内は公共交通機関を利用する方が何かと便利だ。特に行きたくない場所に行くには……。
ハイエナンの大きなサイドカーがリンゴ駐車場の上部から進入した。30段に分けられた各階のフロアは広大。それぞれ10000台を収容する。
マシンを駐車したら動く必要はない。足元に次元の穴が開き、光の滑り台を通って駐車場最下部へ降りていく事になる。
最下部は宇宙エレベータ各階へのホバーバス発着場。バスはタイヤの代わりにプロペラが下向きに付いている。だから乗車するとけっこうな振動と音がする。
飛んで行くたくさんのバスは子供たちを乗せて賑やかだ。しかしハイエナンが乗ったバスは違った。乗車したのは彼一人。運転手がいない自動運転なので、完全な孤独旅になる。
古いバスが、ゆっくりと動き出した。
バスは宇宙エレベータに進入せず、ワイン色の外壁に沿って飛んでいく。
前後の楽しげなバスたちは、次々にエレベータ内に入って行く。
エレベータ外壁の赤い大きなスポットライトが、いくつも通り過ぎていく。
車内に響く振動と音。延々と繰り返されるリズム。
どこまでも飛んでいく。いつの間にか、バスは1台だけになっていた。
そしてまた、スポットライト……。
……車窓からの景色が変わっていく。月が近づいてきた。
見えてきた月の首都キャピタル・ラナ。宇宙エレベータが貫くドーナツ形の月の内輪が全て都市。
ハイエナンの無表情の瞳に光りの夜景が映る。
バスがエレベータの外壁に沿って、月の中心をくぐって行く。光り輝く摩天楼を見ながら……。
……実は宇宙エレベータ内の各階は竹の節の様に区切られており、その表裏に都市が造られている。
月を過ぎた一つ目の節の都市。ここは商社マン達が一大ビジネス街を創ろうとして失敗した街、マツ・ストリートがある。
母星エバンスが見えない、宇宙エレベータ周辺の光の街からも遠い、そんな街。敷地料金の安さに目を着け、無駄に造った巨大ビル群。その一棟内にハイエナン・エキスプレスの親会社、グヴェン医療食品C.L.D.の支社がある……。
月の反対側に伸びるエレベータ外壁へやって来た。
ハイエナンが宇宙を見れば真っ暗な漆黒の闇。星は遥か彼方に見える。反りの合わない支社長からの急な呼び出しに、深いため息をもらす。
バスが思い出したかの様に、宇宙エレベータに進入して行く。
彼にとっては来たくも無いゴースト階。窓から無機質な風が吹き込んでくる。
……ハイエナンが会社の前に立っている。バスの降車場からここまでの事は覚えていない様だ。
バカデカい玄関。そこを通るといきなり巨大な吹き抜けが、気力を吸い取る様に天井まで伸びている。
フロア内はビジネスマンの大人たち。スーツを着ていないのはハイエナンだけだ。
大理石で作られたドアのエレベータに乗る。全く重力を感じない。意味の無いハイテクノロジー。
3秒程で20階に着いた。扉が開くと真っ直ぐな廊下が延々と奥まで続いている。このビルは100社を超えるテナントスペースがあるはずだが、この階は静まり返っている。
絨毯の廊下。間接照明が大きな花瓶の花を照らしている。金の蛇口が付いた大理石の手洗い場。足元を照らす小型のシャンデリア。無駄な設備が続いていく。この廊下は彼にとって処刑台への階段だった。
誰かが掲げた絵画が飾られている。ジャングルでライオンがハイエナの首を噛み千切っている。
ふざけやがって……。彼が小さな声でつぶやいた。
しかし呼び出された部屋のドアは、まさにその絵画の隣であった。
重そうに持ち上げた手がドアをノックする。部屋の中から、小さな声が入室を許可した。
ハイエナンがドアを開けると、そこは暗闇だった。部屋の真ん中に3D映像の赤い惑星が映し出されている。
惑星マーズナー。母星エバンスの隣の惑星だ。その映像の隣に支社長のZanが浮かび上がっていた。太った50代。スキンヘッドに上先のとがった大きな耳。分厚い唇とデカい鼻。高級スーツを着込んでいる。
複数の重役たちの姿も浮かび上がってきた。
ハイエナンが挨拶をしようとした時、一人の重役が話し始めた。
「惑星マーズナーの地下、わずか20kmの所に広大な辰砂の層が広がっています。宇宙中の企業が莫大な資金を投入し、土地を買い争っています。いいのでしょうか、我が社は黙って見ているだけで」
Zanはハイエナンの顔を睨みつけた。
「黙っちゃいねーよ。なぁハイエナ」
「ハ、ハイ。遅くなり、すみません」
「気にするこたぁねー。犬に時間厳守なんて求めちゃいねー」
「!……説明を、私にさせて下さい」
ハイエナンが惑星マーズナーに近づく。
重役たちの冷たい視線が、彼に突き刺さる。一切誰も音を発しなくなった。ハイエナンの緊張の吐息がはっきりと聞こえる。
「辰砂とは水銀の鉱物。ではなぜこれを皆が血眼になって求めるのか。それは、この水銀が金に化けるからです」
Zanが首をボクリ、ボクリと鳴らす。
「その原理も教えてやれ」
「ハイ。えーっと……」
その時、信じられない風貌の男が入室してきた。高さ3mはある水人形に入っている30代の男だ。スーツ姿の黒髪オールバック。色白の細身だ。クチの下のヒゲが、Ψの形をしている。
「彼に難しい話は無理でしょう。私が説明を」
不思議な事に、水中から普通に声を出している。
「ハイエナ君が不思議そうな顔をしているので、まず私の説明をしておきましょうか。この人形はブルバロ・カーボン液で出来ている。知っていますか?この液体は大量の酸素を溶かす水溶液。生き物がこの中に入ると窒息せず、逆に元気になる。私はこの水をイオン操作して人形に模っている。実に神秘的だろ」
ハイエナンの声が上ずって響く。
「ふざけるな!お前、誰だ!?」
Zanが不機嫌そうに割って入る。
「もういい!こいつら、わしの会議に平気で遅れてきやがる。こいつはドクター・トッロフィーパ。ワシがヘッドハンティングしてきた。宇宙エレベータの世界で広く流行したフォトン・ウェポン。その『光を物質化する理論』を発表したのが彼だ。現在最も進んだ科学者と言っていいだろう。今後ウチの社の企画全体の総監督者になってもらう。重役連中もそのつもりで。おうドクター、お前が話せ」
重役たちもハイエナンも躊躇するが、反論できない。ドクターが水中でほくそ笑む。
「原子番号(80)の水銀に、膨大なガンマ線を70日以上照射し続けると、原子核の中性子が1個弾き出され、番号が1つ下(79)の金になる。もう一つ下(78)の白金も副産物として手に入る。しかし、この膨大なガンマ線というのが、皆、悩みのタネだった。電気代だけで何百億もの費用が掛かる」
Zanがギラギラした笑い顔で、説明に割って入る。
この後の説明こそ、この太陽下り物語の核心に迫るものだ。
続く




