アクション 10
いや、ここで譲る訳にはいかない。
「リィリィ。君はとっても可愛い。僕が保証するよ。ぜったい素敵な女優さんになれる。僕らの映画に出る事で、きっと幸せになれる」
「女優さん。わたしが……。でもポイント(お金)がたくさん要るんでしょう?」
「そうなんだ。とにかくポイント稼がなきゃ。撮影用のメモリースティック、照明代、モント・カナル映画祭へのエントリー代。その時、ドレスアップもしたいだろ。ムツゴロウさん、うさぎ船がもう1つ欲しい。せめて2艘で稼がないと」
「いやぁ、ない」
「よし、じゃぁ造ろう。船体は僕がピコメカで造る。問題は太陽下りのコースだ。遊覧記録をコンピュータにインプットして、一番面白いコースを考えよう。うさぎ乃屋の経験が重要だよ。あとジャッキー。新造船のメイン船頭はお前だ」
「え!?だってリィリィがいるじゃん」
「今から作るコースは、太陽の引力をより大きく受けるはず。それに負けない腕力があるのはお前だけだ。僕らの為に二人に危険な事はさせられない。どう、自信ない?」
ジャッキーがニヤリと微笑んだ。
「自信無いわけねぇだろ!プラス、お前はホントすげぇよ。お~しやってやる。リィリィに操縦教わろう!」
「ダ~メ。リィリィは僕とコースの作成をやるの。操縦はムツゴロウさんに教わって」
「なんでだよっ!」
「はい、つべこべ言わない、時間がない。さぁリィリィ始めよう。なんせ記録は100年分。データスティックはどこにある?」
「え、えっと。スティックは、おっしょう様の酒樽の中」
「えっ!?」
一週間後。僕らはうさぎ乃屋に居候して、ずっと船頭の見習いをやっている。
ジャッキーはムツゴロウ譲りの勘とパワーで、僕はハイエナンに負けじとデジタルデータを駆使したコース選択で勝負している。
営業後は毎晩、100年分のデータ分析とコース作成で徹夜を繰り返している。
アイドルとして過密スケジュールをこなしていた僕も、さすがにクタクタ。
そしてもう一つ。ずっと浮かない顔をしたままのリィリィの事も気になっていた。
彼女にきちんと納得してもらう必要がある。僕はそう感じて母星エバンスへのドライブに誘ってみた。
ちょうど仕事帰り。リィリィも僕の過労を心配して、ついて来てくれることになった。
うさぎ船を操作するのは僕がピコメカで作った2体の昆虫ロボット。50cmの大きさのトンボとハチ。
ドーナツ型の口から空気を噴射して櫓を操っている。もちろん電波で操作しているのは僕。船の計器とゴーグル・パソコンを連動させ、視線で指示を出す。眼球も頭もズキズキ痛む。けっこう重労働だ。
夕方のエバンスの海が見えてきた。水平線にオレンジ色の太陽が沈んでいく。
断崖絶壁の海岸線をゆっくり飛んでいく。絶壁の後ろは草原が広がり、カルストの岩肌がまばらに見えている。
沖には首長竜(恐竜)が群れを成して泳いでいる。灰色の体に朱色の斑点模様。群れの中心を泳いでいるのは子供竜だ。
僕は櫓をコントロールしながら、エアロ・チェアーのアームで海を指さした。
「ほら。首長竜を追っているワニの様な海竜がいるだろ。口の大きさが4メートルあるモンスター。母星エバンス史上最も大きな口を持つ生き物だ。陸上の肉食竜もアイツが怖くて絶対に海に入らない。最近の観察で分かったそうだよ」
夕日に照らされたリィリィが、とっても可愛い。そして法被姿が凛々しい。
僕は彼女に見とれながら、櫓を操作する。
「よ~し練習だ。あの丘へうさぎ船を着陸させてみよう」
……丘の上空。
僕はゆっくりと船を降下させた。出来るだけ安定的に、ゆっくりと……。
着陸。
「うん。何とかうまくいった。ドアを開けてみよう」
外に出ると草原から爽やかな風が吹いて来る。心地いい。僕はアームを使ってリィリィを手招きした。
「リィリィ、降りて来て。大丈夫、面白い事あるから」
リィリィが恐る恐る丘に足をおろす。
「この丘、温かい」
丘が小刻みに揺れる。丘の先端から長い長い首が持ち上がっていく。この丘は巨大草食恐竜の背中だった。
仙人の様な顔が、遥か上空から僕らを見下ろす。
「いや、ダメ!」
「待って。大丈夫だよ。こいつは大人しい草食竜。体長は何んと60メートル。この星の歴史上もっとも大きな生き物だ。わぁ~リィリィ、空見てごらんよ!」
ドーナツ型の月を貫く宇宙エレベータ。天に向かって光のラインが伸びている。その周り360度に街の光が溢れ、更にその後ろには天の川が流れている。
光の天空。とてつもなく壮大な透明感。リィリィが見つめている。
僕は彼女の心の邪魔をしない様、小さな声で話しかけた。
「昔ね、月は1年間に3センチずつエバンスから遠ざかっていたんだ。エバンスは寂しがりだから、自分に住んでる人間に、宇宙エレベータを造らせた。逃げて行かない様にって」
リィリィが振り返って微笑んだ。僕は言葉が届いている事に安心し、話しを続けた。
「本当の話さ。エバンスはたくさんの人を周りに引き寄せている。自分の魅力を振りまいて。僕もエバンスに負けない位さびしがり。世界中に僕を知ってもらいたい。僕の映画でみんながドキドキしたり、ワクワクしたり。たくさんの人が一緒に一つの気持ちになれる。映画の魅力って正にそれなんだ。その映画の手伝いを、君にお願いしたいんだ」
僕はエアロ・チェアーのソーラーブレードを光らせて辺りを照らした。そこにはいつの間にか集まっていた、たくさんの恐竜たちが寄り添っていた。
肉食恐竜と草食恐竜が互いにすぐ近くにいる。
「こんな光景、誰も想像しなかった。恐竜が恒温動物でも変温動物でもない事は、ほんの少しまで知られていなかったんだ。でも今ではみんなに愛されて、優しくされている。怪獣だってそうさ。もっとみんなに知ってもらえば、必ず優しくしてもらえる。変な目で見られる事も無くなる。……知ってもらおうよ」
リィリィが少し暗い表情になる。
「……私のお母さん、病気なの」
「え?」
「異次元の世界の山村に住んでたの。体が小さな種が集まって、農業をやってたの。雨が多く降る土地を買う事はできなくて、それでも一生懸命、苗を育ててた。そしたらある日、真っ赤な雨が降った」
「赤い雨?」
「血が水に溶けた様な、気味の悪い、雨……」
なんだ、この感覚。赤い雨というワードが僕の感性にまとわりつく。
心が身構える前に、リィリィが話し始めた。
続く




