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カラーレス・ブラッド(旧・未完)  作者: 岳
1章 : 帰還
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6話 : 模擬演習

「オレは正規で学んだ使い手じゃないスけど、それでも?」


「屈辱は成長の種になる。……悔しさも抱けず、敗北を糧に出来ない奴は早々に去った方が良い」


「スパルタっすね」


「死なれるより恨まれる方が楽だ。つまりは、自分のためだな」


「言い訳考えるのは下手っすねー」


デンスケは笑った。師匠を思い出したからだ。心石がどういうものなのか、何ができるのかを問いかけると、くたびれた髭面の男はこう言った。


何でもできる。やれない事はない。お前がそう願う限り―――と。


あの域に届いたとは、欠片も思えない。故にデンスケは、逆境を前に笑うことを決めていた。無茶でもなんでも、越えた先にあの時に聞けなかった答えがあると信じているからだ。


「25人の内、10人を任せる。無理なら先に言え」


「やりますよ―――それだけ急ぐ必要があるってことでしょ?」


グラウンドの中央、デンスケが瞬時に形成した剣が砂埃を巻き上げた。剣の柄に嵌め込まれた輝かない心石を見せびらかすように、肩に掲げる。


「仕事が始まる前に、依頼者のお名前を伺いたいんスけど? オレの名前は(カイ)ことデンスケです」


「……マサヨシだ。授業中は教官と呼べ。試験だが、怪我の範囲で抑えろ。間違っても殺すなよ」


「あいあいさー。あ、へし折る所まではオッケー?」


「骨は1本までなら許容範囲だ―――必要であれば、心まで」





















アキラは戸惑っていた。実技試験が始まるというのに、昼休みに言葉を交わしたクラスメートが教官の横に立っていたからだ。授業の助手役に抜擢されたのか、と思ったがどうにも違っていた。


(え……今、剣を展開したんだよね? あ、で、でも、む、無色なの?!)


アキラは驚愕した。無色となれば、地域の代表の選定候補にも入れないからだ。他の生徒も困惑する中、次々に名前が読み上げられていった。25人居た生徒は2班に分けられ、アキラは教師の前に並ばされていた。デンスケの前に居るのは、10人ばかり。


教官のような立ち位置に居るデンスケは並んだ生徒を一通り見回すと、アキラの前に居る教官に向けて小さく頷いていた。アキラにその仕草の意味は分からなかった。周囲の生徒達もアキラと同じように、状況が理解できず不審な顔を浮かべるものばかりだった。


「―――さて。さきほど告げた通り実技試験を行う。最初に、貴様たちの現段階での練度を確認する、自己紹介も兼ねてな」


やる事は単純で、自分の名前を名乗り、心石(ストーン)を発動して目の前の人物に挑むこと。時間は1分で今から始める、と説明がされると、デンスケの前に居た10人が信じられないものを見る顔になった。


「な……まさか俺達はこの無色とやれってか?!」


「バカにしてんじゃねーぞ、オイ!」


怒号が飛び、アキラが身をすくめた。だが、そうなっても仕方ないとアキラは思い、同時に困惑していた。何故、心石との適合率が低い代名詞である色無しに対し格上として挑まなければならないのか。


―――と、考えている暇はなかった。目の前に居た一人が、その場に崩れ落ちたからだ。


「ぐ、ご、はっ……」


「よそ見をするな、愚か者」


苦悶の声を上げながらも立ち上がろうとした生徒の一人が、教師に顔を蹴り飛ばされて転がっていった。やはりこうなるか、と疲れた声が生徒たちの耳に妙に響いた。対する生徒たちの反応は二つに分かれた。


危機を感じて心石を起動させるか、否か。後者の者は2秒後に全員弾き飛ばされた。肉体強化ができず、教官の一撃に反応できなかったからだ。アキラはかろうじて防御に成功していたが、想像以上に打撃を受けて痺れる手を見ながら、硬い唾を呑んだ。


(重、い―――強い。チームの先任と同じ、何度も実戦を経験した使い手だ……!)


今のスクールは理論先行の教師が幅をきかせていると、アキラは聞いていた。それがどうしたことか、こんなに荒っぽい手段を取ってくるとは、アキラは欠片も想像していなかった。


(他の人達も同じみたいだ、唖然としたまま―――あ)


アキラは見た。教師の行動に驚いたせいか、硬直している別の班の10人の姿。


そして、その背後で剣を振りかぶるデンスケの笑顔を。
















(―――かかった!)


第9地区出身、阿倍野にほど近い場所を故郷に持ち、周辺の地元チームに鍛えられた少年はほくそ笑んだ。名前をトシユキという彼は、教師の行動を前に、演技をしていたのだ。


多少は驚いたが、実戦で慣らされた自分にとっては思考を止める所まではいかないと呟き、悪巧みをした。相手の行動を分析できる程度の余裕をトシユキは持っていた。


授業の目的をそれとなく察したトシユキは、自分の教官役として抜擢されたであろう男から視線を逸らした。態と隙をみせることで、襲いかかってくるだろう無色の男を誘い込んだのだ。


思惑通り、相手が踏み込みながら剣を振りかぶる気配を感じたトシユキは、予め展開していた剣を振り向きざまに横へ薙ぎ払った。


肉体強化に剣技Lv.1と腕力強化Lv.1の補助(アッセンブル)が乗った、緑色の心石が輝く剣が全力振られる。当れば脅威度3の敵をも倒せる一撃が、風のように切り裂いた―――誰も居ない空間を。


「え―――はぐっ!?」


トシユキが気を失う前に見たのは、自分のみぞおちに突き刺さった、チノパンで包まれた足だった。















(―――誘ったつもりが、誘われていた訳だ)


剣を振り切る直前、チノパン男からカウンターの蹴りを受けて沈むクラスメート。そこから少し離れた場所に居るミツハルは、教官役をしているふざけた男の分析をしていた。


石は既に起動済みで、両手に槍として収まっていた。ミツハルの感覚が、広がっていく“力”の塊の輪郭を捉えた。


石を使う者は総じてこの不定形の塊を認識する。自らの心石を光らせた――ー今も輝いている、鈍い青磁色のように―――時、自分だけが使える“もの”が生じていることを使い手は認識するのだ。


最初は自分の身体と同じ大きさだが、鍛えれば段々と大きくなっていく。この力を心素と呼び、使い手は心素を多く消費すればする程に、規模や効力が大きい術法を行使することが可能になる。


(俺の心素を1とすれば、あっちの教師は4か? ……チノパン男は俺と同じくらいしかないように見えるが)


数はまだまだこちらの方が多い。まともにやればどう考えてもチノパン男のスタミナ切れの方が早いだろう。分析を終えたミツハルはそれでも油断は禁物を気を引き締め、自らの心素を千切った。槍の先にまとわせると、法則を歪曲させる。槍は頑強さと切れ味を上げられ、通常の障壁では防御が難しい一品に成長する。


あとは穂先で敵を牽制しつつ、気に乗じて遠間から槍で突けばいい―――と考えているミツハルに、身体が飛んできた。


(さっきの、やられた男、蹴り飛ばされ―――)


ミツハルは状況を把握しながら、勢いよく飛ばされてきたクラスメートに対処するしかなかった。強化していた足で横に飛び、間一髪で飛んできた肉体の砲弾を回避する。その先で再び槍を構えなおそうとするミツハルの視界に、回転した剣が飛び込んできた。それが倒されたクラスメートのものだと気づいたのは、回避行動に移った後のこと。間もなくして心石の形態が解除され、心素ともども気絶したクラスメートに還っていく。


ミツハルはその視界の端に、チノパン男が別のクラスメートを連続の回し蹴りで倒す姿を見た。


「これで3人、っと……おやおやぁ? そんなに離れた所で障壁に閉じこもっててもいいのかな?」


チノパン男は地面に転がっている小ぶりの石を手の中で転がし、小さく放りながら呆れた顔をしていた。ミツハルは距離を取って防壁を展開しているクラスメートを横目に、舌打ちをした。


―――心素を力のまま展開して防壁に使う術は、戦技使いとしての基本技術だ。その防御力は自分の身体に近いほど強くなる。目前の1mの距離に展開したとして、投石は勿論のこと、脅威度1の害獣の攻撃であればなんなく防げる程度の強度は保持できる。実戦に出るのであれば、無意識に展開できるようになるのが鉄則と言われていた。


それが分かっているだろうに、チノパンの男は石を拾っては軽く石を放り投げて、こちらの障壁にわざと当ててくる。通じる筈のないその攻撃は、布石というよりは挑発が目的だろう。ミツハルは相手の目的を察した所で、ハッとなった。


防壁に閉じこもることを亀戦術と言い、それに頼る臆病者を亀野郎と呼ぶ。使い手失格と呼ばれるに等しい、侮蔑表現の1つだ。言葉にはだしていないが、同じようなことを思われていると理解したのだろう、女生徒の一人が怒りのままに動き始めた。


「やってくれるじゃない………無色程度のおっさんが!」


障壁が解かれ、宙空に方陣が展開していく。千切られた心素が方陣を巡り、予め組まれていた通りに法則が歪められていく。


法則歪曲(ディストーション)の真骨頂の1つ、方陣術法だ。言霊と併用して紡ぐ心言魔法より威力は落ちるが速射性に優れるため、実戦向きとされている。だが、弱点が無い訳ではない。ミツハルがそれに気づいた時には、もう遅かった。


(しまっ――!?)


止めようした時には遅かった。チノパン男は障壁が解かれたと同時に呆れ顔を笑顔に変え、指から高速で石を弾き飛ばしていたのだ。女子生徒の茶褐色の心素が巡り始めていた方陣に、わずかばかりの無色の心素がこめられた石が直撃した。


―――爆発。


方陣で中途半端に歪められた法則が元に戻ろうと反発し、ぶつかり合い、周囲に暴風として吹き荒れた。近くに居たミツハルは風の勢いを前に、思わず顔を覆った。周囲に居るクラスメートごと圧され、構えていた姿勢が崩される。ミツハルはそのまま転びそうになったが、すんでの所で何とか耐えきり、そして。


「チェック」


急に近くに湧いたように感じた、足音と言葉。直後、ミツハルは顎に衝撃を覚えたかと思うと、地面に立っていられなくなった。視界が揺れに揺れ、手足に力が入らず、自分が倒れている地面さえ傾いているように感じられる。


その中で、ミツハルは小さな言葉を確かに聞いた―――1万5千ゲット、と。


訳が分からず地面に転がされたまま、ミツハルは他のクラスメートが蹴散らされていく様子を最後まで眺めることしかできなかった。




















(強い、というよりは上手いな。集団を相手にあれだけ戦えるのか)


教官――マサヨシはデンスケが一種のベテランと同じような常在戦場の心構えを持っていることには気づいていた。書類の“脅威度3のシティウルフを同時に3体相手にして無傷で勝利”という記述から、先週までは助手役の予定だった男よりも使える手合であることは分かっていた。


だが、新人とはいえ10人を同時に相手取ったにも関わらず、心素をほとんど消費せずに勝つとは思っていなかった。特に、問題児風味だが素質はある2人―――深緑の力剣使いと青磁の技巧派槍使い―――を相手に力を発揮させずに終わらせた手腕は、他の教官にも見習わせたいほどだった。


奇抜なことはしていないし、特別な術は使っていない。厄介な2人を真っ先に潰して、心理的優位を作るのは定石どおりだ。心と意志の強さ、士気や戦意の高さは少なからず心石の出力に影響を及ぼすもの。先手で有利を取って心理で勝る、というのは対人戦の基本戦術だが、結果を出すまでの流れを生み出す速さが尋常ではなかった。


(悲しい無色ゆえの工夫だろうが、な)


例えば今の自分のように、相手にとって予想外の奇襲と強い言葉で恐怖を印象づける。怖気づいた生徒を、無表情、無感動に()()ながら正面から叩き潰す。倒れていく数が増えるほど、その効果は高まっていく。


方法や程度に多少の差異はあれど、昔から伝わる呆れるほど有効な教導方法である。だが、無色の心石の出力でやるには少し厳しい方法だった。


(……心理戦に長けているというのも妙な話だが)


使い手の基本は害獣討伐にある。迷宮に潜る探索者や、未踏破区域、厳重警戒区域に行く冒険者も、原則は害獣を相手に戦い、勝利することを生業にする。繊細な技法はどちらかというと必要ない、強い相手ほど小細工が通じなくなるからだ。


防御についても、障壁を張る機会が増えるほど怪我をする確率が高くなる。故にここ50年ぐらいは、出力で押すのが主流になっていた。


対人技法が必要となるのは、それこそ脅威度10以上(テン・オーバー)が発現した時に出てくる連合の上位ランキング者か、中央府の親衛部隊、あるいは各組合のゴミ掃除役である懲罰者(パニッシャー)か。それらのいずれにも所属していたとは思えない無色の男がなぜ対人戦に慣れているのか、マサヨシは見当もつかなかった。


(―――ともあれ、使えるものは使うべきだろう)


残りの生徒をひとまとめに薙ぎ払ったマサヨシは、頭を抱えていた。予想以上にレベルが落ちていた、各地域の使い手の現状を知ったがために。























「え、マサヨシ教官って授業するの5年ぶりなの!?」


「そうだ。本当なら今頃は地元のチームで狩りを続けてたんだけどな……」


マサヨシは軽食であるトマトとツナマヨもどきのサンドイッチを食べながら答えた。デンスケも食堂が終わっているということで、相伴に預かっていた。授業後にスクール内の事務室で銀行口座の開設と奨学金の手続きに時間がかかり、気づけば営業時間を過ぎていたからだった。


久しぶりの携帯食ではない食事に、合成的な食料とは言えど、舌に旨味を感じたデンスケは無言で感動していた。だが、黙っていては怪しまれると、質問を続けた。


「授業っていうか演習……いや、訓練、修行っスよねあのやり方。荒っぽ過ぎるし。他のクラスじゃしてないスよね、あれ」


段取りも滅茶苦茶だったし自己紹介とかどこに行ったんだ、とデンスケは愚痴った。マサヨシは、奴らが素直にならないのが悪いと開き直っていた。


「オレも試された、ってことですか?」


「面接の代わりだ」


「強引っスねー……オレを引き入れたことそうだし、上層部から嫌われそうな行動ばっかりしてないッスか?」


デンスケの言葉にマサヨシは無言を返した。もう一つのサンドイッチを頬張りながら、やり方を変えるつもりはないが、と言う。


「最初に上下関係を分からせた方が手っ取り早い。力で押さえつけるのは実に効果的だからな……お前も似たような訓練を受けた口だろ?」


「あー、分かりますか」


「体罰だなんだと面倒くさい方向で騒がないからな。そこで喚くのは現場を知らない奴か、痛い目に合わずに成長できるだけの才能を持っている奴だ」


お優しく言葉だけで教えても、半数が身につかない。戦うことの危うさを知らないまま卒業する。ほぼ間違いなく死ぬと、現場が長いマサヨシは知っていた。どちらが不義理なんだか、とマサヨシは小さくため息をついた。デンスケは苦笑しながらサンドイッチをつまんだ。


「でも、珍しっスね。教官はもっと準備万端で授業に挑む~って感じですけど」


助手役を募集した意図は分かる、手加減が効かなくなるからだ。25人を一斉に相手取るとなると広範囲への攻撃が必須になるため、方陣術法を使う必要が出てくる。速射性と応用に優れる優秀な攻撃術式だが、威力を調整し難いというデメリットがあった。


分担すれば使わずとも制圧できる。ではなぜ、前もって人材を確保しておかなかったのか。デンスケの疑問に、マサヨシは不機嫌な表情で答えた。


「スクール所属の教官が、ここまで腑抜けだとは思わなかった」


内容を説明したら全員が尻まくって逃げやがった、とマサヨシは眼鏡を外し眉間の皺を揉んだ。


「おまけに新人どもは考えなしの間抜け揃い。最近入ってくる後任のレベルが下がった理由が分かったよ」


「あー、やっぱり。最近まではああじゃなかったんですね」


考え無しの主観主義者、というのがデンスケが抱いた印象だった。


緑の剣使いは攻撃に力を偏重させ過ぎだった。防御に心素を回していれば、カウンターとはいえ一撃で倒れることはなかっただろう。自分の策が上手くいっていると無条件に信じすぎて、保険を張らなかったのは迂闊という言葉では済まない。


青の槍使いは少し慎重過ぎた。牽制を2度も向けた意味を読み取らず、自分だけで勝とうということばかり意識していた。そして近くに居た2人が倒された時の、周囲の者の反応を見落としていた。あそこで下がれば、他も萎縮する。自分が強いということは自覚しているが、周囲がそれをどう見ているのに無頓着だった。


「いや、それは少し厳しく見すぎ―――でもないか」


間抜けな愚図ほど、早く死ぬ。それも周囲への影響を考えずに。マサヨシは呟き、眼鏡を元に戻した。


「その調子で厳しくやってくれ。少なくとも調子に乗った挙げ句、見るに堪えない死体に加工されて返ってくるような人材を卒業させないように」


「えぇ……オレ、今日の件でかなりのクラスメートから恨み買っちまったような気がするんスけど」


「それも金額の内だ。言っておくが、途中放棄は許さんぞ」


「教官も頼みますよ。でも、チームですか」


「ああ。普通だろう? 組合に所属するのは必須として、独立部隊を作るケースは」


最小で4、5人の部隊単位から20人程度のチームがほとんどだが、最大手となると100人を越えるクランを形成している所もある。連合に対抗しようと言う者ばかりだと、マサヨシは言った。


「ランキング上位ともなれば、目を疑うような人外ばかりだからな。徒党でも組まなければ、到底追いつけない」


「……ランキング、連合って、勇者の?」


「お前……いや、良い。奴らのランキングは3種類ある。勇者ランキング、賢者ランキング、戦士ランキングだ。戦士には最近、騎士とかいう別派閥に分かれつつあるようだが」

別世界出身の使い手も含めた、組合とは異なる巨大組織で、討伐数や連合への貢献度によって上がるという。


「そして、各ランキングの1位になればこう呼ばれる訳だ―――当代の勇者様、賢者様、戦士長様と」


「あ、戦士だけ長が付くんですね」


「戦士という単語だけでは、格好がつかなかったんだろう―――俺達にとってはどうでも良い話だが」


マサヨシは先程の教師の話の時より不機嫌な顔で答えた。デンスケは教官の反応に困惑しながらも、気づいたことがあった。この世界の人間は、勇者達を含む異世界人を害獣の次くらいに敵視していることに。


(……ジャッカス?)


『想像ならばいくらでも出来る。戦争という単語が出てきたからにはの』


(ややこしいな。ま、今の所はどうでも良いけど)


そんな事よりも明日を生きる金が欲しい。切実に願うデンスケの表情を見たマサヨシは、何かを感じたのか、気まずそうに言う。


「ともあれ、害獣には組合も連合も中央府もない。俺達は俺達の仕事をするだけだ」


「そっスね。でも、なんで教官なんか引き受けたんですか?」


ぶっちゃけると、人を教えるという行為は酷く面倒くさい。真面目にすればする程だ。そういう事を嫌がりそうだったのに、というデンスケの質問に、マサヨシは何でも無いように答えた。


「前任が死んだからだ―――俺の後輩だった。あいつが死ぬ二週間前に、1期だけの教官をしてくれないかという依頼が入ってな」


断っても問題なかったが寝覚めが悪いから引き受けた、という言葉にデンスケが顔をひきつらせた。


「初耳なんですけど……その後輩さんの死因は、他殺ですか?」


「詳細は上がって来ていないが、間違っても自殺するような奴じゃなかった。それだけは確かだ……いや、誤解するな。調査の結果、事故だったことが判明してる」


「びっくりさせないで下さいよ。てっきり生贄に捧げられたものかと。あるいは囮捜査?」


「やるつもりならそんな回りくどい真似はせんし、俺よりもスクールが本腰を入れるだろう。貴様を殺す云々に関しては………チノパン姿を見た時は実に危うかったとだけ言っておく」


必殺の術法が火を吹く寸前だった、と怖い笑みを浮かべるマサヨシに、デンスケは抗議を返した。


「パンイチよりはマシだということで勘弁を―――いや冗談でゲスよ」


「どういう冗談だ……というか、もしかしてそれだけしか持ってないのか?」


「今の所は。昨日に貰ったコレが、オレの自慢の一張羅です」


「……今日、は無理か。明日に購入する予定は?」


「そんなことより定食食べたいです、定食」


スクールで手が届く範囲となると合成の古古米になるが、久しぶりの故郷の味に期待を馳せていたデンスケは、意地でも譲らないという姿勢を見せていた。


マサヨシは目を覆い、体内の酸素が全て抜けるのではないかと思うぐらいに深い溜息を吐いた後、小さな声で告げた。


「……後輩の遺品がある。似たような体格だし、問題ないだろう」


「え……それはちょっと不吉っていうか。襲撃されたりしそうで」


「今ここで俺に締められるか、ありもしない襲撃者に怯えるか……どっちだ?」


「2番で」


ピースで答えるデンスケの姿を見たマサヨシは、ひょっとしたら俺は人選を間違えたのではないかと後悔し始めていたが、背に腹は代えられないか、と色々なことを諦めた。


(それにしても……ありもしない襲撃者、か。事故だとは聞いている、それは確かだ。嘘じゃないんだが……)


後輩は恨みを買う性格ではないし、狙われるような能力も持っていなかった。唯一マサヨシが引っかかっているのは、資料を請求した自分に対し、申し出が却下されたこと。守秘義務があるということだが、何を守秘していたのか、マサヨシが調べて分かったのは、一切不明だという結果だけだった。後輩の事故のような、不可解な死者が若干だが増えつつあることを、マサヨシはチームのメンバーから噂話程度に聞いていた。


(……何が起ころうとしている? 侵攻はありえん。可能性は……そういえば、今年は東歴300年だったな。都市伝説にある、100年周期で訪れる災厄。ありもしないお伽噺だとは聞いているが)


明確な情報は出てこないが、連合やキタ、有力なチームの中核メンバーあたりはピリピリしているという噂をマサヨシは耳にしていた。最近になって、中央府の精鋭部隊を一切見かけなくなったという与太の類になる話も。


(万が一のために、準備しておいて損はない―――不足よりは、やや過剰の方が)


たった一歩、足りずに命を落とすよりは。憎まれる教官が良い教官だと考えるマサヨシは、今日のやり方を通すことを改めて決めていた。



降りた夜の帳に呼応するように、予感などなにもないのにどこかざわついている、青い海色に輝く自らの心石の鼓動に耳を傾けながら。






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