32話 : 積み上げられていくもの
「……え? そっちでも事件が知れ渡ってる?」
『はい。テンノウジの死亡事故のことですよね? ひょ、ひょっとしたら私の勘違いかもしれませんが』
通信球越しのアーテは、慌てながら左右を見た。助けを求めてるのだろうか、柔らかい金色の髪が左右に揺れるのを見て、デンスケは優しく笑った。
「いや、合ってるよ。こっちで人が死んだのは事実だ。事実なんだが……困ったな」
『え? ……まさか、デンスケさん』
「いや、オレがやった訳じゃないし巻き込まれた訳でもない。ちょーっと気になることがあるってだけで」
『何か引っかかることでも……そういえば、別の徒党の皆さんも知っていたようでした。それほどまでの大事件、なんでしょうか』
「ええぇ……全員が把握してたってこと?」
居住区外で遭遇したらしい、別の徒党が3チーム。デンスケは全員が把握していたとアーテから告げられると、渋面になった。
「どのチームも似たような情報を、ねえ」
『はい。熟練の使い手でも事故は起こるのだから気をつけろ、とアドバイスされました』
「……助言としては正しいな。リカバリーできるぐらいの治癒術は使えるけど、いつだって慢心は禁物だから」
デンスケは頬の内に残る傷を触りながら呟いた。アーテならば完治していただろう。だが、腕が悪いのかやる気がないのか、運営から手配された治癒術士の力量はお粗末だった。チクチクとする痛みに苛立ちながら、デンスケはアーテに注意を促した。
スミネと組んでの居住区外での戦闘、順風満帆とは言い難い成果らしい。初日にスミネがそれなりの怪我を負ってから、アーテは守備を固めるようになったという。治癒術でも癒やしきれなかったのが原因だろう。
デンスケは想像できるな、と苦笑した。恐らくはアーテを庇って負傷したスミネと、謝りながらも治癒を施し、それでも塞がりきらなかった傷を見て狼狽するアーテの姿を。
「それで、スミネは大丈夫なのか?」
『体調に関しては問題ないです。……ただ、その、ウルフ系を。四足の獣の姿をした害獣を好んで狩ってるんですが』
口ごもったようにするアーテの様子を見て、デンスケは察した。親友を屠られた傷は未だ癒えないらしい。操られていたとはいえ、目の前で地獄を見た少女の心の傷は浅くないということだ。埋められない隙間を誤魔化すために、つい先日までは宿敵と定めた仇に似た敵を狩り続けているのだろうか。
(詳細について説明をした所で何にもならない。そう思って黙っていたけどな……いや、所詮害獣は害獣か)
経緯はどうであれ、人類種の怨敵だ。組織、秩序に属そうというのならば担っている役割に沿うのが自然である。そういう意味で言えば、特に問題がないという他に言えることはなかった。
『そちらは、大丈夫なんですか?』
また大きな事件に巻き込まれてそうですが、というアーテの視線にデンスケは微笑みを返した。
「大丈夫だって。今回は自分から首突っ込んだしな。半ば強制的な依頼だったが、請け負ったからには責任を持つ。そっちこそ、気をつけて。死ぬのだけはやめてくれよ」
『はい。……デンスケさんも、無理はしないで下さいね』
アーテの真剣な声を最後に、通信球が切れた。デンスケは小さくため息をついた後、ぼそりと呟いた。
「―――情報の伝達速度が異常だ。いくらなんでも不自然過ぎるよな、ジャッカス」
『ああ、確実に何者かが噂を流している。しかし、区外にまで届いているとなると―――』
「この地区内では周知の事実になってるってことか」
祭りで死者が出たことが知れ渡っているだろう。デンスケは今の状況が“敵”の仕業であることを確信していた。だが、どういった意図があるのかは、夜通しジャッカスと話しても分からなかった。
意図の一部が理解できたのは、翌日の朝のこと。ホテルから外に出たデンスケは、そういうことかと呟いた。通行人が、今までにないほど緊張感に満ちていたからだ。
教習所までの道すがら、すれ違う人のほとんどが周囲を警戒している。いつどこで何が始まるのか、ということを。デンスケは漂う雰囲気から、ぽつりと呟いた。
「……まるでお祭りだな。血と肉が飛び散る方の」
『ん、どういう意味だ?』
「当たって欲しくない推測なんだけどな………ん?」
デンスケは途中、通行人の流れが変わったことに首を傾げた。大勢の人が道脇にあった建物の中に入っていくのだ。そこは店じまいをした居酒屋の一つで、立地が良くないからと放置されていた場所。デンスケは昨日にミハルから聞かされた、町中にある決闘の場所の一つと重なることに気がついた。
嫌な予感がしたデンスケは、教習の授業を諦めて後をついていった。そこで、自分が導き出した結論が間違っていないことを知った。
中央に居るのは、いかにも強そうな使い手が二人。その片方の特徴に、デンスケ達は聞き覚えがあった。
『翠色の髪に、あの凶相……15位が言っていた要注目人物の一人か』
西の探索者、入江龍一。距離はあるが直に見たデンスケは成程と納得した。確かに、雰囲気がある。相手もそれなりの強者だろう、190cmほどの長身に太い腕だけではない、それなりに研ぎ澄まされた気配を持っている。だが、龍一はまるで意に介していない。真正面から見据えた上で、鼻で笑っていた。くだらない、つまらないという言葉が聞こえてきそうな調子で。
(……どっちも強いけど、探索者のチンピラがやべえな。正面衝突はちと厳しいか)
タイマンになったとして、切った張ったの勝負ではこちらが先に力尽きるかもしれない。何より、雰囲気がある。乱雑なチンピラではない、力というものを感じさせる何かも携えているように感じられた。
集まった見物人も素人なりに何かを感じているのだろう、興奮したような声があちこちから上がっていた。ミハルと同じような、祭りの委員らしい女性が現れると場は更に盛り上がった。人が流れ、ステージが作られていく。
委員が複数集まり、防御陣が張られた。集まった周囲の観客への被害を考えてのことだろう。これから始まる戦いに興奮していて、距離を取ってという呼びかけに答える気配がない。見守られる中、中央では戦いを生業にする男が二人。視線が交わされた途端、戦意は更にむき出しになった。
「噂に聞く海円迷宮の踏破者か……どれほどのものかと思ったが」
狩人らしい男の見下すような物言いに、翠髪の鬼人は鼻で笑った。
「……てめーは探索者じゃねえ。狩人だよな、おめえ?」
「だったらどうした」
「緊張感と危機感が足りねえってんだよダラズが」
呆れ、ため息をつく龍一。対する太い男は激昂し、声を荒げた。
「モグラ如きがもぞもぞと鬱陶しいわ! 審判、さっさと始めやがれ!」
「は、はい!」
気圧された審判が白い手を上げた。勢い良くひるがえった横で長い髪が浮き上がる。重力に従い下がった瞬間にはもう、長身の男は間合いの中に龍一を捉えていた。
獣のような叫びと、攻撃が繰り出されたのは同時だった。正面から放たれた拳は最短距離を走り、防がれることなく駆け抜けた。
ごうん、と鈍く大きな音が室内に響いた。男の顔が仰け反り、その翠髪がたなびき、中には血の赤さえ見え、唇が愉悦に歪んだ。
驚く男に、拳の返礼が突き返される。人が人を殴る音とは到底思えない轟音が鳴り響いた後にはもう、決着はついていた。
目と鼻と口と耳から血を流した男が仰向けになりながら、痙攣している。それを見下ろしている野次馬は、舌打ちをしていた。まだ生きているのか、と残念そうにしながら。
「しょ、勝者―――入江龍一!」
委員が手を上げ、観客が歓声を上げた。それぞれが興奮の声を上げている。とどめを、という声をデンスケは聞かなかったことにした。
やがて解散の号令が出され、観客達が散っていく。その残念そうな背中を見送ったデンスケは「ビンゴか」と、嫌そうな顔のまま舌打ちをした。
街の、人々の雰囲気が変わっていることに気がついたからだ。ただの喧嘩祭りから、血飛沫と血反吐に薄汚れた下卑た祭りへと。
「あとは将来有望な期待の卵が潰れてくれれば、って所かな……そんなん上の方で対処されるに決まってるだろうに」
仕組んだ奴はバカだな、とデンスケは断言した。委員の頭も、それに従う者達もバカではない。一度出会って理解した。解決できる対処力と行動力があるし、何より組織力を持っている。
協力者と連絡が取れなくなった今、自分の出る幕ではないと判断したデンスケは、教習所へ向かった。デンスケにとって依頼も重要だが、免許取得も同じぐらい重要だからだった。
受付で実技と配車の予約を入れて、待合室へ。そこでデンスケはいつもとは異なる空気が流れていることに気がついた。原因はすぐに分かった。待合室の外に人だかりが出来ているのだ。
デンスケはその光景を見て、あちらの世界で戦った怪物を思い出した。大きさは拳大ほどだが、方陣術が発する心素や光に殺到するという厄介な性質を持つ敵を。よりにもよって蝿型というあたりが最高に最悪だった。
『美女に集るはいつも蝿男、か』
「経験がある風じゃねーか、ジャッカス」
『こう見えて昔はのぉ』
「……やめろ想像させるな、正気度が削れる」
デンスケは紐が紐に集う光景を想像していた。どう考えても外宇宙のあれそれと交信していそうな具合だった。
『ともあれ、群がられるだけはある』
「可愛い系と美人さんのセットだな」
一人は、桃色の髪を太い三編みにしていた。小柄であるため人だかりの隙間からしか見えないが、それでも分かる抜群のスタイル。出る所は出ていて、引っ込む所は引っ込んでいるが、雰囲気を見るに同い年か、少し上か。愛嬌のある顔で、男どもの誘いの言葉に笑顔で応対している。ひらひらとした服の隙間に見えるヘソが眩しかった。
もう一人は、山吹色の長髪を流したままにしている。20を少し越えたほどだろうか。髪で片目が隠れてしまっているが、それゆえに強調される神々しい赤寄りの琥珀色の瞳は、今は理解不能の意に満ちていた。まるで口説かれている現状を正しく認識できていないような。正統派の美女だが、やや天然っぽいような。
―――と、デンスケが冷静になれたのはそこまでだった。
山吹の美女の方が、ため息と共に手をゆっくりと腰元へ。傍らの桃色の少女が見るからに焦り、周囲を見回す。
「――あ」
「あ」
視線が合ったのは、つかの間のこと。二人は瞬時に動いていた。
「もう、遅いよ!」
「あーいや、ごめんなさい。この通り」
「ら、ラナン? この人は」
「アリア、いいから大人しくしといて。じゃ、お誘いは嬉しいけどそういう事だから、ね?」
桃色の少女は両手を合わせてごめん、というポーズを取りながらも山吹の女性の手を引き、男達の隙間をすすっと抜けていく。デンスケはその演技に合わせて「遅れて本当にごめん」と答え、お詫びにジュースをおごりますので、と平身低頭のポーズを見せた。
二人を口説いていた身なりがしっかりとした男達が、舌打ちをしながら去っていく。肩を小突きながら、言い出しっぺらしいイケメンの男に仲間内からお前の目も狂ったもんだな、という文句と笑い声がかけられていた。
そんな青春をしている男達を見送った後、デンスケは自動販売機で買ったカフェオレを二人に投げ渡した。桃色の少女ことラナンはごくりと砂糖とミルクの甘さを堪能した後、深い溜息をついた。
「……助かったわ見知らぬ人。本当に。本当に。本当に」
「あー、まあ。袖すり合うも他生の縁ってことで」
「えー、これだけの美人を前にそれだけぇ~? なんならこれから付き合っても構わないんだ、ゾ?」
語尾に星が出てそうな口調に、あざとらしさを感じさせながらも魅力的なウインクの仕草。デンスケはラナンの仕草を見た後、無言で山吹色の美女―――アリアと呼ばれていた女性に視線を向けた。
「飲酒運転は感心しないッスよ? 共犯でも罰金は取られるそうです」
「どういう意味ッ?!」
「いえ……ただ、かなりのお酒をお召になったのかな、とか」
「なんで敬語っ!?」
「む。これからワクワクの訓練だというのに酒はいかんぞ、酒は」
「あんたに言われとぉないわ!」
「いや、私は素面だぞ。それが分からないとは……これが世に有名な前後不覚というやつか。だめだぞ、ラナン。お前はただでさえ可愛いのだから油断をしてはならん」
アリアは諭すように告げた。ラナンはその言葉にかなりの衝撃を受けたようで、まさかアンタに言われるとは、と呟きながら凹み始めた。
デンスケは面白い漫才コンビだな、と二人のやり取りをしばらく観察していた。彼女達の戦技者としての力量についても。リィから聞いた情報にこの二人の名前は挙がっていないが、どう考えてもおかしいような。デンスケは原因を考えた後、成程、と頷いた。
「ちょっと待て。アンタものすっごい失礼なこと考えてない?」
「そんな事はないッス。ただちょっと、御年にしていくつなのかなぁと」
「ド失礼っっ?! え、なんで年齢を気にして……あ、ああ、そういう事ね」
察しが良いラナンはアリアを見た。
「私達はいわゆる連合の所属なんだけど……《《本当に、分からない》》?」
「……いえ。まあ、そういうことッスね」
デンスケはラナンが横目にアリアを見た仕草から、色々と納得した。参加した場合の結末を考えると、仕切っている組合との亀裂が入るどころの騒ぎじゃないと思ったからだ。
「あ、そろそろ時間だ……じゃあこれで。健闘を祈ってるッス」
「あれ、それだけでいいんだ。お礼をしようと思ってたのになー」
桃色の美少女が可愛い仕草で誘ってくる。デンスケは様になってるなあと呟いたが、ラナンの柔らかそうな肢体の裏に隠されたものを見破り、告げた。
「遠慮しときます。馬ではないですが、蹴られたくないので」
「……そ。でも、感謝の気持ちは本当よ」
「こちらこそ。手綱が離れないことを祈っときます」
デンスケは本気で祈りを捧げた後、別れを告げて去っていった。
ラナンはその背中を見送りつつ、面白そうに呟いた。
「今までにいないタイプね……軽いのか、重いのか」
「真面目だということは分かるが」
「そうね。でも……隔意の無い組合所属の使い手なんて、久しぶりに見たわ」
こちらの力量をそれなりに感じ取った上での自然体も、と去っていった方向を見ながら、ラナンは小さく笑った。
「歩き方を見るに、面白そうな手合ね。祭りにも参加してる、かな?」
「分からないが、鍛えてあるのは分かる。それも相当に、だ」
「……アリアがそこまで言うほど? しまったなあ、連絡先ぐらい交換しとくべきだった」
「お喋りが好きだものな。……ただ、いつも思うのだがな。ナンパが嫌なら、その格好は控えた方がいいと思うのだ」
「嫌よ。女の子がお洒落をするのに、誰に憚る必要があるの?」
そういう点では合格ね、とラナンが言う。アリアは上から目線だな、と苦笑を返した。
「それよりも、教習だ……今度は教官に怒られないようにしないと」
「ええ。教習代だってバカにならないし」
仮免許の試験に落ちたり、ミスが多いせいで授業数が増えると支払い金額が積み重なっていく。今度こそは、と意気込んだ二人は真剣な表情で運転時の確認を話し合っていった。
教官が来るまで、4分。二人から離れたデンスケは、待合室で一人、肩に乗るジャッカスに向けてため息を吐いた。
「―――勇者連合の上位ランカー。舐めてるつもりはなかったんだけどな」
デンスケはアリアと呼ばれた女性を思い出していた。ラナンも強いだろうが、構えに入る動作だけで背筋に寒気が奔ったのは久しぶりだと、自分の首筋を撫でた。
名乗った訳ではないが、分かるのだ。相手が何者であるかということは。デンスケは、ナンパをしていた男達は素人だろうと確信した。あの距離であっても“斬られた”と錯覚させられるほどの使い手を目の当たりにした衝撃から。
『……ひょっとしなくとも、エリルに匹敵するか』
「正確な所で底は見えないレベルだ、少なくとも今の俺じゃ到底無理。切り札を使った所で勝負になんないだろうな」
デンスケは困った風な声で、まいったなと呟いた。
ジャッカスはその様子を前に、何も指摘しなかった。
声とは裏腹に、両の瞳の奥底に新たに宿ったものを。
こちらに戻ってからはやや緩んでいた雰囲気が、研ぎ澄まされていったことまで。
「お祭りは順当に推移中、っと」
安宿の中に、男は居た。古ぼけたテーブルの上に情報が書かれた紙を広げてながら。手には合成マーガリンで作られたクッキー&クリームが一つ。ぬるぬるとした手をぺろりと舐めながら、男は―――ルア・テレメストレズムは胸にぶら下げた心石に触れながら、摂取した糖分で思考を加速させた。
「注目の5強は今日も完勝。いーねいーね無駄がない。その他の面々は―――」
ルアは協力者が集めてきた一通りの情報を見た後、よし、と呟いた。ルアは持論を持っていた。大事には相応の火種が必要になると。誰もが目を引きつけられるまで大きく燃え盛る火炎を用意するためには、それだけの設備、時間に手間が必要になる。そして、灯りとなる火は高い位置にあればある程に効果的に。目立たせることこそが、と考えていたルアの背中に声がかけられた。
「―――その割には、些かならず手間取っているように見えるが?」
「っ!」
突如舞い降りた言葉に、ルアは硬直した。声に聞き覚えがあったからだ。ルアは緊張した様子で慎重に、ゆっくりと侵入者へ振り返った。
「あー……ヴァヴァリ御大じゃないですか。どうしてここに?」
「前置きは不要だ、ルア君。私が何を確認したいのか、分かっているな」
「……イレギュラーの存在です、よね。ナッドのダンナを邪魔した道化野郎の」
ルアは先に失敗した、決起のための作戦のことを思い出していた。ほぼ間違いなく成功していただろう、操心を活用した綿密な作戦だった。それをたった一人で潰すなど、思ってもみなかった。
組織の誰もがその存在の影さえ踏めていない悪魔じみた経歴消去能力を持つ仮称“イレギュラー”こと道化の存在は脅威の一つとして数えられている。いつ、どこかで介入してくるかもしれない。変態じみた対処能力を持っているかもしれなく、妨害された結果、運悪く失敗するかもしれない。
ルアはそうなった時に思うだろう。まさかそんな存在が、と。だが、そんな言い訳などこの眼の前の男には通用しない。ルアは必死に考えながら、言葉を紡いだ。
「まだ……警戒中ではありますが、俺の方では掴めてないです。でもこの街に来てるなら、祭りに参加してるなら……事態が進むにつれ特定はできるかと」
「潜んでいる敵が作戦の実質的な障害になる前に、か?」
希望的観測に寄り気味のルアの言葉に、ヴァヴァリは笑いながら問いかけた。その時に死ぬのはどちらだろうな、と。ルアは襲いくる重圧を受け止めながら、はっきりと答えた。
「お言葉を返すようですが、途中でこちらの存在が露見することはありません。そのための最小限の介入です」
ルイアは突き詰めていた。どうやればこの街に大きな被害を出させるか。あるいは、街の機能を低下させるられるか。そして何よりも自分の存在を一切露見させずに、大きな事を運べるのか。
答えは簡単、介入は最小限にすれば良い。事故で人が死ぬ、邪推する者が増える、後はこの街の土台が支えてくれる。他の街に比べて特殊な背景があるこの街だからこそ。
「既に変性は始まっています……こちらの想像以上の速度で」
「ふむ、一理はある。確かに、観客共の興奮具合は想像以上だった」
ヴァヴァリが皮肉げに笑い、腕の傷を触る。気づいたルイアは訝しげに尋ねた。
「その傷、まさか敵に?」
「ニシナリの顔役と一戦交えてな。噂に違わぬ強い戦士だった」
ヴァヴァリは嬉しそうに笑った。その様子を見たルアは、ごくりと唾を呑んだ。ヴァヴァリに傷を負わせた敵の強さと、それでも揺るがない目の前の男の異様さに。次は勝てますか、とは問わない。ヴァヴァリも言わない。既に分かっていることだからだ。
ルアはヴァヴァリのことを知っている。一度だけ戦った姿を見たことがあった。見せつけられたと言ってもいい。試製の狼魔、過剰に強くなりすぎた個体をひと睨みで両断した黒い閃光の使い手は、ルアの脳裏に焼き付いて、今も離れなかった。
(でも、方向性は違うが俺とて並ではない)
俺には俺だけが成せる力があるという自負。ルアはそれがあるからこそ、頭を垂れることはなかった。そんな様子を看破しながらもヴァヴァリは意に介さず、確認するように告げた。
「今一度だ。気を引き締めろ、油断だけはするな。流石は天領とまで呼ばれている街だ、使い手の層の厚さは並ではないぞ」
およそ《《99%の使い手はこの仕掛けに気づけないだろうが》》、というヴァヴァリの言葉にルアは同意しながら、忠告に感謝の言葉を返した。作戦が始まり、初手が決まった時点で趨勢はほぼ決している。目的を阻むものは、既に居ない。それが組織のやり方だった。
「はい。安心するのは、事が終わってからに……細心の注意を持って事に挑みます。この黒陽石に託された想いに恥じないように」
黒く輝く心石を手に、ルイアは再度誓った。
足跡か、傷か。種類は問わず恨んでいるこの世界に自分という存在を刻むためならば、という強い初志を忘れないままに。




