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カラーレス・ブラッド(旧・未完)  作者: 岳
2章 : 出会い
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間話2 : 修行風景(狼討伐前)、テレビ

●修行風景(狼討伐前)●


狼との決戦を明後日に迎えた頃。鍛錬の中でスミネは不良中年のことを思い出していた。故郷に居る師匠の一人で、実戦派を名乗っていた男。勤務態度が最悪で知られる彼は、ことあるごとに愚痴を零していた。


人生はやりたくないことだらけだ。他人と関わると、基本ろくなことがない。出会いは選べないという。性格が良いか悪いか、強いか弱いか、豹変するかしないかは深く関わってみないことには分からない。いわば博打だ。そして、賭け事は胴元が勝つというのが古来からの決まりごとである。具体的には、クソな上司は死ねばいいという話。それでも、人は霞だけによって生きていくに非ず。日々の糧を得るためには、かかわり合いになりたくない人種と一緒に活動をしなければならない時がある。


心に棚を作れ、というのが先人の教えらしい。反発し、怒る自分を棚上げして立場を守るためにいつも笑顔でにこにこ、必死で仕事をするフリをするためにはどうすればいいのか。


「と、いうことでこれからデンスケさんの事は師匠と呼びます」


「……え、なに? ひょっとして喧嘩売られちゃってる?」


「そんなことはありません。こと武術の腕に関しては尊敬していますので」


だが、同年代。今は18歳で、修行を積んだ期間は3年と聞いた。それだけで自分の10年を越えられたことは、スミネにとって簡単には認められないことだった。才能の差と言えばそれまでだが、理屈だけでは納得できない部分がある。


だから、師匠と呼んで相手は上役だと意識するのだ。日常化させて、嫉妬の念や恨み言、反発心を封殺する。どれも修行の時間を過ごすには余計で、マイナスの効果しか産まないものだからと。


そうでもしなければ、暴発してしまいそうだという気持ちもあった。武芸十八般とまではいかないか、剣だけでなく組討から槍、弓に投擲術や棒術まで何でも使ってくる。何をどうすればここまで、と視線で問いかけるスミネにデンスケは疲れた顔で答えた。


「威力が出せないから小技に望みを託してるだけだ。あと、使い方を知ってると防ぎ方も分かるからな」


されて嫌なことを防ぎ、逆にこちらが押し付ける方法を戦術と呼ぶ。多種多様な害獣や人間を相手にするのなら各種の技や理を知る意味で、手遊びの程度でも齧っておいた方が良い、というのがデンスケが出した回答だった。


「無駄だとは思わなかったんですか?」


「……勝ちたい気持ちを嘘にしたくなかった。やっぱり止めます、なんてダサすぎるだろ。だから、思いつく限りのことを全部やった」


「それが師匠の本気、ってこと?」


「言い出しっぺの法則でもある。知ってるか、一度吐いた言葉は二度と飲み込めないんだぜ?」


希望を述べるのは簡単だ。だが、世の中には二言を許してくれない人がいる。吐いた唾は呑ませないと、死ぬような目に遭わせる酷い人間も中には居ることを、デンスケは笑いながら語った。


最後までやれるのなら、笑い話にだってできるのだ。最後まで付き合ってくれた人の尊さも今ならば分かった。教える立場になって気づくのは、誰かに何かを伝えるというのは非常に難しくて面倒だということ。言葉で教えても100%は伝わらない、良いところで3割程度。時には間違った解釈をされ、その度に徒労感が強くなる。


「そういう意味じゃ、師匠と呼ばれるのは嬉しい。遠慮する必要がなくなるからな」


「……アレで? え? い、今まで遠慮していたんですか?」


「甘い甘い。いい気分で“落ちた”と思った後、心配そうにこっちを見下ろす師匠を3回見上げてからが本番だぜ?」


本当は10回だが、少しハードルが高いかと考えたデンスケは大幅に回数を減らした。もちろんの事、スミネにとってはドン引きものの実態だったが。


だが、止めようという気持ちにはならなかった。自分の力量が伸びていることを自覚していたからだ。狼との決戦もあり、それこそ言い出しっぺの自分が厳しいからと折れるのは情けないにもほどがある。これだけ考えて戦える人が一緒に戦場に出てくれるなら、という嬉しい意味での誤算もあった。


(勝算が出来たからやる気が消えない、というのも現金な話だけど)


殺さないまでは死ねない。強く決意したスミネに、デンスケはいつまで座っているんだと声をかけた。


「休憩は終わりだ。終わりでいいんなら終わりにするけど」


「いえ、お願いします―――師匠。やっぱりアレですね。他の誰かにあのクソ狼を殺されるなんて、考えただけで吐き気がしますから」


スミネは胸中にこめられた熱のままに言葉を紡いだ。それでこそだ、とデンスケは半笑いで剣を構えた。


「アクシデントに備えて最低限、1分は打ち合える素地を作る。役に立つかどうかは分からないが、これが出来ない場合はお家でお留守番だ」


「……やりますよ。あいつに殺されるのは嫌ですが、参加できないのはもっとゴメンです」


それはかつての、自分たちのチームの完全敗北を意味する。それだけはできない、という決意と共にスミネはやる気を充実させた。


(……そこでホッとした表情をする意味は、なんなのだろう)


安堵という意味にも思えるが、本意はどこにあるのか。分からないが、手を抜かれるよりはマシだとスミネは考えていた。


師匠の義務は弟子への教授であり、弟子の義務は時間をかけただけ成長すること。金銭は支払っていないが、値千金かもしれない時間を割いてくれている意味をスミネは理解していた。


イズミと出会い、セイレと言葉を交わし、日々を暮らしていく中で衝撃的だったのは、何をするにもお金が必要だということ。それを考えれば、ただ真摯に鍛錬に付き合ってくれる人物は望んでも得られないものなのかもしれない。


(大物討伐のための、使い捨て。そのための経費と、考えることはできるけど)


人の命は利用するものだ。互いに利用しあって、最終的な収支がプラスになれば上出来であり、それ以外のことは考えるべきではない。それが心石使いにとっての常識であり、戦闘力で日銭を稼ぐプロの考え方だ。


一時的にでも徒党を組む相手は考えなければならない。討伐後、安心した所を襲いかかられた経験もあった。それでも、その下卑た者と目の前に居る師匠の顔は何をどうやったとして、重なるようには思えなかった。


「むしろ、もっとたちが悪いというか」


「ん、何か文句でも?」


「無いことが問題ですね」


害意や悪意がないのなら、一体何を望んでいるのか。分からない内は反発心や敵意を持つことができず、逆に―――と考えた所でスミネは頭に衝撃を受けた。


「ぼさっとしてんな。真面目にやらんのなら止めにするぞ」


「……申し訳有りません、師匠。続きをお願いします」


集中していなかったとはいえ、実戦なら致命傷であろう後頭部への打撃をいとも容易く。プライドを刺激されたスミネは立ち上がった。応じたデンスケが軽く跳躍し、間合いを取る。


遠い、とスミネは呟いた。だけど、と真正面から相手を見据える。


自棄になるという言い訳の沼は既に抜けた。次に踏破すべきは疲労と苦痛という障害。削がれるやる気も何のそのと、駆け抜けた先に望む未来があると信じて。


(そうだ、本気でやるんだ―――誰のためでもない、自分のために)



スミネは具現化した刀を構え、デンスケに向けて走り始めた。



あの二人との日々の輝きが、嘘ではなかったことを証明するために。












●●テレビ●●



「……なあ、婆さん。ちょっと聞きたいだけど、あれってななんだ?」


「なんだ、頭もやっちまったのかい? テレビだよ、テレヴィジョン」


デンスケは薬屋の棚の奥に置かれ、映像と音を出すために作り出された薄型のそれを前に目を疑っていた。え、なんで、今まで放映されていなかっただろ、と驚く様子に薬屋の店主はため息を返した。


「またぞろ電波が歪んだらしくてねぇ。復旧まで三ヶ月、ってのはあまり無かったけど」


たまにだが、何らかの干渉のせいで、テレビの電波の波長が異なってしまう場合があるという。大空白後に生じた法則変異によるものか定かではないが、今回は三ヶ月ほど前に発生し、調整に手間取っていたらしい。放映が再開されたのが昨日だという店主の言葉に、デンスケはええぇという声を漏らした。


「うっそだぁ……ただの置物じゃないの? もしくは幻術とか」


「そんな馬鹿な話があるかい。ま、時流に疎い奴らには必要ない代物だけどね」


明日の狩りだけに専念せざるを得ない狩人とか。デンスケはそういうものか、と呟きテレビを見た。チャラい私服を着たイケメンが、なんばのスクール周辺で起きた事件について話している。正体不明のテロリストが生徒と教官を殺害した事と、居合わせた中央府の部隊と心石使いが共同で鎮圧に当たったと発表されていた。


デンスケが物騒だなぁと他人事で呟くも、店主は無反応だった。その後の特異な害獣が増えているというニュースが流れた時は、真剣に見た後、手元にメモをし始めたが。


「そういえば、例のアレ。ありがとう、助かった」


酒と毒、というのは聞こえが悪いため代名詞で。デンスケの感謝の言葉に、店主はふん、と鼻を鳴らし応えた。


「無料という訳でもなし、礼を言われる筋合いはないよ。あんたも組合所属の狩人の一人なんじゃから。……それよりも、あの子に無茶はさせてないだろうね」


「ないない。むしろ無茶しようとしてる所を止めてるっていうか」


どうしてかアーテはチームの役に立ちたいという気持ちが強い。そのせいだろう、自分の安全面に対する配慮に欠けている部分があった。見ててハラハラする、というのがアーテ以外の3人全員の共通見解だ。


幼いからか、経験が足りていないからか。足元が見えていないのか、自分を安く見積もっているのか、それら全てを分かった上で肝の太さが勝っているのか。分からないデンスケは、お目付け役のスミネにそのあたりの判断をしてもらうつもりだった。


「と、いうことでポーションよろしく。レベル2が5本ね」


「はいよ。って、ちょっと待ってな」


テレビに映る番組が変わった途端、店長の目の色が変わった。迫真とも言えるその様子に、デンスケはちょっと引いていた。


「……アイドル特番?」


呟き、まだそんな存在がとデンスケは驚いていた。色々と社会のリソースというか治安が低下し、芸事をしている余裕もないと考えていたからだ。ニッチな需要という訳ではないらしく、店内に居る他の客も遠くからだがテレビに視線を向けていた。


踊り、歌い、振る舞う。デンスケは画面越しの可愛い女の子達の様子を見て、あれ、と呟いた。全体的に記憶にあるものよりもレベルが高いように感じたからだ。


(つーか、これ……全員が心石使いだよな)


独特の雰囲気と動きの良さを見るに、それなりに訓練を積んだ使い手のようにも見える。だからだろう、踊りながら歌っていても息が乱れることなく、見事な調和を生み出しているようだった。


身体を上手く、正確に使うこと。声を歌にするため、動きながら的確な呼吸を行うこと。武と舞に共通点は多いが、アイドルと呼ばれる女の子たちが使っているのを見たデンスケは、久しぶりのカルチャーギャップを受けていた。


「ん? なんだい、そんなバカ面をして」


「あ、ひでえ。つーか婆さん、可愛い子見るのが好きなのな」


「……そりゃあね。あんたみたいな毒にも薬にもならない顔よりは、見ていて退屈しないだろうさ」


「そりゃそうだ」


笑いながら、デンスケは頷いた。確かに、見目麗しい美少女や美女たちが一生懸命輝いている様子は、問答無用の説得力がある。


バリエーションも豊かで、飽きが来ない。踊りが得意ではないからか、歌うことに全ての集中力を割いている美女が居る。逆に歌は最低限で、キレッキレのダンスを上手くBGMに合わせている美少女も。


これが筋肉質で醜い野郎がやるなら、一種のテロだ。昔から変わらない真実でもあった。可愛いか美しいか綺麗な女性というだけで、皆を惹き付ける光のようなものが生まれることは。


(それでも、婆さんの趣味って訳でもないだろうし)


真剣になっている理由としては何か別のものがありそうだが、デンスケは詮索しなかった。知り合い以下の関係で、好かれているともいい難い相手に込み入った質問をするのはハードルが高かったからだ。


だが、初対面や狼討伐前と比べれば軟化しているように思える。ひょっとして2階の狩人になったからか、と尋ねたデンスケに、店主はため息混じりに答えた。


「それもあるけど、犠牲なしで討伐を成し遂げたんだろ? 相応の客には相応の態度で接するだけさね」


「……あれ、ひょっとして褒められてる?」


「当たり前だろ。組合が指名した狩人が返り討ちにされたんだ。あたしら一般人にとっちゃ、結界を抜けられたら、って気が気じゃなかったよ」


対害獣の結界が張り巡らされているとはいえ、100%安全はあり得ない。突然変異種が結界を抜け、マンションを襲ったこともあるらしい。デンスケはそれを聞いて、スクールの事件に対する反応が鈍かった理由を悟った。何十人かの人間が死ぬという事件が起こることに、皆が慣れているのだ。


「……アイドル達なんて、真っ先に襲われそうだけど」


「大丈夫だよ。各拠点とドームばかりは、組合と連合の好きものがタッグを組んでがっちり警備してるから」


「精鋭のドルオタ(物理)かよ」


そういえば、観客席の何人かが心石を発光させているような。デンスケは思いも寄らない使い方を見て、自分もまだまだ視野が狭いと発想の未熟さを恥じていた。店主は変な顔をするデンスケの様子を訝しみながらも、気持ちは分かると映像を見た。


「こんなにも命が安い時代だからね。その上で、暗い世の中。そりゃ輝いているものを求めるさ」


「長生きしてる婆さんだからこそ、か?」


「あんたもバカだねぇ。老いているからこそ、若さの中に輝きを見出すのさ」


「ああ、だからなのか。年寄りが自分を磨こうとしない奴を若造ってこき下ろすのは」


「そいつが、古代より連綿と続く年寄の仕事だからね」


店主はニヤリと笑いながら、デンスケにポーションを手渡した。デンスケは参りました、と頭を下げながら受け取り、収納空間に放り込んだ。


「急ぐ必要はない―――生きている内が華だよ。そう、アーテちゃんに言っとくれ」


「承った。また来るよ、ばあさん。ウチのアイドルも連れて」


「担がれて運ばれないよう、祈っとくよ」


まいど、という店主の声。


それを背中に受けながら、デンスケは片手を上げて応えた。



(釘を差してるのか、こっちを心配してるのか)



どちらにしても嬉しいあたりが、年の功ということだろう。


小さく笑いながら、デンスケは店を後にした。






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