28話 : 勝者と敗者
正午過ぎ、昼食のため組合の1階でも人通りはやや少なくなっている時間帯。デンスケは組合の待合の中央で呼び出した相手とテーブル越しに対面していた。
浮かべている表情は対照的だった。デンスケは満面の笑顔を浮かべながら、苦虫を100匹は噛み潰している最中のような顔をする女に、金が入った袋を差し出した。
「……何のつもり?」
「500万入ってる。狼の討伐報酬の1/6だ」
お前の心言魔法がなかったら危うかったからな、とデンスケは本心からの言葉を炎蛇の方陣使い――エミと呼ばれていた女に告げた。無作法な横入りをした挙げ句に尻尾を巻いて逃げたとしても成果は成果だと、事実だけを告げる声で。
「―――分からない、って面だな? ま、無理もないか」
「ええ。アンタ、私がやったことを組合に報告していないの?」
エミは自分が行ったことの自覚はあった。指名を受けた狼の討伐に失敗したこと。だというのに次の指名者に情報を引き継がず、自分達の手で仕留めると強行したタケヒコに連れられ、無断で再度の討伐に向かったこと。本来は厳禁である狩りの横入りをしたこと。口約束ではあるが、共闘を受け入れたフリをした後、命惜しさに逃げ出したこと。
報告されれば、良くても降格に罰金だ。悪ければ永久追放、二度と狩りによる報酬が得られなくなる。最悪を想像したエミは恐れて怯え、宿の中で震えながら現実逃避していた。だが、あの夜から三日経った今でも組合員による通達も追求も無い。どうして、と呟いたエミは何かに気づくと、デンスケを睨みつけた。
「取引って訳ね……私の力が必要だから、って所かしら」
「いや、違うぞ。あの魔法は見事だったけどな」
「……そう。やっぱりね、そういうこと」
エミは自分の大きな胸を見下ろしながら呟いた。最初の討伐で狼の逆襲を受け、死んだ前リーダーと同じね、と悔しそうな表情を浮かべたまま。
「……いいわ。好きにしてちょうだい。いっておくけど、避妊だけは」
「なにいってんだお前、違うっつーの」
自意識過剰過ぎないかと、デンスケは鼻で笑った。
「オレはスジを通しに来ただけだ。最初に言っただろ、お前の心言魔法の対価を払いにきたって言ってんだよ」
「……意味分かんないわ。スジってなによ、500万よ? 頭おかしいんじゃないの、アンタ」
訝しげな表情をするエミに何も答えず、デンスケは取引といえば、と尋ね返した。最初の討伐のことだ。先の戦闘で垣間見えた高レベルの使い手が5人、多少苦戦はしても普通に倒せたはず。何がどうなって敗走したのか、その経緯には興味があるとデンスケが言うと、エミは舌打ちをした後に答えた。
発見から奇襲、拘束した上での攻撃までは上手くいっていた。最後のトドメに片手剣使いだったリーダーが狼の腹に一撃を決め、胴体の半ばまで剣を食い込ませた。
「そこで方陣術を使われたのよ。恐らくだけど、剣を受けたのも態とね」
筋肉で締められ、抜けなくなった剣に固執したリーダーの一瞬の隙をついての、限定的な方陣展開。下半身が食われたリーダーは即死し、リーダーと幼馴染で恋仲にあったもう一人の女方陣使いが茫然自失となった。
「タケヒコも同じだったわ。で、狼に近い場所に居たあの子が先に的にされた。あの尻尾の横薙ぎで、こう|よ」
エミは首の横を抑えながら蛇のように手を曲げる仕草をした。デンスケは、うへえと嫌そうな顔で呻いた。あの尻尾の一撃を生身で、それも頭部に受けた際の凄惨な結果が想像できたからだ。
「あとは叫ぶタケヒコを引きずって撤退。狼も深追いはしてこなかったから、3人で生還できた……組合には既に報告済みよ」
その後、指名を除外される予定だったがタケヒコが断固として拒否。復讐をしようと二人に半ば強制で持ちかけた所、あの日の横入りになった。私は拒否したし止めたんだけど、とエミは目を逸らしながら呟いた。
「それにしても、何をどうやったの? アンタも、しばらくはあの狼と打ち合えていたようだし……」
「工夫と集中かな」
デンスケは答えながら100円玉を指で上に弾き、落下した所を指の先で止めた。硬貨の側面、細い部分をだ。そこから指の腹まで転がした後、再度弾くと自分の胸ポケットに硬貨を入れた。
その動作の滑らかさに、エミは驚いていた。偉ぶる様子もなく、自然とこなしているデンスケを見て、これは、と口に手を当てた。
「……ところでアンタのチームだけど、人員足りてる? メンバー募集とかしていないかな」
「ん? まあ、してるっちゃしてるけど」
デンスケの返事を聞いたエミは、色々な計算を頭に巡らせた。目立たない容姿だが、清潔感はある。姿勢も良く、男の使い手にありがちな上から目線の話し方もせず、かといってへりくだりもしない。狼と打ち合えるほどの技量を持ち、どうやったかは不明だが、仲間の女を生還させたことは間違いない。
魔法を見事だと言ったからには、交渉をしてみる価値はある。そう考えたエミは、胸を強調するような仕草をしながら、デンスケに猫なで声で話しかけた。
「ねえ。さっきの話だけど……逆に、こちらから取引したいものがあるんだけど」
「……」
「最初はタダでいいわ。アンタのお仲間の黒髪女ほど顔が整ってる訳じゃないけど、スタイルなら私の方が」
「じゃ、おつかれっしたー」
デンスケは立ち上がり、手を振った。え、とエミがつられて顔を上げた。
「ど、どういうこと? いえ、もしかして……男の方が好みとか」
「オレは年上の女好きだっつーの。無論おっきいオパーイは大好きだ」
健全な18歳男子としては当然に、触りたいし揉みたい。デンスケはぶっちゃけた後、本音を更に重ねた。
「言っただろ、スジを通しに来ただけだ。あんたの取り分は渡した。それ以上関わり合うつもりはない」
「な、なによそれ。だから、何を言ってるのか分かんな「賭けに負けたんだよアンタは」」
遮るように、デンスケは告げた。
「金に関しては説明した通り。一応の功労者の報酬をネコババするのは嫌だからな」
「……黙ってても誰も責めないわよ。アタシにスジとやらを通して、だからどうだっての? 何かを求めてるんじゃないの?」
「そっちこそ何言ってんだ、スジってのは自分に通すもんだろ。誰も見てないから大丈夫、っていう言い訳しかできねーのは最低だ、格好悪すぎる」
背筋を伸ばすのは自分でな、とデンスケは告げた。
「……逃げたこともな。選択肢としてはありだろ。殺し合いを怖がるのは当然だ。オレだって、始める前にちょっと逃げたくなった。……でも逃げなかった。オレは戦って勝つ方に命を賭けた」
戦闘とはそういうものだ。勝てないと判断し、逃げることは恥ではない。だが、その選択を選んだ者は《《逃げて生き延びる方に自分の命を賭けた》》のだ。
「あの時、オレは頼むと言いアンタは任せろと言った。だけど、アンタは土壇場で逃げを打った。オレたちが負けるという結果に賭けたんだ。あのまま指示通りにしてたら、普通に仲間の仇を取れたのにな」
だからデンスケは許さない。裏切りを恨み害するということではなく、命の賭けに負けた敗者が何も支払わず、残った誰かから何かを得ようとする行為そのものを許さない。図々しくも、勝者の椅子に横入りして座ろうとするなど、断じて。
「何度も言うけど、腕が良いと思ったのは本心だぜ? だけど、今のアンタに興味はない、小指の先の垢ほどにもないんだ……いや、聞きたいことが1つだけある」
―――仲間の亡骸を見捨て、一人生き延びる選択をした今は、どんな気分だ。
見下ろしながらデンスケは問いかけた。エミは口を開こうとしたが、途中で閉じ、そのまま何も答えず目を逸らすことしかできなかった。
それきりだった。完全に興味を無くした女を置いて、デンスケはその場から立ち去るべく歩き始めた。
すすり泣く女の声を背後にしながらも、一度も立ち止まらずに。
「本当に、ありがとうございました。何から何まで……」
清潔な白い布で覆われた、けが人用のベッドの上。スミネは見舞いに来ていたデンスケに、深々と頭を下げていた。
鍛えてくれたこと、勝つための方法を教えてもらったこと。中核な戦力として身体を張るだけではない、最後の一撃に至るまでのお膳立てをしてもらった。その上で致命傷から救ってもらったとなれば、全てを賭しても足りないぐらいの恩と言っても過言ではない。
「いや、治療はアーテの手柄だ。オレは別に何も……」
デンスケはスミネの顔を見て、もしかして、と思い尋ねた。治癒の経緯をアーテかブレアから聞かされたのかどうかを。
「はい、ブレアさんから……どうしました?」
「いや、拳骨をもう一発だな、と。まあそれは置いといて、あれの詳細は他言は無用で頼む」
「もちろん。誰にも話しません……医師は少しだけ怪しんでいましたが」
診察の際に治療の経緯の一部を見抜いた医師から「奇跡かつ奇妙だ」と言われたことをスミネは覚えていた。専門知識と心素量を兼ね備えた治癒方陣使いは、中央でも数人程度しかいない。両立できる人材がいれば、と問いかけられたが、厄介ごとになる気配を感じたスミネは何も答えなかった。
「分かった、気に留めておく。でも、どうして教えなかったんだ?」
「……ブレアさんからあなたの奥の手について聞いていたからです。アレは心石の負担が大きすぎると」
スミネも完全ではないが、心石の半破砕を経験したことがある。その時の痛みをスミネは今でも忘れられなかった。あの消耗具合で、破砕の激痛を覚悟の上で助けてくれたという大恩。仇で返すような愚か者は畜生以下であり、あの狼以下の愚劣な存在なるつもりはないと、スミネはハッキリとした口調で断言した。
「ですが……腑に落ちないことがあります。その、どうしてデンスケさんは私を助けてくれたんですか?」
合理的な人、というのがスミネの印象だった。修行の時もそうだし、アーテとブレアから話を聞いたうえで、スミネが描いていたデンスケの人物像は「無駄なことを嫌う」というものだった。あのまま自分が死ねば、討伐の報酬を独り占めできただろう。迷惑をかけたという自覚はある。だというのに何故、リスクや痛みを払ってでも自分を助けたのか。
スミネの疑問に、デンスケは眉間に皺を寄せたあと、そういえばと呟いた。
「……いや、あの、どうして今になって考えているんですか? え、理由が自分でも分からないから?」
スミネは予想外の返答に戸惑った。ただの親切心から、と言われれば疑っただろう。そんな性格であれば、出会った時にもっと別の対処をしされていたからだ。何より、あの横入りをした無礼者たちの対処。思い出せば、ただのお人好しではないことが分かる。
好意から、といわれれば喜んでいただろう。だが、問いかけた後に本気で悩んでいる姿を返されては、どう反応すれば良いのか分からず、スミネは直接尋ねてみた。
「何か、こう……心当たりなどは?」
「……強いて言えば、魚の煮付けが美味しかったから?」
「え……そ、それが理由……に、なるんですか」
「なっちゃうのかな。恐らくの多分だけど。ゆえに残りを勝手に平らげたあの二人は許すまじ」
勝手な行動を責める意味でも拳骨で制裁をした。デンスケが答えると、スミネは口に手を当てながら笑い始めた。そんな事で生き延びられたのが、心の底からおかしかったからだ。快活な笑い声は、いつまでも止まらなかった。
(人生、何が起きるか分からないというけれど)
知人から教わった言葉だが、こんな変な形で経験するとは夢にも思っていなかった。スミネはひとしきり笑った後、不機嫌になりつつあったデンスケに気づくと、慌てて謝った。
「すみません、助けてもらったのは私なのに」
「……いや、いいよ。よくよく考えれば間抜けな話だったし」
「よくありません。本当に、どうやって返せばいいのか……私に出来ることなら何でもするつもりですから、ご遠慮なさらずに」
スミネは真剣な目で、本心からの言葉をデンスケに告げた。だが、デンスケは顔を引きつらせながら、先程のエミとの応答を思い出しながら尋ね返した。
「何でもって、いくらなんでも不用心だろ。例えば、身体で支払えとか言われても――ー」
「もちろん。この貧相な身体でよろしければ「待て待て待て待て。というか、自覚ないのか?」」
デンスケは首を傾げたスミネを見て、正気かと呟いた。初対面の印象のせいですぐには気づかなかったが、復讐の檻から解き放たれたせいだろう、今のスミネの仕草や言葉遣いだけを見た時の感想は「古き良き教育っぽいものを受けたお嬢様」だ。
容姿も、頭髪もじゃもじゃの不衛生だった時とは別人のようで、流れるような黒髪が白い肌に映える和風美少女そのものだった。
助けられただけで取引でもなくこんな地味顔の男に身体を許すとか、意味が分からない。デンスケは冗談の類だと受けとめ、恩返しの類は受け付けていないと答えた。
「一緒に命を賭けて戦った、それが理由でもある。野暮な真似をするつもりはないし……何より、あの一刀だ」
強化された狼の全てを断ち割った最後の一撃。綺麗、美しいという無難な言葉しか思い浮かべられない自分を恥じるほどに眼福だったと、デンスケは思い出しながら頷いた。
「報酬で良い。っと、その話もしておくか」
デンスケは狼討伐の報酬について説明した。脅威度10と認定、報奨金は全部で3000万。その中から術士の女が500万、デンスケとスミネで残りの1250万を等分することを。
スミネは、500万については言及しなかった。何となくだが、逃げた術士がどうなるかが分かっていたからだ。《《心が折れた心石使いは、使い物にならなくなる》》。使い手としての、不文律の1つだった。自分を自分で許せなくなった戦技者が辿る末路は決まって惨めなものになる。
だが、スミネは残りの2500万については盛大に文句を言い始めた。自分はそれだけの貢献をしていないから受け取れないと。
「私だって、役割分担の重要さは知っています……私がやったことなんて上膳据膳のお膳立てだったじゃないですか」
「日本語でオーケー」
「紛うことなき日本語です! 私が言いたいのは、その十分の1で十分だと!」
「ここでダジャレ挟むとか……京都っ子はハイレベルだな」
「京都をバカにしないで下さい! 私が言いたいのは―――」
そこで、スミネは黙り込んだ。自分が何を口走ったのかを理解したからだ。
「べっつにー? 過去とか背景とかは不問、ってのがウチのモットーなんで今さら責めないけど、誠意ってあるよね?」
「……うう」
「それに、何でもやるって言ったよね?」
「ううううぅ」
「なら素直に受け取れ。そうじゃないと、こっちのスジも通らないんでな……二言があるなら止めないが」
「やっぱり、意地悪です………いえ」
スジというのならば、こちらが何を言っても面子を汚すだけだろう。謙遜の結果は美徳と嫌味に分かれる時があると教えられたことがあった。
ならば、とスミネは受け取った上で逆にお願いをした。
「討伐後の祝勝会について。経費は全てこちらの報酬から出す事と、自分が調理をする事を許して下さい」
「……分かった。こっちも、色々と教えてもらいたかった所だからな」
デンスケの答えを聞いて、スミネは安堵のため息をついた。
そして、やっぱりわからない所がある、とデンスケに尋ねた。得は得で受け取るが、損を損して見ない部分について。そもそもの話、危険を犯してまで自分に協力する必要はあったのか。
どうしてスジを通そうとするのか、貫こうとするのかを問いかけると、デンスケはそうだな、と答えると自分の心臓を抑えた。
「スミネも分かるだろ? ―――どうしようもないんだ。一度そう決めちまったら、どうしようもなくなる」
クソを垂れた狼に怒ったこと、逃げなかったこと、旗色が悪くても戦い抜くことを決めたこと、スミネを助けたこと。どうしようもないんだ、とデンスケは言った。
先程告げてきた命の賭けのこと、スジを通すという自分の考えも、結局は自分だけにしか分からないものかもしれない。傲慢で自分勝手なものだが、そう思っているんだからどうしようもないと。
「頭で考えて、胸に手を当てて考えて……違うな。全身の血と一緒に流れてる、自分って奴が決めちまってる」
「全身に存在している自分だからこそ、ですか………そうですね。なら、仕方ないかもしれません」
スミネはデンスケの言葉が、ストンと胸に落ちた音を聞いた。セイレとイズミを失った後の自分が、ちょうどそんな感じだったからだ。全身で沸き立つ感情の熱、あれこそが血と一緒に流れている自分であり、仇討ちを決めた自分だったのだろうと。感情か、無意識か、上手く名前を付けることはできなかったけれど。
(今の私は、どうなんだろうな………分からない。けれど、ありがとうと伝えたい人達が居る)
セイレとイズミはもちろんのこと、駆けつけてくれたアーテとブレア、何よりもデンスケのために。さようならとありがとうという言葉を形に変えたいと思っているのもまた己であると、そんな自分をスミネは自覚しながら小さく笑っていた。
「―――とっておきを振る舞いますね、デンスケさん」
「ああ。お手柔らかに頼むぞ、スミネ」
夜、市場の路地裏。デンスケは光る表通りを眺めながら、人を待っていた。やがて現れた足音に、振り返らないままデンスケは尋ねた。
「それで……どこからどこまでがアンタの思惑通りだった? ―――副長殿」
「2割程度、かな。華山院のお嬢様を助けてくれるとは思っていたけれど、それ以外は想定の外だよ、1級狩人くん」
買いかぶってないかな、とリキヤは苦笑した。狼は全くのイレギュラーで、将来有望だった狩人を失うような手を打つ筈がないと、逆にデンスケを責めるような口調だった。
「……それは、まあ確かに。でも、あの狩人達の担当……性質の悪い受付を排除するために利用したことは確かだろ」
カナから聞いたことだった。受付は担当する狩人が功績を重ねる度、自分の報酬も増えていく。実家やコネの権力を使い、他の受付を抑えつけて自分の担当をゴリ押しで優先させることもあるという。デンスケには興味がなく、カナがそういうタイプではないため知らなかったが、その争いの一部に利用された、ということは推測できることだった。
「でも、あれだけ被害が広がるとはね……なんて思ってたけど」
リキヤは狼の死体の調査結果を渡しながら、内容を告げた。狼の体内に、スクールの事件で使われていた操心の心石の欠片が埋め込まれていたことを。
「内容は複雑過ぎて、解析班が目を回してるよ。心当たりがあれば助かるんだけど」
「……オレもさっぱり。ただ、最後にちょっとした光景が見えた」
治癒の途中、方陣展開浸透術法を使った時に見えたものをデンスケは伝えた。
恐らくは、大空白の異変からそう経っていない時代。
―――目の前で暴徒に嬲られている飼い主。
―――逃げろ、と泣きながら、血を流しながら叫んでいた。
―――だが、首輪は外れず。紐も千切れず。最愛の飼い主を助けることもできず。
―――抗ったが叶わず、棒で打たれた犬の屍と。
デンスケは説明した後、きつかった、と素直な感想を告げた。
「―――《《害獣は人や動物、植物の怨念で構成されている》》。当たって欲しくもない予想は正しかった訳だけど、ずっと前からそれを理解している奴が居る。そいつが全てを仕組んだんだ」
「その通り。昨日の会合で情報を入手してね。例の狼と同じように、規格を外れた害獣が各地に出没、今も被害を拡大させてる」
第七地区はまだ被害が少ない方だというリキヤの言葉に、デンスケは深い溜息をついた。
欠片、というからには複雑な命令や、変異は起こせない。だが、はっきりとしている事が2つだけあった。あの狼は人為的に歪められた存在であるということ。そして、操心の心石が使われていることから、あの事件と犯人は何らかの繋がりがあるということだ。
被害が出た時期を考えると、同時並行で動いていた可能性が高い。
同じ答えに辿り着いていたリキヤは、デンスケと同じく深い溜息をついた。
「嫌な仕事と割に合わない仕事は、おじさんのような老体には堪えるんだけどねぇ」
「血が流れてるなら動けるだろ……いや、血液検査の結果が悪かったとか?」
「おじさんぐらいの年齢になるとね。キミも、いずれ分かるよ」
「……今までで、一番迫力ある声だったんだけど」
デンスケは小さく笑いながら、何となくだが誓った―――いずれ来るであろう嵐と、繋がっているかもしれない滅びの未来。それを齎そうとする災厄があれば、可能な範囲で立ち向かうことを。
「―――勝てると思う?」
「まだ、何も。敵か組織か、その正体さえ分からない状態だからな」
それでも、命を賭ける価値はある。無意識の内に自分の身体が発した言葉を、デンスケは悪くないものだと笑い、受け入れる選択肢を選び取っていた。
●あとがき
・これにて2章は終了です。
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