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カラーレス・ブラッド(旧・未完)  作者: 岳
2章 : 出会い
26/35

25話 : 削ぎ落とせ


「一週間後。準備をした上で、あのクソ狼をぶっ殺す」


拠点のリビングとなる2階の中央。中古の木材のテーブルを中心に集まった4人の内、1角に座っているデンスケが1本指を立てて宣言した。事実上の、積極的狩猟宣言だ。アーテは緊張の面持ちのまま小さく頷き、スミネは期間について納得がいかないという風に眉をしかめた。ブレアはどちらでもなく、ため息と共に手を上げた。


「なんで一週間? それで倒せる保証もないのに。もっと時間をかけて、他のチームとやらと連携をするのが最善だと思うのだけれど」


敗北が死と同じ意味である戦いにおいて、数を揃えてリスクを減らすのは当たり前の考えだった。安全策を取らずにこのチームだけで、それも一週間という短い時間で区切った意味をブレアが問い質すと、デンスケは理由はあると答えた。


「あのクソ狼はオレたちを狩るべき獲物として認識した。ここにオレたちが住んでいることを確認した。今後、隙を見せればすぐにでも結界を破って襲ってくる可能性が高い」


狼の巡回ルートは知らないが、この近所を含めた筈だ。アーテの結界が少しでも弱まれば、強引な手に出てくるだろう。問題は、狼にこの近辺を彷徨かれることだ。そうなると、緊急討伐対象を探す組合の狩人チームに、拠点の位置を気取られる恐れがある。かといって、強敵であるあの化物に無策で挑めば返り討ちになる可能性が高い。


その上でデンスケは、バランスを考えて1週間という期間で区切ったと告げた。2日休養すればスミネは元通りに動けるようになるだろう。そして1週間あれば自分の心石破砕の悪影響はなくなる。最低限の手札は揃うとデンスケは告げ、それだけで勝てる訳ではないが、と首を横に振った。


「訓練、というかスミネの頑張り次第になるな。それでも勝利の手筈が整わない場合、拠点の移動も考える必要がある……業腹だけどな」


だが、命に代えられるものはない。楽観視の報いを、無駄死にに終わることを恐れるべきだとデンスケは主張した。強敵との対決の計画は綿密に、病的なまでに執拗に。相手が格上で脚を掬わなければ勝てないのなら、そこに至る土台を確りと作り込むべきだという、ずっと前に定めていた信条を歪めないまま、デンスケはスミネを見た。


「トドメはお前が刺せ。その方が勝率が高い。単発の威力ならスミネの方が上だし、クソ狼からの興味が失せているお前の方が意表をつける可能性が高い」


それもスミネの持っている“札”次第だけど、と呟きながらデンスケは立ち上がった。


「え、デンスケさん……どこへ行くんですか?」


「ちょっと商店街まで。チャンスは今しかないから、ひとっ走り行ってくるわ」


スミネは休憩、アーテとブレアは今の作業を続けるように、とデンスケは告げるなり軽く屈伸をした。そして拠点の最上階まで登った後、屋根づたいに一番近い居住区に向けて走り始めた。狼が去った直後の今の時間帯が、最も再襲撃の可能性が低いと判断したからだった。


デンスケは周辺の地形と他の害獣の動きを確認しつつ、ルートを選定しながら走り続けた。万が一、脅威度が高い害獣に襲われても対処できそうな地形ばかりを選び、距離を稼ぐ。少し回り道をしたため、居住区内に到着したのは30分後だった。


デンスケは額から流れる少量の汗を拭いつつ、狩人組合の受付へと急いだ。そして専用の受付になったらしいカナを呼び出すと、誰にも聞かれたくない話があると告げ、組合の隅のテーブルで待った。休憩がてら、入り口の売店で買った冷たい水を飲み終えた頃、カナが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「お待たせ~、っていうかいきなり何よ。そんなに緊急を要する情報なの?」


「ある意味では。新鮮かどうかは知らないけど、取れたてのヤツを一丁提供する」


デンスケは狼の害獣について説明した。強くなっていること、その原因まで。推測を混じえての内容だったが、整合性が取れている話を聞いたカナは、真剣な表情で悩み始めた。

「ここだけの話だけど、先遣隊が1チーム戻ってこないのよ。あくまで威力偵察だった筈だけど、今の話から推察するに……」


「喰われてるな。そこで、ここからは色々と黒い話になるんだが」


デンスケはスクールでの事件のことを話した。青の賢者から聞いた、ウェラハウドの障壁を貫いた方法について。対害獣として洗練されている障壁であれば、今の時点のアーテよりも硬度が上と思われる。なのに何故、触手は障壁を貫通したのか、という点について実際に受けた時の感触と証言から結論を出した。あの巨大な化物は、対心石使いに調整された個体であることを。


「障壁に刺さり、食い込み、一部を弱らせた上で捩じ込んで貫いたそうだ。オレはあまり知らないんだが、他の害獣はこういった手法を使ってくるのか?」


デンスケは問いかけ、カナは黙り込んだ。2階での受付経験もあり、害獣の知識も豊富な彼女が黙り込むというのは、つまりはそういう事だ。デンスケは答えを待たないまま、会話を続けた。


「あのクソ狼に関しても同じだ。食らう度に強くなるのは分かるが、その速度が異常に思える。障壁を無視する突進技もそうだ」


まるで心石使いを相手に、最も厄介であろう障壁を貫く術を持たされたような。人を食らって強くなり、その地域を混乱させるために生み出されたような。これが単発であれば偶然で片付けたが、短期間に連続しているということは、無視していい問題ではない。デンスケは意図的に脚色した内容を伝えたが、嘘をついている訳ではなかった。カナは少し考え込んだ後、デンスケに問いを返した。


「それで、アンタはどうして欲しいワケ? それを聞いた以上、何もしないで退くなんて選択肢が無くなったことは分かるでしょう」


「なにも? ただ、欲を言えば喰われて欲しくない。アレ以上強くなられると、流石に対処に困ってくるからな」


最悪を呼び寄せる鍵は、方陣を敷いた上での突進の必殺―――進路上にあるものを瞬時に喰らい、血肉として成長するあの術だ。事前情報があれば警戒もするだろうし、回避に専念すれば対処は可能な速度である。


その情報を討伐部隊に提供し、最悪でも狼の成長を阻止できれば、という考えを元にデンスケは情報を伝えたのだった。


カナはもたらされた情報を咀嚼した後、デンスケの考えを言い当てた。


「――組合所属の狩人として、情報提供っていう最低限の義理は果たした。あとは早い者勝ち、って言いたいワケね?」


緊急討伐対象が発生すれば、対策チームが徴発されるのが普通だ。狩猟権というものは存在しないが、慣例として他のチームは自粛する傾向がある。それを無視する代わりに、組合にとって有益な情報をもたらした、という建前を欲しているのだとカナは気づき、小さなため息で答えた。


「説得は……無駄のようね。どうしても狩りたい理由があると」


「ああ。やる前から退くつもりはないぞ」


「脅威度10クラスの相手に? ……どう考えても割に合わないでしょうに」


命の値段について、カナは誰かから適正価格を教えられたことはない。デンスケの力量を考えると、危険度の方が高くなることは推察できていた。だというのに何故、理屈に合わない答えを選ぶのか。カナは利と理を材料に諭そうとしたが、デンスケの顔を見るなり説得することを諦めた。


理屈や利益、打算を全て投げ出しても、気に入らない害獣を殴りに行かんとする男の顔をしていたからだ。最精鋭のチームの狩人でも、年に数度あるかないか、という表情だ。この顔をした狩人に、何を告げた所で止まらない。カナはそう判断したが、アーテの身の安全を憂いていたため、釘刺しだけは忘れなかった。


「副長には、こちらから伝えておくわ。でも、意味のない無謀な特攻だけは止めなさいよ。見当違いの蛮勇と根拠のない自信は、狩人を殺す最も鋭い刃になるんだから」


「承知の上だ。備えがなければ、そこいらの狩人にだって負ける自信があるぜ」


弱気な事を言いながらもにやりと不敵に笑うデンスケに、カナは思わずといった様子で笑みを返した。悪くはない―――怒っている顔を見たのは初めてだが、いつものとぼけたような顔よりはずっと悪くはないね、と呟きながら。


「それじゃあ、これで。色々と買い込まなきゃならんし」


「ええ―――それじゃあ、また」


良い狩りを、と挨拶を交わしてデンスケは組合を後にした。


駆け足で商店街の食料品売場へと向かうと、片っ端から日持ちのするものばかりを買い込んでいった。店頭で物質収納の装飾を使って次々に買い込み、忙しなく次の店へ移動する姿は少し目立ったが、地味な容姿や衣服を着たデンスケは特別に注目されることはなかった。


デンスケはそのまま生活必需品を買い終えると、アーテに世話を焼いてくれた薬師が居る店を訪れた。アーテの治癒方陣を買った時に、会員証も一緒にもらっていたためスムーズに入店することが出来た。だが、店主は要求されたものを聞くなり渋面でデンスケを睨んだ。


「ポーションに関しては文句はない。けど――“コレ”を何に使うつもりだい」


虚偽は許さない、と睨まれるデンスケだが、咎められるか目的を問われることは予想していたため、用途と使用対象を正直に答えた。自分なりの推測も付け加えて。長年の経験を持っているだろう店主がどんな反応をするのか知りたかったからだ。店主は一通りを聞いた後、ふむと頷いて睨むことを止めると、デンスケをじろりと見つめた。


何かを理解したのか、小さくため息を吐いた。そしてデンスケが要求した品物に加えて、こいつも使いなと人間の頭部ほどの大きさの壺をデンスケに渡した。


中身を聞いたデンスケは驚きながらも頷き、店長の意図を察した。流石は年の功と尊敬の念を言葉にする。返ってきたのは空の薬瓶だったが。デンスケは笑いながらそれをキャッチし、軽く投げ返すと共に代金を渡し、礼を言って店を後にした。


そこからは全速力で拠点へ向けて移動した。体力の温存を考えず、可能な限りの強化を脚に施したデンスケは、屋根の上を駆ける風となった。足場が悪い場所での戦闘経験が豊富なため、多少の凹凸をものともせず、重心を安定させながら跳躍を繰り返す。


全速で拠点に戻ったデンスケは屋上から周辺を見回した。狼がやって来ていないことを確認すると少し離れた位置の建物の屋上へ移動する。そこから、居住区方面の視線を意識しながら、階段で階下に降りていった。居住区内に居るであろう遠視の使い手に見張られていたら、と想定した上での対策だ。直接降りれば拠点の位置が把握される可能性があると考えての小細工だった。


「ただいまー、っと……」


デンスケは自分から自然に出た言葉に気づき、少し俯いた。考えての言葉ではなかったが、覚えているもんだな、と少し照れくさそうにしていた。


2階に上がると、アーテがまだ作業途中だった。スミネの姿がないことに気づき、デンスケが周囲を見回していると、アーテが駆け寄っていった。


「おかえりなさい!」


「ああ、ただいま………って、なんか照れるな」


アーテも同じようで、照れくさくなって少し頬を赤に染めていた。誤魔化すように、デンスケが軽い咳をしたあと、スミネの居場所を尋ねた。


「スミネさんなら、3階の空き部屋でお休み中です」


デンスケが出かけてから数分後、リビングで座って待っていたものの、糸が切れたように倒れ込んだという。ブレアは地下に居るからと、強化した身体で運びました聞かされたデンスケは、呆れ顔になった。


「素直に呼べばいいのに……無茶しすぎると筋肉痛がひどくなるぞ?」


デンスケの言葉に、アーテは無言で頷いた。どうやら既に遅かったらしい。駆け寄った後に筋肉痛だったことに気づいたらしく、アーテは少し涙目になっていた。


その様子を見たデンスケは、気づけばアーテの頭を撫でた。気休めにもならないと分かってはいたが、思わず身体が動いていたのだ。アーテは少しびっくりしながらも、目を閉じて嬉しそうに微笑んだ。


「……あれ、おかしくないか。無闇に乙女の髪に触らないでと、反撃の方陣術が来る筈では」


顔を怒りの赤に染めながら方陣が展開される流れでは、とデンスケは首を傾げた。ジャッカスは頭を抱えながらも、自業自得なのでは、と呟いていた。




そして、しばらく経った後に夕食が始まった。テーブルにはデンスケが調理した料理が並べられている。それなりに高い食材を使ったものや、生姜やにんにくを始めとした元気が出る調味料が使われている。


アーテは物珍しそうに、それでも小さく頷きながら一生懸命に。ブレアはふんふんと一味一味を確かめるように。スミネは寝ぼけ眼のまま、ぼそぼそと食べていた。


アキラから基本は習ったし、味見もしたから問題はない筈だ。頭では分かっているデンスケだが、本当に美味しくできているのかどうかは自信がなかったため、内心でハラハラしながら食事を進めていた。


(上手い、上手いはずだ、上手いよな……いや、不味いのか?)


心石使いとしての技量に比べれば、未熟も未熟であることをデンスケは強く意識していた。自信が持てないまま食事を進め、ついに我慢できずに言葉にして質問した。


アーテは、ハッとした顔になり、笑顔で美味しいと答えた。デンスケはホッとした。


スミネは寝ぼけた目で、久しぶりのまともな食事ですと答え、デンスケは反応に困った。

ブレアはこの人参ってやつもう少し小さく切ってくれない、とダメ出しをした。デンスケはいつか泣かす、と笑顔のまま決意を固めた。


「つーかウチのジジイみたいなこと言ってんじゃねえよ。他に何かないのか?」


「……何を話せばいいのか分からないのよ。その、あれよ……誰かと食事をすることなんて、今まで一度もなかったから」


予想外の言葉にデンスケが絶句した。


アーテは微笑みながら、当たり前のことを教えた。


「思った通りに会話をすれば、それでいいと思います。ね、デンスケさん?」


「あ? あ、ああ。そうだな」


デンスケは否定しなかった。人参のことも、個人の好みを知る機会と解釈すれば怒るようなことでもないと考えたからだ。


だから、デンスケはアーテの言う通りだと頷いた―――頷いてしまった。それから食事が終わるまで、事細かに注文を出されるとは思ってもみないまま。


初めてとなる手作り料理の夜の宴会は、2人の大声と共に更けていった。












翌日、早朝。朝もやに紛れてデンスケとスミネは拠点から3軒離れた広いビルの地下に移動していた。障害物となりそうなものは昨晩の内にデンスケの手によって片付けられていたため、ちょっとした広場になっていた。


デンスケは柔軟体操をした後、格好を整えたスミネを呼び寄せると対狼狩猟作戦の概要を説明し始めた。


「体調は? かなり熟睡してたようだけど」


「……7割方、戻りました」


スミネは昨日より格段に強くなった握力を確かめるように、手を握っては開いた。休憩に努めたせいか身体全体に硬さが残っているが、全身にこめられる力や心素は昨日の倍以上だと、驚いた様子でデンスケの顔を見上げた。


「だと思ったよ。無茶に無理を重ねたんだろ? 休養ってのは絶対に必要なんだって」


むしろ戦闘と同じぐらいに重要だというのが、デンスケの考えだった。戦えば筋肉にかかる負担が増え、経験も蓄積されるだろうが、それを一時的のものではなく自分のものにするには休息の時間が必要なのだと。


二兎追う者は一兎も得ず。人間、4本も腕がある訳じゃない。休むか戦うか、必要に応じてどっちかに専念する方が効率は良くなると、デンスケが実地で学んだ教訓を伝えるとスミネは小さく俯いたまま頷きを返した。


単純な戦闘力で言えば、休息の前後で1.5倍ほどは上がっているだろう。鍛錬や装備の変更でも、5割増に強くなるというのは一朝一夕では不可能だ。スミネは狩人としての自分の未熟さを恥じていた。


一方でデンスケは「反発はしないか」という内心で安堵し、それ表に出さないまま、取り敢えずは、と切り札の1つを開示した。


気合を入れ、自分が持つ武器の中でも最も切断に長けている小太刀を取り出す。芸術品のような拵だが、刃は強度を重視した厚作り。炎のように乱れた刃紋を持つ業物を見たスミネが、驚きのまま言葉を発した。


「それ、は……変異、じゃない? え……うそ、現出(リアライズ)!?」


「ああ、スミネの刀と同じでな」


強化と変異を組み合わせた上級技で、思い入れのあるものや使い込んだ武具を取り込める。外部のものを自分の世界の一部として認識し、変幻自在に出し入れできるようになる技法―――現出(リアライズ)


だが、現出可能な領域に至るのは容易ではない。才能がある使い手であっても、最低で5年は使い込む必要がある、というのが一般的な認識だった。


「とはいえ、オレはまだまだ。10秒までが限界だからな」


デンスケは小太刀を消した後、少し疲れたように深い息を吐いた。


「それでも、今の輝きは……」


実家で見たことがある大業物に勝るとも劣らない。切断力という意味ではそれ以上見えるような、と言葉に詰まったスミネだが、問題はそこじゃないとデンスケは答えた。


「安定してるのはスミネの方だと思うぞ。それで、刀に付与してる効果とかは? 戦術に組み立てたいし、話せないってのは無しだぜ」


「……え?」


「刀なら鞘に仕組み(ギミック)を施すのが普通だろ? オレの場合は血液を媒介にして、色々とな」


デンスケは小太刀が収まる鞘を見せた。触媒として定めた血液が付与されていないため、形状や色があやふやな形ですぐに消えた。


「血を触媒にして、鞘に性質をもたせて、収めた小太刀に効果を付与する、んだけど………まさか、付与とか考えたこともなかった?」


「……はい。居合は使えますが、鞘に仕掛けを、という方法は……その、考えもしませんでした」


スミネの答えを聞いたデンスケは想定外だ、と小さく呻いた。だが、リカバリーはできる範囲だったため、戦術と戦闘の方針を少し修正した。


トドメの一撃を任せることについては変えない。ただし、硬くなっている狼の体毛や皮膚を深く切り裂けるように、色々と練り上げる必要がある。デンスケは頭の中を整理した後、スミネに対狼戦の作戦を説明し始めた。


バカ正直に真正面から打ち合えば、いつぞやと同じ展開になる。相手の戦力向上の度合いを考えれば、愚策も愚策だ。


「だから、弱らせた上で仕留める。相手の土俵で相手してやる必要はない」


純粋な身体能力で言えば、強い害獣の方が上なのだ。相手が有利な状況で戦うのは間抜けのすることで、状況を選べるのが人間の特権だ。


だから相手の武器を使い、相手の武器を殺す。デンスケはそう告げた上で、昨日に商店街で購入してきたものを収納から取り出した。


それらの説明と、どう使うかを聞かされたスミネは「成程」と小さく頷いた。


「確実に仕留めるための2段構え、ということですね……ええ。この策ならば、確かにアイツを――」


スミネは強く拳を握りしめ、口を噤んだ。殺せそう、とまで使わなかったのはそれだけ殺意が深いからだろう。デンスケはスミネの気配が物騒な方向に強まっていくのを見て不安を覚えたが、臆病風に吹かれているよりはマシか、と思うことにした。


だが、それもトドメの一撃を当てられてこその話。デンスケは壺を収納すると3歩下がり、心石を剣に変えた。模擬戦用に刃を潰した獲物を軽く横に振りながら、淡々と告げる。毒があるとはいえどこまで弱体化するか分からない以上、スミネに任せて良いのかどうか。見極めるために力量を把握しておく必要がある、と真剣な表情で。


スミネは、目を細めながらデンスケに問い返した。


「つまりは―――無能な愚図なら、大人しくここで待っていろと?」


「話が早いな。間違ったことを言ってるなら訂正するが」


「不要です……刀を使っても?」


「問題ない。どうせ当たらんし」


「……挑発、確かに受け取りました」


スミネは刀を現出させると、腰を落とした。刀身は鞘の中に、居合の定石の通り、相手から死角になる自分の後ろまで鞘を移動させた。


応じるように、デンスケが軽く跳躍をし始めた。1回、2回と回数を重ねるごとに徐々に跳躍の高さを大きくしていく。


―――誘いだろう。それを理解しながらも、スミネは1歩踏み込んだ。


跳躍の途中は回避行動は取れないと見たからだ。居合の真価は迎撃にあるが、スミネは踏み込みながらの抜刀術も身につけていた。


刀身が鞘を走る音が鳴る。抜き放たれた刀の速度は、狼の爪に勝るとも劣らない。そんな抜刀の一撃は空を裂くだけに終わった。


デンスケが空中で何かを足場にして後ろに跳んだからだった。


地面に少し大きめの石が転がる音がする。スミネは振り切った刀を自分の身体に引き寄せつつ、これか、と手品のタネを見破った。


だが、肝心のデンスケの位置を見失っていた。石に気を取られた一瞬を狙われた、と確信したスミネは大きく後ろに跳躍した。


自分の視界の外に移動したであろう、デンスケの位置を確認するための行動だった。


だが、無事に着地することはできなかった。着地の寸前に服を掴まれ、足払いをかけられたからだ。スミネは刀を持っていない方の手で咄嗟に受け身を取り片足で跳躍、デンスケから距離を取った所で愕然とした。


刀が、無い。


「ほら、返すぞ」


「あ、え―――」


デンスケが刀を放る。スミネは受け取ろうと手を伸ばした後、後頭部に感じた衝撃意識を失った。










「……はっ?!」


「40秒。早かったな、最初にしては」


勢いよく頭を上げたスミネに、デンスケは告げた。スミネは訳も分からず左右を見回し、いたっ、と呟きながら後頭部を抑えた。


何が起こったのか、思い出したのは更に10秒後。デンスケは100点満点中で採点するけど、と前置いて少し考えた後に点数を告げた。


「35点。赤点以下だな」


「……赤点?」


「あー、通じないのか。……そうだな、最低のレベル以下、ドがつくほど失格だっていう点数」


説明する前に何が起きたのか思い出せるか、とデンスケが問いかけた。スミネはクラクラする頭を振り絞り、1つ1つ指折りしながら答えた。


跳躍の隙を突こうとしたが、避けられてしまったこと。何をしたのか把握しようとした所に意識を取られ、その間にデンスケを見失ったこと。回避と位置把握のため跳躍したが、無防備な着地際を捕捉されたこと。ダメージ回避のため受け身に集中した所、武器を奪われてしまったこと。


「そして、最後は………刀をゆっくり放ることで、意識を集中させたんですか?」


「その通り。あとは静かに間合いを詰めて死角からガツン、と」


デンスケは紐で括り付けられた石を見た。遠心力を使って後頭部に直撃させた、と説明を添えて。


「それで、総評だけど……注意力が散漫過ぎる。あと、小手調べ程度のフェイントに引っかかりすぎ」


先日の対狼戦の時もそうだったけど、とデンスケはスミネの欠点について指摘した。要約すると、感情に振り回されて視野が狭くなっていることと、不測の事態が起きた時の戦術選択の拙さが何より改善すべき点であることを。


挑発を受けたせいだろう、本来であれば待ちの迎撃が鉄則である居合の形を自分から崩したこと。それも、少し考えれば分かるレベルの誘いに乗った形で。


「で、でも……どうやって空中で後ろに跳躍を?」


「え、物質収納の応用。予め収納しといた石を脚元に出して、足場にした」


跳躍の高さと位置から、スミネが間合いを詰めてくるよう誘いの動きを加えた、とデンスケはタネ明かしをした。


視線が下がった所を見極めて、足音を立てないように横に。身体の重心と混乱しているだろう内心から、後ろに飛ぶことを確信。脚を強化して速度を上げ、重心が不安定になっている所でくるぶしを横に刈った。それも、刀を持っていない方の手で受け身が取れる方向へ。


「その時に刀を持つ手が緩んだからな。柄を握って優しく取り上げた後、起きてくるのを待って放り投げた」


わざと声をかけることで、刀だけに意識を集中させた。この時、スミネの注意力と視界は刀とその範囲わずか1m程度のみに割かれた。弧を描いて迫りくる石の気配や音に全く気づかず、完全に意識の外から無防備な後頭部を打たれた。


「人間、当たると分かっている攻撃ならある程度耐えられる。でも、完全な不意打ちだと一瞬で気絶することが多い」


心石使いであれば余計にだ。意識していれば別だが、無防備な状態の耐久力はほぼ一般人と同じ。そこを狙った、とデンスケは告げながらため息をついた。


宿敵であるクソ狼が、突進しか能のない獣とはまた異なる戦術を使ってくるからだ。先日の戦闘でもそうだったが、こちらを観察しながら、死角へ死角へと自分の身を滑らせつつ攻撃を仕掛けてくることを好んでいた。


全身全霊でこちらの喉笛を狙ってくるのだ。数的不利を悟った直後に、弱い狩人から先に襲ったことも無関係とは思えない。


「……つまり、私はどうすれば?」


「勝つことに集中しろ、ってこと。復讐の熱に浮かされてるだけじゃ何も変わらない。今の模擬戦と同じ結果になっちまうぞ」


だから、とデンスケはスミネの心臓を指差しながら告げた。


「まずは認めろ。あのクソ狼はムカつく奴だ。腹立たしいし、スミネから仲間を奪った、何度殺しても飽き足らない憎々しい奴だけど―――強いんだ。オレ達よりも、ずっと」


純粋な身体能力では勝てない。それだけではない、あの狼は奢らず、こちらを完全に殺す気で注視している。集中力が乱れる瞬間を見定め、確実を期して喰らいに来る。先の戦闘で気がついたことだ。ならば、こっちもその気にならなければ勝負の土俵にさえ立てない。


「だから、あの狼の存在を認めろ。殺すことは難しい宿敵だと。相手もオレたちを殺しうる厄介な敵だと」


そして、理解しなければならない。今から自分たちが行うのは正当な権利がある復讐劇ではなく、生き残りを賭けたただの殺し合いであるということを。


勝敗も結末も、何もかもはまだ定まっていないのだ。人事を尽くして天命をもぎ取る、といった心構えでないとあの強敵を下すことはできない。


「……この憎しみの気持ちは。あいつが今生きていることさえ認めたくないのに……私のこの憎悪も全て無駄だっていうの?」


「それは違う。憎みたいだけ憎めばいい。ただ、それに浸って溺れんなって話だよ」


泣きそうになりながら悔しがるスミネに、デンスケは言い訳を捨てろと告げた。本気と殺気と憎悪と悲哀も、全ては怨敵の心臓に刃を突き立てるために。一直線に、脇目も振らずに殺意を研ぎ澄ませる。侮蔑、油断、隔意といった余計な私的感情は邪魔になるだけだとデンスケは断言した。


「自分の上を行かれるかもしれない、だけど驚くな。回避されるかもしれない、だけど死ななきゃ負けじゃないんだ。余計な感情に振り回される前に、自分を研ぎ澄ませろ。殺意以外の全てを削ぎ落とせ」


揺らがず、動じず、ただ敵を切り裂く刃になれ。


本当の本気ってやつはそういうもんだろ、とデンスケは告げた。


「殺意に振り回されるな、全身を意志で満たせ。集中、とにかく集中だ。一点だけじゃなく、全身をな。それで、意識を全て戦闘という事象に放り込む……負の感情はあいつの心臓に叩き込んだ後にでも解放してやればいい」


それこそが宿敵たる狼にとって、最も恐ろしい刃になる。


デンスケの言葉を聞いたスミネは静かに深く、頷きを返した。


「鞘の付与とかを考えるには、時間が足りない。なら、純粋に斬撃を強化する以外に方法がない………どれだけ殺意を研ぎ澄ませられるかが、勝敗を左右する」


高めるための手伝いはできるが、結局の所はスミネ自身にかかっている。できないなら先に言ってくれ、とデンスケが問いかけた。


スミネは、まさか、と呟きながら立ち上がる。ふらつく身体を強引に奮い立たせながら。


「今更、やらないという選択肢はありません……元より、無茶は承知の上」


「……良い答えだ。でも、言葉だけじゃあな」


デンスケも立ち上がり、剣を構えた。


手加減なしでいく、と本気の声で。



「それじゃ、再開するか―――削ぎ落として研ぎ澄ませるのはいいけど、途中で折れてくれるなよ?」



痛みと屈辱に挫折しないようにな、とデンスケが告げる。



スミネは応じるように刀を持ち上げた。



早朝のビルの中、2人の間で高速の刃がぶつかり合い、火花が散った。









―――その5日後。


組合が手配した5人の狩人チームが3人になって帰還した。


仲間が喰われてしまったという、失敗の報告と共に。






●あとがき


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