24話 : 上等だ
ウォーキング・グラス。それが、目の前に居る害獣の名前だった。大きな雑草、という容姿だが刃物がついた触手を振り回してくるため、脅威度はシティ・ウルフ以上の4と定義されている。
それが5体も並べば、それなりの驚異となる。遠距離攻撃の手段を持たない者であれば厳しく、方陣をあまり持っていない新米の狩人達では苦戦を強いられるかもしれない。
―――それがどうした、と言わんばかりに青い髪の女は優雅に手を前に突き出した。手の先に丸い方陣が描かれたかと思うと、翠の光が方陣の線と文字をなぞっていく。
「引き裂かれて、散れ」
謡うように、たった一言。ブレアの言霊がこめられた声に従った風の鞭はウォーキング・グラスを触手ごと、その細い胴体を引き裂いた。それでも風の暴威は止まらず、背後にある建物まで貫通すると、破滅的な音を何重にも奏でていく。
ガコっ、と致命的な何かがずれる音。間もなくして、大黒柱を貫かれた3つの家が音を立てて崩れ落ちた。
「……どう? 戦力としては十分だと思うけど」
白衣をはためかせながら優雅に微笑む女の背後では、引き裂かれた害獣の死体と崩れ落ちた家が転がっていた。デンスケは一瞬だけ呆然としたが、気を持ち直すと慌てて周囲を見回した。
(威力はたしかに凄え、けどこんな所誰かに見られてたら……!)
連合っぽいブレアのことも含めて、ややこしい事態になりかねん。そう判断したデンスケはドヤ顔で胸を張っているブレアの腕をひっつかむと、全力で拠点に向けて走り出した。
数分後、デンスケは拠点に戻るなりブレアを強引に座らせると、反省会を開催した。
「それで、申し開きはあるか無職後輩」
「え……なんで怒ってるの。それより、急に腕を掴むなんて」
「掴むわアホ! 威力が高すぎんだよアホ! あれを見ろアホ!」
デンスケが窓の外を指差した先には、盛大な白煙が立ち昇っていた。脅威度2の害獣であるの群れに、ブレアが大威力のウインド・ウィップをぶっ放した結果だった。
長期的な戦略を考える者は、適材適所を意識しなければならない。相応しくない人材を無理に登用し続けると、破綻が約束されてしまうからだ。生存条件がシビアだったあちらの世界で、デンスケが最初に学んだことだった。
その教えが、全力で叫んでいた――このポンコツを戦闘要員にすることなかれ、と。
だが、ちょっとはりきっただけなのかもしれない。そこは確認しておこうと、デンスケは真剣な表情で問い詰めた。
「雑魚を蹴散らしたのはいい。そこはすごいと思う」
「ふふ、分かってるじゃない」
「皮肉だ分かれポンコツ! なんで余波で建物までぶっ壊した上でそんな顔してんだ!?」
老朽化もあるだろうが、トドメを刺したのは間違いなくブレアの攻撃が原因だった。下手をすればこちらに倒れ込んでいたというのに、自信満々な様子と、自分では出せない出力にデンスケは盛大に苛立っていた。
それからの事情聴取の結果、どうにもブレアは威力を調整することが壊滅的に下手だということが判明した。あれだけ繊細な作業ができるのにどうして方陣術法の調整ができないのか、会話を進める内にデンスケは理解した。
(つまり、ちょっとでも自分が危なくなると頭の中がいっぱいいっぱいになるんだな)
腰を据えて作業をする分には有能だが、現場で即応が求められるような状況には向かないのだろう。早めに分かって良かったが、とデンスケはため息をつきながらも、それ以上怒るつもりはなかった。
知識や方陣術、装飾の類に関しては自分ではとても敵わないものを持っているからだ。好奇心も旺盛のため、デンスケ達が望んでいる人材だと言える。だが、戦闘には出さない方が良さそうだ。そう結論付けたデンスケは、遠回しに「研究と開発を頑張ってくれ」と笑顔での実戦時戦力外通告を伝えた。
「実際、目利きと知識はたしかだもんな。流石の才媛といったところか」
「で、でしょう? でも、勿体ないことをするバカが居たものね」
2人の視線の先には、昨日イマザト商店街の外れにあったなんでも屋―――という名前の超広範囲アウトレット専門店ことゴミの山―――から見つけ出してきた、人形のロボットのようなものがあった。
丸い頭部に、カメラのようなバイザーが付いている。腕や脚は細い鋼鉄で出来ていた。中核に心石が入っているらしく、そこに心素を注ぎ込めば動き、出した通りの命令をこなしてくれる。力はあまり無く、重量物は持ち上げられないが、機械ゆえ単純作業には強かった。一度目の前で見せれば自動的に学習してくれるらしく、同じように作業を繰り返してくれるのだ。
こんなに便利なものが、何故廃れたのか。デンスケが受付嬢のカナから聞き出した所によると、心素を燃料として動く自律型の駆動人形は、100年ほど前までは一般にも普及していたらしい。ある天才的な心石装具の開発者が生み出したもので、少し高価だがあちこちに販売されたという。
ただ、大きな問題があった。どこも故障していないのに、壊れて二度と動かなくなってしまうこと。これはまだマシで、もっと悪ければ害獣のように周辺の人を襲い始めたのだ。抵抗する力を持たない民間人の多くが死亡した事件が原因で、今では蛇蝎のごとく嫌悪されているという。
心石使いも、リスクから使用していないらしい。見られるだけで印象が悪くなることから、商店でも使われなくなっていた。だが、他人の目が及ばないこの拠点であれば何も問題はないのだ。
(暴走する恐れもなさそうだしな……というか、アーテの白光で飛び出ていった黒いモヤはなんだったんだ?)
ブレアから抜けていったモヤと同じもののように見えた。直接は聞けていないが、人形の方は変化が顕著だった。デンスケは確かめるように、アーテに寄り添い壁の修繕をしている人形に近づくと、頭をコツンと叩いた。
「……ナンデショウ」
「いや、もう一度聞きたくてだな。アーテを主人と認めた理由についてだ」
何故襲わないのか。デンスケの質問に、人形は感情のない声で答えた。
「ソレヲ、ノゾマレナカッタカラデス。ノゾマレナイコトヲ、オコナウコトハアリマセン」
「……そうか。邪魔して悪かったな」
デンスケは謝ると、少し考え込んだ。だが、何も分からないことが分かったと頷くと、問題を棚上げした。もう1体は地下にあった研究室らしきスペースの整備を初めているが、そちらにも暴走する気配はなかった。もしも暴走したらその時はその時だと、デンスケは開き直ることにした。
「どっちかって言うと、生身の人間の方が大変だからな……」
「ん? なにか言ったかしら」
「事故は起こすなよ、ってことだ」
地下3階の研究室の天井は強度が特別に高い作りになっている。衝撃吸収の心石もまだ機能は残っているため、万が一大爆発が起きても、上の階までは被害が及ばない。前の居住者も同じことを危惧したのだろう。とはいえ、何ごとも絶対はありえない。
色々とやらかしそうな性格をしてるし、とデンスケは問題児候補筆頭を見るが、分かっていないのだろう、首を傾げたまま青い髪の美人は携帯食料を上品に、されど不味そうにかじっていた。
居住区外に拠点を構えた弊害だった。気軽に商店街へ食べに出かけられないのだ。調理用の装具や道具は買い揃えたため料理をすることは可能だが、今はとにかくやる事が多く、デンスケに料理をする暇がなかった。
女性陣の要求に応じて、風呂だけは一番に整備したのも食べ物のクオリティが落ちている理由だった。デンスケはその時のタフな取引を思い出し、震えた。
しばらく料理ができないから色々と買い込もうと主張したデンスケに対し、女性陣2人は浴室周りのクオリティアップを要求。最終的にはブレアの泣き真似を見破ったデンスケが、アーテの落ち込んだ様子見てしまい自ら敗北を認める結果に終わった。だからそんな恨めしい顔をするな、とデンスケはブレアに軽くデコピンを当てた。
思ったより威力が出ていたのか、ブレアが額を抑えて涙目になる。その様子を見たデンスケは、スクールに居たときとはまるで違うけど大丈夫なのかと、不安になっていた。
(鬼気迫る様子はなくなってるな。目的のためなら何でもする――違うな。何をも厭わないっていう危うい部分が薄れてる)
黒いモヤが影響していたのだろうか。あのまま蓄積していれば、どうなっていたのか。分からないことは多いが、好転した筈だとデンスケは思い込むことにした。
とはいえ、拠点を発見してから一週間。改修の作業に集中にした成果はあったと、見違えた内装を眺めながらデンスケは満足そうに笑みを浮かべていた。
手探りの部分が多く、手間や金もかかる。治癒の方陣を重点的に買い込んで200万、改修と心石装具等、結界石といった設備費に300万、人形の改修に50万。その他、当分の携帯食料や生活雑貨に50万ほどかかったため、残りは50万程度となってしまった。
だが、1から作り上げていくこの感覚はとても新鮮だった。何よりも期待感があると、デンスケの内心はウッキウキだった。
秘密基地を作っているような感覚だろう。間違っても結社ではないと、デンスケは失礼なリキヤに心の中で苦情を訴えていた。
『……ポンコツの小娘に隠密の術法を使わせておきながら』
「大丈夫。アウトかセーフで言えば思いっきりセーフだから」
せいぜいが、中で起こったことを外部の人間が認識し難くなるという効果だけ。反社会的な活動もしない、むしろ健全だとデンスケは主張した。
無理のない狩りで報酬を受取りながら徐々に実績を積んで、拠点を整備すると共にいずれは冒険者へ。最終的には更に上を目指すために必要な手間だったと、小さく頷きながらデンスケは語った、が。
「っ、戦闘音! これは―――」
デンスケは駆け出した。面が割れないよう顔をマスクで覆いながら、2階の窓から外へと踊りだす。
空中で相手を認識しながら体勢を整え、着地しながら転がって衝撃を殺した。立ち上がった時にはすでに戦闘態勢に入っており、敵を見据えながらその名前を読んだ。
「久しぶり―――でもないか、狼もどきのバケモン」
アーテの方陣の影響範囲より少し向こう。緊急討伐対象になったとは聞いているが、どうしてまだ生きているのか。疑問を抱きながらも、デンスケは冷や汗を流した。
(強くなってる……この短期間で何があった?)
体格が一回り大きいことは無関係ではない。後ろに誰かが転がっているが、注意を割く余裕もない。
こちらも違うが、とデンスケはすり足で一歩前へ出る。ぐるるるという低く唸る声は本能から来る殺意そのものだが、退く選択肢などない。
殺し合うか、あるいは。問いかけ合う3分間が過ぎた後、狼は鼻を鳴らした。
くるりと、優雅に踵を返す。前とは異なり刃が生えている尻尾を振りながらも、狼は去っていった。デンスケは立ち去る背中を見送りながら後退し、倒れている人物の横に座りこむと、やはりとつぶやいた。
「アーテ! スミネの治癒を頼む、大至急だ!」
「………ここ、は」
掠れた声が溢れる。ぼやける視界の中で、金色の髪が揺れていた。
「……意識を、とりもどしましたか」
すとん、と小柄な女の子の顔が下がっていく。
デンスケがそれを受け止めるが、スミネは何が起きたのか分からないまま、呆然と天井を見上げた。苛立ちが感じられる深い溜息が、スミネの鼓膜を揺らした。
「予想通りだな、死にぞこない」
「……あなたは、前の」
「二度目だな。しかも、今度は洒落になってねえぞ」
デンスケは舌打ちすると、ブレアの方を見た。
「傷は塞がったけど、体温が下がってる。血汚れも酷い……悪いが、風呂に入れてやってくれ」
「……分かったわ」
「わ、わたしも! その、大丈夫ですから」
「……なら、頼んだ」
色々と言いたいことを我慢して、デンスケはアーテとブレアを見送った。文句がありそうなブレアには、後で穴埋めをするからと視線だけで告げて。
3人が浴室へ去ると、デンスケは頭を抱えてしゃがみこんだ。
最後の視線のやり取りだけで理解したのだ。狼はただ逃げた訳ではない。またここに来るぞ、というメッセージを残して去ったのだ。
時間が空けば、またやって来るだろう。あのクラスの害獣を相手に隠密とアーテの方陣がどこまで通用するかは分からない。アーテを安全な拠点に残してひとまずは自分たちが街へ、という選択肢が完全に潰された。それどころではない、拠点を構えて早々に移転の必要性まで出てきたかもしれなかった。
原因は、スミネだ。だが、この拠点の位置を事前に知っていたとは思えない。悪運はかなり強いな、とデンスケは小さく呟いていた。
(……いや。待てよ。本当にただ引き下がったのか?)
そう見せて、別のルートから入ろうとしているのかもしれない。デンスケがそう思った途端、浴室から大きな音がした。
デンスケは舌打ちをしながら、全力で駆け出した。どうか無事で、という想いさえもそぎ取りながら集中力の全てを速度へ変換していく。
2歩でリビングから2階の入り口へ、3歩目で1階の踊り場に着地し、4歩目で浴室の前に辿り着いた。そこで見たのは、くもりガラスと、その向こうに映る赤い何か。
拙い、と思ったデンスケは迷わずに踏み出した。直後にガラスの扉が開く。
迎撃か、とデンスケは強引に踏みとどまり、腰を落とす。
―――次の瞬間には、想像外の光景が広がっていた。
青、金色、黒色の湯に濡れた髪。
美白、純白、黄色の肌に流れる水滴の玉。
そして、驚愕の顔が2つと、転倒したのか膝立ちで生気が薄れた顔が1つ。
「………え?」
浴室の床には、スミネの肌から洗い流された血があった。転んだのか、2人が肩を支え合っている。全てを理解したデンスケは、そういうことねと頷く。
その様子を、3対6つの目がその様子を捉える。
―――外にまで聞こえる女の子の悲鳴が二つ、拠点の1階から4階までを響かせた。
「……さて。話を整理すると、だ」
「鼻血したままじゃサマになんないわね」
ブレアが茶化すが、デンスケは無視した。反論しなかったのは、申し訳の無さの方が少し勝ったからだ。
確かに、想像すれば分かる話だった。赤いのは血を流していたからだ、そりゃ赤いわとセルフツッコミをするぐらいの失態だった。早とちりをして女性の全裸を拝むというある意味では成功に数えられるだろうデンスケの行為は、女性陣2人から3日分のケーキ提供の刑罰に処された。
「じ、事故ですから……ですよね?」
「間違いなく。心配するな、オレは年上好きだ」
デンスケが正直に応えると、アーテが少しむくれた。ブレアは自分の身体を庇うようにしたが、同い年だろと視線でツッコミを入れた。
「え……アンタ18歳?」
「精神年齢は。それ言ったらブレアの精神年齢なんて―――」
告げようとしたデンスケだが、悪いことをしたのに口論に発展させるのはよろしくないだろう。そう判断して黙り込んだが、ブレアは逆に気になったようで「何歳に見えるのか」と慌てて訴えかけてきた。
「年齢はともかく世渡り能力は5歳児ぐらいな」という事実をデンスケが伝えると、ブレアは黙り込んで俯き始めた。
「……仕切り直す。スミネ、だったよな」
デンスケはブレアから借りた服を着ている、清潔になった黒髪の女―――先日に出会った時や先ほどまでの容姿から考えると詐欺だと訴えられるほどの落差がある容姿に変わった―――に、命令をした。
全て話せ、と。有無を言わせない勢いで、畳み掛けるように告げた。
「全員で本腰を入れてあの狼の対策をする必要が出てきた。不可抗力だろうけど、お前が原因となってのことだ」
それも2回も、と強調してデンスケは言う。
「積極的に狩りに出るか、消極的に……誰かに狩られるまで防衛するか。どちらを選ぶにしろ、判断するには情報が必要だ」
この地区内であの狼の情報を最も持っているのがお前だろう、とデンスケが尋ねた。スミネは少し迷った後、小さく頷きを返した。
ならば、とデンスケが促す。スミネは迷惑をかけた自覚があるため、何かを言おうと口を開きかけた。出来たのはそこまでで、言葉が出る前にスミネの身体が小刻みに震え始めた。横に居るアーテが不安げな顔になる。デンスケに視線で訴えかけるが、首を横に振りながら、デンスケはスミネを睨みつけた。
「――心まで喰われちまったのか、負け犬」
はっきりと通る声で、デンスケは繰り返した。
「狩人は害獣を狩るから狩人だ。逆に狩られて、情報を伝えることも出来ない奴はなんと呼ぶと思う? ――なあ、負け犬」
「っ、あなたに何が分かるっっ!」
「何も? ――ただ、ここで何も伝えられないなら、仲間まで負け犬になっちまうぞ」
害獣との戦いの場を戦場と呼ぶ。仲間は色々居るが、敵は決まっている。害獣を狩るために狩人は存在するのだから。その戦争の最中に、敵の情報を出し渋る間抜けと、その原因になった仲間とやらをまとめて何と呼ばれるのか。
デンスケは暗に告げながら、もう一度だけ聞く、と前置いて尋ねた。
「情報が欲しい。オレも喰われたくねえし、アーテを死なせたくねえ……ついでにそっちの青髪も」
「ふん、素直じゃないわね。……私は別に聞かなくても構わないわよ。そんな狼なんて私の手にかかれば一発なんだし」
自慢げに腕を組むブレアを見たデンスケは、その顔に死相を見た。
無意識に両手を合わせて、死後の冥福を祈り始める。ブレアは満足そうに頷いているだけで、内容を理解していない。決定的にすれ違ったやりとりをする2人の横で、アーテは真剣な表情でスミネに話しかけた。
「……デンスケさんは、素直じゃありません。聞き出したいのは、力になれるかもしれないから」
何も知らなければ、それさえも出来ない。だから、とアーテはスミネの手を握りしめた。話してくれとも、話さなくてもいいとも伝えない。ただ、間違った選択肢をしないようにという祈りがこめられているようで。
自分の手を包む暖かさに、スミネは懐かしいと呟いた。
「2ヶ月しか経っていないのに……もう、何十年も前のことみたい」
セイレとイズミという名前だったと、スミネは呟いた。
―――自分の目の前であの狼に喰われて死んだ仲間は、と震える声だった。
ぽつり、ぽつりと水滴が落ちるようにスミネは遭遇後の様子を語った。
ある日突然、奇襲を受けたこと。初撃は何とか凌ぐことが出来たことが、後は拮抗した戦況の中での体力勝負になったこと。
そして、傷を負った手負いの狼が突如方陣を展開したこと。
「防御が上手かったセイレは、受け流そうとしたの。突進しながらの一撃だとすぐに見抜いていたから」
だけど血煙になって消えた。残ったのは四肢と頭だけだった、と告げたスミネは俯いた。
「私達は、起きたことが現実のものだって受け入れられずに……取り返さなきゃ、って思って。必死に攻撃を仕掛けたんだけど」
いくつか、攻撃は命中したが命には届かず。心素量が尽きたイズミが反撃を受けて、両足を負傷した。
「……逃げようとした。抱えて、せめてイズミだけは、って思って……だけど、それを嘲笑うかのようにアイツは方陣術を使ってきた」
突き飛ばされた時の、イズミの手の感触は忘れられない。説明をしながらスミネは拳を強く握りしめた。血煙になる直前の、イズミの表情を覚えているからと。
それから、修行を重ねた。シティウルフを探し出しては狩って、対狼型の戦術を磨いた。貯金を全て使い、武器を新調した。生きていくための最低限のお金を残して、刺し違える覚悟で毎日戦い続けた。
「でも、届かなかった……違う。アイツは、遭遇する度に強くなってた」
身体も、以前と比べれば倍以上になっていた。一対一だと戦いになっていた筈が、今では一方的に攻め立てられ、防御をするだけで精一杯になっていた。
どうやって戦ったのかまで、スミネは詳しく説明をした。だが、対処しようにも戦う度に地力の差が広がっていった。
そして、先ほど完全に敗北した。一合も打ち合えずに追い立てられ、追いつかれた直後に深く抉られた。転がった先にこの家があったと告げ、スミネは話を終えた。
デンスケは小さく頷くと、まずは、と礼を告げた。
「武器は、爪と牙と尻尾。切り札は、方陣を敷いて、その上を突進してくるアレだな」
デンスケは一度見て把握していたが、効果が出るまでの時間や威力、使ってくる時の状況というデータは得られていなかった。それがあるとないのとでは雲泥の差だと、デンスケは偽りのない本心で改めてスミネに感謝を示した。
「え……方法が、方法があるの?!」
スミネは勢いよく立ち上がり、デンスケに詰め寄ろうとした所で悶絶した。急に動いたせいで、傷口が開いたのだ。激痛に身を捩り、テーブルに突っ伏したまま声にならない声を上げた。
「……あると言えばある。でも、リスクも高い」
徹底的に追い立てるよりも、組合が厳選しているだろう強い狩人を待つ方が圧倒的にリスクが少ない。痛みに悶えるスミネにそう伝えようとしたデンスケだが、窓の外を見ながら顔を歪めた。
酷く臭うからだ。まさか、とデンスケは駆け足で窓に近づき、外を見た。
そして去っていくモノの背中と拠点の前に放り出されたものを見るなり、先程と同じように飛び降りた。
鼻をつまみながら舌打ちをして、睨みつける。狼が置いていったのだろう、1mほどの高さがある糞を。
「くそ、汚えな。下品な真似やってくれるじゃねえか、あの害獣………っ?!」
デンスケは臭いに歪めた顔の色を、更に変えた。大きな糞の中に、光を反射するものを見つけたからだ。
それは間違いなく人間の持ち物だったのだろう、ガラス玉がはめられた安物の指輪で。デンスケは組合の中の市民の依頼物の写真で同じものを見た覚えがあった。
アーテを攫おうとした30代の心石使い、その妻だ。今は未亡人となった彼女が、組合の掲示板に探索依頼を出しているものと同じだった。
―――デンスケは男たちが死亡した経緯を本人に伝えることはなかったが、全く気にならなかったという訳ではない。万が一の逆恨みを恐れて死亡者の名前と関連する人物はそれとなく調べていたからこそ、間違えではないことが分かってしまい。
汚い糞の中で、ガラスなりに輝く指輪を見たデンスケは、強く拳を握りしめながら、宣言した。
「上等だ、クソ狼が―――宣戦布告、確かに受け取ったぜ」
てめえはオレ達が殺す。
誓うような声が、居住区外の空へ響き渡った。




