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カラーレス・ブラッド(旧・未完)  作者: 岳
1章 : 帰還
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1話 : 彼方より此方へ

居なくなれと、世界は言う。


誰もがそれを望んでいたのかもしれない。

俺は知っていた。


きっと、分かっていた。


だから帰りたかった。


―――帰りたかったんだ、ずっと。















―――周囲から光が集まってくる。世界を超えるための力は光輝き、どこまでも暗いこの世界を照らしていた。足元に描かれた方陣が、与えられた機能を果たさんとする。


その中心に居る、あちこち傷だらけの黒いジャケットを身に纏った男は―――3年前までは遠州界(エンシュウ・カイ)という名前で呼ばれていたボサボサ頭を持つ黒髪の男は、目の前に居る女性に礼を告げた。


「本当に、ありがとよ。世話になった。お前と出会っていなかったら……俺は、ずっと前に死んでいたと思う」


感謝の念と共に、手が差し出された。金色の美しい髪と、淡い色のジャケットを着た女性は―――エリル・ヴィアマーナは俯き、差し出された手を見ないようにしながら、言葉だけを返した。


「別に……誰かに頼まれた訳でもない。貴方の師匠にも任されてない。私がやりたくてやった事だから、今更……本当に今更よ。お礼、なんて」


「そう言わずに、素直に受け取ってくれよ。あのお節介クソ野郎のことも頼んだんだ。本当に、感謝しかねえんだよ………エリル」


真っ直ぐ、自分を見つめる目。顔を上げずとも、気配で分かる。しばらくした後、方陣の光に囃し立てられるように顔を上げたエリルは、その瞳を見返しながら答えた。


「貴方は、本当に最後まで貴方ね。でも、そこまで頼まれたら仕方ないか」


今この場で言えない言葉が届かない、訪れない永遠になると知っていても、エリルは最後まで自分が自分であることを選んだ。


「本当に、馬鹿なんだから。ほんとに、バカで、バカの、バカの…………身勝手な、バカデンスケ」


一生治らないからしょうがないわね、とエリルは(カイ)から――デンスケから差し出された手を取った。二人の皮膚と、2つの握力が重なる。野次馬から歓声が上がるが、両者ともにそれどころではなかった。


エリルは、肩を震わせ。デンスケは冴えない双眸でその様子に気づいたが、言葉にすることはせず、笑顔の保持に努めながら告げた。


「元気でな。幸せになれよ、なんて俺に言われることじゃないかもしれないけど」


「……ええ。居なくなるアンタなんかに心配されてもね」


デンスケは、苦笑しか返せなかった。いつものように言葉という言葉を皮肉で包んで返してくるその声は、今回ばかりは涙混じりで。差し出した手を握ってくる掌は震えていて。


「バカ…………もう、引き止めないんだから」


「ああ……ありがとう、エリル」


「だって、此処に残ったって、あんたに居場所なんて無いんだから」


「そこまで言うか」


「“石”を使わない生活を望むなんて、どうかしてる」


「戦って戦って毎日生命(タマ)をかけるのが日課だった生活の方がどうかしてたんだよ、多分」


「恩知らず。バカ、グズ、アホ、デンスケ」


「……最初の言葉が一番効いたよマジで」


本当に効いたと、デンスケは困った顔で頭をかいた。だが、謝ることだけはしなかった。それが何よりの侮辱になると、分かっていたからだ。


エリルも、謝られたい訳ではなかった。故に何も言わず、耐えるように俯いたままで。


「あっ」


繋がれた手が方陣の力により(ほど)かれ、エリルが声が上げた。


力を示す輝きが最高潮に達したのか、デンスケの姿が薄れていった。


周囲から、激励が響く。最後の別れの時を、賑やかにするために。


あばよ、さよなら、頑張れよ、せいせいするぜ、くたばるなよ変態、あっちでも曲げんじゃねえぞと、言葉の種類は様々だが、感情がこめられていない声はゼロだった。些かの敵意を混ぜた者も居たが、乗せられた感情は決してそれだけではなく。


―――もう、会えなくなる。ふと実感したデンスケは、こみ上げる感情を全身で抑え込んだ。衝動のまま、泣かないように我慢しながら、手を上げるだけで言葉に答えた。


やがて、戦友達の声さえも段々と遠くなっていく。


それでもデンスケは、全力で手を振り返した。



そうしている内に、何もかもが曖昧になっていった。


霧に包まれたかのように、全てが真っ白に。


意識さえも朦朧としていく中、デンスケは誰よりも近い場所から声を聞いた。



「さようなら―――ううん、こっちこそ……今まで……ずっと………!」



言葉に成らなくても、その声には様々な感情をこめられていた。



「故郷に戻っても、元気で―――約束を忘れないで、自分勝手な侵略者様(ペネトレーター)



世界さえも越えそうな、強い言葉で。


不透明な霧越しに見えたエリルの土埃にまみれた美しい笑顔が、何もかもが終わったこの世界を後にするデンスケが見た、最後の光景になった。
































「う、アっ?!」


デンスケは叫び、起きた。まるで、途轍もなく高い所から落ちてしまったかのような感覚を受けた反動で、奇声を上げながら。意識は驚愕に驚いていたが、肉体に染み付いた習慣は反射的に動いていた。身体の中から稼働可能な部位を選択、飛び起きると両足で立ち、踵を浮かせて重心を定めないまま、何が起きても回避できる態勢に身を置きつつ、猛禽のような両目は周囲の確認に急いだ。


右手は前へ、左手は腰に、臨戦態勢になったのは声を上げてから僅か一秒後のことだった。二秒、呆けていた意識が戻り、三秒、視認可能な範囲に敵が居ないことを確認。そして四秒。デンスケは深呼吸をした後、臨戦態勢を解いた。


「……戻ってきた」


巡らせた視界に見覚えのあるものを発見したがための呟きだった。


左拳が小さく握りしめられ、軋み、震えた。


「戻ってきた、俺は………!」


木造の古い家、電柱、信号機に線路。駅の出口付近に出来たコンビニエンスストア。誰も拾わない、打ち捨てられて錆びた自転車。見間違いようがなかった。全てが遠く、過去の記憶にしか無かったものと合致していた。


自宅の最寄り駅―――大阪府の南東の端にある、小さな駅が見える小さな広場。少し前までは2駅向こうにある中学校へ登校するために、ある時にはコンビニに行くために、ほぼ毎日通っていた場所だ。デンスケは間違いが無いことを確信すると小さく俯いていた。


「……やった。やったんだ、俺は」


デンスケは状況を声にすることで、夢や幻でないことを確認した。その問いかけに返ってくる声はない。自分を迎えてくれる者も居ない。だが、それこそが現実の証拠であり、日本へ、故郷の地へ帰ってきた証拠なのだと感じたデンスケは、両膝から崩れ落ちた。


土下座をするように、地面に蹲ると全身を打ち震わせながら叫び声を上げた。


「帰ってきた……帰ってきた! やった、やったんだ俺は! 生き残った、辿り着いた………じいちゃん、師匠、エリル………っ!」


デンスケは溢れ出た感情に逆らわず、大地に向けて思うがままの言葉を叩きつけた。「師匠」という掠れ声の呟きも、響くだけで意味を成さずに消えた。


―――それから、5分の後。小さな広場の雑草をゆるやかな風が撫でた後、蹲っていたデンスケは静かに立ち上がった。


恥ずかしかったからだ。少し冷静になった頭が訴えてきた。往来でたった一人、感動に打ち震えている者など、下手をすれば通報ものだと。


誤魔化すように、小さな咳を一つ。頬を僅かに赤くしながら、腕や膝の服についた土を無言で払っていった。


(帰って早々に補導されるのもな……ただでさえ、そういうのに厳しかったし)


消える前もそうだったと、デンスケは昔のことを思い出していた。日本中を騒がせていた連続失踪事件のことを。


(……あれ? こっちのこと、詳しく思い出せてるな。あっちに居た頃はあまり思い出せなかったのに。まあ、それどころじゃ無かったっていうのも原因かも……いや、ちょっと待てよ)


まずは家に帰って、唯一の家族である祖父に、と考えたデンスケだが、周囲を見回している最中に違和感を覚えた。


冷や汗と共に、再び臨戦態勢を取る。何か、とてつもなく何かがおかしい。デンスケは自らの直感に従い、周囲の様子をもう一度、今度は疑いの目で注意深く観察を始めた。


(電柱……罅が入ってるだけじゃない、電線を止める金具もおかしい。いくらなんでも、錆が入りすぎてないか? フェンスもそうだし、線路も……雑草が多すぎる。何より、人の気配がなさすぎる)


人通りが少ない時間だから、ここが田舎だからという問題ではない、人の気配が全く感じられない。デンスケは舌打ちをすると、警戒を強めた。


―――日本での日常が唐突に終わりを告げた日から、3年と少し。日数を数える暇が無かった初期の頃のことを誤差に含めたとして、4年も経過していない筈だ。


その間に何が起こったのか、起こってしまったのか。


デンスケは嫌な予感と共に身の内から滲み出てくる緊張を静かに飲み込むと、まずは落ち着ける場所を、と呟いた。


自宅は、ここから歩いて10分程度の距離にある―――元自宅になっているかもしれないが、見知った場所ならばある程度は腰を据えられる筈だ。


家族―――祖父が居るかどうかは分からないが、一応は自分の家だ。


(………最悪を想定する。亡くなっていれば、じいさんは裏庭の墓に埋葬されている筈だ……もしそうなら、不本意な形だけど約束の一つを果たして―――くそ、誰との約束だったか)


デンスケは困惑する頭を強引に働かせた。祖父が生きている可能性もある、なら自分がここでくたばる訳にはいかないと、生存の方向に意識を割り振り、今現在警戒すべきものは、と考え始めた。


(自分が居なくなってからどれだけ経ったのか不明だけど……人が居なくなったのは、何らかの理由がある筈だ)


封鎖されているのであれば、それなりの警備体制が敷かれているのかもしれない。デンスケは、戻ってきて早々に揉め事を起こすつもりはなかった。必要であれば応戦するが、逃走を第一優先とすべきだと考えていた。


最悪は、夜闇に紛れることも。そこで、デンスケは「幸いにも天候には恵まれているからな」と呟き、空を見上げた。


雲は少しあるが、大半が綺麗な青空だ。


視界の端には、電柱から伸びる電線が見える。


その電線の向こうから、翼の生えた巨大な動物が上空を横切っていった。


「………は?」


デンスケの口から、間の抜けた声が溢れた。


余波で樹々や電柱が大きく揺さぶられ、遠くの方では何かが崩れる音がしたが、デンスケの内心はそれどころではなかった。


「………あー。いや、いやいやいや待て待て待てよ………あれ、だって………え?」


デンスケはもう一度、周囲にある物を見回していった。


線路、間違いない、駅、間違いない、寂れているが日本風の住まいだ、間違いない、夢にまで見た故郷、間違いようがない。


そして、遠くに飛んでいく鱗と翼が生えた巨大な生物が存在することも間違いがなかった。デンスケは、呆けた表情で両手をだらりと下ろした。


「は、はは………なんだよ」


ひひひ、とデンスケは心底可笑しそうに笑った。


「ここ地球だろ? 日本で、大阪府で、ちょっと端っこの河内長野市だろ? その筈だ、その筈なのに……何なんだよコレは」


嘘だ、とデンスケは繰り返し呟いたが、鍛えられた視力は飛行物の正体を捉えて離さなかった。空を飛ぶ大きなトカゲもどきが空の向こうへ飛び去っていく姿を、デンスケは見送ることしかできなかった。


―――そこに、怒声が投げ込まれた。


「目標発見! ―――おい、貴様――動くな!」


「どうやってこんな深奥部に……!」


くぐもった声。デンスケは声がした方向をぼんやりと見た。


そこには、硬そうな迷彩柄のプロテクターでその巨躯を保護し、ゴーグルで目を隠しながら臨戦態勢に入っている小集団が居た。数は6人。油断のない足運びで周囲を警戒しつつ、こちらを注力している。


手には、銃―――恐らくは銃であろうという予測でしかない、記憶にあるどの種類のモノとも異なる、銃らしき武器を携えていた。


デンスケの意識は相手が醸し出す雰囲気から、自分が何か良くない状況に置かれているであろうことを把握したが、身体の方は不可解の連続に混乱し、反応を示さなかった。


隊長、と呼ばれた男がハンドサインを出した時も。


6人の中の3人が周囲を警戒し、2人がゆっくりとこちらに歩いてくる時も。


―――間合いに入った途端に腹を殴られ、苦しみのあまり胃液を吐いた時も。


「……クリア。隊長、どうします?」


「抵抗も一切無し、か―――こんな場所で何がしたかったのやら」



ため息と共に、撤収するという声と、了解と答える声を最後に、デンスケは自ら意識を手放していった。
































「起きろ、小僧」


「つっ……ここは………これ、手錠?」


デンスケが感じたのは、起き抜けの鈍い痛み。そして、両手を拘束する鎖の感触だった。その様子に、声をかけたざんぎり頭の金髪の男は鼻で笑いながら、「当たり前だろう」と冷淡に告げた。


「犯罪者を拘束しない間抜けが居るか? いいか、下手な真似はするなよ」


「ぐっ……!」


デンスケは再度脇腹にぶつかる硬いものに、うめき声を上げた。同時に、突きつけられているものが武器だと察した。


(ここは……車内? 移動中か)


デンスケは改めて状況を認識した。両手、左右から拘束。どこかに運ばれている最中らしい。後ろに2人、前に2人。


何者でここが何処でどんな場所に移動しているのか、分からないことだらけのデンスケは、何かを言おうとする前に、自分のことを話そうとした。


「俺は―――」


「お前が何者か、なんて俺たちにとってはどうでもいい。尋問はあちらさんでやることが決まった。……いいか、余計な口を開くな。何かの術法を使うより、お前の肋骨が折れる方が早い」


「………」


デンスケは助手席に座っている、忠告をしてきた男に無言での抗議を始めた。後ろ姿しか見えないが、組まれている腕の太さや全体の雰囲気から、かなり鍛えられているように見えた。位置関係と車内の人間の気を使う様子から察するに、この男が隊長なのだろう。


両横に居る2人―――肌の色と髪を見るに、日本人には見えない―――も鍛えられているのは分かるが、貫禄で言えば助手席に居る褐色肌のハゲ男が図抜けていることを、デンスケは見て取った。


だが、分かった所でどうすることも、と考えたデンスケはそこでようやく前の光景に気づいた。フロントガラスの向こうに広がっている、モヤのようなもので全ては見えないが、隙間からでも分かってしまう、あまりにもあまりな()()を。


(……隕石でも落ちてきたのか? あっちの世界ほど終末感はないけど)


木造の建築物は腐れ落ち、壁という見た目をしているものが存在しなかった。鉄筋コンクリートの建物もあるが、あちこちが崩れ、およそ建造物としての意味を成していなかった。道路標示板や信号機も無残なものだ。中には、強い力でひん曲げられたように地面に向かって土下座しているような標識があった。


風景と言うよりは廃墟で、廃墟と言うよりは残骸の山ばかり。両側で4車線ある道路の中央から見える光景で、唯一無事なものはその道路だけという有様だった。


閉じられた車窓で外からの音は遮断されているのだろう。だが、デンスケは車の外の風景に対し、理屈では説明できない“静寂さ”が存在しているよう感じられていた。


想像の外過ぎる光景を前に、デンスケが黙り込み。


その一方で、運転手の男が道路脇に転がっているものを発見し、いかにも苛立たしいとばかりに舌打ちをした。


「くそっ、また外人(アウター)の死体かよ。祭りの日の、しかもこんな所まで来るかぁ?」


血だらけ、というよりは人体で最も重要な部分が無かったような。見逃していたデンスケを他所に、横に居た男たちが口を開き始めた。


「トノムラ、ナビを確認してくれ。現在位置は……なんだ、まだトンダバヤシかよ」


「心配要らねえって。ちらっと装備を見たけど、ありゃただのハグレだぜ」


「……放っておけ。どちらにせよ、後はケモノが掃除してくれる。それより、あと何時間で到着だ?」


「今は……309に入ってから、20分程度の所ですか。この調子だと、ヨドヤバシの中央府まで5時間って所ですね」


「……え?」


デンスケは思わずと、運転手の男を見た。過去に数度、自宅の近くから知り合いに連れられて大阪の都心部まで車で移動した経験があったからだ。


309なる番号は分からないが、可能性があるとすれば国道か。どちらにせよ、どれだけ混雑していた時でも、自宅付近から大阪の中央部まで片道で2時間以上かかることはなかった。早い時は1時間ぐらいで済んだというのに、何故そんなにかかるのだろうか。


デンスケは聞き間違いかもしれないと考え、浮かんだ疑問をひとまず保留にした。何もかも、訳が分からないことだらけの中で、迂闊に嗅ぎ回ろうとすると本当に骨を折られそうだと思ったからだ。


それでも、車はどんどんと進んでいく。感じた所、60キロから80キロは出ているだろうに、全然到着する様子もない。聞き間違いではのかも、とデンスケは考えると、不可解だという表情を浮かべた。隊長の男がデンスケの様子に気づき、小さなため息を吐いた。


「なんだ、何がおかしい? ……何でもいいから言ってみろ」


「え?」


「暇つぶしだ。喋っても折らん。いいから言え」


「………」


デンスケは考えようとしたが、1から10まで理解不能なことばかりだということに気づいた。


(全て説明してください、と言えば……不機嫌になるな、コレ)


『話をしろ』というよりは、『退屈しのぎに楽しいことでも(さえず)ってみろ』という所だろう。デンスケはその意図に気づいたものの、どうしても聞きたいんだけど、と前置いて、バックミラー越しに隊長の男の目を見ながら尋ねた。


「アンタ達は―――自衛隊なのか?」


「………はぁ?」


右隣の金髪の男が、聞き返すように呟き。


「………ジエイ、タイ?」


左隣の男が、棒読みで繰り返し。


―――直後、車内は爆笑の渦に飲み込まれた。


振り返ることができないため、後ろに居るのが誰かはわからなかったが、野太い笑い声がこれでもかといわんばかりに空気を震わせた。


デンスケは訳が分からないとばかりに笑っている男達を見回した。


そして、気づいた。自分を警戒していた男たちの様子が、見下し、バカにしたものに変わったことを。


「……なにが、おかしいんだ? 笑うようなことかよ」


「ああ、傑作だよ! 祭りの日に何考えてんだと思ったら」


「アレンジ加えても俺らには分かるっつーの! 気取りの格好つけかよ、その年と平凡な顔で!」


「それはそれでムカつくけどな。オレ、中央府に居る受付の女の子とデートの約束してたんだぜ? それが目立ちたがりのクソガキの冷やかしで潰されるとかよぉ」


「ユウシャサマ~とか言って欲しかったのか? その面で。手のこんだ演技だなぁ、おい」


言葉は様々だが、程度の低いグズを弄るような口調だった。それらの反応が予想外過ぎて二の句を告げられないデンスケを、隊長の男だけがじっと観察していた。


他の男達は雑談を始めようとしたが、しばらくした後、隊長の男はいい加減にしろ、と告げると声が収まった。


そして、未だに困惑の中から立ち直れていないデンスケに問いかけた。


「……一応、先程の話を続ける。どうして、俺たちが自衛隊だと思った?」


「どうして、って……日本で軍隊らしい……いや、在日米軍ってこともあるのか」


「ああ、その可能性も()()()な。300年前までは」


「……え?」


「そろそろ見えるぞ」


隊長の男が、胸ポケットから煙草を取り出した。


相変わらずの廃墟群に、霧のようなモヤが前方の大半を覆っている。


だが、そのモヤが急に晴れると、デンスケは絶句した。



「な―――」



現れたビルの根元は、廃墟のせいでまだ見えなかった。


現れたビルの天辺は、雲に飲まれているせいで見ることができなかった。



―――地面から空まで貫き(そび)え立つ、現実にはあり得ない超巨大ビル。



まさか、と“それ”がある方角に気づいたデンスケはと呟き。


そうだ、と男はライターを取り出しながら告げた。



新東歴300年()の名称は、アベノ新天空(ニュースカイ)ビル。このオオサカと、あの日発見された多重世界を繋ぐたった一つの架け橋だ」



旧名は知っているだろう、と男は告げると煙草に火を付けた。



大空白(ビック・ブランク)の間に変えられちまった、アベノのシンボルだよ―――時代遅れの帰還者殿(スプーキー)



市内に入ったというナビゲーションの声が車内に響き、男から吐かれた煙草の煙がフロントガラスを僅かに曇っていく。



それまで青かった空はまるで幻だったかのように、くすんだ鈍色(にびいろ)へ染まっていった。




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